夕方の屋上は肌寒いが、今から起きることのドキドキで身体は温まっていた。
数秒間の静寂の後、帆波は意を決して話し始めた。
「私は、晴翔くんを幸せにしたい。心に決めた人だから、とことん尽くしたい。この学校でも、その先でもずっと一緒に、あなたのお世話をさせてください」
一生懸命考えたであろう言葉。これはもう告白というより、プロポーズである。
「大好きです。私のご主人様……ううん、旦那様になってください。お願いしますっ!」
言い切った直後、びゅうっと強い風が吹いた。帆波のスカートと、綺麗な長い髪がふわっと靡く。俺の答えはとっくに決まっているのだが、なかなか適切な言葉が思い浮かばない。
返答の遅さに帆波が不安そうな顔をしたのを見て、慌てて口を動かした。
「こちらこそ、お願いします」
考え込んでおいてそれかよ、と自分に言いたいぐらいだ。
あまりにも端的な返事になってしまったが、帆波にとってはこれで十分だったようだ。
「あ、ありがとう。断られたらどうしようって、不安で……ごめんね」
「だいぶ前には決めてたよ。ここまでされて、好きにならないわけがないだろう」
「えへへっ、嬉しい。こうして私を選んでくれたからには、全力で幸せにする。どんなことでもするし、ずーっとあなただけの帆波でいるからね。もう、一生他の男の子を見ることはないよ」
……帆波の愛は重い。一度付き合ってしまえば最後、二度と離れることはできないものだ。
きっと、恋人になったからといって俺の世話をやめることはしないだろう。それどころか、さらにエスカレートする可能性が高いとさえ思っている。
何から何までやってもらうということ。それは「優しさ」という名の束縛を受け続けることに他ならず、人間・高城晴翔を腐らせていく遅効性の毒である。
この一ヶ月間を通して、頭では今後の自分がどうなるかをしっかりと理解することができた。しかし、行動に移すことはかなわなかった。ここで告白を拒絶するほどの強い意志、一之瀬帆波という人間を壊すかもしれない選択をする勇気。そのいずれも、俺は持ち合わせていなかったのだ。
「好き好き、大好き」
帆波は嬉しそうに、俺の胸に顔を擦り付ける。誰よりも優しく、誰よりも可愛い少女。こんな子に尽くされる幸せを放棄してまで、自分を貫きたいとも思えなかった。実際、俺の心を現在進行形で支配している感情は、「幸せ」以外の何物でもない。
「晴翔くん、はるとくんはるとくん……いい匂い………ふふふ」
俺の名前を繰り返し呟きながら、帆波は頬を紅潮させている。そこにあるのは深い愛情と、俺に対する強い執着心……結局のところ、交際を決めた理由はこれに尽きる。
断ったら、殺されるような気がした。
帆波が俺に向ける感情は一種の狂気であり、信仰に近いものである。
肉体的疲労などを一切考慮しない、過剰なまでの献身。そのようなことを続けられるのは、俺を支え続けることこそが自分の使命であると信じて疑わないからだ。
では、神にも等しいと思い込んでいる相手から裏切られた場合、どうなるだろう?
