涼月が出てきません
涼月さんに絶縁を言い渡されてからも秋月さんとの関係は続いた。
今では、彼女が唯一の涼月さんとの接点だ。今の所、涼月からも文句を言われていないし、これだけは続けていきたいと思う。
あの日から10日後、僕は病室の中で秋月さんと軽い雑談をしていた。秋月さんは、葉が茶色になった一本の木を病室の窓から見つめている。
「もうすぐ冬ですね」
「そうですね」
ヒューっと風が吹く音がして窓ガラスが揺れた。同時に秋月さんの見ていた木から半分ほどの葉が落ちた。
「はぁ……」
秋月さんが深いため息をついた。
「どうしました?」
「すみません、あの木が涼との関係と重なってしまった気がして……」
ドキリとした。
「えっと……どうしてです? 」
「最近、疎遠になったなと思いまして…涼月は幸せにしてますか? 」
「えっ……幸せにしてる……と思いますが」
口にしてからしまったと思った。これだと、まるで僕が涼月さんの様子を知らないみたいだ。
現に僕は、あの日以降、涼月さんが何をしているのかどうなっているのかを全く知らない。顔すら見てない。
「いいんです。知らないのであればそれで……」
それだけ言うと秋月さんは黙ってしまった。病院の鐘が鳴った。
「すみません。時間なのでそろそろこれで……」
僕はそう呟いて立ち上がった。
「真琴君」
後ろから声をかけられた。
「今までありがとうございました。もし、涼月に会う機会があるのであれば幸せになってほしいと伝えてください」
「わかりました。お伝えしておきますね」
秋月さんへの後ろめたさをなんとか隠しながら病院を後にした。
これが彼女とした最後の会話になった。
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次の日、いつも通りに工廠で作業をしていると霞さんが中に入ってきた。
「入るわよ」
どういうわけか知らないけど彼女は涼月さんと入れ替わるように工廠に来るようになった。
「霞さん、最近よく来ますねぇ。何かあったんですか?」
明石さんが声をかけた。
「何って秘書艦なら当然じゃない」
「秘書艦! ?」
思わず声が出た。
霞さんが秘書艦ということは涼月さんは、秘書艦をしていないということだ。一体彼女の身に何が……
「私が秘書艦やっててそんなに悪いかしら?涼月さんの空いた穴を誰もやりたがらないから私が埋めただけだけど」
「いえ、そういうわけでは……」
「そうだ。別件で話したいことがあるからちょっとこっちに来なさい」
そのまま工廠の裏まで連行される。
「涼月さんがどこに行ったのか知らない?」
「いえ……」
「とぼけてもらっても困るわよ。変な噂が立ったのってアンタが来るのが遅くなってからよね? 顔にけがしたのも同じくらいだったし、何か関係があるんじゃないの?」
やっぱり気づかれていた。だけど、起きていたことが事だし、話せるはずがない。それに涼月さんの居場所なんて知らない。
それに、霞さんに怒られるのが怖かった。
「僕よりも提督に聞いた方が……」
「あのクズは何を言っても何も話さないわよ。私が脅しても口を噤んでいるわ」
「提督を脅迫したんですか! ?」
信じられない。霞さんは提督が怖くないのだろうか?
「偉そうにしてたのがムカついたから言ってやったのよ。その気になればアンタなんていつでも殺せるって」
「よくそんなこと言えますね…下手したら殺されますよ」
「アイツにそんな覚悟ないわよ。それに、ああいう自意識過剰なクズにはこういうのが一番効くの。あいにく、私に対して人質になりそうな子は鎮守府にはいないしね。話がそれたわね。それで涼月さんはどこにいるの?」
「知りませんよ……」
「は? アンタが知らないなら誰が知ってるのよ! それに夜遅くにコソコソ何やってたのよ! ?」
「何もしてませんよ。涼月さんとは、絶縁関係ですし……」
「絶縁関係? 一体、何したのよ!」
指摘されてしまったと思った。普通に考えるなら、涼月さんが絶縁だなんて言うはずがない。
何もかも正直に話すべきだろうか? だけど、正直に話すのは……
「彼に聞いても何も出てきませんよ」
明石さんが横槍を入れた。
「何よそれ。明石なら知ってるってこと?」
「明石も知りませんがヒントになりそうな物ならありますよ。真琴君、いいですね?」
黙殺して逃げるよりも覚悟を決めろと遠回しに言われた。提督に歯向かいうる存在の霞さんは、味方につけたいということなのだろうか?
