※この作品はR-18です。

優しさを失った雑魚   作:トラウトサーモン

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 実は、ここまでは一気に書いてました。今のところとても楽しく制作できています。
 みなさんの応援もモチベーションになります。本当にありがとうございます。


第4話

 テストの一週間前、教室で俺に声をかけてくる生徒がいた。

 

「高城くんは、確か成績が良かったよね。勉強会に参加してほしいと思っているんだけど」

 

 平田洋介。イケメンとして女子たちの人気を集めている男子だが……そんなめんどくさい話、俺が引き受けるわけがないだろう。半年の付き合いにしかならない人間に対して、恩を売ったところで何にもならない。これはやる気以前の問題だから、諦めてもらうしかない。

 

「悪いが俺はパスさせてくれ。適任者は他にもっといると思うぞ」

 

 俺はそう言い残すと、カバンを持って立ち上がった。注目を集めながら、教室を後にした。

 この行動が、とんでもない結果を生むことになるとは……さすがに予測できなかった。

 

 

 

 早足で学生寮へ戻ると、部屋の前にあいつがいた。

 

「お前さ、そろそろやめてくれないか?」

「す、すみません。私は、あなたがいなければ生きていけないのです。それなのに……許していただくためなら、どんなことでもします。殴られても、蹴られても文句は言いません。私の全てを捧げますから、どうか戻ってきてはもらえないでしょうか?」

「俺がいないとダメなんて、そんなわけねえだろ。現に、今ここで生きてるし」

「……」

 

 言葉に詰まったのを見て、俺は元主人の身体を確認する。

 四肢にはいくつもの擦り傷と青アザがあり、見るからに痛そうだ。銀色の髪はボサボサで、ほとんど手入れされていない。顔色が頗る悪く、メイクやスキンケアの類は一切行っていないこともわかった。全体的にかなり酷い状態である。

 ギリギリ生き延びている。そう表現するのが、最も適切であると感じた。

 

「俺に何でもかんでもやらせてたから、ルーチンのやり方がわからないってところか。厳しいようだが、それはお前の怠慢だ。俺を切る選択をする前に、教えを請わなかったのが悪い」

「ち、違います。やり方がわからないとか、そういう意味では……」

 

 イライラしてきたため、自然と語気が強くなる。この期に及んで、こいつは俺に負担をかけようとしている。まだ言うことを聞かせられると思い込んでいる。

 俺の言葉でダメージを受けたのか、座り込んで涙を流し始めた。

 

「なんで泣くんだ……介護してくれと言うのなら、それに見合った対価を用意してくれよ。十二年も死ぬ気で頑張って、俺は何にも得られなかったんだ。もう、解放されてもいいだろうが……」

 

 何の報酬もなく、主人を守るだけのロボットとしてこき使われてきた。俺は文句一つ言わず、黙って作業をこなしてきた。悪夢から逃れられる以外のメリットは、何一つなかった。

 これだけ酷い扱いを受けてもなお、当時は高校に上がってからもサポートを続けてやろうと考えていた。あのころの俺にとっては、こいつが「守るべき人」であったからだ。

 昔から、俺の能力の低さを嘲笑うような発言はあった。それでも、あの日までは……俺という存在自体を否定するような言葉はかけられなかった。だから厳しすぎる生活にも耐えられたし、自分から逃げ出すような真似はしなかったのだ。

 全てを投げ捨てて、違う道を進むことを決めたのはこいつ自身だ。そのくせ今さら戻ってこいなんて、あまりにも虫の良い話だと思う。受け入れられるわけがないだろう。

 

「……ああ、それが当たり前ですよね。本当に、私は最低な人間です」

「悪いが、わかってくれ。無償の愛なんて言葉は、もはや俺たちの間では成立しない」

 

 そう突き放すと、肩を落として帰っていった。

 五月だというのに、吹き抜ける風を寒く感じた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 翌日の放課後、教室でガラの悪い男に絡まれた。

 その男の名は須藤健という。赤点退学の危機が迫っているこいつは、どうやら俺のことが気に入らないようだ。憤怒の表情を浮かべながら、肩を怒らせてこちらへ歩いてくる。

 

「てめえ、俺のこと馬鹿にしてるだろ」

 

 やがて至近距離まで迫ると、ギロリとこちらの顔を睨みつけてきた。

 また面倒なことになったと辟易した俺は、ため息をついてから言葉を発した。

 

「何だ、俺に勉強を教えてほしいのか?」

「そういうわけじゃねえ。てめえの態度が気に食わねえって言ってるんだ。俺たちに対する、ゴミを見るような視線……ちょっと勉強ができるからって、いい気になりやがって。あまり調子に乗るなよ?」

「……別に見下してはいない。単純な話、お前に興味がなかっただけだ。そういう意味では、そこの堀北と似たようなものだ。あっちには喧嘩を売らないのか?」

 

 罵ったりするつもりはないが、こいつらに対する興味のなさは堀北以上かもしれない。

 こいつが赤点になったとしても、心底どうでもいいとしか思えない。

 

「言わせておけば、この野郎!」

「うっぜえ……もう帰ってもいいか?最近ちょっと疲れてるんだ」

 

 その瞬間、拳が飛んできた。俺は頭を少し動かして、それを避けた。

 反射神経だけは人より優れている自覚がある。長年の介護生活で得られた、唯一の武器といってもいい。まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。

 

「チッ、クソが」

「おいおい危ねえな」

 

