3年が経った。
涼月さんとの交際は続いていて、鎮守府内でも周知の事となっている。
立場の関係で今は、結婚は出来ないけど彼女が退役するときにするという約束をした。
涼月さんと付き合っていて気づいたことがある。彼女は嫉妬心がすごく強い。他人の前だと常にニコニコして善人を装っているけど、他の艦娘とは絶対に二人きりにさせようとしないし、楽しそうに話している所を見られると後で必ず肉体関係を迫られる。
涼月さんの本性を知っている明石さんだけは、僕の仕事上どうしようもないし例外みたいだけど彼女が茶化した時には、明石さんも怯む程の恐ろしい表情を見せた。
そんな涼月さんだけどやっぱり僕は、彼女が好きだ。彼女が他人を過度に警戒してしまうのはしょうがないと思う。生まれて初めて本音で話せる人間ができたんだ。絶対に放したくない気持ちはよくわかる。
それに僕と彼女はある種の共依存関係だから。
僕は彼女の中の闇を全て受け止める。そのかわりに彼女は僕の中の歪んだ性癖を受け止めてくれる(流石に寝取らせとかは嫌だと思うけど)し、僕自身の自己肯定感の低さを受け入れてくれる。僕は、彼女を放したくないし、涼月さんも同じだ。
一般的に共依存関係と言うと悪いイメージがあるけど僕たちの場合は違うと思いたい。
僕は日々、涼月さんにふさわしい人間になるように努力している。提督になるのは無理だけど整備兵としてできる事は精一杯やっているし、貯金を少しでも貯めようとしている。涼月さんも同じで艦娘としても活躍しているし、できるだけ早く退役できるように色々な筋で働きかけている。
涼月さんの退役が待ち遠しい。明石さんからの情報によると戦況が落ち着いてきているのに加えて涼月さんの活動によって、あと1、 2年以内には退役が叶うだろうという話だった。
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今日は、涼月さんの姉である照月さんが秋月さんの墓参りに来る。照月さんが来て欲しいと言ったらしく、僕も同行することになっている。
これから涼月さんと一緒に照月さんを迎えに行くわけだけど一つ疑問があった。
「涼月さん、ちょっと聞いてもいいですか?」
「どうしました?」
「今日はお姉さんの照月さんが来るのですよね? なんで艤装を背負っているのですか?」
涼月さんは、何故か戦闘用の艤装を背負っている。普段の彼女なら背負っていても熱に不思議ではないが今日は、照月さんと会う日だ。当然ながら、休みはとってあるし、深海棲艦と交戦するような機会はない。いったい何のためにつけているのだろうか?
「1つ約束をして下さい」
「えっ?」
「私が逃げてと言ったら何があっても逃げて下さい。それだけの時間は稼ぎます」
まるで誰かが襲いかかってくるかのような物言いだ。そんな事があるのだろうか?
「すみません。言ってる事の意味がよく分からないのですが……」
「姉さんは君が思うほど生易しい人じゃないんです。いいから約束して下さい」
「そんな事言われましても……」
照月さんは、危険な人間なのだろうか? 思えば照月さんについては秋月型姉妹の次女という事しか僕は知らない。涼月さんは何も話してくれなかったし、写真で容姿を知っているだけだ。彼女は、どんな人間なのだろうか?
