「涼月は元気ですか?」
その日の仕事終わりに秋月さんの看病をしていると声をかけられた。
「お元気…ですけどなにか気になることにでもありましたか?」
平然と嘘をつく自分に嫌悪感が沸く。
「最近、全く会いに来なくなったので、戦場で怪我でもしたのではないかと不安になってしまって……」
秋月さんにすら会いに来れていない……
僕の記憶では、涼月さんは、提督と結婚する前は忙しい時を除けば、定期的に会いに来ていたはずだ。提督からの拘束がそんなに強いのだろうか?
明石さんが言った通り、かなりまずい状況なのかもしれない。
「涼月さんなら大丈夫ですよ。最近、仕事が忙しく来れてないだけだと思います」
「頑張り屋のあの子の事が不安になりましたが真琴君が言うなら大丈夫ですね」
秋月さんのニッコリとした笑顔に心臓が針で刺されたように痛んだ。
「立派な妹さんなのですね」
「はい。涼月は私なんかと違って何でもできる自慢の妹ですから……ごほっ……ごほっ……」
突然、秋月さんが咳き込みだした。
「大丈夫ですか? 」
秋月さんは最近、体調がすぐれない。涼月さんと関わることになったきかっけの猫のキジクマも同じで最近、風邪気味だ。
「涼月と……ごほっ……話す機会があれば…ごほっ……お姉ちゃんは大丈夫だからお仕事を頑張って と……げほっ……伝えておいてください」
「わかりました……」
秋月さんの咳が止まると秋月さんはベッドに横になって眠りだした。
美しい姉妹の絆……色々な意味でそれを汚している自分に激しい罪悪感を感じた。
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10日程したある日、夜遅くに整備が終わった装備を霞さんに届けに行くと文句を言われた。
「ねぇ、最近届けに来る時間遅くない? 」
遅くなった理由は勿論、執務室を見に行くためにわざと時間を遅らせたためだ。当然ながら、そんなことは言えないけど……
「すみません。整備に時間がかかってしまって……」
「ふーん……」
半信半疑の目でこちらを見た。
「まぁ今日の所は勘弁してあげるわ。最近、変な噂も立ってるし帰り道は気をつけなさいよ」
「どんな話ですか? 」
「知らないの? 夜中に執務室の辺りから悲鳴が聞こえたり、変な音がするって話しよ。だけど、涼月さんやクズに聞いてみてもそんな事は知らないの一点張り。駆逐艦の子達の1部はお化けが出てるなんて話をしているわ」
「そうなんですか……」
「まぁいいわ。今日はお疲れ。また明日も頑張りなさいよ」
「霞さんもお疲れ様です」
そう言って、僕は彼女の部屋を後にした。
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霞さんは薄々気づいているのではないだろうか?
執務室に向かう最中にふとそんな疑問が生じた。
僕が遅くなり始めた頃と執務室での悪夢が始まった時期はほぼ一致している。何かの関連性を疑われてもおかしくない。
もし聞かれたら何と答えればよいのだろうか? 事実を話したとして信じてもらえるだろうか? ダメだ。とてもではないが信じてもらえるとは思えない。
霞さんは提督を普通にクズと呼んでいるが最低限の尊敬する気持ちはあるはずだ。それに、下手をしたら提督に直々に話を聞きに行くような事態になりかねない。
嘘を付いて誤魔化すべきだろうか? これが正解なのかもしれない。知らないで押し通そう。それならばれても大したことにはならないはずだ。
もっとも、彼女が監視員なら素直に話すべきだと思うけど……
考えていたらあっという間に執務室の前に着いた。
ここに来るということはまたあの悪夢を見ることになる。
それが言葉にできない苦痛であり、暗い楽しみだった。
あれを見るたびに人として大切な何かが少しずつ失われていく自覚があるけども辞めることはできない。それが涼月さんのためで事態を解決する糸口になるのだから。
早く終わりがきて欲しい。終わりさえくればいつもの生活に戻れるはずだ。
ドアの隙間から光が漏れている。
意を決して隙間から中をのぞいた。勿論、デジカメでの撮影も同時進行で行っている。
「お前、しばらく絶食だって言ったよな?」
「申し訳ありません……」
机の上に無造作に置かれた千円札が目についた。
僕が貸したお金で食事をとっていたのがバレたようだ。明石さんの危惧したことが実現しそうで寒気を感じた。
「どこで金を手に入れたんだ?」
「落ちていたのを拾いました」
「本当か?」
「神に誓います……」
「そこまで言うならそういうことにしておいてやるか」
提督がつまらなさそうにつぶやくのを聞いて内心、ホッとした。
