明石さんが言おうとした事は何なのだろう? 仕事終わりに工廠裏でキジクマに餌をあげながら考えた。
涼月さんと関わり過ぎると面倒ごとに巻き込まれると言いたいのだと思うけどその面倒ごとが分からない。
彼女がトラブルメーカーとでも言うのだろうか? それか、僕の知らない別の涼月さんがいるのかもしれない。それがどんなものかは、想像できないけど……
「お時間、空いてますか?」
後ろから声がした。
「あっ、涼月さん……秘書艦任務じゃなかったのですか……?」
「こんばんは。夕食の休憩時間を利用して少しだけ抜けてきました。すみません。今日の18時半頃から21時頃まで空いてます?」
「えっ……暇ですけど……」
「鎮守府の正門に来てくれませんか? 手伝って欲しい事があります」
「いいですよ」
「ありがとうございます。申し訳ありませんが私は時間なのでこれで……」
それだけ言うと涼月さんは僕に背を向けた。
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正門前に約束の10分程前に着いた。
夏は終わりに近かったけどこの時間はまだ明るい。セミがミンミンと鳴いている。工廠の中の作業よりはマシだがが暑いものは暑い。
五分ほどして正門から涼月さんが出てきた。いつものセーラー服の彼女とは違い、薄手のTシャツを着てショートパンツを履いている。
彼女のスタイルが際立っていてドキリとした。
「すみません。待ちましたか?」
「いえ、そんなには……」
「着いてきてください」
歩いている最中に何をして欲しいかの説明を受けた。
話の内容は涼月さんのお姉さんである秋月さんの看病を手伝って欲しいとの事だった。
秋月さんは1年ほど前の戦いで重傷を負い歩けなくなってしまい以後、療養生活を送っているらしい。
戦争の結果とはいえ秋月さんのことが気の毒に感じた。
歩いて10分ほどして、この辺りにしては大きめの病院に着いた。
涼月さんの案内の元、病室に入ると一人の少女がベッドに横たわっていた。
「失礼します。秋月姉さん、体調はいかがですか?」
「涼月、いつも悪いね……その子は?」
涼月さんのお姉さんである秋月さんも涼月さんに負けず劣らず凄く綺麗な人だった。水色の病院服を着ていて髪は、流れるような黒でポニーテールに纏められている。
整った顔つきからは涼月さんと同じように大人びた雰囲気を感じた。
「紹介します。新人の整備兵の葛葉真琴君です。今日はお手伝いに来てもらいました」
「葛葉真琴です……よろしくお願いします」
「よろしくね」
緊張から、いつものコミュ障振りを発揮してしまったけどそんなことも気にかけずに秋月さんはニッコリとして挨拶してくれた。
洗濯物を洗濯したり、最近の鎮守府の出来事の報告をしたり短時間だけど秋月さんを車椅子に乗せて雑談をしながら散歩をしたりもした。涼月さんは手馴れた手つきでやっていたけど慣れていない僕はぎこちなくなってしまう。
病人の介護は初めてだったけどとても大変だと感じた。
「涼」
介護が始まって2時間ほどして病室に戻った時に秋月さんが涼月さんに声をかけた。
「いつもごめんね。こんな私で迷惑ばかりかけて……」
「お気になさらないで下さい。妹として当然の事ですから」
「真琴君もありがとうございました。今後も涼月をよろしくお願いします」
「いえ、お世話になるのは僕の方なので……」
ドギマギしながらそう返すと僕達は病院を後にした。
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「ありがとうございます。助かりました」
日が沈んだ帰り道、涼月さんが僕にお礼を言った。
「お姉さん、元気そうでしたね」
「そうですね……」
口から出た言葉とは裏腹に涼月さんは元気の無さそうな顔をしている。何かあったのだろうか?
