※この作品はR-18です。

秘書艦の涼月さん   作:黒猫クル

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第十二話 唐突の逆転劇

 目が覚めた。

 涼月さんは横でスヤスヤと眠っている。腕時計を見ると8時を指していた。

 外では、小鳥が鳴いている。穏やかな朝だ。ここが独房の中じゃなければだけど……

 涼月さんが寝返りを打った。彼女の寝顔は、平穏そのもので顔に傷や打撲痕があることを覗けば虐待を受けていたのが嘘に思える。

 彼女の頬に軽くキスをする。このまま時間が止まって欲しかった。

 

 誰かがこちらに向かって走ってくる音がした。

 提督だ。嫌な汗が流れる。どうすればいい?

 抵抗する武器もないし、逃げるなんて不可能だ。

 震える手で涼月さんを抱きしめた。意味が無いことは、分かってる。だけど、そうすることしかできなかった。

 足音がこちらに迫ってきてガチャリとドアが開く音がした。

 

「おい、大丈夫か?」

 

提督ではない聞いたことの無い声がした。入り口には、白い海軍の制服を着た中年の男性が立っていた。

「どなたですか……?」

「お前は大丈夫そうだな。問題のこっちは、寝ているだけ……か。だが傷が酷い……」

 

 唖然とする僕を尻目に彼は、涼月さんに駆け寄る。

 彼の腕に着いている腕章が目についた。憲兵の物だった。

 

「俺だ。至急、担架を頼む。」

 

 彼がインカムのようなものを手にして呟く。

 

「すみません。わけが分からないのですが……」

「簡潔に話すがここの提督が今朝、逮捕された。お前たちは、大丈夫だ」

「本当ですか……!?」

「ああ、事実だ。お前の事を含めて話は、監視員の奴から聞いている。鎮守府の応接室に行け。監視員の奴から詳しい説明があるそうだ」

 

 話をしていると憲兵の服を着た人たちがぞろぞろと中に入ってきた。この様子だと涼月さんは、大丈夫そうだ。

 

「分かりました涼月さんをお願いします」

「何をやってたのかはこの際、聞かんが吐きそうな匂いがする。シャワーを浴びて行けよ」

 

 昨日の出来事を察せられた事に恥ずかしさを感じた。

 

 鎮守府の中は、憲兵の腕章をつけた人達だらけで上から下まで大騒ぎだった。

 誰かが涼月さんの事に気づいていて監視員の人に密告してくれたのだろうか? もしかすると監視員の人自身が異変に気付いたのかもしれない。いずれにしても提督が逮捕されたのは、事実のようだ。

 お礼を言いたい所だったけど今の僕はそれどころではない。一旦、アパートに戻ってシャワーを浴びてから鎮守府の応接室へと向かった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 応接室に入ると霞さんが1人で座っていた。彼女が監視員の人を見つけてくれたのだろうか? それか、もしかしたら彼女が……

 

「言っとくけど、私は違うわよ」

 

 僕の考えを見透かしていたかのように霞さんが呟いた。

 

「じゃあいったい誰が……?」

「知らないわよ。遠征から帰ってきたら鎮守府が上から下まで大騒ぎだった。クズが捕まった事も知ってるわ。でもそれだけ。貴方こそ何か知らないの?」

「いえ……僕もわけが分からなくて……」

「とりあえず分かる範囲で何があったのか話して貰える?」

「はい……」

 

 僕は、昨日あったことを涼月さんと肉体関係を持った事を除いて全て話した。

 

「ごめんなさい」

 

 話を終えてしばらくしてから霞さんが意を決したかのようにして言った。

 

「えっ?」

「私の早とちりだったわ。貴方にハッパをかけて行かせたのは、やりすぎだった。いい加減な事を言って危険な目に合わせたわ。本当にごめんなさい」

 

 霞さんが謝ったのには、正直驚いた。彼女が悪い人間じゃない事は知っていたけど、人に頭を下げるような所は1回も見た事がない。しかも、対象が気が弱い人間の僕なのだから尚更だ。

 

「気にしないでください。結果的に僕も涼月さんも助かってますから……」

「そう……」

 

 強い負い目を感じているのだろうか? いつものピリピリしている感じがする彼女とは違い、弱く見える。

 霞さんの意外な一面を見れた気がした。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 沈黙が流れる。空気が気まずい。10分ほど経ったけど未だに誰かが来る気配はない。

 なんとか打開しようと思い、監視員の正体についての話題でも振ってみることにした。

 

「そういえば監視員って誰なんですかね?」

「分からないわ。私は、違うし明石も違うだろうし、他にこの件に関わっていた艦娘と言われても……何か思い当たる人は、いる? 些細なことでもいいわ」

 

 ここ数ヶ月に会った艦娘のことを思い出してみる。すれ違ったような人しかいない。偶に、キジクマを見に来るような人は、いたけどそんな人が監視員ということがあるのだろうか?

