2ヶ月程が経ったある日、それは、唐突に訪れた。
「すまん、ちょっといいか?」
その日の仕事終わり、提督に声をかけられた。
「どうなされましたか?」
仕事終わりに声をかけられるのは珍しい。だけど、どうせ会議か出撃に関係した頼み事だろうとこのお時点では、高を括っていた。
「指輪を受け取ってくれないか?」
「本当に……ですか……?」
「ああ」
もう少しましなシチュエーションを考えれないのか? 笑いたくなるほど下手なプロポーズだと思った。
ここで目の前の指輪を箱ごと叩き落としてやったらどんな顔をするだろうか? 想像しただけで笑みがこぼれそうになる。だけど……
「ありがとうございます。私……嬉しいです!」
込み上げてくる嫌悪感と吐き気を抑えながら私はそう答えた。
私には選択肢は無い。
ここで断れば秘書艦を下ろされるかもしれない。秘書艦を下ろされることは、秋月姉さんの介護に使う収入が減ることに繋がる。
今でさえギリギリなのに減るなんてことは、考えたくもない。
何もかもがこいつのせいなのに……!
作り笑顔を浮かべながら私は心の中で毒づいた。
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結婚の話は、あっという間に鎮守府全体に広まることになり、次の日には、真琴君にもバレた。
困惑する彼を見て強い罪悪感を感じ、その時は逃げるように工廠を後にした。
彼は、秋月姉さんの世話を放り出すだろうか?
投げ出してもおかしくないと思う。彼は、善意でやってくれているとはいえ、私に間接的に振られたショックは、大きいはずだ。
いくら姉さんの介護が楽しいと言っても私に利用されていたことぐらい直ぐに気づくだろう。
もしそうなったら……
そうなる前に終わらせようという考えが浮かんだ。
元々は、私のまいた種だし、彼との歪んだ関係は、私の手で断つべきだ。
彼の前で何もかも正直に話そう。嫌われてもかまわないし、口汚く罵られてもかまわない。私は、それだけのことをしたのだから。
そう決意したのは、いいけども真琴君の休みの関係で実行するのは、二日後になった。
簡単に彼と一対一の状態を作ることができた。
だけど……二日という時間が私の決意を鈍らせた。
彼を目の前にした瞬間、急に彼に嫌われるのが怖くなった。
途中、何とかして言おうとした場面もあったけど最終的に彼の善良すぎる鈍感さに仮面をつけてない本来の私が表に出て暴発してしまった。
私の中が彼を馬鹿にする気持ちと心配する気持ちの2つが入り交じった感情でグチャグチャになって、最終的に、帰れと叫ぶ事しか出来なくなった。彼困惑しながら背を向ける彼に心が傷んだ。
彼の帰った後、部屋に戻って一人で泣いた。
本当の事を言えなかった自分が嫌だ。気の迷いとはいえ、彼を利用しようとした自分が嫌だ。そして、何よりも汚い自分が嫌だった。
次の日、適当に用事を作ってこっそり早めに工廠に行って彼と明石さんとの会話を聞いた。
会話の内容は、私が素直になれないのを明石さんが笑うといったものだった。私の本性がバレるのではないかと思って冷や冷やしたけど真琴君は全く気付いて無さそうだったから、その心配は無さそうだ。
彼の顔は、何も教えてくれない明石さんに対して不満そうだったけど……
私に気を使ってくれた明石さんに感謝したいと思った。
この日以降、彼を見ると気まずい物を感じてしまうようになり、彼を意図的に避けるようになった。
彼との会話は全て形式的なもの。
彼への負い目は、開き直ることにした。明石さんが何か言ってくるかもしれないけど、その時は、その時だ。
今がうまく回ってるならそれでいい。そう考えることにした。
だけど……私の都合の良い安易な発想はたった三日ほどで破綻することになる。
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「なぁ、ちょっといいか?」
その日、夜遅くに執務が終わって帰ろうとしたら提督に声をかけられた。
「何でしょうか?」
「これは、どういうことだ?」
提督が手にしていたのは、私と真琴君が写った一枚の写真。つい先日、私が自白しようとしてできなかった時のものだ。
下手に嘘を付くのも面倒なことになりそうな気がしたから正直に話すことにした。
「整備兵の子と話していた時のことです。彼には、秋月姉さんの世話を手伝っていただいているのでその話を……」
真横で何かが割れる音がした。
「お前なぁ。いい加減にしろよ! 誰にでも媚びればいいってもんじゃねぇぞ」
一瞬。何が起きたのか分からなかったけど、私にコップが投げられたことが理解した瞬間、急に怖くなった。
「申し訳ございません……!」
慌てて頭を下げた。男に怒鳴られたのが初めてだったからかもしれない。ただただ怖かった。
「こないだも整備兵のガキに色目使ってたよなぁ? この売女が! 結婚した身で自分が何やってるのか分かってんのか?」
「はい……本当に、申し訳ございませんでした」
「口だけは何とでも言えるな。携帯を寄越せ」
「はい……」
提督が私の連絡先を確認してるのが見えた。
「いいか? お前の携帯の奴は消したが以後、絶対に俺以外の男と連絡を取ろうとするな」
「はい……心に命じます」
「もし、破ったら分かっているな?」
私の態度に満足したのか提督の問いにうなずいただけで解放された。
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薄暗い自室の窓の外から冷たい風が入り込む。
わけが分からない。何か私が気に入らないことをしたのだろうか?