「いいですから!」
「分かりました……」
言う事を聞いてくれそうにないと思い、仕方なく言う事を聞くことにした。
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駅に向かうと昨日の雪で真っ白な地面の上に1人の少女が立っていた。以前見せてもらった写真から彼女が照月さんだと思った。
彼女の身長は涼月さんと同じくらいで、亜麻色の髪を三つ編みにして黄土色の厚手のコートを羽織っている。手には藍色の手提げカバンをぶら下げている。瞳の色はダークグレーで宝石のように美しい。
「照月姉さん、お久しぶりです」
涼月さんが少女に声をかけた。
「あっ、涼月。久しぶりー。一緒にいるのは前に言ってた彼氏?」
「はい。彼氏の真琴君です」
照月さんは涼月さんや初月さんみたいに美人というよりは可愛いタイプの人だった。話し方はフランクでコミュ障な僕でも親しみやすい印象を受けた。
ただ、スタイルに関しては涼月さんや、秋月さんよりも良く感じる。涼月さんもモデル並みに良いと思うけど照月さんはそれ以上に感じた。胸は涼月さんの物よりも大きいし、下腹部も同じだ。 もしかしたら涼月さんの姉妹全員がこんな感じなのかもしれない。
「ねえ、涼月」
「どうかなされましたか?」
「この子、ちょっと借りてもいい? 一晩だけでいいから」
「絶対に嫌です」
「えー。君はどうなの? 一緒に楽しいことしない?」
右腕に抱きつかれた。柔らかい物が右腕に当たるのを感じる。照月さんのそれが涼月さんの物よりも大きいだろうという見通しは当たっていた。
照月さんは、上目遣いで赤みを帯びた瞳でこちらを見つめている。
もし、彼女と一晩過ごせたら……
ゴクリと唾を飲んだ。
「真琴君……」
涼月さんを見ると今にも泣き出しそうな顔をしていた。実際には腸が煮えくり返るような強い嫉妬心を感じているんだと思う。だけど、姉の前で本性を表すわけにはいかず、あんな形で感情表現をしているのだろう。
涼月さんの初めて見る表情には来る物があったのか背筋がゾクリとした。
もし、照月さんの提案を受け入れていたら一体どんな顔を……
ダメだ。これ以上、考えてはいけない。
「申し訳ありませんが……お断り……します」
なんとかそう口にすることができた。
誘惑に負けそうな所もあったと思う。だけど、涼月さんを裏切るわけにはいかない。彼女には、僕しかいないのだから。
「つれないなぁ。一晩だけなら浮気にならないし、いいんじゃないの?」
「姉さん!」
我慢しきれなくなったのか涼月さんが涙目で叫び声をあげた。
「アハハ冗談だって。怒らないでよ。妹の相手を寝取るわけないじゃん」
「冗談には聞こえなかったのですが……」
からかっていただけだと聞いてホッとした。もう少し強く迫られていたら誘惑に負けていたかもしれない。
涼月さんは、冗談だと思っていないみたいだけど……
「ごめんね。ちょっとやりすぎちゃった」
「真琴君、手を握ってもいいですか?」
照月さんが僕から手を離すのと同時にムッとした顔をした涼月さんが照月さんとの間に割り込んだ。
「はい」
隣に立った涼月さんに握られた手から彼女の暖かい体温を感じる。
誘惑に負けなくて良かったと思った。後が少し怖いけど……
「人前で手を繋ぐって2人は本当に仲がいいんだねー。お姉ちゃん安心しちゃった」
「つっ……」
思わず吹き出しそうになった。からかわれているだけなのは分かっていたけども顔に血液が集まっていくのを感じる。涼月さんも同じらしく、真っ赤にしていた。
「姉さん! いい加減にして下さい!」
「アハハ。だって涼月の反応が面白いんだもん。しょうがないじゃん」
照月さんがケラケラと笑う。
「だからって辞めてください!」
その後は、誘惑されることは無かったけど墓参りが終わるまで照月さんにからかわれることになった。
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秋月さんの墓参りが終わると昼食にでもしないかという話になって3人で近くのファミレスに入ることになった。
「そういえば涼月。ずっと聞きたかったんだけどなんで艤装を背負ってるの?」
注文が終わると照月さんが涼月さんに声をかけた。
「いざと言う時のためです」
「いざと言う時? 涼月って用心深いよね」
「とぼけないで下さい。丸腰で照月姉さんに会うほど私は馬鹿じゃないんです」
室内なのに寒気を感じる。周囲の空気が急に冷え込んだ気がした。
「丸腰の私の前で言っても説得力ないんだけどなぁ……穏便に済ませたいのか、聞きたい事があるのかどっちか聞いてもいい?」
ピシッ。
反射的に音がした方を見て息を飲んだ。
僕の前にある水の入ったガラス製のコップに亀裂が入っている。
涼月さんの想定していた事態が実現したのかもしれない。直ぐに動けるように身構えた。
「両方です。姉さん、お冬さんはどうなったんですか?」
「聞きたいの? きっと後悔するよ」
照月さんの口調が変わった。今までの軽い友達感覚で話すような物とは違い、警告を発するように強く重い口調だった。
「妹の事ですから。正直に話して下さい」
涼月さんがお冬さんと呼んだ人は、冬月さんの事だ。彼女は秋月型の駆逐艦の一番下の艦娘で1年ほど前に大規模作戦で戦死している。戦死報告を聞いた時に涼月さんがとても悲しい顔をしていた事は今でもはっきりと覚えている。
だけど、姉妹ということ以外に照月さんとなんの関係があるのだろうか?