 

「いないですね……偶に暁さんや夕立さんとかがキジクマを見に来ましたがそれだけです」

「暁は……さすがに違うわね。監視員なんてなことできるような子じゃないわ。夕立もそこまで賢くないと思う」

「霞さんは、誰かいないのですか?」

「いないわね。貴方と明石を覗くと誰にも話してないから……」

「分かりませんね……」

 

 会話を遮るようにガチャリと応接室のドアが開く音がした。

 反射的に視点をそちらに向ける。

 

「呆れた」

 

 監視員の人を見た霞さんがため息をついた。

 

「明石さん!?」

「お二人ともお疲れさまです」

 

 開いたドアの向こう側に立っていたのは明石さんだった。

 服装だけはいつもの彼女とは違い、薄汚れた艦娘の服ではなく、憲兵の制服を着ている。

 

「全く、予想を裏切って来るわね……」

 

 霞さんがまた溜息をついた。

 

「初めに真琴君への朗報です。涼月さんは、大丈夫です。低体温症起こしかけてましたが危篤状態は脱したようです。しばらくすれば再会できますよ。キジクマ君も大丈夫みたいです」

「そうですか……良かった……」

 

 涼月さんが大丈夫なことを聞いて安堵感を感じた。キジクマの事は、すっかり忘れていたけど……

 

「そういえば、霞さん。宛にならない性悪女、でしたっけ?」

 

 明石さんの意地悪い口調で霞さんに声をかけた。

 霞さんが小さく舌打ちする。

 

「いくつか質問があるんだけどいいかしら?」

「何なりとどうぞ」

「あの時のこいつとの会話、全部聞いてたの?」

「聞いてましたよ。真琴君に付けていた盗聴器が全て喋ってくれました。帰ったら、昨日着てきた上着の襟の内側を見てみて下さい」

 

 盗聴器と聞いて背中に冷たい物が走る。あの時の上着は昨日、ずっと着ていた。涼月さんとの行為の時も……

 ゴクリと唾をのむ。

 

「聞いてたなら動きなさいよ。監視員である貴女の立場ならどこかしらで何かできたでしょ?」

 

 そんな僕を尻目に霞さんは、質問を続けた。

 

「明石が本格的に動けるようになったのは、涼月さんの居場所を聞いてからですよ。それまでは情報収集や大本営への内部工作で手一杯です」

「具代的には?」

「まず、ここの提督の息がかかっていない憲兵を集めなきゃですし、前々から噂になってた不正資金とかも利用出来そうな話でしたし、その調査や裏付けなんかも……用意ができたとしても涼月さんの位置が割れないと人質に取られる可能性があります。やることばかりですよ」

「大変なのは、何となく分かったわ。じゃあ次の質問。なんでコイツに助けに行こうとしたのを黙って見てたの? セキュリティにひかかってたし、下手したら2人とも殺されてたわよ」

 

 僕も聞きたい質問だった。あの時の会話をすべて明石さんが聞いていた。それなら僕が捕まった時点で助けてくれても良かったと思う。なんで助けてくれなかったのだろうか?

 

「その時点では、もう何かあった時に憲兵をいつでも突入させれる状態だったので大丈夫ですよ。現に捕まりましたし」

「一応、何かあっても大丈夫な状態ではあったのね……でも、コイツが何かしようとするのを放置していい理由にはならないはずよ。保険付きだったとはいえ、不確定要素がふえるし、現に、勝手に動くなって念押ししてたわよね?」

「どうせなら真琴君にいいとこを見させてあげたかっただけですよ」

 

 わけが分からない。僕の顔を立てたいのであれば何故、止めるようなことを口にしたのだろうか?

