本当に偶然、夜遅くに鎮守府の中を整備の終わった装備品を霞さん(この人はいつもピリピリしているので正直苦手だ)に届けた時だった。
普段とは道を変え、執務室前を通りかかった時に異変に気づいた。何かが投げつけられる音がした。
「お前なぁ。いい加減にしろよ。誰にでも媚びればいいってもんじゃねぇぞ」
低く重い機嫌の悪そうな声が聞こえた。ドアの隙間から中を覗き見ると提督の前の涼月さんが虐められた子猫のように震えてるのが見えた。周囲には割れた陶器の破片が転がっている。
「申し訳ございません……」
「こないだも整備兵のガキに色目使ってたよなぁ? この売女が! 結婚した身で自分が何やってるのか分かってんのか?」
「はい……本当に、申し訳ございませんでした」
「だけは何とでも言えるな。携帯を寄越せ」
「はい……」
涼月さんが提督に携帯を渡すのが見えた。
「いいか? お前の携帯の奴は消したが以後、絶対に俺以外の男と連絡を取ろうとするな」
「はい……心に命じます」
「もし、破ったら分かっているな?」
涼月さんが、無言でうなずく。
「今日はこのぐらいで勘弁してやる」
話が終わったようだ。僕は、逃げるようにその場を立ち去り、アパートに帰った。
帰る途中、携帯のSNSを確認したら、涼月さんの名前が消えていた。
二人の間に何かあったのだろうか? 何かの拍子に僕が邪魔をしてしまったのだろうか?
分からない。その日は、あまり寝る事ができなかった。
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次の日、寝不足気味なのを我慢しながら仕事をしていると、いつも通りに11時ごろに涼月さんが来た。
明石さんとの会話が終るのを見計らって、思い切って声をかけた。
「すみません!」
「真琴君? どうかしましたか?」
涼月さんの様子はいつも通りで昨日の事が嘘のように見えた。
「昨日の夜、執務室で提督と何を話していたのですか?」
一瞬、彼女の表情に影が射した気がした。
「いつも通りのことです。報告と明日の予定の管理、それだけの事ですよ」
声がいつもにもまして柔らかく感じた。それだけに不気味さを覚える。
「いつもの事……が怒られる事なんですか?」
彼女の顔に明らかに動揺が走った。
「気の所為……じゃないですか? 私は提督と事務の話をしていただけですよ」
「気の所為じゃありません。昨日、涼月さんが提督に怒られているのを見たんです」
涼月さんが顔を隠すかのように下を向く。
「すみまでん。用事があるので失礼します」
「あっ、ちょっと!」
彼女を止めようとしたが逃げられてしまった。
「えっと……わけがわからないんですけど何かあったんです?」
僕達の会話をポカンとして聞いていた明石さんが声をかけた。
「なんでもないです」
「明石を置いてきぼりにしないで下さいよー!」
気軽に他人に話していい話ではない。
断ったけど何度もしつこく言ってきたから折れるしかなかった。
「分かりました。教えますから……!」
信じてもらえるか自信はなかったけど、明石さんは、真面目な顔をして話を聞いてくれた。
普段の彼女が彼女なだけに意外に感じた。
「成程、涼月さんが提督に怒鳴られている所を見たと」
「はい……」
「なんて言われていたのか分かりますか?」
「えっと……たしか色目を使ってるとか売女とか……」
「なるほど……」
何を考えているのだろうか? 明石さんはしばらく考えるような仕草を見せた。
「次に見掛ける機会があったら録画してきてくれませんか? テープレコーダーを渡します」
「えっ? 何でですか?」
「明石個人として気になります。悪趣味と思うかもしれませんが私達からすると上がどんな性格をしているかを知るのは大切な事ですからね……録画してきてくれたら、3日分の夕ご飯奢りますよ」
「分かりました。録音してきますね」
断る理由は無い。僕は明石さんの提案を受け入れた。
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チャンスは数日後に訪れた。
機会を作るのは簡単で、秋月さんの介護が無い日にわざと鎮守府内で動くざるを得ない用事を作りわざと執務室の前を訪れる。それだけの事だ。
この日も執務室の中から怒鳴り声が聞こえた。早速テープレコーダーをつけて聞き耳を立てると性行為についてのトラブルのようだった。
何でも涼月さんが提督からの要求を拒否したらしい。
ドアの隙間から、覗くと涼月さんが土下座しているのが見えた。
「どうしても嫌だって言うのか?」
「はい……それだけは、どうかお許しください……申し訳ございません……」
涼月さんの声は震えていて、まるで命乞いをしているかのようだった。
「分かった。今回だけは勘弁してやる」
「本当ですか?」
提督の意外な言葉に拍子抜けするのと同時に安堵感を感じた。彼にも善意があるのだろうか?
