やめたはずのタバコをふかしながら、俺はバルコニーで空を見上げていた。
息子と、そのガールフレンド……将来的に義理の娘になるであろう少女は、リビングで妻と楽しそうに話をしている。
(ほんっと、いい女を見つけたもんだ……)
よくぞ捕まえたと言いたいほどの女性である。全てにおいて、彼女ほど我が息子と相性の良い相手は存在しないと俺は確信した。まさに運命の出会い。
晴翔は自分の幸せを掴んだ。これは父親として何よりも喜ばしいことだ。
また、ああいう腹黒く芯の強いタイプの女性は俺自身大好きである。
(くく、何だかんだ俺らは親子ってわけか)
自分と似ていない、実は血が繋がってないのではないかと疑ってしまうような息子だった。しかし好きな女性のタイプだけは一致していたという事実に、笑みがこぼれる。
晴翔は誰もが幸せになる、最高の選択をした。
しかし、ごく僅か……ほんの少しだけ、この結末を残念がっている自分がいた。
晴翔は今でも天才だと思っている。これはただの親バカというわけではなく、長年あの子を観察し続けてきた上で出した結論だ。
幼少期から、晴翔は突出した知能を持っていた。それだけではなく、あいつは自分が他の子供と違う事を認識した上で、目立たないよう周りと合わせようとしていた。そのような行動、普通の幼児が取れるはずがない。
オカルト的ではあるが、晴翔は誰か違う人間の生まれ変わり……前世の記憶でもあるのではないかとさえ考えたこともある。それ程に、晴翔という子供は普通と「違った」のだ。
だが、当時晴翔の身体は一つ大きな問題を抱えていた。突発的に襲われる悪夢だ。真夜中に突然泣き出したと思えば、何かを恐れるように身を震わせる光景。その苦しみ様は尋常なものではなく、俺と妻はどうにかしてやれないものかと頭を悩ませた。しかし、病院に行こうにも本人が「大丈夫」と言い張って首を縦に振らない。むしろ、そう勧めること自体がさらに本人の精神的な負担になる悪循環だった。
そんな時、俺は周囲に溶け込めない環境から受けるストレスがその症状を悪化させているのではないかと考えた。晴翔と同じレベルの神童、大人に近い思考力を持つ者が近くにいれば、少しは気分が軽くなるのではないかと思ったのだ。
結果的に、その読みは大当たりだった。坂柳、かつての友人の娘と交友関係を持たせることで、悪夢を見る回数が大幅に減少した。
(……なんであんなことをしたんだ、有栖ちゃんよ?)
あくまで個人的なことを言えば、俺はあの娘に期待していた。性格的な相性が良くないことも承知の上で、結ばれたら面白いと思っていた。晴翔と同レベルの天才である坂柳有栖なら、あいつの持つ天才性……ポテンシャルを最大限に引き出せる可能性があると考えていたからだ。
もし、彼女があのような愚行をすることなく晴翔の「毒」を受け入れていたら、どんな未来が待っていたのだろうか。それを思うと、どうしてもため息が出てしまうものだ。
しかし、そんな思惑は全て親のエゴだと気づいた。否、気づかされた。
再びリビングに目を向けると、晴翔は本当に幸せそうにしていた。生きる上で最も重要なことは己の実力を発揮することなどではなく、自分自身が幸福であるかどうかだ。こんな仕事をしているうちに、俺はその観点を見失っていたのかもしれない。
櫛田桔梗という少女は、能力的に見れば大した存在ではない。確かに容姿は優れているし、その精神面も含めて「面白い」ものはあるが、所詮は凡人の域を出るものではない。
だが、俺は晴翔に……あんな目をさせてやれたことはない。あんなに無表情だったあいつが、今は心底楽しそうな顔で笑っている。不安定な晴翔の心の支えになってくれて、尽くそうとしてくれる。それは、未知の才能なんかより何倍も大事なことだとようやく理解した。
「ありがとう、桔梗ちゃん」
そう呟いてから、俺はタバコの火を消した。
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「……で、どうしてこうなってるんだろう?」
それから一年が経った。俺は、部屋で動画撮影をしていた。
無事に高度育成高等学校を退学した俺たちは、新たな生活を始めた。
新しい高校に転入し、父からの補助とバイトで生計を立てながら、二人で仲良く暮らしていた。しばらくその生活を続けていた時、ふらっと彼女が現れたのだ。
『……そんなこともわからないんですか、お馬鹿さん?』
(デュフフ)
(あー、来ました。気持ちいい罵倒)
(アリスちゃんぺろぺろ)
『気持ち悪いコメントはブロックしますよ?』
有栖ちゃんは今、動画投稿者としてかなりの大物になっていた。全てを失った彼女は、最後に残った自分の武器……「容姿」を使うことにしたらしい。
このチャンネルは学生向けの教育動画から今のようなライブ配信まで広範囲な活動を行っており、登録者数はたった数ヶ月で100万人を超えるほどの勢いである。
そして、有栖ちゃんは俺たちと同居する対価としてその収益を全て共有すると言い放った。かつて対価をよこせと発言した手前、これほど分かりやすい報酬を提示されては断ることなどできず、今に至るというわけだ。
『では、誰か対戦したい方……どうぞ』
(ほら早くしろよ、誰か)
(次の犠牲者、はよ!)