僕は、覚悟を決めてコクリとうなずいた。
「二人でコソコソ何の合図を送ってるのよ?」
「今は忙しいので19時に工廠の奥まで来てください。お見せしたいものがあります」
「仕事終わりって事?」
「そういうことですね。ただ、見た内容は他言無用でお願いします。明石達も命懸けなので……」
「よく分からないけど。何か掴んでいるのね」
明石さんがコクリと頷いた。
「分かった19時ね」
それだけ言うと霞さんは工廠を後にした。
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あっという間に時間になった。
僕は、キジクマに餌をあげている。
キジクマは、餌に少しだけ口をつけたけどすぐに家である小さな段ボールの中で丸くなった。
「あれ? もういいのかい?」
最近、キジクマは調子が悪い。食欲がないし、目ヤニが出てきたり鼻水が出ている。風邪なのだろうか?
動物病院に連れていくお金は持ってないのが悔やまれる。今日は明石さんに頼んで工廠のストーブの前で過ごさして貰おうか……
「ちょっとそこのクズ! こっちに来なさい!」
工廠のドアが蹴り飛ばされる音がしたと思ったら霞さんの怒鳴り声が聞こえた。
対象は……僕だ。
背中を冷や汗が伝う。小学生の時に怒られるために職員室に来いと言われたことを思い出した。
彼女の所へ向かうと胸倉を掴まれた。息をするのが苦しい。
彼女の瞳には怒りの赤色が混じっているように見えた。
「ねぇ、あれあなたが撮影したのよね?」
霞さんがゾッとするほど冷たい声で言った。
「はい……」
僕は、なんとかうなずいてそう答えた。
「助けようとは思わなかったの?」
「助けたいとは思いましたが……」
「男ならそれぐらいの度胸を見せなさいよ!」
背中から壁に叩き付けられた。
「霞さん、落ち着いて下さい」
工廠の奥から明石さんが出てきた。
「だって……!」
霞さんの瞳に涙が浮かぶ。
涼月さんと霞さんは、仲が良いという話を明石さんから聞いたことを思い出した。霞さんは、涼月さんを本気で心配していたのだろう。怖がっていないで僕の口から事実を語るべきだったのかもしれない。
改めて自分が逃げていたことの罪深さを自覚させられた。
「気持ちは分かりますが抑えてください。彼だってやりたくてこんな事やってたわけじゃないんです。それに、今は涼月さんを助ける事を考えるのが最優先です」
「そうね……」
明石さんの言葉に霞さんが涙を吹いた。
「それでどうやってあのクズを引き摺り下ろすのかプランはあるの?」
「証拠集めをして監視員に通報しようと考えています」
「監視員ね……悪くはないと思うけど目星はついてる? 言っとくけど私は違うわよ」
霞さんではなかった。もっとも、彼女が監視員なら話を聞いた時点で何かを考えていたと思うけど……
「着いてません」
「ダメじゃない」
「でも、やらないよりはマシです。それに証拠が集まってくれば大本営も動かざるをえなくなると思います」
「そうね……」
「霞さんに情報収集をお願い出来ますか? 今までは真琴君が集めていましたが涼月さんとのトラブルがあり、不可能になりました」
「なにがあったのよ」
「撮影していたのが涼月さんにバレました。二度と関わるなと言われてそれがトラウマになってるようです」
「何やってんのよ」
霞さんが僕を睨んだ。
「すみません……」
「現状は頼れるのが霞さんしかいません。お願い出来ますか?」
「分かった。やってあげるわよ。あのクズの事だからアイツの行き先を探っていればいずれ分かると思う。発信機とか何かに仕込めるカメラとかある?」
「ありますよ。ただ、勝手な行動だけは避けて下さいよ。明石達は危ない橋を渡ってるんですから」
「分かってるわよ!」
霞さんが叫んだ。
工廠を後にする彼女の姿が心強く関じた。
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僕と涼月さんの唯一の接点である秋月さん、彼女の看護をする日が来た。
病室のドアを開けると窓から秋月さんがふわり、と羽が落ちるかのように落ちるのが見えた。
何があった? 体が金縛りにあったかのように動かない。ただ、冷たい風だけが吹いている。
グシャリ
何かが潰れる音で我に帰った。
嘘だ。幻覚だ。見間違いだ。
祈るような気持ちでひたすら階段を駆け下りる。ただひたすらに走った。
脳理解する事を拒否していた。
何かにザワザワとしている群衆を掻き分け病院のホールを走り落下地点まで向かう。
病院の外に人混みが出来ている。その中心には……
「なんで……」
秋月さんだった物が転がっていた。
顔から落ちたのか表情は見えず、頭から流れるように出る鮮血が道路を赤く染めていて、周囲には白い物や赤い物が飛び散っていた。
野次馬が集まって撮影をしている人もいた。
全身の力が抜けて膝をついた。胃の中から酸っぱい何かが出そうな光景だった。