執務は、真面目にやっていたし、特に大きな問題は無かったはずだ。
提督の言っていたことを思い出しながら考えていたら、真琴君との間に関係があったからだという憶測が浮かんだ。
何で、彼と関係があるのが嫌なのだろうか? 私が彼を騙していたのがバレたから? それとも、ただ単に彼のことが嫌いだったから?
それか……これが最も高い可能性がありそうだけど、提督に強い独占欲があるから……だと思う。
背筋に悪寒が走った。
どうしろというのか? 私が彼と関わるのは仕事上しょうがないことだし、秋月姉さんの世話をしてもらっている関係もある。
切ろうと思ってもそう簡単に切れるものでじゃない。
第一、浮気してるわけでもないのにちょっと関係があったぐらいで私のことを疑うなんて理不尽な話。提督に好意が無いことは、間違ってないけど……
姉さんの為や自分の立場があったとはいえ、なんて失敗をしてしまったのだろう。あんな奴を受け入れてしまったことを激しく後悔した。
明石さんの言った通り、結婚するなら真琴君の方が数倍は、マシだった。これからのことを考えると絶望感に押しつぶされそうになる。
布団にもぐって一人で泣いた。誰も助けてくれないし、誰も助けられない真っ暗な道に進むことしかできない自分を……
この日から私の地獄が始まった。
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次の日、いつも通りに工廠に行くと真琴君に声をかけられた。
「すみません!」
「真琴君? どうかしましたか?」
「昨日の夜、執務室で提督と何を話していたのですか?」
一瞬、嫌な汗が流れた気がした。
大丈夫。まだ、見られていたと決まったわけじゃない。この場は、いつも通りに応対すればいい。
「いつも通りのことです。報告と明日の予定の管理、それだけの事ですよ」
「いつもの事……が怒られる事なんですか?」
見られていた? 私の中の何かが警鐘を鳴らした。
当然ながら、認めるわけにはいかない。第一、彼と話すだけでも何が起きるのか分かったものじゃない。
「気の所為……じゃないですか? 私は提督と事務の話をしていただけですよ」
「気の所為じゃありません。昨日、涼月さんが提督に怒られているのを見たんです」
私の中の不安は、確信に変わった。ダメだ。この場は、逃げよう。それ以外の手が思いつかなかった。
「すみまでん。用事があるので失礼します」
「あっ、ちょっと!」
私は、駆け足で工廠を後にした。
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その日から、提督の行為はエスカレートした。
私への暴力、理不尽な暴言、姉を人質に取られたうえでの性行為の強制、財産を取り上げたうえでの食事制限……
DVとはこういう事を言うのだろうか? 初めての性行為は、次の日に朝起きて真っ先にしたことが吐いた事のぐらい最悪なものだったけどそれ以上にきつかったのは、食事の制限だった。
三日間水だけの生活。耐えれるはずがない。許してほしいと泣きついたけどダメ以外の言葉は帰ってこなかった上に、罰として暴力交じりの性行為を強制された。
もう限界。耐えられない。私に残された手段は、誰かに頼ることしかなかった。
誰が良いだろうか? 事情を正直に話してたところで、とてもではないが信じてみらえるとは、思えない。
ただ金が無いから金を貸してほしいというのも普段のしっかりした私のイメージから不審に思われると思う。
理由も聞かずに貸してくれそうな人は……
整備兵の彼が思いついた。彼は、見ず知らずの捨て猫を助けたり、善意だけで秋月姉さんの世話をするレベルのお人よしだ。
彼ならば……
淡い期待だけどそこに託すしかなかった。
幸いなことに、次の日の夕方以降、提督は、会議で鎮守府にいない。この機を狙うしかない。
普通に声をかけるのを監視カメラとかで見られていたらまずいから古い10cm連装高角砲を取り出し。中にメモを詰めた。
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次の日、いつも通りに工廠を訪れた。
「失礼します」
「涼月さん、大丈夫ですか! ?」
私の方を見た真琴君が大きな声を出した。
「真琴君……?」
「怪我してるじゃないですか! 何があったんですか?」
怪我と言われて理由を察した。昨日の傷の治療のために付けていたガーゼが目についたのだろう。
当然ながら本当のことは、話せない。階段から落ちたことにした。
「顔の怪我ですか? ちょっと階段で転んでしまって……アハハ……」
「そうなんですか……」
自分でもわざとらしい笑い方だと思ったけど信じてもらえただろうか? 念のため、事実を交えた嘘をもう一つ加えておこう。
「提督にもこれぐらいの怪我は自分で直せって言われちゃいました。階段から落ちたのは私ですから当然ですよね」
自分で直せと言われたのは、事実だ。とはいえ、さすがに話を盛り過ぎただろうか?
