璃子と会ってから、時々メールのやり取りをしていた。話の内容は大したものではなく、好きな食べ物や趣味、何か欲しい物があるか、最近起きた珍しいことがあったかなどを話していく。直接顔を合わせて話すのも良いが、そこまで直接会うことも無い人と話す場合は、むしろメールの方が気楽で楽しい。会話に詰まった時とかの気まずさがないからだ。会う頻度を上げれば、メールじゃなくて直接話す方が楽しいと思えるだろうが、会うのは会うので面倒だった
璃子は好きな食べ物はパスタで苦手な食べ物は基本的に無いらしい。出された食事は基本的に平らげるようなので、作る身としてはありがたいだろう。残飯の処理とか面倒だし、処理をするのもメンタルと体力が削られるのが理由だ。一緒に食事をする時は欲しい人材でもある、自分の苦手なものがあったらその人に上げるとか言って渡せば回避できる。大人数で食事をして自分の苦手なものが出てきたときほど、何でも食べられる人の存在はありがたい
手にはシャープペンシル、もう片方の手には問題集のページを片手で押さえられている
健也「…」
机の横にあったチュッパチャプスが入っている箱がある。買った覚えがないが、箱には3等と書かれており、何の3等だと思った。お店の銘柄も無く、ただ袋をされている飴など怖くて舐められないが、捨てる気にもなれなかったので、放置している。
部屋で勉強をしていたが、集中できなくなってきたので、開いていた問題集を雑に閉じてペンを放る。あまりに雑に閉じたので、勉強机の近くにある棚が揺れて埃が落ちる。健也は、普段掃除を中々しないので、その埃があること自体に気付けず咳き込んでしまう。掃除をするとしても床を掃除機で吸うくらいで、棚の掃除なんか滅多にしない。してもすぐに埃溜まるし、床だけでいいやとすら思っている
健也「……」
勉強も飽きて、何か動画でも見ようかと適当にスマホを取り、アプリを使って見るが、どうにも集中して見ることが出来ず、内容が全く頭に入ってこなかった。ただただ映像と音声が流れ、それを聞いても右の耳から左の耳へと流れるように抜けていく。見ても退屈だと思った健也はスマホを放り投げて、ベッドに横になり、ただ天井を見る。天井は何も無く、少し黒くっている箇所があった。天井も滅多に掃除しない場所だよなと思いながらも、何もしないでただ抜け殻のように横になっている
健也「……、本当に何だろうな」
何かがパッとしない。でも何かが分からない。ただどうしてか鳴海の顔が頭に浮かんできた。ほとんど話をしたことの無いはずだが、なんでこんなに気になっているのだろうか……まさか一目惚れ?
確かに一目惚れするような可愛さはあると思うが、だけど、それだけで? 一目惚れをしたことないから何とも言えないけど、これ本当に惚れているのか? そんなわけないか
健也「……」
今部屋にいても何も集中出来ないと思った健也は、外出用の服に着替えて家を出た
どこに行こうか……いや、自分はどこに行きたいんだろう……
外に出て何も考えないで歩くが、この足はどこに行きたいのか分からなかった。ただ道がある所に沿って歩いているだけで、分かれ道が出るとどちらにいこうかと足があっちにいったりこっちにいったりしている。普段行き慣れている道を歩こうか? いやでも、こういう時だからこそ、普段行かないような道を歩こうか…… そんな感じで悩んでいると、後ろから何かが転がっている音が聞こえた
健也「?」
振り返るも誰もいない。ただ、先程自分が歩いていた場所には無かった小石があった。道路と同化していて見えていなかったのかもしれない。気にしないで普段慣れている道を歩く。普段行かないような道に行こうかとも思ったが、なんか嫌な感じがしたのでやめることにした。やっぱり慣れている道の方が安心できる。安心出来るが、モヤモヤは無くならなかった
適当に歩いていると、駅前に出た。駅前にはショッピングモールがあり、そこには数多の飲食店、服飾店、本屋、楽器屋、医薬店などが設置されている。わざわざどこかの駅に移動しなくても、手軽にここで買えるものが多いからか、人がいつでも多い。親子連れ、同性グループ、男女2人組、小さな子供同士、1人で行動している人も沢山いた。その光景を見て、なんだか懐かしい気持ちになる。行く当てもなくモールに入り、ただ歩いていると、変なおばさんに話しかけられた。
おばさん「あら。ねぇ君」
健也「……」
無視して離れようと思ったが、目の前に立たれて話しかけられる
おばさん「君ってば、ちょっと、この前ここの福引で1等、2等、3等連続で当てた人だよね?」
健也「え」
あまりの都合の良い人がいたんだなと思わず反応してしまう。それがいなけなかった。話を聞いていることを自分から反応してしまったのだ。これではもう無視することが出来ない
