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瞳も、唇も、俺の名前を呼ぶその声も
全てが愛おしくて、脆くて、儚くて
今夜で最後のふたりの夢を見せてて―――
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さっきまで聞こえていた波の音より、
ザーザーと降り注ぐ雨の音がやけに鼓膜に飛び込む。
「……………」
ぐったりとした彼女の体を抱き締め、赤黒い血液が付着した白銀の髪の毛を何度も優しく撫でる。
「…舞白。」
「……………ん…」
もう話す力も、首を動かす力さえ残っていない。微かに反応を示すも僅かなに声を漏らす程度だった。
「ずっと一緒だ、…お前と俺はずっと…ずっと…」
宜野座の声に柔らかな暖色の色彩が戻ってくる。優しく抱きとめる彼の腕も、いつもと変わらない力加減だった。
「………て…」
「…舞白?」
なにか言葉を発する舞白の体を離し、ゆっくりとベッドに下ろす。片目だけが開かれ、その瞳は真っ直ぐと宜野座を捉えていた。
「……に、…げて」
"逃げて"
恐らく、追っ手が来るのも時間の問題だろう。
破壊されたデバイスも、そしてドミネーターの計測履歴も残っているはずだ。戻って来ない2人を、今頃捜しているに違いない。
自分の命のことは自分が1番わかってる。
失血も酷く、もう長くはない。
「舞白」
「……っ…ぅ……う…」
「……行かない」
そっと舞白の頬を撫でれば、穏やかに微笑む―――
「俺は、どこにも行かない。」
「―――一緒に逝こう?」
刹那、そっと舞白の首に手がかけられる。
外された首輪の跡がハッキリと残った白い首に、暖かな彼の手が圧迫し始める。
「………ぁ……」
最後に、自分の瞳に映る人物の顔は
酷く哀し気で、泣いていた
だんだんと視界が白く染っていく。
何も聞こえない―――
「((……ノブ兄…))」
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「……ここだ」
狡噛は車を停車させると、ゆっくりと外へと出る。
激しく打ち付ける雨、着ているジャケットは直ぐに雨水を吸い込む。
とあるガレージの前に車が数台停められると、その車内から一係の面子が次々と姿を現す。全員、物々しい雰囲気を漂わせていた。
目の前には東京の街と海が広がる、そのガレージは、人を近寄らせない不気味な雰囲気だった。
何年も放棄されたその場所。
自然な草木が生い茂り、気味悪さを感じるほど。
そして妖しげに、黒い薔薇のような花が咲いていた―――
「狡噛、ここは?」
隣の花城はガレージに視線を向けたまま問いかける。
「…征陸智己。元一係の執行官。
その人物が昔から保有しているセーフハウスの1つだ。」
自分も以前、この場所を訪れたことがある。
潮見廃棄区画からそこまで離れていないこの場所に、宜野座は身を置いていると確信していた。
「狡噛さん、突入は私が―――」
ドミネーターを手に持ち、突入しようと構えていた常守。しかし、狡噛はそんな常守に視線を向けると首を振るう。
「俺が行く。」
「…一応うちの執行官が関係してるので、突入しますよ。いいですよね?先輩?」
霜月は一歩前へと踏み出せば、常守と狡噛に交互に視線を向ける。
その様子に小さくため息を吐く狡噛。手に持っていたタバコを足元へ捨て、足で踏み躙る。
「構わないが、中がどうなってるか分からない。その覚悟はあんたにあるのか?」
「…どういう意味よ―――」
狡噛は霜月へ視線を向けると、眉を顰め、表情は険しいものへと変わる。
「あんた。ギノと舞白の関係性は知ってるんだろう?」
「……そりゃ…分かってるわよ」
背後で静かに待機する執行官たちも静かに狡噛を見据えていた。なんとなく全員が感じていた。
恋人同士の2人、潜在犯と健常者、向けられたドミネーター、そしてオーバー700越えの計測履歴―――
「自分のサイコパスを守りたいなら、監視官のあんたは入るべきじゃない。」
「…ちょっと待ってよ!…それじゃまるで、もう舞白は―――」
霜月はドミネーターを握りしめる力を強めると、狡噛に掴みかかるような勢いで声を荒あげる。
「―――あぁ。大体想像はつくだろう?ギノの犯罪係数からして、生きてるか死んでるか…、そういう状況なんだよ」
霜月を覗く、その場にいる全員がこの場所に辿り着いた時点でなんとなく分かっていた。
「なんにせよ、突入は早い方がいい。…覚悟があるなら着いてこい。ただし、俺が先頭だ。…いいな?監視官。」
常守と霜月は複雑な心境を抱きながらも小さく頷く。
そして一係の執行官たちはガレージを取り囲むように配置に付くと、狡噛を先頭に、常守、霜月は中へ潜入する準備に入る。
「………歪んだ愛の行先、ね」
花城はガレージ前に停めている車へもたれ掛かり、中には入ることはせず、待機をすることに。
