あちらも今週中には……と思います。
こちらは向こうほど深く推敲をしていないので、誤字報告が非常に助かっております。もちろん一度は読み返してからアップしますが、それでも無くなりません。ご協力ありがとうございます。
夕方、俺はある男に屋上へと呼び出された。
「……オレは、須藤には利用価値があると思っている。お前はどう考えているんだ?」
綾小路清隆。彼は無表情のまま、俺にそう問いかける。
どうしてこうなったんだと、俺は天を見上げた。
事の発端は、昼休みまで遡る。俺と桔梗ちゃんは参加しなかったが、須藤たち赤点組をフォローするために、図書室で自主的に勉強会が行われていた。
その時にCクラスの生徒が突然現れて、須藤に絡んだらしい。それ自体はどうでもいいのだが、そいつはテスト範囲が変更されていることを口走ったようだ。
焦燥した生徒たちが茶柱に詰め寄った結果、それが事実であることがわかった……
いや、知らねーし。そもそも俺はテスト対策というより、自分の知識欲を満たすための勉強をしている。もちろんベースは学校の授業だが、多少範囲が変わったところで何の影響もない。そして須藤たちが退学しようが俺には関係ないのだが、ここでそんなことを言ったら殺されかねない。
「……まあ、運動はできるからな。今後あいつの力が役に立つ可能性はある」
「お前もそう思うか。だったら、どうする?」
「さあね」
適当に須藤を上げる言葉を発したところ、次の質問が来てしまった。まさか過去問を入手すれば大丈夫ですよと言うわけにもいかず、俺は黙り込んだ。
それを見た綾小路は、俺との距離を詰めてきた。
「……どうも、お前はオレと似たところがあるらしい。だが、今は何も知らない無能を演じる必要はない。知っていたんだろう?過去問と一語一句同じ問題が出ることを」
持っている情報を公開した上で、どんどん俺を問い詰めてくる。知ってはいたが、こいつが「知っていることを知っている」カラクリがわからない。
ある程度予測していたとはいえ、やはりこの男は理解不能な相手だ。他人の思考を読むエスパーなのではないかと、本気で疑いたくなる。
「ノーコメントだ。確信を持っている相手に、俺がどう答えても一緒だろう」
「ならば、肯定と捉えさせてもらおう」
その直後、綾小路は俺に向かって拳を振るってきた。いや意味わかんねえって!
それをすんでのところで回避した後、俺は迫りくる左足の脛を踵で蹴り飛ばそうと意識した。身体の重心が左側に寄っているのが見えたからだ。
しかし、綾小路にその一撃が当たることはなかった。奴は俺と接触する直前に左足の筋力のみで跳び上がって、俺が放った蹴りを空振らせてしまったのだ。
もはや人間であるか疑わしいレベルだ。あれを躱された以上は、殴られるしかない。そんな諦めに近い感情を抱いたところ、綾小路は動きを止めた。
「……やはり、只者ではないな。避けるのみならず、反撃してくるとは」
何かぶつぶつ言ってるが、マジで帰りたい。こんな天災と絡みたくない。俺はしがない一般人として、桔梗ちゃんと二人仲良く過ごすことができればそれでいい。
「何を勘違いしてるのか知らんが、俺はホワイトルームの刺客とかではないから安心しろ。お前に危害を加えることは無いと断言しておく。誓ってもいい」
「……そこまで知っていたのか」
「知人に教育関係者がいたからな。その縁で、一度見学したことがあるのさ」
「なるほど、道理で」
敵ではないことをあの手この手で伝えていく。俺のような雑魚にはこうするしかなかった。
納得しているのかはわからないが、綾小路はそれ以降何も話さなかった。
これを好機と思った俺は、身を翻して足早にその場を去った。
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その夜。
「あっ、今日からしばらく……お風呂は一人で入るね」
「オッケー、了解だ」
桔梗ちゃんはお腹をさすりながら、申し訳なさそうに言った。さすがにこれで察せないほど、デリカシーが無いわけではない。いわゆる女の子の日というやつだ。
俺は内心ホッとした。これはつまり、妊娠していなかったことを意味するからだ。こうやってドキドキすることがないように、今後は避妊しよう……
「ところで、ちょっと聞きたいんだけど……Aクラスの坂柳とあんたって、どういう関係?」
「……ああ、あいつのことね。俺にはもう関係のない人間だから、心配いらないぞ」
まさか、桔梗ちゃんとあいつの話題をすることになるとは思わなかった。
一体どこで知ったのかと疑問が生じた直後、俺は葛城との会話を思い出した。おそらく、あいつは至るところで俺の名前を口に出しているのだろう。極めて迷惑な話である。
また、この子のコミュニティーの広さを考えれば、その噂が耳に入るのは必然ともいえる。
「そっか。もしかして、そいつって時々この部屋の前でうろちょろしてる奴?」
「……残念ながらその通りだ」
驚いた。桔梗ちゃんは、噂どころか姿まで知っていた。
ストーカー行為。そろそろ教師に相談しようかと思いつつ、俺はどこまで話すか悩んだ。
俺の過去を教えることで、何か悪い結果を招くかもしれない……
「あんたの過去のこと、そろそろ聞かせてよ。私だけ知られてるのは不公平じゃない?」
むっとした顔で発したその言葉は、まさに正論だった。俺たちは今、アンフェアな関係になっている。打算的に考えるのはもうやめよう。彼女が知りたいのなら、全て打ち明けるべきだ。