顔を上げた涼月さんの顔に1寸の光が点った。だけど、僕と涼月さんの淡い期待が裏切られるのにはそう時間はかからなかった。
「だが、病院にいるお前の姉はどうなると思う?」
秋月さんの名前を聞いて胸倉を掴まれたような感触が走る。
「秋月姉さんが……! ? 辞めてください! 姉さんは関係無いじゃ無いですか!」
「お前の姉妹の時点で関係ありだ。そんな事も分からんのか?」
「姉さんに手を出されなかったら夜を共にしろと言う事……ですか?」
「察しがいいな。そういう事だ」
少しの間をおいて涼月さんが口を開いた。
「分かりました……」
「もうちょっと気の利いた事は言えねぇのか?」
「気の利いた事……?」
「私は嫌らしい淫売ですが、提督にご奉仕させて頂きます ぐらい言ってもいいんじゃないか?」
「嫌です! そんな事……」
「命令だ。言え!」
見ているだけの僕でも思わずひるんだ。彼の怒鳴り声は、それ程の激しさがあった。
「私は……」
「何だ? 聞こえねぇぞ」
「私は…嫌らしい淫売ですが…提督に御奉仕させていただきます……」
「言ったな。望み通りにしてやる」
提督が、ニヤリとした。
その後は全く合意があるとは言えない行為を見せられた。涼月さんは服を破るように脱がされ、処女を失った。
二人の行為は、タバコの火を押し付ける等の暴力も交えた物で普通の人なら見ていられないものだと思う。
だけど本当に嫌だったのは自分が興奮していたことだ。
憧れの存在であり、片思いの相手だった人。それが目の前で汚されていく……
見てはいけないと心の中の自分が叫ぶ。だけど、悲鳴を上げる彼女目を離せなかった。
下半身の物は痛い程に勃起していた。
かさぶたみたいに、赤くて黒い雰囲気が流れている。
何分経ったのか分からない。とても長いように感じた2人の行為が終わった。
涼月さんは意識を失ったらしく床でぐったりとしている。提督が一仕事終わったとばかりにタバコを吸うのが見えた。
急に我に返った。これ以上、ここにいるのは危険だし無意味と判断して鎮守府を脱出した。
アパートに戻ると安心感からか、急に力が抜けた。
下半身は未だに熱を持っている。
助けるべきだったのだろうか? という疑問が頭を過る。
しかし、止めに入るとして何か出来たのだろうか? 喧嘩なんてした事の無い僕なんかじゃ止めれなかったと思う。
先程見た光景が頭の中でフラッシュバックする。それに共鳴するかのように興奮を感じた。
息が切れる。全身が熱い。
部屋の中に転がったテープレコーダーの再生機が目に付いた。ポケットには先程の光景を録音したテープが入っている。
いけない事だと分かっていたけど我慢出来なかった。僕はテープを再生機にかけた。
それからの事は記憶に残っていない。残したくもなかった。
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全身に疲労感を感じながら目を覚ました。時計を見ると出勤までに1時間ほど余裕がある。
夢であって欲しかった。
だけどゴミ箱の中のやけに臭う、ちり紙や全身の疲労感が昨日の事を事実だと物語っている。
ため息をついく。
最低だ。片思いだった相手を僕自身の手で汚した。僕にもっと力があれば助けれたかもしれない。
無力感とタールのように真っ黒な罪悪感が全てを支配した。
カセットテープの再生機が視界に入った。中には先日のカセットテープがある。
本来なら、このまま黙って明石さんの所へ持っていくべきだろう。
だけど…昨日の興奮が蘇った。二度とあの感触を味わえないかもしれない。
コピーをとってもバレなければ問題無いのでは無いだろうか?