「話してもいいけど1つ条件。実は私も涼月にも話して欲しいことがあるの」
「なんでしょうか?」
「秋月姉さんはなんで死んだの? 鬱って聞いたけど涼月の事だから、絶対に何か隠してるよね? 私の勝手な予想だけど真琴君も関係してるんじゃないと思ってるんだよね」
照月さんの氷のような冷たい声に背筋が凍りつくのを感じた。
秋月さんは表向きは鬱病で自殺した事になっている。嘘はついていないけどそれに至るまでの経緯を話すと涼月さんや僕にとって非常に都合が悪い。お互いがお互いを利用していた事や秋月さんが自己承認欲求の道具にされていたことがバレる事になる。
「それは……」
「真琴君、大丈夫です」
涼月さんが僕の手を握りしめて小声で呟いた。いずれ話さなければいけないからこの場で話すということなのだろうか? 涼月さんを信じるしか無かった。
「分かりました……」
「2人で何コソコソ話してるのかな? もしかして、後ろめたい事でもあるのかなー?」
ガシャン。
照月さんの冷たい声に僕の前のコップが割れた。彼女の敵を見るような目に体が震えた。
割れたコップに2人は見向きもしない。周囲にも異様な雰囲気が漏れていたらしく店員が片付けに来なかった。
「分かりました。全てお話します」
「分かってると思うけど嘘は無しだよ」
「はい……ですが、初めは姉さんからお願いします」
「えー、私からー?」
「はい。お願いします」
照月さんが小さくため息をついた。
「しょうがないなぁ……大規模作戦のことだし機密情報扱いだから2人とも言いふらしちゃダメだよ」
「分かっています」
照月さんが真面目な顔になった。
「冬月が大規模作戦で死んだことは知ってるよね?」
「はい」
「冬月は深海棲艦に食べられたんだよ。私の目の前で生きたまま、ね」
ドスが聞いたような暗い声の照月さんに背筋がゾッとした。深海棲艦に生きたまま食われる……考えうる最悪の死に方の一つだ。脳裏に浮かんだ光景に吐き気がした。
「嘘を……つかないで下さい」
声が震えていた涼月さんを見ると顔から血の気が引いている。
涼月さんがどんな返事を想定していたのかは分からないけど、予想外の物ではあったみたいだ。
「私が嘘をついてると思うの?」
「はい。姉さんは嘘がお上手ですから……」
「涼月に言われたくないないんだけどなぁ。残念だけど嘘じゃないよ」
「詳しい説明を……お願いできますか?」
「いいよ。大規模作戦の撤退戦の時、冬月は潜水艦にやられて負傷した。何とか連れて帰ろうとしたけど……提督から撤退命令が出たこともあって冬月を置いていったの」
「お冬さんは何と……?」
「大丈夫だから先に戻っていてくれ。私が信用できないのか? って言ってたよ。私は、冬月の事は妹として信頼してたから了承した。結果はこの通りだったけどね」
照月さんが片手に握りこぶしを作るのが見えた。
「証拠は、ありますか?」
「まだ信じてくれないの? 撤退時のやり取りは一緒に出撃していた人に話を聞けば裏を取れると思うよ。私と冬月を除くと霧島さん、瑞鳳さん、川内さん、不知火ちゃんだったかな? どうしても気になるならそこら辺に聞いてくれない?」
照月さんが暗い声で言った。とてもではないけど嘘を付いているようには見えない。
涼月さんが涙を流して頭を下げた。
「疑ってしまい、本当に申し訳ございませんでした!」
「いいよ……気にしないで。冬月と私は、仲が悪かったからそう思うのは無理ないと思うし、見方によっては私が見捨てたみたいなものだしね……涼月、大丈夫?」
泣いている涼月さんに照月さんが優しく声をかける。涼月さんは数分程、泣いていたけど涙を拭いて顔を上げた。
「すみません……見苦しい所をお見せしました……」
「その調子なら大丈夫そうだね。次は、涼月の番だよ。なんで秋月姉さんは死んだのか話してくれない?」
「分かりました……お話します」