 

「質問の答えになってないわ。関わるなって言ったのと矛盾してるじゃない」

「霞さんに彼を焚きつけさせるためですよ。彼が秋月さんが死んだ時に降りたいなんて言っちゃいましたからね」

「要するにクズにきつく当たったのは私が動くと思ってたからって事?」

「そうですね。霞さんがどう動くかを予想するのは、簡単でしたし」

「それなら明石が言いなさいよ。なんでわざわざ私を挟んだの?」

「か弱い聖人君主の明石にあんな無責任なこと言えるわけないじゃないですか」

「好き勝手言ってくれるわね……要するに手を汚したくなかっただけなんでしょ?」

 

 明石さんのわざとらしい言い方に苛立ちを感じたのか霞さんの声に怒気が混じった気がした。

 要するに僕の行動も霞さんがハッパをかけたのも全て明石さんの計画通りだったわけだ。彼女に対して軽い恐怖心を覚えた。

 

「言い方を変えるとそうなりますね」

「はぁ……」

 

 霞さんが大きなため息を着く。

 

「手の上で踊らされてたのね。貴女、本当にいい性格してるわ。必死になって色々してたのが馬鹿みたい」

「お褒めの言葉をありがとうございます。霞さんの努力は、無駄じゃ無いですよ。集まった物も証拠としては強いものばかりでしたし、涼月さんの居場所を特定してくれました。明石としては、大助かりです。とはいえ、少し動きすぎな気もしましたが……」

 

 霞さんが少しムッとした顔をした。

 

「最後の一言が余計よ」

 

 今までの明石さんのイメージが目の前で崩れていく。秋月さんの死を聞いた時の涙を思い出した。

 あの時の彼女は、やけに落ち着いていたように感じた。あれは、嘘だったのだろうか? 全て明石さんの計画内だったのだろうか? 

 

「質問、いいですか?」

「真琴君、どうしました?」

「秋月さんの死んだ時の涙も嘘なんですか? あの時、やけに落ち着いてましたよね?」

「あれも明石の計画通りだったのか気になると」

 

 無言でうなずいた。

 

「安心してください。あれは、本物ですよ」

 

 明石さんが笑顔で言った。演技なのかもしれない。だけど僕には彼女が嘘を付いているようには見えなかった。

 

「秋月さんの死は、完全に想定外です。自己評価が低い人でしたが明石は好きでしたね。人を見る目もありましたし……他人の死には、慣れているので出来るだけ平静を保ちましたが明石も動揺していました」

 

 明石さんの言葉に安堵感を感じた。

 

「明石さんが冷血漢じゃなくて安心しました」

「失礼なこと言わないでくださいよ。明石は、困った人を助けずにはいられない成人君主のお人よしですよ」

「人に泥をかぶらせておいておいてよくそんなこと言えるわね!」

 

 霞さんが抗議の声を上げる。

 

「上手くいったんですし、いいじゃないですか。それぐらい目を瞑ってくださいよー」

「納得できるわけがないじゃない!」

 

 その後、しばらく言い合いが続いたが最終的に霞さんが折れて応接室から出て行った。

 話すことは無いみたいだし、僕も出ていこう。何か面倒ごとに巻き込まれるのは、嫌だし……

 

「そういえば真琴君、昨日はお楽しみでしたねぇ」

 

 ドキリとした。あの事を霞さんにバレたら今度こそ本当に殺される。

 

「何のことですか?」

「涼月さんとの夜と言えば分かりますよね?」

 

 やっぱり……だ。

 

「何が目的ですか?」

「明石の小遣い稼ぎです。監視カメラの映像が残ってたんですが買いませんか?5万円でいいですよ」

 

 小遣い稼ぎ? 買うべきだと思うけど5万というのは財布に痛い。できる事なら払いたくない。

 

「どうします? 無理にとは言いませんよ。買わないと別の誰かに渡しちゃうかもしれませんが……」

 

 しばらく黙っていた僕を見つめて明石さんが呟いた。

 内容は案の定、僕に対する脅迫だった。出費としては痛いが買うしかない。内容自体にも実用性があるだろうし……

 

「買います……」

「毎度ありー」

 

 明石さんが満足そうに笑顔でそう言った。

 

「本当に嫌な性格してますね」

 

 ため息をついた。

 

「いいじゃないですか。明石はお金を貰えましたし真琴君は片思いの相手とやれましたしウィン・ウィンの関係です」

「明石さんはデータを握ってただけじゃないですか」

「お膳立てをしてあげたのは明石ですよ。いいAVも手に入りましたしこれぐらい手数料として許して下さい」

「分かりましたよ……」

 

 また僕はため息をついた。

 結局、霞さんには3日後にバレて、明石さん共々こっぴどく叱られる羽目になった。

 

 

 

 




次回が最終話となります
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