既に2人が失踪して数時間経過しており、外は暗く、雨のせいで余計に空気を暗くしていた。
「お前達は舞白を優先して保護を。
…ギノは俺に任せてくれ。万が一、ギノが襲いかかってきたとしたら―――」
狡噛の後ろに立つ常守に視線を送る。
「……悪いが、俺はアイツを助けようと思う程の余裕は無い。」
妹が、もし―――
傷つけられていたら、狡噛は宜野座を許す事など出来るはずがなかった。それに犯罪係数は既に異常値を記録している。加えて監視官を連れ去り、職務放棄を起こしている事実に、もはや命を保証する義理はないだろうと考える。
「それと、俺が状況確認するまで絶対に動くんじゃない。…とくに、あんたは舞白と仲が良かったんだろ?」
「………」
再三忠告するように、今度は霜月を一点に見据える。しかし霜月は唇を噛み締めると、狡噛を睨みつけるように言葉を返す。
「心配無用です。……過去に、似たような事は経験ありますから。」
桜霜学園での標本にされた友人の事は今でも忘れられない。
美術室に置かれていた、王陵璃華子が描いたであろう幼馴染の残酷な姿が描かれた絵。
久しぶりに脳裏に浮かべると、心臓の鼓動が早くなる。しかし、こんな所で怯む訳にはいかなかった。
「なら、…任せる。」
狡噛は胸元から拳銃を取り出すと、ドアにもたれ掛かると中の物音を確かめるように、耳を当てる。
物音一つしない不気味な室内。
そして狡噛は2人に合図を出せば、一気に中へと突入する。
「……ッ……」
デバイスのライト機能を頼りにゆっくりと進むも、どうやら一階には姿は見えない。しかし、明らかに誰かが居た痕跡を見つける。
「((…やっぱり、ここで間違いないみたいだな―――))」
ソファに投げられるように置かれていたのは宜野座が愛用していたトレンチコート。微かに血液が付着しているのを確認すると、常守は直ぐにその血液が誰のものなのかを調べる。
「……狡噛さん…」
常守のデバイスを覗き込む狡噛、そして霜月。
その血液は間違いなく舞白のものだった―――
「…そんな…舞白……」
動揺する霜月。そんな彼女の肩に触れ、なだめるような表情を浮かべる常守は、同じように険しい顔つきをしていた。
そして狡噛は、ふと2階へと続く階段に目を向ける。薄暗闇でよく見えないが、床にライトを照らすと微かに血痕の跡がある事を確認する。
「2階へ行ってくる。…とにかく、俺が良いと言うまで来るんじゃない。」
そう口にすれば、狡噛は銃をぎゅっと握りしめると2階へと繋がる怪談へ足をかける。嫌な予感しか、狡噛は感じない。
階段を一段、また一段と上がっていく度に、胸が締め付けられるような想いに駆られていた。
あの2人が。
大切な、大切な―――
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「お兄ちゃん!私、好きな人が出来たの。」
無邪気に笑う妹の、愛しい表情、そして声―――
あの時から、お前が誰を好いていたかなんて、直ぐにわかっていた。
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「狡噛。…俺は、あいつを幸せに出来ると思うか?」
親友はそう言った。
見たこともない、哀しい、儚い表情を浮かべ、兄の俺に一度だけ問いかけたことがあった。
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「((……気づいてやれなかった俺にも、責任はあった―――))」
狡噛は僅かに苦しげな表情を浮かべるも、なんとか歯を食いしばり堪え、2階へと階段を登り続ける。
「…………っ!?」
登った先に、人影が見えた。
古びたベッドに眠る人物と、その傍らに身を置く人物。サイドテーブルに置かれていた小さなランプが、ベッドの傍らで膝をつき、眠っている人物を見つめる男の横顔を照らしていた―――
「―――ギノ」
狡噛は銃を構えると照準をしっかりと定める。血の着いた白いシャツにいつものスーツパンツを身につけた男は、動揺することなく、ただ真っ直ぐベッドに眠っている人物を見つめ、頬を撫でているようだった。
「……離れろ。…舞白から離れるんだ!ギノ!!」
――――――
「!?…狡噛さん!?」
「先輩!2階に……!」
1階で待機していた常守と霜月は、ハッキリと狡噛が宜野座を呼ぶ声を聞き取っていた。そして、舞白と言うワードに2人は顔を見合わせる―――
――――――
狡噛はトリガーへと指をかけ、宜野座から視線を離さない。
「……狡噛。……俺は、―――」
「…………離れろ……」
「…こうするしか、なかったんだ」
「ギノ!」
狡噛の荒れた声が響き渡ると同時に、背後から監視官2人が現れる。
「「宜野座さん!」」
宜野座はフッと笑みを浮かべると、隠し持っていた小銃を自身の頭に突き付ける。
「"妥協"なんて、できなかったんだ―――」
宜野座の人差し指にかけられるトリガー。
その瞬間―――
ズドン!!!