おばさん「あそこの温泉旅館どうだった? 私も行こうかなと思っているんだけど、出来れば感想とか教えてほしくて」
健也「……温泉旅館?」
おばさん「あら、覚えていないのかしら。ほら、そこでくじを引いていたでしょ、1人で」
おばさんは、人気のない、少し広いスペースを指さしている。そこには何もないが、どこか見覚えがあった
健也「……人違いです」
見覚えがあるが、何も思い出せない。3等という言葉が少し気になったが、3等で飴はないだろうと思った。あるとしたら何かの商品割引券とかじゃないだろうか? これ以上話していたら勧誘でもされて、変な壺を買わされそうだと思った健也はおばさんの横を突っ切って逃げることにした。
適当にエスカレーターを上ると、服飾系のお店が中心となっているエリアに出た。どちらかと言うと、女性用の服が多く売られているような気がする。ぱっと見だからそう見えるだけで、実は奥の方にも男性用の服があるかもしれないが、見る気になれなかった。ウインドショッピングという言葉があるみたいだが、特に欲しいものがない状態で見るウインドショッピングは中々楽しくない。興味がないものを見て楽しめと言うのも無理があった。これが友達とか恋人とかと一緒に見るなら楽しいかもしれない。誰か呼ぼうかな……吉良しか呼べる人いなかった(女子怖いから愛奈と鳴海は無し。璃子はこのことで呼ぶかどうか迷ったが、こんなことで呼ぶのもな……と思ってしまう)
こんなことで吉良を呼ぶのもな……
やっぱり帰ろうかな……
そう思って来た道を戻ろうとすると、1人の女の子がチャラチャラした感じの男に囲まれている。女の子ドンマイと思いながら無視しようとしたら、その女の子と目が合う。
女の子「あ」
健也「あ」
その女の子は鳴海だった。とても鬱陶しそうな顔でチャラ男達から逃げようとしているのか、チャラ男達はしつこく鳴海を口説いているようだ。鳴海と目が合った健也だが、考える前に行動に移していた
健也「すいません、こいつ俺の連れなので」
鳴海「え」
健也「ほら、行くぞ」
鳴海「う、うん」
鳴海の腕を掴んでチャラ男達から引き剥がす。チャラ男達は健也が現れるととても不愉快そうな顔をしていたが、追いかけてくる気は無いようだ。楽に逃げることが出来た。
どこまで逃げれば良いのか分からず、腕を掴んで歩く。気付いた時には飲食店がある所に出た。ラーメン屋、うどん屋、パスタといった麵類の料理から、ハンバーグ、唐揚げ、チキンといった肉料理、タコ焼きやクレープといった軽食店と幅広く揃っている。
きゅ~
健也「あ?」
鳴海「……」
何か音が聞こえて、振り返ると、そこには顔を伏せた鳴海だった。鳴海は顔を赤くして何も反応していない。振り返った時に足を止めて、今まで腕を掴んで歩いていることに気付いた。これ見方によっては拉致しているんじゃないの? 慌てて手を放して少し距離を取るが、鳴海はただ顔を俯かせているだけだ
健也「あー、その、一応聞くけど、あいつらって知り合いなの?」
鳴海「なわけないでしょ、嫌だと言ってもしつこく言ってきて困っていたし」
顔を俯かせた状態で話し始める鳴海、どうしたのかと健也は体勢を低くして鳴海の顔を見ようとしたが、鳴海は顔を横に逸らす。
健也「えっと……」
鳴海「何」
健也「1人か?」
鳴海「悪い?」
健也「いや、誰かと待ち合わせをしていたら悪かったかなって思って」
鳴海「してないから安心して」
健也「そうか」
鳴海「うん」
健也「……」
鳴海「……」
健也「そうか、じゃあね」
鳴海「……うん」
これ以上鳴海と話すことが思いつかなかったので、鳴海から離れて飲食店を見る。お金もいくらか持ってきていたので、せっかくだしここで外食をしようかなと思った。座席は結構なところが埋まっているが、所々は空いているので、1人なら簡単に食べることが出来そうだ。肉を食べたい気分だった健也は、ハンバーグ屋さんに並んで、ハンバーグ定食を注文、意外にもすぐに調理が終わったようで、渡された受け取りを知らせるリモコンを直ぐに返して代わりにご飯を貰う。
どこに座ろうかなと思って、トレイを持ちながら歩いていると、端っこの2人席が空いていた。そこに向かって腰を下ろす。トレイの端に寄ってしまった箸を手に取り、食べようとすると、トレイを持って席を探している鳴海の姿があった。鳴海も席を探しているようだが、鳴海が歩いている箇所は、大人数(4~8人程度)のグループで固まっており、所々席が空いているが、またその隣にうるさくしている人達がいる。どこに座ろうか困っているようだった。
……どうする気なんだろう……