 教室の空気が最悪なものとなる。うーん、やっぱり半年でも無理かもしれない。こいつらと仲良くするつもりはなかったが、普通の他人として生活するのも厳しそうだ。

 どうしようかなあと思っているうちに、須藤へ加勢する連中が現れた。

 

「やっちまえ、須藤。あいつには前からムカついてたんだ」

「そうだそうだ、殴られなきゃわかんねーよ」

 

 池とか山内とか言っただろうか。いつの間にか、俺はこいつらの恨みも買っていたらしい。教室がざわめき、周囲から奇異の目が集まってくる。

 あー、クソめんどくさい。再び大きなため息をついて、ゆっくりと立ち上がった時だった。

 

 一人の少女が、彼らの前に立ち塞がった。その光景に、クラスの生徒たちが驚愕する。

 

「やめてよ……」

「櫛田ちゃん、なんで」

「みんな、おかしいと思わないの?この人が何をしたって言うの?」

 

 櫛田が俺を庇った。これは完全に予想外のことだった。

 いつもとは違う……俺にとっては見慣れた雰囲気を纏う彼女を見て、雑音がぴたっと止んだ。

 

「どうしてそんな奴のこと……」

 

 池の言葉は、ある意味共感できるものだった。いや、ここにいる全員が同じことを思っているかもしれない。なぜこいつが俺を守ろうとしているのか、理解できない。

 

「……この人は、私の大切な人なんだ。これだけじゃダメかな?」

「そんな、櫛田ちゃん……」

 

 目に涙を浮かべながらも、櫛田は力強く池たちを睨みつけた。

 ショックを受けた三人組が黙り込む。櫛田の懇願を無下にできる者など、どこにも存在しないだろう。しかし、この行動はこいつ自身もリスクを伴う。今まで作ってきたキャラクターを失うほどのものではないが、俺との関係を知らない人間からすれば極めて不自然な動きだ。

 

 ここまで絶妙なバランスで立ち回ってきたのに、それを崩してまで俺を守ってくれた。

 そんな櫛田のことが、これ以上ないほど愛おしい。もしかしたら、俺はこの子と出会うために生まれ変わったのかもしれない。胸の高鳴りが抑えきれなくなってきた。

 

「もう意味わかんねえ。帰る」

 

 須藤は雑に荷物をまとめて、教室から出ていった。他の二人も居づらくなったのか、その後を追っていった。急に静まり返ったことで、各々が何とも言えない気まずさを感じる。

 

 櫛田は黙ったまま、俺の手を引いて外へと連れ出した。

 それは温かく、「優しさ」を感じるものだった。こいつは本当に……

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 手をしっかりと繋いだまま、俺の部屋へと戻ってきた。

 二人でベッドに腰掛けた直後、櫛田はがばっと抱きついてきた。

 

「馬鹿、ほんっとに馬鹿。わざわざ殴られるようなこと、しないでよ……」

「……悪い」

 

 気持ちが落ち着かない様子。まさか嫌われてはいないだろうと思っていたが、ここまで好かれていたのは想定外のことであった。嬉しさと同時に、戸惑いを感じる。

 

「これでもう、私はあんたとの関係を隠しきれなくなった。どうするつもり?」

「ああ、どうしようか」

 

 そう言って、お互いの指を絡ませながら、上目遣いで見つめてきた。

 俺は真剣に考える。どうしたいのか、どうなりたいのか。この優しい少女と……

 難しい問いに頭を悩ませている時、櫛田がぽつりと呟いた。

 

「友達が嫌なら、恋人でいい。なーんてね……うわっ」

 

 その言葉は、俺のタガを外すのには十分なものであった。

 初めて会った日と同様に、ベッドへ押し倒した。あの日と違うのは、俺が本気であることだ。

 男としての本能、人間の三大欲求の一つ。今の櫛田には、俺の持つそれを刺激するのに余りある魅力があった。

 ああ、そういえば親父は好き勝手していいと言っていたな。半年経過後は「必ず面倒を見てやる」とも語っていた。ならば、俺のやりたいように、俺の欲望を制限せずやらせてもらおう。

 

「……実際にするけど、いい?」

 

 この質問は、我ながら意味がわからないと思う。しかし性欲による興奮で思考が狂い始めていたため、つい口からこぼれてしまったのだ。

 

「ふふっ、あんたって頭が良いのか悪いのかさっぱりわかんない」

「うるせえ」

「ばーか。でも……いいよ、()()()()。私、あなたとならいいかなって思っちゃったんだ。それがどうしてか、教えてくれない?」

 

 櫛田が話し終わると同時に、俺はその唇を塞いだ。

 身体を優しく触り、手を下半身の方へ持っていく……

 

「悪いが、これ以上行ったらもう引き返せないぞ。俺も鬼じゃないから、今ならまだやめてやる。()()()()()、本当にいいんだな?」

「さっき答えたでしょ。女の子に何度も恥ずかしいことを聞くな。でも……」

 

 彼女は横になったまま、服のボタンを外した。

 俺は手を背中側に回して、ブラジャーのホックを外す。努めて優しく、ゆっくりと脱がせていくと……その綺麗な身体があらわになった。

 

「責任は取ってね。半年でサヨナラとか、絶対に許さないから」

 

 桔梗ちゃんの問いかけを、俺は頷くことで肯定した。

 この学校で友達を作らないことを決意したのは、四月のことだった。ここに来ても、まだその考え方に変化はない。しかしながら、俺はそれ以上の相手……恋人を手に入れようとしている。

 

 思い返すと、とことん矛盾ばかりの人生を歩んできた。だが、それも悪くない。

 俺は、自分の愚かさを楽しんでいた。

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