「大丈夫ですか? 元気が無さそうですが……」
涼月さんがため息をついた。
「実は……秋月姉さんに逢いに行くのを負担に感じてるんです。秘書艦任務が忙しいですし、艦娘としての任務もあります。秋月姉さんに数日に1度とはいえ大変な事には変わりないです。でも、姉さんを1人にするわけにもいきませんし……」
涼月さんがまた、ため息をついた。
僕が代わりにやるべきなのではないだろうか? という考えが浮かんだ。
仕事が終わってもどうせ帰ってネットを見てから寝るぐらいしかやることがないし、涼月さんを僕に手で助けれるなら助けたい。僕なんかにできるのかという不安はあるけど慣れれば何とかなると思いたい。
「あの……良かったらなんですけど……変わりに僕が行きましょうか?」
「えっ? いいのですか?」
「帰ってもどうせ暇ですし僕で良ければ……」
「是非、お願いしたいです!」
余程、大変だと思っていたのだろう。涼月さんは直ぐに食いついた。
「姉さんには私の方で伝えておきますね。それと明石さんにこの事は秘密にしておいてもらえますか?」
「いいですけど……理由を聞いてもいいですか?」
「からかわれるのが嫌なんです。弱みを握ると直ぐにネタにしようとするので……」
確かに明石さんは何かあるとすぐにからかおうとする。涼月さんに気があるのがバレた時がそうだった。
今までの涼月さんの明石さんへの態度を見る限り、明石さんに変な弱みを握られたくないのはすぐに理解出来た。
「分かりました。秘密にしますね」
「お願いします」
本当に小さな事だけど涼月さんと共通の秘密ができたのが嬉しく感じた。
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秋月さんの世話は2日に一度。初めのうちはぎこちない手つきで失敗ばかりしていたけど一週間もすると慣れた。
秋月さんは、すごくいい人だった。僕が介護を失敗しても絶対に攻めなかったし、よく僕のことを気にかけてくれる。
気づいたら、コミュ障な僕でもなんとか普通に話せるようになっていた。
全体的に見て、秋月さんを介護するのは大変だったけど困ってる人を助けているという喜びがあったし、非力な僕でも涼月さんの役に立ててうれしかった。
2週間ほどしたある日、工廠でいつも通りに作業していると明石さんに声をかけられた。
「葛葉君そういえば最近、仕事終わった後にどこに行ってるんですか?」
「真っ直ぐアパートに帰ってますよ。たまにスーパーとかに寄ったりはしますが……」
「本当ですか?」
明石さんの低い声にドキリとした。明らかに疑われている。
彼女の方を振り向くと手を止めてこちらをじっと見つめていた。嫌な感じだ。小学生の時に先生に一対一で怒られた事を思い出した。
だからと言って本当のことを話すわけにはいかない。涼月さんとの約束なのだから。
「本当ですか……って、嘘を付く理由が無いじゃないですよ」
「実は昨日、葛葉君を鎮守府よりも北の市街地で見たんですよね。葛葉君のアパートやスーパーとは正反対ですよね? 何やってたんですか?」
当たっている。昨日は偶然、秋月さんの介護をする日だった。明石さんはその時の僕を見たのだろう。
とはいえ下手な嘘は逆効果だ。ここは素直に認めよう。
「ちょっと用事があったから歩いていただけです」
「用事って何ですか? まさか、病院に行くためだったなんて話はありませんよね?」
1発で当てられた。
「違います!」
「相変わらず嘘をつくのが下手ですねぇ……秋月さんですね」
咄嗟に否定したけど明石さんには全てがお見通しのようだ。
「……何が言いたいんですか?」
全面降伏。少し悔しかったけどそれ以外の選択肢は無かった。
「明石はただ、葛葉君が何をやっていたのか知りたかっただけですよ。秋月さん、お元気でしたか?」
「まぁ体調は良さそうでしたが……」
明石さんがため息をついた。
「1つ聞いていいですか?」
「何ですか?」
「正直に言ってください。葛葉君は秋月さんの介護を負担に思っていたりしてませんか?」
「思っていません。大変な人を助けるのは当たり前の事じゃないです。涼月さんや秋月さんの為にもなっているので嬉しいぐらいです」
全部、本当のことだ。
それと……言いたくはなかったけど口にはしなかったけどせっかく作れた涼月さんとの接点を失いたくないというのがあった。
「本気で言ってますか?」
明石さんが怪訝な顔をした。
「嘘はついていません。つく理由もありません」
「そうですか……そう言うのであれば明石はこれ以上は口出ししません」
それだけ言うと明石さんは機械いじりを再開した。
「涼月さんには内緒でお願いしますよ」
「分かってますよ」
僕に目も合わせずに明石さんはそう呟いた。
――――――――――――――――――――
「真琴君、涼月は元気ですか?」
明石さんとの会話をした次の日に秋月さんに病室の中で聞かれた。
