日本の夏は暑い。
気温30度に迫る熱帯夜、裕人は興奮気味にタブレット端末を置いた。
「彩子、これを見てみろ」
そこに表示されているのは、容姿端麗な少女の画像である。
「櫛田桔梗ちゃん?」
「どうも、あいつはこの子と付き合い始めたらしい」
その美しい顔だけでなく、担任教師からのコメントや現時点での生徒評価など、ありとあらゆる情報が詳細に記されている。教職員以外の者が入手していることが表沙汰になれば、大問題となるであろうシロモノだ。
「……女子高生のプロフィールを盗み出すって、さすがに気持ち悪いよ」
「うるせー、気になったんだからしょうがないだろ。とりあえず内容を見てみろ」
うら若き乙女の情報を持ち出した裕人を、彩子は咎める。しかしそこに書いてあった内容は、彼女にとって衝撃的なものだった。
誰とでも仲良くできる協調性、目標は全員と友達になること……
「あはは、昔の私みたいだね」
「本当に似ている。うっかり、お前のものを手に入れちまったのかと錯覚したぐらいだ」
そうして二人は昔のことを思い出す。遠い昔の、高校時代のこと。
共有されている思い出を、言葉にする必要はなかった。ただ静かに、顔を見合わせて笑う。
「なるほどね。この子となら、仲良くなれるかも。あっちが私をどう思うかはわからないけど」
「ああ、そうだな……男子は、母親の面影がある女を好きになるという。ただの俗説だと思っていたが、考えを改める必要がありそうだ」
頷きながら、裕人は端末をタップする。どの画像も可愛いなあ……と思いながら眺めていると、彩子の鋭い視線に射抜かれる。
「まったくもう。あんたは、いくつになっても変わんないのね」
「お前もな。でも、俺はそんな彩子のことが大好きだ」
「……バカなこと言ってないで、もう寝なさい。明日も早いんでしょ?」
「了解、お言葉に甘えさせてもらおう。おやすみ」
そう言ってから、裕人は寝室へと向かう。
盗み出したもう一つの情報……それをとある男に転送した後、彼は端末の電源を落とした。
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試験は三日目となった。
「あーん、して?」
ぱくっとミートドリアを一口食べる。
俺と桔梗ちゃんは、船内のレストランで食事を楽しんでいた。
「……うまい」
やはり一流のレストランが出店しているだけあって、美味しいものばかりだ。
どこも非常に混雑しているため落ち着くことはできないが、それは仕方ないだろう。
「よかった。今日と明日は、寝るまでずーっと一緒にいられるね」
そう、俺たちは既にディスカッションから解放されている。
桔梗ちゃんが参加していた辰グループは、二日目にして終了した。なんと、この子は同じグループに入っていた一之瀬に優待者を告げるメールを見せてしまったのだ。
それを見た一之瀬は驚きながらも、学校へメールを送った。確たる証拠を示された以上は、クラスの利益のために行動せざるを得ない。俺の誘いを断った龍園が損をした形になった。
「そこまで思い切ったことをするとは、考えもしなかったよ」
「私だって、あんたとの時間が削られるのは嫌なの」
やばい、可愛い。あまりの可愛さに、俺は勢いよく抱き寄せてしまった。
俺の左側に座っていた桔梗ちゃん。ふわふわな髪から微かな香水の匂いがする。
「あー、早く帰りたい」
「早く私とえっちしたいってこと?……あ」
自分が爆弾発言をしたことに気付いたのか、桔梗ちゃんは周りの様子を見る。
顔を赤くしている女子や、気まずそうにしながらも興味津々な男子。どうでもいいとは言っても、さすがに恥ずかしい。俺も彼女も、完全に二人きりの感覚になっていた。
……多少は場所を意識するようにしよう、とお互いに思ったのだった。
そして、試験は最終日を迎えた。
この日の一回目のディスカッションが終わった後に、全てのグループの決着がついた。
おそらくは、大半がDクラスの指名成功に終わったものと思われる。
豪華客船で過ごす、最後の夕方。俺と綾小路は、夕陽が差し込むデッキで会話していた。
「……高城には、どこまで見えていたんだ?」
無表情で詰め寄られて、焦る。最初から全部知ってたなんて、言えるわけがない。
今回の試験の戦略を問いかけられたのは、二日目の夜のことだった。実は俺と綾小路はルームメイトであったため、何かと話を聞かれてしまう機会も多かったのだ。
俺はあくまで予想であるという建前を持ちつつも、自分が知っている情報を全て公開した。名簿順で並び替えて、十二支の順番を当てはめる……この試験の法則を、包み隠さず伝えたのだ。
それから、この男がどうしたのかは知らない。ただ、暗躍したことは間違いないはずだ。
「さあな。でも、このタイミングでCクラスと入れ替わるのは完全に予想外だった。やっぱり綾小路はすごい男だと思う。このクラスをAクラスへ上げるために、間違いなく必要な人間だ」
つい先ほど発表された結果を確認して、俺はそう返した。
Dクラスは200ものクラスポイントを上積みし、早くもCクラスを逆転してしまった。
いくらヒントがあったとしても、これほどまでに圧倒的な結果を導くのは難しい。全ては綾小路の功績だ。こいつさえいれば、そもそも俺の知識なんか必要なかったとすら思う。
だが、綾小路の認識は俺と大きく異なるものだった。
「必要性で言えば、お前を上回る人間はこのクラスに存在しない。学年トップの学力と、隠しきれていない身体能力。それに加えて、凄まじい洞察力があることもはっきりした」
「……あまり目立つつもりは無かったのだがな」
「その考え方は理解できる。しかし、残念ながらお前は目立ちまくっている」
そう言って、無表情のまま周囲を見回すような素振りをした。
不本意なことに、俺はクラスの主力メンバーとして見られてしまっているようだ。
船内で龍園とすれ違った時の、刺すような視線を覚えている。相当恨まれたかもしれない。
……いや、知らねーし。少なくともあのグループに関しては、あいつが俺の言うことを聞かないのが悪いだろ。逆恨みもいいところだと思う。これだからチンピラはダメなんだ。
返答しない俺を、綾小路は黙って見つめ続ける。
沈黙。少し気まずい時間を過ごしていると、担任の茶柱が声をかけてきた。
「お前たちがいれば、Aクラスも夢ではないかもな」
その言葉を無視する綾小路。確か、茶柱に脅されているんだったか。
口を開かないまま、俺にだけ目を合わせてから客室の方へと去っていった。
茶柱はそれを見て一つため息をつき、別の方向に歩いていく。
……やれやれ。こいつら、もうすぐ俺が退学すると知ったらどうするんだろうな。
まあどうでもいいかと思い、俺は桔梗ちゃんとの集合場所へ向かった。