涼月さんとの再会は1週間後になった。
「失礼します」
病室のドアを開けると涼月さんがベッドに座っていた。
いつもの彼女と違って水色の病院服を着ていて、髪は縛られていない。
「あっ……真琴君……」
涼月さんと目が合ったが直ぐに気恥ずかしくなり目を逸らしそっぽを向いた。
涼月さんも同じらしくチラリと見ると顔を赤面して下を向いたいる。
彼女に会う前には色々と話したいことばかりだったけどいざ話すとなるとかける言葉が見つからない。
換気中の窓から冷たい風が吹き込み、涼月さんの雪のような銀髪が風に揺れる。
いくら換気とはいえ寒い気がした。窓を閉めるべきなのではないだろうか?
あわよくばこれを話すきっかけにして……
「あの……」
「あの……」
言葉を発したのは涼月さんとほぼ同時だった。
お互いに あ…… と呟き、また気まずい沈黙が流れる。
「窓……閉めてもいいですか?」
何とか勇気を振り絞るようにして声を出す。
「どうぞ……」
窓を閉める時に悲鳴のような高い音を立てた。
「涼月さんは何か言いたいことがあったのですか?」
「あ……えっと……少し寒かったので窓を閉めてもらおうかなぁと……」
「そうなんですか…」
また沈黙が流れる。
何の打開策にもなっていない。
分かったことは涼月さんも似たような状態だということだけだ。
彼女の首元の治りかけの傷跡が目についた。あの時、僕が噛みついたり舐め回したりした傷だ。
「傷……治ったんですか?」
「直りました……そのままの方が良かったですか?」
「いえ……治ってくれたなら何よりです」
「真琴君は大丈夫でしたか?」
「閉じ込められただけなので特には……」
「真琴君が無事で安心しました」
涼月さんが少しほっとした表情を見せた。
「ありがとうございます」
「ビックリしたんですよ。まさか助けに来るとは思って無かったので……」
「あ……えっと……その……恥ずかしい話ですが実は、霞さんにハッパかけられて……」
「霞さん? 霞さんが関わっていたのですか?」
――――――――――――――――――――
「あははは霞さんらしいですね」
事のあらすじを話すと涼月さんが笑い出した。さっきのきまずい雰囲気が嘘みたいだ。
僕の憶測だけど涼月さんは、彼女を小馬鹿にしている感じがする。
怖くないのだろうか? 彼女が見ていたら、怒りだしそうな光景だ。
「怖くないんですか? 個人的には、苦手で……」
「彼女とは、彼女が鎮守府に着任した時からの付き合いな上に、愚痴を聞く仲なので大丈夫です。いいことを教えてあげましょうか?」
「いいこと……ですか?」
「はい。実は、霞さんってかなり臆病なんですよ」
「えっ? そうなんですか?」
意外な言葉が飛んできた。
彼女が臆病。そんな事あるのだろうか?
「彼女はいつも誰に対しても口がきついですよね?」
「霞さんに悪いかもしれませんがそうですね……」
霞さんは、僕だろうが明石さんだろうが他の艦娘だろうが誰に対しても強く当たる。いつも一人なのは、そのせいだと思う。
涼月さんだけは、強く言われているのを見たことが無いけど……
「あれは、霞さん自身の癖なのですがそのせいで彼女は皆に嫌われてないかっていつもビクビクしてるんですよ」
「そうなんですか?」
「はい。以前、霞さんがに秋月姉さんにきつく当たった事があったのですがあんまりだったので私が少し強く言ったらその日は、1日落ち込んでいたみたいです。私は見てませんが秋月姉さんに泣きながら直接謝りにも行ったみたいですね」
「あの霞さんがですか……何を言ったんですか?」
「霞さんが姉さんの立場ならどう思うかを考えてみたことはあるんですか? やりたくても出来ない人も居るんですよ!……って言ったんですよ。その時点で黙ってしまって……後は話した通りです」
「意外ですね……」
あの霞さんが委縮するなんて想像がつかない。僕も謝られたことは、あるけど……
「それ以降は、ついついきつく当たっちゃうから秋月姉さんにはか関われなくなってしまったみたいです。威嚇する小動物みたいで可愛いと思いませんか?」
「そうですかね……?その割には提督に打ってかかったり僕も胸倉掴まれたりしたんですけど……」