……精神は崩壊し、彼女は誰も予測できない方向へと進んでいく。その恐ろしさを想像するだけで、俺は身震いが止まらなくなる。
そして、忘れてはならないことがある。この結果を招いたのは、すべて俺が原因であるということだ。半年もの間、帆波の秘めたる想いから目を背け続け、あろうことか縁を切って退学することを試みた。爆弾の導火線に着火した犯人は、他でもない自分自身である。
俺はその責任を取らなければならない。彼女の愛を、この身で受け止めることによって……
十六歳にして、人生設計の全てが決まってしまった。
絶対に覆すことはできないし、逃げ出すこともできない。
しかし、それでもいいやと切り替えてしまう程度には、俺も帆波のことが大好きであった。
しばらくしてから、退学届を撤回するために星之宮先生の元へ二人で向かった。
すると、先生はニヤニヤと笑いながら俺と帆波の顔を見比べた。
「言ったでしょ?『生徒の背中を押すことが、先生の役割』だって」
「……はい。参りました」
「どうぞお幸せに。あと、退学届はもう捨てちゃったから大丈夫。受理する気なかったし」
「えぇ~……」
マジかよこの教師。一度でも尊敬してしまった俺の気持ちを返してくれ。
最初から二人はグルだったらしい。女の子って怖いなあ、と俺は感じたのだった。
その夜。
豪勢な手料理をお腹いっぱい食べてから、俺たちは風呂に入った。
「あ、ちょっと……いくっ」
「んん……」
明らかにスタミナがつきそうなメニューばかりだったのは、こういう意図もあったのだろう。
俺は帆波の身体に早くも興奮してしまい、情けないことに脱いだ瞬間から勃起していた。常に俺を観察している彼女がそれを見逃すわけもなく、素早く口で抜かれてしまったのだ。
本番以外の行為は、この一か月で一通り行った。平均すると、一日三回ぐらいはしてもらっていたと思う。そのため帆波も慣れたもので、ここ数日は俺の気持ちいいところを的確に刺激してくるようになった。今回に至っては、咥えてから一分と持たなかった。
「ごくっ……」
喉を鳴らして、俺が出したものを全て飲んだ。その間も笑顔を崩すことはなかった。
「大丈夫?」
「うん、晴翔くんの精子おいしかった。ごちそうさまでした」
ぞくぞくっと昏い感情が生まれて、脳が痺れる。わざとやっているのかはわからないが、最近の帆波はこういうことを平気で言う。その結果として、俺は征服欲に溺れる。理性を粉々に破壊されて、ただ己の欲求のみに従う獣へと変貌してしまう。
性欲がすっきりした後は当然のように身体を洗ってもらい、二人で浴槽につかった。
風呂から上がった後はバスタオルで優しく身体を拭かれて、そのまま下着を履かされる。用意されていた俺の好きなジュースを飲んだ後は、ドライヤーで髪を乾かしてもらう。
「……やわらかい」
「ん?……ふふっ、当たってたね。触ってもいいんだよ?」
作業が終わるまで、帆波は上半身裸の状態だ。豊満な胸が俺の後頭部に当たるため、再び理性が吹っ飛びそうになる。幸い再起動することはなかったので、さらに抜かれる事態は免れたが……そうなってしまったのも一度や二度ではない。
「じゃあ、触らせろ」
「あっ……は、はいっ。私のおっぱいは、ご主人さまのものです」
むにゅむにゅと揉んでみると、手が幸せだ。帆波も嬉しそうにしている。
……俺が今のように横柄な態度を取ったのは、先週のことだった。その時どういう反応をするか、彼女が俺に幻滅する可能性があるのかを確認したかったからだ。
結果は散々だった。礼も言わず命令口調でこき使う俺に対して、帆波は興奮し始めた。好感度が下がるどころか、「ずっとこのままでいてほしい」などと言われる始末。そして俺はもう逃げられないと悟り、全てを諦めて受け入れることにしたのだ。
歯を磨いてもらってから、二人でベッドに腰掛けた。
風呂を上がってから一時間、すでに俺のモノは再装填されている。我慢できずに唇を重ねると、帆波はとろんとした顔をした。
「ああ、ついに貰ってもらえるんだ……ずっと我慢してたの」
「これだけは、ダメだって言ってたもんな」