「要件は何ですか?」
明石さんが冷たい声を出した。話が詰まり気味だったし、助かったと思った。
勘のいい彼女には、私の嘘が気づかれているかもしれないけど……
「壊れてしまった装備の修理を依頼したいのですが……」
「いいですよ。えっ? 10cm連装高角砲? これぐらいなら変わりは幾らでも……」
「失礼します」
逃げるようにして工廠を後にした。明石さんなら気づいてくれるだろう。
彼女に何かしらの弱みを握られるのは、嫌だったけどそんな贅沢を言ってられる状態じゃなかった。
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真琴君は、約束の時間の10分前に来た。
「こんな時間に呼び出してしまい申し訳ありません」
「いえ……気にしないでください。でも、なんでこんな時間に呼んだのですか?」
「千円でいいんです。お金を貸してほしいんです」
我ながら情けないと思った。
ちょっと前には、心の中で馬鹿にして利用していた相手から金を借りようとしている……
まるで庶民を馬鹿にしていて落ちぶれた貴族が乞食になったような話に感じた。
「いいですけど…何かあったんですか?」
「実は昨日の夜から何も食べれて無いんです。恥ずかしい話ですが給料を使い切ってしまって……」
適当に言った言葉だけど酷い理由だと思った。こんな理由だと、まるで私が金銭管理のできない女みたいだ。
少し間をおいて、彼が口を開いた。
「分かりました。お貸ししますね」
その一言を聞いてホッとした。これで今日、明日ぐらいは食いつなぐことができる。提督にバレなけれなの話だけど……
彼から渡されたのは、一万円札だった。
「えっ? 真琴君、紙幣を間違えていませんか?」
何かの間違いだと思った。一万円なんて一人暮らしで薄給の彼にとってそう気軽に出せる金額じゃないはずだ。
「今日、何か食べれたとしてもその場凌ぎにしかなりません。それならこのお金で給料日まで頑張ってください」
「本当に……良いのですか?」
「困った人を助けるのは当たり前のことですから!」
なんていい人なのだろうと思った。彼は、私に騙され、失恋という意味で裏切られた。それなのに、困っているからという理由だけで少なくない金額のお金を出してくれた。
私は、とんでもない愚か者だ。こんな神様のような人を騙しているのだから。
「ありがとう……ございます……この御恩は必ず…」
気づくと涙が流れていた。
「なんで泣いているんですか?」
「目にゴミが入っただけです!」
誤魔化しの一言を叫んでから、私は夜道へと走った。
彼に、私に起きていることを知られてはならない。彼は。臆病だけど私を助けようとするだろう。
彼をあの惨状に巻き込むことになるのが怖い。
それと……今更かもしれないし完全にわたしのわがままだけど彼の前では、善人の綺麗な私でいたかったから……
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提督には、十日目にバレた。
バレないようにとファーストフード店で済ませようとしたのが仇となり、偶然、食事をしようとしていた提督と鉢合わせになってしまった
鎮守府に戻ってから受けた罰は激しい暴行といつも通りの性行為の強制。
首を絞められた時は、意識が遠くなって死ぬかと思った。
幸いだったのは、私を助けてくれた彼を守れたこと。それだけが唯一の救いだった。
性処理の道具にされる痛みだけの行為が終わった。
ふと執務室のドアに目を向けると誰かが覗いていることに気づいた。
誰……?