涼月さんの話を照月さんは最後まで黙って聞いていた。途中、僕自身の口から自分の失態を話すことになった時が何回もあってそのたびに冷や汗が流れたりしたけど杞憂だった。
「そっか……涼月も大変だったんだね。ごめんね。嫌なことを思い出させちゃって……」
「いえ……大丈夫です。全て私がやった事ですから……」
初めは修羅場を見ているみたいで冷や冷やしたけども落ち着いて話し合ってみれば二人は仲の良い姉妹だった。
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食事が終わると照月さんを駅まで見送ることになった。
「涼月、ちょっと真琴君と2人きりで話したいことがあるんだけどいい?」
電車が来る10分ほど前に照月さんが声を上げた。
「ダメです」
「1分もしないし、誘惑したりもしないからいいでしょ」
「嫌です」
二人はしばらく言い合いをしていたけど最終的には涼月さんが折れる形となった。
「しょうがないですね……1分だけですよ」
「ありがとうね。真琴君、ちょっとあっちに行こう」
照月さんに片手を掴まれて待合室の隅に連れていかれた。会ったばかりの時に誘惑されたこともあって薄気味悪い物を感じる。
「えっと……何ですか?」
照月さんが僕と目を合わせた。彼女のダークグレーの瞳に心の中の全てを覗かれているような気がする。
今までのフランクな雰囲気の彼女やファミレスで僕達を睨みつけていた彼女とは違う事を確信した。
「約束してほしいの」
照月さんが落ち着いた真面目な声で呟いた。
「約束ですか?」
「あの子、嘘つきだし性格悪いけど、根はいい子だし1人で悩むことが多いの。秋月姉さんの時もそうだったでしょ?」
「はい。すごく大変そうにしてました」
「私が会えるのもこれが最初で最後かもしれないけど涼月を幸せにしてあげてね。真琴君なら大丈夫だと思うからお願いね」
照月さんに両手を握られて、涼月さんのお姉さんであることを確信した。涼月さんの姉妹は、皆が自分よりも他の人を大切にする。秋月さんも涼月さんもそうだった。照月さんも同じだ。
「はい! 涼月さんは僕が絶対に幸せにします!!」
「その言葉が聞けて良かった。涼月によろしくね」
それだけ言うと照月さんは立ち上がり、涼月さんにじゃあね と挨拶をして僕達の前から消えた。
「姉さんは、何を話していたのですか?」
照月さんがいなくなったのを見計らってからの涼月さんの問いに、1字1句間違いなく話した。
「そうですか……」
「いいお姉さんでしたね」
「真琴君。私は、また1人姉妹を失う事になるかもしれません」
涼月さんが暗い顔で呟いた。
「えっ?」
「その時に死ぬのはあの人 です」
「どういうことですか?」
「今回の事だけは、これ以上聞かないでください」
そう呟くと涼月さんは口を閉ざしてしまい何も喋らなくなってしまった。
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「そういえば」
帰り道の涼月さんの問い詰めるような言い方に悪寒が走った。
「照月姉さんの誘惑に負けかけてましたよね?」
「いえ……そんな事は……」
「嘘はつかなくても大丈夫ですよ。怒りませんから」
涼月さんの笑顔が怖い。口は笑っているけど目は笑っていないし右手には握りこぶしを作っている。嘘は絶対につくなと遠回しに言っているように聞こえた。
「すみません。負けかけました。涼月さんの表情も良かったのでつい……」
「つ……」
涼月さんの顔が少し赤みを帯びたように見えた。
「今晩、時間ありますか?」
「は、はい……」
「誰の彼女なのか分からせてあげますから楽しみにしておいて下さいね」
「お手柔らかにお願いします……」
今夜は、覚悟しておいた方が良さそうだ。
今回の作品の照月は次の作品のヒロインの予定です