「ううん。口ではそう言ってたけど、いつでも準備万端だったんだよ?」
そ、そういうことか。あれが帆波なりの「待ち」だったとは……
「晴翔くんは優しすぎるの。そういうところも、大好きなんだけど……もっと私をいじめてほしい。あなたに支配されてるんだって、理解させてほしい」
「な、何を言って……」
「早くえっちしよ。にゃ、もう我慢できない。痛くても大丈夫だから、入れて?」
その言葉を聞いて、俺の中で何かが切れた。
力づくで帆波の身体を押し倒し、パンツをずらして前戯無しで挿入した。しかし、膣はびしょびしょに濡れており、俺がどれだけ我慢させていたかを理解した。そのまま奥に強く押し込むと、熱い快感で脳が蕩けそうになる。一瞬抵抗があったのは、処女膜というやつだろうか。
「あっ、気持ちいいっ、晴翔くん……私のこと、すき?」
「大好きだ。お前はずっと、俺のものだっ!」
「ありがとう、私も大好き!」
しばらくピストン運動を続けた後、一度引き抜いた。
着ているパジャマをお互いに全て脱いで、正常位で挿入する。動きやすくなった俺は、欲望のままに腰を打ちつけていく。愛液と俺の我慢汁が混ざったものが淫靡な音を立てて、さらに性欲を加速させる。もう何も考えられない。
噛み付くぐらいの勢いで、可愛らしいピンク色の乳首にしゃぶり付いた。そのまま舌を這わせて首筋まで持っていき、甘嚙みして跡をつけた後に顔を上げた。
「はあ、はあっ……!」
帆波は痛みで興奮が増したのか、背筋を張って腰を浮き上がらせた。
だらんとした顔。半開きになった口に吸い付くと、舌を絡ませてきた。お互いの唾液を交換しながら、俺は再び腰を動かし始めた。ここで快感が最高潮になる。
「いきそうだ……あっ」
「うんっ……中でいっぱい出してね?」
囁くような声で中出しを促される。男としての生物的な欲望までも刺激され、なす術なく精子を大量に放出した。ドクッと脈打つように、膣内へ子種が充填されていく。
「うわあぁっ……」
「ああっ、すごい。まだ出てる……」
射精の快感に身体をよじらせる俺を、帆波は優しく抱きしめる。これこそが幸せだと、俺の脳が判断している。将来的な不安や自分の目標など、肉体的な快楽の前ではかき消されてしまう。
ゆっくりと膣から引き抜くと、そのまま帆波は起き上がる。そして、射精後のソレを愛おしそうに舐め始めた。突然の刺激に、腰が抜けてしまいそうになる。
「ちゅっ……はい、きれいになったよ」
「ありがとう……」
「ふふっ、とーっても気持ちよかった。今まで我慢した分、これからはたくさんしようね」
ぱあっと笑った顔は天使のようだ。幸せいっぱいの表情に、こちらも気持ちが高揚する。
こんな経験をしたら、元に戻ることはできない。頼めば毎日でもしてくれるだろうし、することになるだろう。俺はもう、精神も肉体も彼女の虜になってしまった。
「帆波、愛してるよ」
「嬉しい。ずっと、あなただけを大切にするからね……」
ダメだ。これほど愛されてしまったら、他のことが全部どうでもよくなる。
帆波に全てを委ねたい。甲斐甲斐しくお世話をされたい。毎日身体を重ねたい。
胸の谷間に顔を埋めると、優しく髪を撫でてくれた。その行動に眠気を誘われて……
これもきっと、幸せの形なのだろうと思った。
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そして月日が経って、俺たちは大学生になった。
結局Aクラスでの卒業はできなかった。俺に影響された帆波が、クラス間闘争に興味を示さなくなったのが原因だ。それでもなんとか退学せずに済んだし、クラスのみんなも楽しそうだった。
充実した高校生活だったと、胸を張って言える三年間になったと思う。
「おはよっ、ご飯できてるよ〜」
目を覚ますと、エプロン姿の帆波がいた。
彼女の愛は何年経っても変わらないどころか、より深くなっていると感じる。
俺がむくりとベッドから起き上がると、さっそく服の着替えを手伝ってくれた。1限から大学へ行くのはしんどいが、そろそろ出席が厳しいので休めない。できれば遅刻も避けたいところだ。
