枯れた草花、数え切れるぐらいにしか葉が残っていない並木…
病室の外から見える風景は冬の訪れが近いだけあって殺風景なものだった。
私は、一本の木に一枚だけ残っている葉を見つめている。
風が吹き、木の葉がゆらゆらと揺れる。
お願い。頑張って。もう少し、もう少しでいいから……
私の願いも空しく木の葉は風に吹き飛ばされた。
「はぁ…」
ため息をついた。
ついにこの時が来てしまった。恐怖で体が震える。だけど、これ以上、迷惑をかけなくてもいいという安堵感があった。
病室の窓を開ける。同時に冷たい風が室内に吹き込んできた。
窓から首を出し下を覗く。下を歩いている人たちが豆粒のように見えた。
ここを頭から落ちれば間違いなく死ぬだろう。
あの木の葉が全て落ちる時が死ぬ時だと決めていた。
もう誰にも迷惑をかけたくない。涼月にも真琴君にも……
この世に秋月型の長女の艦娘として命を受けた私は、欠陥品だった。どういうわけか何をするのにも人並み以下だったし、体は病弱だ。姉妹の中で一番ダメな子でいつもみんなの足を引っ張っていた。
それに対して妹の涼月は、なんでもできる子だった。誰にでも丁寧に接して実技ができて成績優秀。文武両道で皆にあこがれている非の打ちどころのない妹だった。
どういうわけかは知らないけど私と涼月は、比較的戦況が落ち着いているこの鎮守府に送られた。他の妹たちの送られた場所は、遠いところばかりで皆バラバラでそのうち連絡も取らなくなった。
着任した鎮守府では涼月と比較され提督に徹底的に怒られ虐められた。涼月はいつも味方をしてくれたけどそんな自分が情けなくてしょうがなかった。
そして迎えた3年前の運命の日。
この鎮守府では珍しい大規模作戦の真っただ中、私は、涼月をかばって命に関わる傷を負った。
目が覚めると病院のベッドの上にいて横で涼月が泣いていた。
一命は取り留めた物の私は、奇跡でも起きない限り一生、半身不随なことが確定したらしい。
「全部、提督が悪いんです。私が反対したのに姉さんを無理矢理出撃させたから……!」
その時の涼月の顔が今でも忘れられない。普段は怒りと無縁の妹があそこまで怒っているのは初めて見た。
それから、涼月に介護してもらう日々が始まった。
涼月は、数日に一度、私に会いに来て着替えの交換や車椅子での散歩をしてくれる。入院費も私の少ない貯金が尽きた後は全て涼月持ちになった。
いい妹を持てたと事を嬉しく思う反面、常に頼ることしかできない事に強い負い目を感じていた。
涼月に介護疲れの兆候が見えたのは1年前からだった。口数が減って常に暗い顔をしている。私が無理をしなくてもいい と言っても当たり前のこと と必死になって正当化しようとする。
涼月は介護疲れと私との絆に板挟みになっている 私はそう判断した。
私の入院費を稼ぐためにあれほど大っ嫌いだった提督の書記艦も始めたし、それ相応の勉強もしたらしい。
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
私さえいなければ……私さえいなければ涼月は、もっと自由になはずなのに……
自分を呪う気持ちは日に日に強くなった。死にたいと思ったこともある。だけど、死ぬことはできなかった。私が死ぬと涼月を悲しませるから……
だけど、その気持ちの板挟みも終わりを迎えた。
少し前に涼月が青年を連れてきた。話を聞くと新人の整備兵の子なのだという。
名前は葛葉 真琴。人見知りなのが難点だったけどとてもいい子だった。
一か月もすると普通に話せるようになった。彼が来るようになってから涼月と会う機会が減った。少し寂しくも感じたけど彼にお願いすると会いに来てくれたし、涼月の方からも会いに来てくれる時もあってあまり気にならなくなった。
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ある日、落ち込み気味の彼から涼月が提督と結婚したことを聞いた。彼の態度から涼月に片思いしていたことを察した。
私の予想だけど多分、涼月は、彼の好意を利用したのだろう。彼が私を介護してくれるのは、好意を利用されて私の介護を押し付けられたただそれだけのことだと思う。
軽い嫌悪感を覚えたけど妹を責める気持ちにはなれなかった。だって、私も彼に助けられているのは否定できなかったから……
涼月への好意だけで繋がっている彼の介護生活は終わるかと思ったけどそのまま続いた。不思議に思って、話を聞いてみると 困ってる人を助けるのは当たり前という正義感でやっているだけです と言われた。
真琴君は本当にいい子だ。純粋でまっすぐで献身的で……
その日、彼が帰った後に涙が出そうになった。彼は騙されていることに気づいていない。善意で他人を助けているだけだけどそれが報われることは永遠にない。本当に可哀そうだ。
それに涼月にそんなことをさせてしまう原因になった自分が嫌だった。私のせいで……
涼月は、何でこの子を選ばなかったんだろう? 考えていたら、ふと疑問が生じた。
単純に涼月に気が無かったのか、それとも秘書艦という立場がそれを許してくれなかったのかそれとも両方なのか……
考えてみたけど納得のできる答えは、出てこなかった。
次の日、会いに来た涼月に提督との結婚を形式的におめでとうと言っておいてから、思い切って彼のことをどう思っているのか聞いてみた。
涼月の答えは、良い人だと思っている という無難なもの。
異性としての彼への好意は、無いみたい。
残念だと思った。彼なら涼月の中のため込んでいたものを受け入れれたと思ったのに……でも、涼月にその気がないなら思ったけどしょうがない。
あれだけ嫌っていた提督と結婚したのも意外だったけど考え方に変化があったのかもしれない。
それ以上は、聞けなかった。
その後は、軽い世間話をしてから涼月は、鎮守府に帰った。
この日が涼月と会えた最後の日となった。
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それから、しばらくして真琴君に会いに来ない涼月の様子を聞いた。
彼はまごまごしながらも元気だと答えてくれた。当然ながら、嘘なのにはすぐに気づいた。
捨てられた。私は、そう判断した。
多分、涼月は出来る子だから提督と上手くやっているのだろう。涼月が提督を選んだとなれば残った私は邪魔なだけだ。涼月も私を切り捨てる覚悟ができたのだろう。
それに、真琴君のお世話にこれ以上なるわけにもいかない。彼が正義感を持って私の世話をしてくれているのに甘え続けるのは、私自身が許せない。
死を決意したのはその時だった。
涼月は悲しむかな? いや、ここまでくるともう悲しまないだろう。だけど涼月を憎む気持ちは無い。あの子は、私なんかに縛られずに自由に生きるべきなのだから。
真琴君には悪いかもしれない。彼は、いい子だから悲しんでくれるかもしれない。だけど涼月の為ならしょうがないと思う。真琴君、ごめんね。
木の葉が全て落ちたらというのは昔、読んだ小説の真似事。
真似事だけどけど死のうと思う。
もう涼月にも真琴君にも迷惑をかけたくない。
大丈夫。遺書は既に書いてある。布団の上に乗ってるし誰かが気付くだろう。
最後に涼月に会えなかったことが心残りだけど割り切るしかない。
私は手と体だけで芋虫のように這いずり窓をくぐり頭から下に落ちた。
全身を冷たい風が駆け抜けていく。
気持ちいいと思った。空を飛ぶというのはこんな気持ちなのだろうか? 私は目を閉じた。真っ暗な視界の中を走馬灯が通り過ぎていく。
数秒後、すべてが終わった。