魔が刺した。気づいたらパソコンでコピーのやり方を調べていた。幸いな事に周辺にあるものでコピーは取る事が出来た。念の為、コピーしたものを小音で再生してみたが特に気になる様な事は無かった。
コピーをとり終わる頃にはいつもの起床時間になっていた。
僕は軽食をとって鎮守府へ向かった。
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工廠に向かうと明石さんは既に作業を始めていた。
「約束の物を持ってきました」
「お疲れ様です。内容は後で確認しますね」
明石さんが手を止めて、テープを受け取った。
「念の為、言っておきますが結構、ショッキングな内容ですよ」
「一応、何があったのか教えていただけますか?」
涼月さんが性行為を強要された事や秋月さんを人質に取られていた事を話した。
「最低」
明石さんが反吐を吐くように言った。
「そういえば真琴君は最後まで見ていたんですか? 話だけでも普通の人なら、途中で逃げ出したくなる光景みたいですが」
明石さんの全てを見通したような澄んだ瞳にドキリとした。
「いえ……」
「嘘をついても分かりますよ。テープレコードが全部録画してますからね。あくまでも明石の予想ですが興奮して見てたんじゃないですか?」
「はい……」
まんまと弱みを握られてしまった。
「別に恥じる必要はありませんよ。性癖は人それぞれです。SMだろうがペドフィリアだろうが人それぞれの価値がありますから。ただ、真琴君が嘘を付くのか気になっただけです」
責められなかったことをほっとする反面、わざと認めさせたのかという軽い苛立ちを感じた。
「意地悪 ですね……」
「明石としても下手をしたら殺されかねない危険な事をやってますからね。それぐらいの警戒はしますよ」
「僕が信用出来ないと」
「誰でも何かの拍子に話してしまう可能性はあるから完全に信用する事は出来ません。疑心暗鬼になれとは言いませんが真琴君も気をつけた方がいいですよ。まぁ……今回の事は目を瞑りますが信用関係にありたいなら今後は嘘をつかないで下さい」
「協力するとは一言も言ってないんですけど……それに提督を知るために撮影を頼んだんじゃなかったのですか?」
「協力するしないは、自由です。ですが、真琴君は涼月さんを助けたいと思わないのですか?」
「それは……」
黙らせられてしまった。
助けたい。僕が汚れていたとしてもそれは揺るぎ用のない事実だ。
「いずれにしても、明石達にできることは情報を集める事だけですがやらないよりはマシです」
「集めてどうするんですか? 」
「内部告発するかこの鎮守府の大本営からの監視員を見つけて渡すかですかねぇ……」
「監視員? 」
「知りませんか? 下手に内部告発やろうとしても提督の権力が強すぎて揉み消されて終わり というパターンは多いんですよ。その為にどの鎮守府にも大本営からの監視員がいます。証拠を集めて渡すことができればかなりの効果があると思いますよ」
提督に正面から逆らえる人間が鎮守府内のどこかにいる。明石さんの話は、眩しいぐらいの光明だった。
「それじゃあその監視員さえ見つけれれば……」
「監視員が誰かは本人と大本営しか知りませんよ。明石や涼月さんは勿論、提督ですら知りませんよ。監視員の前で提督の不祥事が隠されたら意味がありませんから」
「そうですか……」
ため息をついた。
「それに、仮に監視員を見つけたとしてもこの程度じゃあ証拠としては弱いです。もっと集めないとダメですね」
「またあの光景を見に行けと……」
「悪いですがそうしてもらうしか無いですね。執務室に監視カメラでも仕掛けれるなら話は別ですが、仕掛ける場所はありませんし、提督はあまり執務室を離れないので難しいと思いますよ」
「分かりました……」
「今度は、デジカメ渡すので撮ってきてくれませんか? コピーは、自由にして頂いて構いませんがオリジナルだけは、絶対に明石に渡して下さい」
「コピーなんて取りませんよ!」
僕は叫び声を上げた。