「だが、決まり事を破った奴には罰が必要だよな?」
「はい……」
涼月さんが怯える口調でそう呟いたか呟かないかの瞬間に提督は髪の毛をつかみ引っ張っり引き回した。
廊下にまで聞こえてくる 痛々しい悲鳴。
暴行は、エスカレートし、提督が仰向けになった涼月さんの上に馬乗りになり首を絞めるのが見えた。
涼月さんは舌を出し、よだれを垂れながして必死になって空気を求めるのが見える。
殺される。
自分の中の中の何かがそう言った。
直ぐに動くべきだったと思う。だけど、体はまるで金縛りにあったかのようにピクリとも動かない。
体の中が熱い。脂汗が背中を伝った。
「ごほっ……ごほっ」
急に涼月さんが咳き込んだ。同時に提督が涼月さんの首から手を離すのが見えた。
「今回はこれぐらいで勘弁してやる」
「はい……」
「感謝の言葉もねぇのか?」
「ありがとう…ございます…」
ほっとした半面もう少し見ていたかったという暗い欲望が頭の中をよぎった。
「次は夜枷だな」
涼月さんの瞳が曇った。
「まだ……続くのですか?」
「当たり前だろ。今のは罰を与えただけだ」
いつも通りの暴力交じりのレイプに近い行為を僕は息を殺して見つめていた。
涼月さんの体は以前よりも傷だらけになっていた。青痣や火傷痕だけではなく、切り傷や鞭で打たれたような跡まであった。傷だらけの彼女がさらに傷つけられ、汚されていく光景はとても扇情的に見えた。
行為が終るころには涼月さんの目には光が灯っていなかった。彼女は仰向けでただ、うつろな瞳で天井を見つめている。
これ以上、用はない後は部屋に戻って……
涼月さんと目が合った。
思わず顔を引っ込める。
気のせいかもしれない。自分に言い聞かせてもう一度、覗いてみた。
涼月さんはうつろな瞳でじっとこちらを見ている。
全身がかっと熱くなり嫌な汗が流れる。
ばれた。
そう判断せざるをを得なかった。
逃げた。ただひたすらに。できるだけ足音は立てないようにしながらも全力で……
気づくと自室の中にいた。いまだに心臓はバクバクと高鳴り、体は熱を持っている。
デジカメに残っていた映像の後ろの方を再生してみた。
やはり涼月さんはこちらを見つめている。
絶望感に襲われた。明日からどうすればいいのだろうか。彼女は助けずにただ見つめていた僕のことを罵るに違いない。もしかすると撮影していたことにも気づいたのかもしれない。
明日からどんな顔をして彼女に顔を向ければよいのだろうか?どう言い訳すればよいのだろうか?
頭の中がミキサーでかき混ぜたようにグチャグチャしている。
解決策が何一つ出てこない。
どうあがいても自分が罵られる未来は確定している。
僕は……どうすれば……
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次の日、僕の気持ちのようにどんよりと曇った空の下、工廠に向かうと明石さんがキジクマに餌をあげていた。
「おはようございます」
「おはようございます……」
「元気無さそうですね。昨日、やりすぎましたか? 若いからってやり過ぎはよくないですよ」
明石さんがヘラヘラと笑いながら言った。からかうつもりだったのだろう。
「涼月さんに……バレました」
「へっ? えっと……詳細を聞かせてもらえます? 」
僕は昨日見た光景をデジカメの映像付きで話した。
「あー……これはばれてますかねぇ……真琴君だと断定されたかは不明ですが……」
「どうすればいいですか?」
「とりあえずはしらばっくれましょう。問い詰められたら素直に謝るしかないと思います。いずれにしろ覚悟は必要だと思いますが……」
答えになっていない解答を返された。覚悟を決めるしかないみたいだ。
「わかりました……」
「時間ですね。とりあえずはいつも通りにやりますよ」
「はい……」
いつも通りに作業をこなしているとお昼ごろに涼月さんが来た。
できるだけ涼月さんの方を見ないようにした。
「真琴君」
声をかけられた。
「何ですか?」
「昨日の夜、鎮守府の中にいましたか?」
「いいえ……家で寝てました」
予定通りにしらばっくれた。
「そう……ですか……」
そう呟いた涼月さんが工廠の入り口まで歩いて行くのが見えた。。
ほっとした。涼月さんは僕に気づいていなかったようだ。これなら今まで通りに話すぐらいは…
「二度と私に関わらないでください」
工廠のドアが大きな音を立てて閉まった。息が苦しい。心臓が鷲掴みされたような感触が走り汗が流れる。
「バレてたみたいですね」
明石さんが呟いた。
「はい……」
僕は下を向いてうなだれることしかできなかった。
その日以降、涼月さんは工廠に顔を出さなくなり、僕も覗き見に行かなくなった。