……これは、大事な恋人にまで隠し通すほどの秘密ではない。
「わかった。桔梗ちゃんの望み通り、昔話をしよう。めちゃくちゃ長い話になるけどな」
「いいよ、夜中になっても付き合うから……晴翔くんのこと、もっと知りたいし」
そして俺は、ここまで歩んできた自分の人生について語り始めた。あいつとの出会い、毎日の苦労、訣別の日……覚えている限りのことを、包み隠さず話した。
記憶を辿りながら、努めて冷静に話し続けた。しかし、いつの間にか目から涙がこぼれ始めていた。当時は何も思わなかったが、こうして話してみるとダメだった。
桔梗ちゃんは真剣に聞きながら、そんな俺を優しく抱きしめてくれた。
十二年間の思い出を語り終えて、精神的に疲れた俺はベッドに座り込んだ。
水を一杯飲む。時計を見ると、すでに数時間が経過していた。
「話してくれてありがとう。よく頑張ったんだね、晴翔くん」
「こちらこそありがとう。桔梗ちゃんにそう言ってもらえるだけで、報われた気がするよ」
俺の両親にさえ、ここまで深い話をしたことはなかった。気持ちが軽くなったのを感じる。誰かに聞いてもらうことで、自然と心の整理ができたのかもしれない。
「晴翔くんの優しさを利用しておきながら、自分にとって都合のいいタイミングで切り捨てるなんてね。私もあんまり良い性格はしてないけど、それでも酷すぎると思う」
頬を膨らませて、桔梗ちゃんは怒っている。そんな顔も可愛い。
ただ、俺としては今さら怒るということはない。もう過去の話だし、あの十二年があったからこそ、こうして素晴らしい女性と出会うことができたのだ。あれも全部桔梗ちゃんと付き合うための修行だったと思えば、そう悪くなかったような気もしてくる。
……こっちはここまで割り切れている。全てを水に流して、今さら蒸し返すつもりもない。
だから、もう俺を追うようなことはやめてほしい。俺の望みはたったそれだけだ。
「俺にとって、その件はもう『終わったこと』だ。恨むことはないし、助けてやることもない」
「よりを戻すつもりはないってこと?」
「戻すも何も、元からあいつのことはそんなに好きじゃなかった。守るという使命感に駆られて、感覚がおかしくなってただけだ。普段のあいつの態度は、さっき話しただろ?」
桔梗ちゃんが心配しているのは、あいつと俺が再び繋がってしまうのではないかということ。
その気持ちはわかるが、それは絶対にありえない。十二年も一緒にいて、恋愛感情どころか異性としての意識すら芽生えなかったのだ。そのような相手と間違いが発生するわけもない。
「よかった。もし捨てられたら、どうしようって……考えたくないから」
「じゃあ、ここで約束しておこう。俺は、今後お前以外の人間と付き合うことはない」
「……本当にいいの?」
「もちろん。俺にとって、桔梗ちゃんはこの世界で一番好きな人間だからな。言葉だけじゃ伝えきれないぐらい……大好きだ。正直、早く結婚したいって思ってる」
急に顔が赤くなった。それを見て、俺も恥ずかしくなってきた。
熱を帯びた顔を、お互いに見合わせた。そのまま軽くキスをすれば、俺は桔梗ちゃん以外のことを考えられなくなる。熱い愛情が心を沸かして、さらに身体が熱っぽくなる。
「ふふっ。あなたのおかげで、私は今すっごく幸せだよ」
「俺も幸せだ。俺のような奴と一緒になってくれて……感謝しかない」
自分の取り柄といったら、介護で磨かれた生活スキルがあるぐらい。ただの凡人である俺が、全てにおいてハイスペックな少女と一緒にいることを許されている。
それについて感謝の言葉を述べたのだが、彼女から返ってきた反応は意外なものだった。
「前から気になってたんだけど、『俺のような奴』とか言うのやめてよ。私はあなたが一番だと思ってるんだから……それも、坂柳のせいでそうなっちゃったのかな?」
またもや、はっとさせられた。俺の考え方はこの子に対して大変失礼なものであったようだ。
他の奴らがどう思っているかはさておき、桔梗ちゃんは俺という人間に魅力を感じたから付き合ってくれている。自分を腐すような発言は、その価値観を否定することにつながる。
「ごめん、悪いこと言った。これからは、もう少し自信を持つように努力する」
「わかってくれたなら、それでいい」
俺は、すでに妻の尻に敷かれている夫のような状態となっていた。桔梗ちゃんの言うことには逆らえないし、逆らう気も起きない。そもそも正論なのだから言い返す余地がない。
とはいえ、全く嫌な気持ちにはならなかった。むしろもっと言ってほしいというか……あいつによって固定された俺という人間が、桔梗ちゃんに書き換えられていくような感覚があった。
間違いないのは、これが正しい方向だということ。過剰な思いやりも、自分を卑下する癖も、直した方がいいのは事実だ。この可愛い恋人が、俺が気づいていなかった欠点を教えてくれたのだ。
悪いところを見つけたら、本気で叱ってくれる。こんな最高の相手が他にいるだろうか?
「……心配しなくても、桔梗ちゃんからは一生離れないよ」
「えっ?」
再び抱き合うと、とてつもない多幸感に包まれる。
かつての主人が与えてくれなかったもの。その全てがここにあった。
たくさんの感想・評価をいただいて、両方とも非常に幸せな作品だと思います。感謝いたします。拙作ですが、今後ともよろしくお願いいたします。