鈍い銃声が響き渡る―――
「ギノ!!」
「宜野座さん!!!」
「……ツ!!」
狡噛は必死に手を伸ばす。
常守はサッと霜月に被さるように前へと立てば、2人は目を塞ぐ。
宜野座は頭を撃ち抜き、その場へ倒れ込む。そして、初めてベッドの上で眠っていた人物へと視線を向けた狡噛は、変わり果てた妹の姿に言葉を失う。
「舞白……、舞白……?」
仰向けで寝転び、青白く、陶器のような色の顔をした舞白。両目は閉じられており、片目からは血液の涙がこぼれ落ちるように固まっていた。白銀の美しかった長い髪の毛は血で染まっており、首には強く絞められたであろう跡が残り、両足首からは未だに血が垂れ続けていた。
そして、手には
黒い薔薇が握られていたのであった―――
「……ッ……狡噛さん、舞白ちゃん―――」
「来るな。……」
常守が震える声で呼びかけるも、狡噛はベッドの傍らに座り込み、眠っている舞白を見据えていた。
「先輩、離してください……!
……舞白、……舞白!!」
常守の静止を振り払い、霜月は親友の姿を確認しようと駆け抜ける。
「…………ッ!!」
変わり果てた姿に霜月は目を見開く。
「……ッ……はぁ……はぁ……舞白…………」
舞白の肩を揺らすも、もちろん反応は無い。そして、生死を確認するも、既に彼女から呼吸音さえ何も聞こえない。
「……報告です。
……狡噛舞白……監視官の死体を発見……そして―――」
常守はなんとか荒れる心を落ち着かせ、全員に通信をはかる。
「宜野座執行官は、自害。即死です―――」
狡噛は息絶えた親友の姿を見下ろせば、なんとも言えない感情に襲われていた。
雨音が更にガレージを包み込む―――
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歪んだ愛
歪なその感情は、時に、ありとあらゆる心情全てを、脆く破壊させる力を持つ。
言わば、それは、"呪い"に似ている。
愛ほど歪んだ呪いはないのだから―――
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「ッ……!!!」
深夜2時―――
背中は汗でぐっしょりと濡れ、気分の悪いその感触に息を荒らげる。カーテンが開けられた大窓に目を向けると、外は美しい月が登り、東京の夜景が炯々と光り輝いて見える。
雨は降っていない―――
「はぁ……はぁ…………」
―――嫌な夢を見た
飛び起きた隣の女性の様子に目を覚ました男は、ゆっくりと上半身を起こすと、隣の女性に視線を向ける。
「舞白?……どうした?体調でも悪いのか―――」
「……伸元さん」
刹那、舞白は宜野座にぎゅっと抱きつくと、宜野座はそれを優しく抱きとめる。微かに小刻みに揺れる体に、宜野座は困ったような様子で優しく背中を摩る。
「もしかして、怖い夢でも見たのか?……汗も酷い、着替えよう?」
「……ッ……怖かった…………」
舞白は宜野座の体温を確かめるかのように、ぎゅっとさらに力を強めると、涙をポロポロと、まるで幼子のように泣き始める。涙を容易に見せない彼女に対し、宜野座は可笑しそうに笑っていた。
「まるで子供だな。"悪夢"に魘されて、起きるなんて―――」
「笑い事なんかじゃない!……本当に……夢でよかった……」
確かに、ここにいる。
あれは夢だった……夢で終わった―――
「…………舞白」
「……どこにも行かないで……」
「行かない、どこにも行かない」
舞白の頭部に頬を乗せ、優しくトントンと背中を何度も叩く。宜野座の柔らかな匂いが鼻を擽ると、舞白は再び睡魔に襲われる。
「……のぶ……ちか……さ」
「…お休み、舞白」
「………の……」
宜野座は舞白の額に、そっと唇を当て、そのまま体をベッドへと戻す。汗ばんだ首元をそっと手で拭ってやれば、再び舞白から穏やかな寝息が聞こえてくる。
「一体、どんな悪夢を見たんだ、お前は―――」
フッと困惑した笑みを零せば、宜野座も再び横たわり、舞白の手をにぎりしめる。
「次は、良い夢を―――」
そっと瞼を閉じる。
寝室に、甘い薔薇の香りが漂い、2人を深い眠りへと誘う。
白い薔薇、またの名をブライダルローズ。
花言葉は
"私はあなたにふさわしい―――"
―――
―――nightmare
――完
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