「本気でクズって思った人には容赦ないのでそれが出たんですかね。提督の事は私に愚痴りに来るぐらいには嫌ってましたしたから……でも、真琴君のことは嫌ってないと思いますよ。救いようの無い変態ぐらいには思われてると思いますが」
「フォローになってる気がしないんですけど……」
僕の言葉に涼月さんが笑った。
「今度、会ったら理由はなんでもいいので彼女に ありがとう と言ってみてください。多分、ですが照れ顔を見れますよ」
「照れ顔ですか……」
正直に言うと少し気になった。だけど、世話になった彼女をからかうのは少し悪い気がする。
「見てみたいと思いませんか?」
涼月さんが畳みかけるように言った。どうやら僕に否と言わせるつもりは、無いらしい。
本心は、バレているだろうしこんな時に、否定しても明石さんのように無理矢理自白させられるのがオチだ。
素直に認めるしかない。
「見てみたいです……」
僕の反応を見て涼月さんが満足そうにニッコリとした。
「正直ですね。あまりにも当たりがきついようなのであれば私に言ってください。しばらくの間、真琴君と関われないようにしてあげますから」
涼月さんに絶対に勝てない霞さんを少し気の毒に思った。
「涼月さんって意外と性格悪いんですね……」
「ちょっと前に真琴君が思うほどそんなにいい子じゃないって言ったばかりじゃないですか。でも、私がこんな顔を見せるのは真琴君だけですよ。真琴君以外、私がこんな性格なんて誰も知らないと思います」
「どういう意味ですか?」
「言わないとわからないですか?それだけ真琴君のことを信頼しているって事ですよ」
とんでもない人を好きになってしまったと思った。今、目の前にいる涼月さんが彼女の本性だ。
会ったばかりの頃の誰にでも分け隔てなく接する美人で優しい人というイメージが崩れていく。
それでも僕は、彼女が好きだった。
「幻滅しちゃいましたか……?」
涼月さんが今にも泣き出しそうな悲しげな表情を見せる。
さすがに演技だと思うし、幻滅なんてしていない。だけど、この状況でこの表情を見せられて拒絶する男は、いないだろう。
彼女さんが僕に秋月さんの世話を押し付けようとしていたことを思い出した。あの時は、僕が自主的にやると言っていたけど彼女からお願いされていたとしても断れなかっただろう。
「していません。だけど、そういのは卑怯です……」
僕の言葉に涼月さんの表情に笑顔が戻った。
自分という人間を生かした相手に否と言わせない状況作り。それが涼月さんの最大の強みのような気がした。
「ごめんさい。ちょっと意地悪しちゃいましたね。でも、やっと本音で話し合える人が出来たのが嬉しいんです。これからは真琴君の前では隠し事は無しです」
嬉しさと彼女に軽く仕返しをしたくなる複雑な気持ちが心の中に込み上げてくる。
僕に対しては隠し事は、しない という言葉に反撃の糸口をつかんだ。下手をすると僕自身巻き込まれかねない方法だけどそれならとっておきの手段がある。
「1つ質問してもいいですか?」
「1つと言わずに何でもいいですよ」
彼女の言葉に内心ほくそ笑んだ。
「あの時……僕のことを好きと言ったのも本当のことなんですか?」
彼女が急に静かになった。作戦成功のようだ。
「答えなきゃ……ダメ、ですか?」
「僕の前では隠し事なしって言いましたよね?」
彼女の顔がどんどんと赤くなっていく。
「本当……です」
しばらくして、意を決したように彼女が蚊の鳴くような声で言った。
覚悟はしていたけどいざ言われてみると僕も恥ずかしい。
しばらくの間、沈黙が流れる。
「何か……言ってくださいよ! また、気まずい雰囲気になったじゃないですか!」
沈黙が耐えきれなかったのか涼月さんが叫んだ。
何を言えばいいかはわかっている。うまく言えるかは分からないけど言うしかない。
「僕も……涼月さんのことが好きです。僕は、臆病な人間です。だけど……良かったら……付き合ってくれませんか?」
頭の中に浮かぶ途切れ途切れの言葉を繋いで口にした。
少しの間、沈黙が流れる。
「はい。喜んで」
間をおいて答えた彼女の笑顔は、今までに彼女が見せたどの表情よりも綺麗な物だった。
力不足な作品でしたがここまで読んでいただき、ありがとうございました。