助けを求めようとしたらその何者かと目が合った。一瞬で体が分かった。真琴君だ。
彼は、一度闇の中に消えたがもう一度こちらを見てから去っていった。
ショックだった。彼に汚れた私を見られたことが。
助けてくれなかったのも嫌ではあったけど、臆病な彼だし、しょうがないと思う。だけど、この状態の私を見られるのは何よりも辛い。
この場では、逃げたけど彼はこの事態に首を突っ込もうとするだろう。それだけは、防がなきゃいけない。私は、どうすれば……
答えは、すぐに出た。
彼を突き放さなきればならない。それが彼を守る最善の方法なのだから。
次の日の朝、私はそう決意した。
大金を貸してもらった恩を仇で返すような最低な仕打ちだけどやるしかない。
彼を絶対に巻き込んではならない。その一心だった。
――――――――――――――――――――
工廠に行くとそこには、作業をする明石さんと真琴君といういつも通りの風景が広がっていた。
「真琴君」
用事を済ませてから、彼に声をかけた。
「何ですか? 」
「昨日の夜、鎮守府の中にいましたか?」
彼に動揺が走ったのが見て取れた。
「いいえ……家で寝てました」
嘘を付くのが下手だと思った。彼は目を私と合わせようとしないし、声が少し震えている。
疑わない方がどうかしてると思う。
「そう……ですか……」
ひとまずは、そう答えた。あの時みたいに、私自身の感情が爆発しそうになったけど何とか抑えることができた。
思いっきり遠ざけよう。彼が私に二度と関われないように……
「二度と私に関わらないでください」
彼に冷たくそう言い放って私は、工廠を後にした。
工廠を出た瞬間、涙が出た。本当はこんな事、言いたくない。本当は、助けを求めたいのに……だけど……全部真琴君のためだから……
彼は、私のことをどう思うだろうか? 恩知らずで汚い最低な女と思うのかもしれない。
私のことを恨まなくとも彼を傷つけたかもしれない。でも、彼がこの件に関わることがなくなったなら、それでよかった。
――――――――――――――――――――
やるならば、彼と秋月姉さんを私から徹底的に遠ざけなければならない。執務室に戻ってから提督に声をかけた。
「提督、提案があります」
「なんだ?」
提督が機嫌悪そうに言った。執務をするという義務をサボって、本を読んでいるのは、見慣れた光景だ。
一瞬、本当に言うか迷った。だけど、私はもう後戻りできない。地獄に突き進むしかないんだと自分に言い聞かせた。
「私を……監禁して下さい」
「何言ってるんだ!?」
あまりにも突拍子もない言葉に、提督が驚愕の声を上げた。
「提督は私が誰かに会うから嫌……なんですよね? だったらいっその事、独房にでも監禁していただいた方が……」
背筋を凍り付くような悪寒が走った。
自分でも、とんでもないことを言っていると思う。だけど……これが最善の選択肢なのだから……
「本当にいいんだな?」
私は、無言でうなずいた。
「分かった。望みどおりにしてやる」
提督は、そう呟いた。
独房に一人で閉じ込められた私は、安堵していた。これで秋月姉さんも真琴君も大丈夫。後は、私さえ我慢すればいいのだから……
その日から、監禁される日々が始まった。
提督は、夜になるとやってきて、私を性やストレスのはけ口にする。新しい秘書艦に誰がついたのかは、知らないけど態度が気に入らないらしくいつも機嫌が悪かった。
私は、それを無言で受け入れ続ける……
サンドバックにでもなった気分だった。
ある日の夜、提督が帰った後にある疑問が浮かんだ。
なんで、私ばかりこんな目に合わなければならないのだろうか?
答えは分かっている。考えてはいけないと自分の中の何かが叫んだけど、考えだしたら止まらなかった。
そもそも秋月姉さんが悪いんだ。姉さんは、何をやってもダメな人だった。いつも皆の足を引っ張ってばかりでその後始末をするのは、全部私。
理不尽だ。二年前のあの戦場で死んでいてくれれば良かったのに……
姉さんが負傷したから、やりたくもない秘書艦をやらされて、介護生活で疲弊した挙句、悪事に手を染めることになった。
提督との結婚も秋月姉さんがいなければ断っていただろう。初めての時だって秋月姉さんさえいなければ……
何もかも秋月姉さんが悪い。秋月姉さんが憎い。 秋月姉さんなんて……
死んでしまえばいいのに……
私の望みは、最悪な形で実現した。