血なまぐさいリビングには、二つの死体が転がっている。
中年の男と、六歳ぐらいの男児。
「ごめん、ごめん……」
俺は身体に血がつくことも意に介さず、膝をついて謝罪の言葉を繰り返す。
何も悪くない子供の未来を奪ってしまった。その事実が、自分の心をボロボロに破壊する。
床に落ちたスマートフォンには、俺の最愛の人が映っている。
彼女は決して、こんな結末を望まなかっただろう。だから、これは俺のエゴだ。復讐という名の自己満足のために行動して、結果的に罪のない人間の命を奪ったのだ。
救いようのない殺人者が、ここにいた。
男のものと思われるデスクを漁ると、奥深くには証拠となる写真の数々が残されていた。
多くの女性が被害に遭っていた。そして、その全てが泣き寝入りとなった。このような人間のクズに、もう一つの顔……普通の父親としての側面があるなんて、考えもしなかった。
子供部屋には、ピカピカのランドセルが誇らしげに置かれている。
……今の時期からして、入学式を控えていたのだろう。
手にした散弾銃を自分に向けて、俺は迷わずその引き金を引いた。
きっとあの子は天国にいるだろう。つまり、もう二度と会うことができない。
残念だが、俺には無間地獄がお似合いだ。
「うわあっ!」
久しぶりに、悪夢を見た。
冷や汗をかきながら両隣を見ると、二人の少女が寝息を立てている。
(……ああ、大丈夫だ)
桔梗ちゃんの頬を撫でて、俺は落ち着きを取り戻す。
そして、もう一人……
(有栖ちゃん)
このタイミングで悪夢を見たことと、彼女が再び俺の隣に来たことに、何らかの因果関係があるのかはわからない。だが、俺はこう言わなければならない気がした。
「おかえり」
その言葉を発した瞬間、寝ているはずの「彼女」が微笑んだように見えた。
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「あ、ありがとうございます……」
次の日。俺たちは2学期の初日を休み、部屋の中で過ごしていた。
「んー、やっぱりあんたって元は良いのよね」
昨晩から、有栖ちゃんは桔梗ちゃんのおもちゃになっていた。
おもちゃといっても変な意味はなく、女の子が日常的に行っている「お手入れ」を丹念に施しているという話だ。なんだかんだ、女子として思うところがあったのかもしれない。
「ごめんなさい、迷惑をかけてしまって」
「別にいい、今のところ面白いから」
昨日部屋に連れ込んだ後、俺たちは協力して彼女を風呂へ入れた。
無意味にメンタルを傷つけるつもりもないので、あえて言わなかったが……いろいろとニオイがきつかった。おそらく、何日も入ってなかったのだろう。否、入れなかったというべきか。
「で、これからどうするんだ?……俺たちが退学するつもりだって話は、知っているのか?」
「……えっ」
されるがままの有栖ちゃんに問いかけたが、この反応からして知らなかったようだ。
そう、結局そこなのだ。彼女とこうして再び関係を持ってしまったといっても、俺たちが退学するという意思に変わりはない。
そもそも、彼女がこの学校を辞める決心さえできれば、俺たちに付き従う必要性はない。退学後、かつて桔梗ちゃんが言ったように、然るべきサポートの受けられる学校や施設を選択すればいい話だからだ。親に泣きつく形になるため、プライドは傷つくかもしれないが……それぐらい、俺たちに土下座することと比べたらよっぽどマシな行為である。
……と、思っていたのだが。
「そうですか……であれば、私もついていきます。それを許していただけるのなら、ですが」
「待て、どうしてそうなる。退学するなら、あの親父さんに助けを求めればいいじゃないか」
有栖ちゃんの父親は、個人的にあまり好きな人間ではない。だが、彼女に対する愛情はきちんと持っている男である。金も人脈もあるし、娘一人をどうにかするぐらい屁でもないだろう。
しかし、俺がそう言った途端に彼女は表情を曇らせた。そして目に涙を溜めながら、俺の目を見つめてくる。やがてそれがこぼれ落ちてしまい、部屋の床を濡らしていく。
「……無理なんです。そんな余裕はない、と言われてしまいました」
「意外だな。何が起きたんだ?」
「お父さまは、もう……」
有栖ちゃんは泣きながら、窓の外に顔を向けた。言っていることがよく理解できない。
そういえば、と俺は退学届を出しに行った時のことを思い出した。茶柱の話を信じるならば、あの男が停職になるようなイベントが発生しているということだ。
……まさか死んではいないと思うが、その力が失われつつあるのかもしれない。
「そう、か……」
俺は考える。以前のように朝から晩まで彼女の介護に拘束されるというのは避けたいところだ。俺が求めるのは、桔梗ちゃんとのラブラブ生活。二人きりの青春なのだから……
彼女と一緒に高校へ通うとなれば、そうはいかなくなってくる。それは勘弁願いたい。
何とかならないものかと頭を悩ませていたところ、桔梗ちゃんが口を開いた。
「なるほどね、大体の話はわかった」
「えっ?」
「いいじゃない、退学してから考えれば。あんたのお父さんだって、結構すごい人なんでしょ?」
確かにその通りである。でも、俺の両親は……
(有栖ちゃんのことを、許すとは思えない)
俺としても、まだモヤモヤとした想いを打ち消すことができない。俺がそうであるなら、父も母もきっと同じ気持ちを持っているはず。
しかし、助けを求める他ない。俺は一度頷いて、二人に肯定の意を伝えた。
「わかった。行き当たりばったりになるが、しょうがないよな」
「うん。当然怒られるだろうけど、有栖ちゃんもそれぐらいは覚悟してるでしょ?」
「……はい」
目を伏せる有栖ちゃん。きっと、俺の両親と会うのが気まずいのだろう。
だが、それについては自業自得と言わざるを得ない。そんな関係に持ち込んだのは、他でもない彼女自身の行動である。自分の子供を蔑ろにされて、嫌な気持ちにならない親など存在しない。
桔梗ちゃんを紹介することも含めて、俺にとっても大事なイベントといえる。これまでのことをどういう風に話すか、考えておかなければならない。
……もっとも、あの親父のことだから既にほとんど把握してそうだけど。
「よしっ、できた。相当マシになったんじゃない?」
桔梗ちゃんはそう言って、有栖ちゃんの肩をポンと叩いた。
肌荒れを隠すためか、やや厚めに施されたメイク。淡い色のワンピースに、昔から気に入っている帽子。かつての輝きを完全に取り戻したわけではないが、それでも高いレベルの容姿だ。
「……ああ、私はこんな姿をしていたのですね」
どこか感慨深そうに、鏡に映る自分の顔を見ている。これだけ腐ってもなお、まだ美少女の面影を残せている事実。彼女が生まれ持った才能は、頭脳だけではないということだ。元が良いから、磨けばどんどん輝きを増していく……天は二物を与えずなんて大嘘だ。不公平なものである。
この「発見」が将来に大きな影響を与えることを、俺たちはまだ知らない。
そして、大人たちの動き……高度育成高等学校という施設自体が崩壊に向かっていることを、俺はいまだに理解していなかった。