「お元気ですよ。昨日も明石さんに開発の依頼に来ていました」
「そうですか。涼月が元気そうでなによりです」
「何か気になることでもありましたか?」
「最近、会いに来てくれないので少し心配になってしまって……」
涼月さんが秋月さんに会いに来ていないのは初耳だった。何か忙しい要件でもあったのだろうか……少し考えて、近々、大規模作戦があることを思いだした。
「秘書艦任務が忙しいのではないでしょうか? 大規模作戦が迫ってるとかそういう話で鎮守府の仲が盛り上がっていますよ」
「なるほど、そういうことですか。今度、涼月に会ったら、大規模作戦を頑張って と伝えておいてください」
「お伝えしておきますね」
「ありがとうございます」
涼月さんも秋月さんの様子が気になるのか時々、元気そうかと聞かれる。お互いにお互いを思いあう、本当にいい姉妹だ。
ふと、秋月さんの他の姉妹のことが気になった。
「そういえば、秋月さんは涼月さんのことをよく話しますが他に妹さん方はいないのですか?」
「います……けど、配属先の関係で皆バラバラになっちゃって今は連絡が取れない状況ですね。涼月だけが近くにいる唯一の身内です」
秋月さんの答えを聞いてやらかしたと思った。これじゃあ涼月さん以外の姉妹が戦死したみたいだ。聞いてはいけないことを聞いた。
「そうなんですか……失礼しました」
僕の謝罪の意味が分からなかったのか涼月さんは怪訝な顔をした。
「涼月は妹の中で一番いい子で、勉強や実技なんでもできる子でしたね。それに対して私は何もできなくて皆の足を引っ張ってばかりでした。私さえいなければ涼月はもっと上に行けたのに……私がこんな大怪我を負わなければ涼月に迷惑をかけることもなかったのに……」
秋月さんがため息をついた。
秋月さんは自己評価が低いらしく、こうやって時々、落ち込んでいる様子を見せる。
「そんなことありませんよ。秋月さんは立派です。後方で機械いじりをしてるだけの僕なんかと違って前線で戦っていましたし、その結果の負傷なら名誉の負傷と誇っていいと思いますよ」
「ごめんなさい。こんなことばかり言ってちゃダメですね。今日は、ありがとうございました。また、お願いします」
秋月さんに頭を下げて病室を後にした。
病院を去る際、落ち込んでばかりいる秋月さんが気の毒に感じた。
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それからは何事も起こらず平穏な日々が続いた。涼月さんは忙しいらしくあまり話をする事が出来なかったけど会えた少ない機会では秋月さんの状態を報告したりした。涼月さんの様子は変わりない。明石さんは約束を守ってくれたらしい。
平穏な日々がこのまま続いて欲しい。そう思っていた。
事が起きたのは1ヶ月程経った頃だった。その日はいつも通り、涼月さんが明石さんと話をしに工廠を訪れて明石さんに文句を言っていた。
「分かりましたって。資材の無断運用は絶対にしませんから」
「絶対にですよ! 」
怒鳴り声をあげる涼月さんの左手の薬指でキラリと何かが光るのが見えた。
「涼月さん、それは……?」
二人の話が落ち着いてから声をかけた。
「どうしました?」
涼月さんが怪訝な顔をした。
「左手の薬指に……」
「あっ……! これは……」
涼月さんが咄嗟に左手を隠そうとした。
「指輪……みたいですね。ご結婚なさったのですか?」
明石さんが横槍を入れた。
「実は……つい先日、提督から求婚されて……」
話によると提督クラスの人は部下である艦娘に結婚を申し込む事があるらしい。
カッコカリなんて名前がついていて、大本営から買える指輪を渡すのまでが一連の儀礼だ。好きな艦娘に渡す以外に、渡すことによって一定の強化が得られるという側面もあり、そちらの意味で渡す提督も多いらしい。
涼月さんは……多分、前者だろう。
「すみません。時間なのでそろそろ私はこれで……失礼します」
そう言うと涼月さんは気まずそうな様子で工廠を後にした。
結果は分かっていた。手が届きもしない高根の花に手を出そうとして失敗した。ただそれだけの話。
心の中に黒いドロドロとしたものが流れ込んできた。目の前の仕事に手がつかない。
「真琴君」
明石さんが僕に声を掛けた。
「何ですか……?」
「仕事終わりに飲みに行きませんか? 愚痴話ぐらいなら付き合いますよ。明日は休みですし……」
一瞬、断ろうかと思った。だけど自分の中の害意を僕一人で解消できるとは思えない。明石さんの誘いを受けることにした。
「お願いします……」
生まれて初めて記憶が無くなるまで酒を飲んだ。
逆恨みと分かってはいたけど初めて涼月さんを憎んだ。辞められなかった。どうにでもなれと思った。
――――――――――――――――――――
失恋のショックは大きかったけども休み中に何とか気持ちの整理は付けた。。涼月さんの事を考えると少しチクリと心が痛む事があるけどそれだけだ。