……そんな危機感は、帆波が俺の下半身を確認したことで打ち砕かれた。
「た、たってる……遅刻しちゃうけど、する?」
「する」
「えへへっ、実は私もムラムラしてたんだ……じゃあ、脱がせてあげるね」
このように欲望に流されて、遅刻するのがいつものパターンである。しかし、それを咎めるような者はいない。帆波は常に俺を肯定し、楽な方へと誘ってくれる。
一度交わった後、俺たちは一緒にシャワーを浴びた。それから優雅に朝食を摂って、少しゆっくりしてから出発した。ああ、余裕で遅刻だな。
「今日はあったかいねぇ」
「そうだなあ」
腕を絡ませながら、校舎までの道のりを仲良く歩く。
帆波と付き合って以降は勉強もサボりがちになってしまい、俺は中の下レベルの大学にしか受からなかった。高校三年時点では彼女の方が学力は高かったが、そこは俺に合わせてくれた。俺が第一志望に落ちた時も、「あなたと一緒ならどこでもいい」と笑って言ってくれた。
ちなみに、すでに入籍は済ませている。付き合った当初より、可能な限り早く結婚したいという話を何度も聞かされていたため、その意志を尊重したのだ。
お互いの親に挨拶に行ったのは、卒業直後のこと。あの時の帆波はマジで恐ろしかった。「ダメと言ったら殺す」とでも言わんばかりの威圧感は、思い出すだけでもぞっとする。
……そして、俺の父はそんな帆波のことをいたく気に入った。
結果的に、俺どころか彼女の分まで学費を出してもらえることになった。その大盤振る舞いには、あちらのお母様も恐縮していた。
『必ず面倒を見てやるって、言っただろ?』
父のその言葉を聞いて、俺は号泣した。この人が自分の父親でよかったと、心の底から思った。
今こうして不自由なく大学生活を送れているのも、全て父のおかげだ。親に対する感謝だけは忘れないようにしようと、俺たちはお互いに誓ったのだった。
毎日変わることなく、帆波との幸せな日々が続いている。
彼女と結婚したことに一切の後悔はないし、出会えて本当に良かったと思っている。
……ただ一つ、大学生となった今でも疑問に思うことがある。
俺の可能性は、この程度だったのだろうか?
もっと何かできたのではないかという、漠然としたモヤモヤが俺の脳裏にこびりついている。
この期に及んで、自分のポテンシャルがどうとか言うつもりはない。俺が何の取り柄もない凡人であることは、こんな大学に通っている時点で明白だ。
また、俺のような男が帆波という素晴らしい女性と結婚できるなんて、とてつもなく幸運なことだと思う。実際、俺たちは学校でも釣り合っていないカップルとして有名になっており、未だに男子からの嫉妬を受け続けている。
それでも、違和感が消えない。なぜだろう?
俺は、何をしたかったのだろうか?
「どうしたの?もしかして、体調悪い?」
「……ああ、ごめん。大丈夫だ」
小首を傾げる帆波。その可愛らしさに、周囲にいる生徒たちの視線が集まる。
いつの間にか校舎に到着していた。今日もまた、俺たちはラブラブっぷりを見せつけるのだ。
(まあ、いいか)
考えを打ち消して、帆波の身体を抱きしめた。
「にゃっ!?」
「……ずっと、一緒にいような」
この人生だって、一つの正解だ。
愛する女性と共に、普通の幸せを掴む。すでに約束されている将来は、客観的に見ても幸せなものだ。それ以上を求めるなんて贅沢すぎるし、何より帆波に対して失礼だと思う。
「もちろん、いつまでも一緒だよ。私の旦那さま?」
花が咲いたような笑顔。これさえ見れれば、俺はもう十分である。
唇を重ねてから、俺たちはすでに講義が始まっている教室へと急いで向かう。
それは雲ひとつない、晴れた日のことだった。
お付き合いいただきありがとうございました。ハッピー?エンドです。
好感度は本編と同じぐらいのイメージで書きました。
実はもうちょっと先の社会人まで書く予定だったのですが、今回は取りやめました。
いつか、エピローグみたいな形で出すかもしれません。
この世界の彼は、自分がしたことをやられただけです。