今日は視聴者参加でオンライン将棋を指す企画をやっているらしい。ちなみにここまでの勝敗は15勝1敗だ。その一敗も、チャンネル登録していたプロ棋士に一手差で負けただけという凄まじさ。有栖ちゃん自身の多才さも、チャンネルの魅力度を上げる一因となっている。
「まさかこんな結末になるなんて……全然想像してなかった」
「なんかごめん。俺があの時、迂闊なことを言ったから」
「ううん。おかげでバイトもしなくて済んでるし、これはこれでいいかも。もちろんあんたのことを渡すつもりはないけど、意外とこの生活も悪くない」
優しい桔梗ちゃん。
基本的に動画編集は全て有栖ちゃん自身が行っているが、企業案件などは俺たちが窓口役になってやることもある。一般的なサラリーマンの何倍もの収入を得ている手前、さすがに生活介護だけでは釣り合いが取れないと思ったからだ。また、バイト生活から解放されて暇になってしまったというのもある。
「はぁ、終わりました。馬鹿の相手をするのは疲れますね」
「お疲れさま。でも、その馬鹿が金を産むんだからいいじゃない」
「桔梗さんらしい考え方ですね……」
有栖ちゃんの父親……坂柳元理事長は、なんとか不起訴処分となったらしい。しかしながら教育者としてのキャリアを失った彼にできることなどなく、今は家の中で抜け殻のように隠居生活を送っているという。
彼女は全てを失っても、こうやって生きる道を見つけた。まだ完全にわだかまりが解けたわけではないが、その部分については認めなければならないと思っている。
洗濯物を畳んでいると、有栖ちゃんがこちらに歩いて来た。よく転ぶが、杖をつきながらであればどうにか出歩ける程度には成長している。
「受け入れてくれてありがとうございます。桔梗さんにも、あなたにも本当に感謝しています」
「そうか、わかった。でももう大丈夫だ」
かつてのことがあったからか、しつこいほどに感謝の意を伝えてくる有栖ちゃん。
しかし俺はタダ働きをするつもりがないのであって、今の関係には何の不満も感じていないし、むしろお礼を言われるのは申し訳ないと考えている。
「そ、そうですか?」
「だって今の俺たちは、対等な関係だ。俺も桔梗ちゃんも、有栖ちゃんと共にいるメリットがあると思って一緒に生活してるんだから……ある種のパートナーであって、そこに主従は存在しない」
もちろん、有栖ちゃんの稼ぎを将来にわたってアテにするつもりはない。大学まで出た後は、それは無いものとして普通に就職する予定だ。決してそこを履き違えてはいけないと思う。
ただし、俺が金銭的に自立したとしても……その時に有栖ちゃんを捨てるようなことはしないのではないかと考えている。俺と桔梗ちゃんのラブラブ生活も見慣れて耐性がついているようだし、本人が望む限りはシェアハウスのような形でいてもらって構わないと思う。今のところは、だが。
「あんたもだいぶ変わったよね」
「そうかな。多分、桔梗ちゃんに影響されたんだと思うよ」
顔を近づけてキスをする。
結局、この子の懐の深さに俺も有栖ちゃんも救われたのだ。
「うーん……まぁよくわかんないけど、幸せ!」
可愛らしく笑うその姿。
それが誰よりも輝いて見えた。
あとはR-18なエピローグを、書こうかなあ……というぐらいです。
雑でもいいから桔梗ちゃんルートを書きたいということで始めたのですが、もし桔梗ちゃんにも帆波ちゃんにも会えなかったらこいつはどうなるんだろうと考えています。
多分なんだかんだ有栖ちゃんを捨てきれず、助けてずぶずぶに依存されると思います。なんだかR-18の香りがするので、気が向いたらまたここに投稿するかもしれません。
その際はよろしくお願いします。それでは、ありがとうございました。