僕の中の彼女への気持ちも結局の所、それだけの気持ちだったのだろう。涼月さんとは上下関係の付き合いをしようと割り切れた。
「おはようございます!」
「おはようございます。気分はいかがですか?」
「昨日は二日酔いで最悪でしたが寝たらスッキリしました」
「大丈夫そうですね。今日もお願いします」
「はい!」
11時頃に涼月さんが来た。
「失礼します。明石さんはいらっしゃいますか?」
「なんですか? 作業は真面目にやってますし、資材の無断運用はしてませんよ」
「提督から装備開発の依頼です」
2人は何気ない話をしていたけど涼月さんの左手に光る指輪を見るとやっぱり心が傷む。できるだけ涼月さんの方を見ないようにした。
「すみません。真琴君、ちょっといいですか?」
「はっ、はい!」
突然、声をかけられて動揺を隠せなかった。
「後で話したい事があります。19時に正門前に来て下さい」
「分かりました」
正門前? 一体何を話したいのだろうか?お昼まで考えたけど答えは出なかった。
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10分程、早く着いたけど涼月さんは既に正門前に立っていた。
「こんな時間に呼び出してしまい申し訳ありません」
「気にしないで下さい。それで、話したいこととは……」
「秋月姉さん、お元気でしたか?」
涼月さんは、少し困った顔をしたがすぐに口を開いた。
「最後に見たのは昨日ですが……お元気そうでしたよ」
「そうですか……」
会話が詰まった。僕が、何か話すべきなのかもしれないけど話す言葉が出てこない。
「あの……!」
少しして、意を決したように涼月さんが言った。
「正直に答えて下さい。秋月姉さんの介護を辛いとか出来ればやりたくないとか思っていませんか?」
首を傾げた。以前、明石さんに聞かれたことと全く同じだ。何を言いたいのかがよくわからないけどひとまずはあの時のように正直に答えることにした。
「別に思っていませんよ。困っている人を助けるのは当たり前ですから。むしろ無能な僕でもお役に立てて嬉しいぐらいです」
「そうですか……馬鹿……ですね……」
涼月さんが下を向いた。
「えっ……?」
「真琴君はいい人すぎます!」
涼月さんが顔をあげて大声をあげた。
「涼月さん……?」
「いいように利用されてるとか考えないんですか! ? このままだと絶対に悪い人に騙されますよ!」
わけがわからない。確かなのは涼月さんが怒っているということだけだ。覚えが無いけど何か僕が彼女の気に食わないことをしたのだろうか?
「わかがわからないって顔をしてますね……もういいです。帰って下さい」
「涼月さん……あの……」
「帰って下さい!」
このまま話しても話を聞いてくれそうにない。引き下がるしかなさそうだ。
頭の中の靄が晴れないまま 失礼します とだけ言って僕は鎮守府を後にした。
――――――――――――――――――――
次の日、工廠で明石さんに昨日のことを話すと笑われた。
「アハハハ、涼月さんも言いますねぇ」
「どういう意味ですか?」
「申し訳ありませんが、明石には言えない事です。真琴君自身が考えて下さい」
「教えてくださいよ」
「いーやーでーす」
しばらくの間、問い詰めたけどダメだった。話せない理由すら話してくれない。
僕が何をしたというのだろう? 間違ったことをしているなら謝りたいし、改善したい。なのに二人とも何も教えてくない。
理不尽に感じた。
昨日と同じように11時ごろに涼月さんが来た。
「失礼します。明石さん、依頼していたものはできましたか?」
「できてますよー」
明石さんが涼月さんに何かを渡すのが見えた。
また、理由も分からないまま怒られるかもしれないという考えが頭の中を過る。
「真琴君」
できるだけ彼女の方を見ないようにしていたけど声をかけられた。仕方なく涼月さんの方を振り向いた。
「何ですか?」
「昨日は取り乱してしまい申し訳ありませんでした」
涼月さんの口から出た言葉は謝罪の言葉。
「いえ……気にしないで下さい……でも、昨日は……?」
「失礼します」
昨日のことを話そうとしたら、涼月さんは逃げるよう小走りでに工廠から出ていった。
「はぁ……涼月さんも素直じゃありませんねぇ……」
閉まった工廠のドアを見て、明石さんが呟いた。
その日以降、涼月さんとはあまり話をしなくなった。偶にすれ違ったりすると気まずそうな顔をされて、連絡先のSNSを送っても既読だけついてスルーされる。
少し寂しい感じもするけど失恋した直後だったし、丁度良かったと思う。
秋月さんの介護は未だに続けている。それが僕が涼月さんに対して出来る事だし義務なのだから。
涼月さんと話さなくなった以外は充実した平穏な日々を送っていると思う。
だけど、僕は知らなかった。平穏は、いとも簡単に壊れるということを……
次回から、R-18描写注意です