席に座っている男達は鳴海に気付くと、指を指して楽しそうにしている。大方誰が声を掛けて連れ込もうかを話しているのだろう。鳴海もそれに気づいて足早にそこから逃げようとするが、挟み撃ちの形になって男達が鳴海に話しかける。鳴海は嫌そうな顔をしているが、可愛い子の嫌がっている顔が好みなのか、男達は更に興奮している。健也はその光景を見ながらライスを食べていたが、とても不味く感じた
健也「……」
鳴海を見ていると、また目が合う。その目は明らかに助けを求めていた。
男達は全員自分よりも体格が大きく、チャラチャラとしていて、声も大きい。あの中に飛び込めと? 飛び込んだらきっと大きな声で言われる中を切り抜けて、最悪タックルされるかもしれない連中から連れ出せってか? そんなこと……出来る気がしない
健也が何も行動しないでただ見ていることしか出来なかった。男の1人が、鳴海の腕を掴もうとすると、鳴海はその腕を振り払おうとしているが、また男に囲まれてしまう。それを見て我慢できなかった。
席を立って、鳴海の元に駆け寄る。鳴海はとても驚いた顔をしているが、男達はとても邪魔なものが入ってきたという目つきをしている
男A「なんだお前、何か用かよ?」
自分よりも体格が大きく、声も太い。別の男が鳴海を無理やり席に座らせようとしている
健也「その子は俺の友達です。放してください」
男B「はー? 何なの君? もしかして女の子助ける俺超かっこいいとか思っている系?」
男C「なんだよこいつ、見るからに弱そうじゃん」
男D「ほら、何か言ってみろよ」
健也「っ」
男達に囲まれてしまう。自分は袋叩きにされてしまうのではないか、そう思い、今すぐにでも逃げ出したくなるが
鳴海「…」
鳴海は健也を見続けている。健也も見つめ返すと、鳴海は目を逸らさないで見つめ続けた。
男C「何見つめ合っているんだ、よ!」
健也「っ!」
思いっきり腹を殴られ、先程食べていたライスを吐き出してしまいそうになるが、鳴海の目の前でそんなことは出来ないと手に口を当てて、吐き出さないように飲み干す。
危なかった……もう少し遅れていたら吐いていた
鳴海「!」
鳴海は健也に近づこうとするが、男達が鳴海を抑えつけている。鳴海の口や胸に手を伸ばして動けないようにしている間に、健也は男達に殴られ続ける。何度も、何度も、何度も、殴られ、蹴られていると、流石に周囲の人達もこの異常な空間を察知したようでガヤガヤとし始めた。健也に暴行をすることに夢中になっていた男達もこれ以上は不味いと判断したのか
男A「おい」
男の1人がそう声を掛けると、男達は逃げるように去ってしまった。健也の身体はボロボロで痣が複数出来ている。床下に寝転び、ただ痛みに耐えることしか出来ない間、鳴海が健也の身体を起こす
鳴海「ねぇ、ねぇ、大丈夫?」
健也「っ……大丈夫……このくらい……」
鳴海「このくらいって……ごめんなさい。私の所為で」
???「その男にも責任はあると思うけどね~」
顔だけ上げると、そこにはギャルみたいな女性が1人いた。その人は手にファッション雑誌を持っており、つまらなさそうに健也を見ている
どこかで見たことがあるような気がしたが、それ以上は分からなかった
???「女の子1人も守れないようじゃ、何を守れるのかしら」
鳴海「な、貴方なんですか」
???「別に何でもいいじゃん。まぁ、一番の原因は君だけど」
鳴海「わ、私?」
???「君がちゃんと男達を追い払えば、そこの少年はそうなることはなかっただろうに」
鳴海「あ、あの時は、怖くて……」
???「それならその少年も同じだよ。そこまでみっともなくやられたとはいえ、ちゃんと君を連れ出そうとここに踏み込んだ。それなのに君は何なの? お姫様でもやっているの? 自分から逃げ出そうとしなかったの? 殴ってでも良いから逃げ出せばよかったじゃない」
健也「あのさ……俺は平気ですから……」
???「そう、ならいいわ」
鳴海「あんた、何なの? いきなり言いがかりをつけて、満足したらさっさと去るの?」
健也「やめろ」
鳴海「でもっ!」
健也「俺がもっと早く行けばよかったんだ。ごめん」
鳴海「……私こそごめん。でもあの人は……ってあれ」
健也「どうした」
鳴海「いなくなっている」
健也「……本当だ。でもあそこに人ごみが出来ているし、あそこに紛れたのかも」
鳴海「~~~、言いたいことだけ言って都合が悪くなったら逃げるとか。くそっ!」
傷口を抑えながら立ち上がる。痣になっている程度で、出血が無いのでまだマシな方だろう。やる奴らは出血するまで蹴るだろうし……
よろよろと身体を起こして、席に戻る
健也「一緒に食べるか?」
鳴海「え」
健也「ご飯を食べに来たんだろ」
鳴海「うん……。でもいいの?」
健也「お前、また一人になるとさっきみたいになりそうだから。それにご飯が冷めちゃうだろ」
鳴海「……ありがとう」
健也「はいはい」
鳴海は机の置いていたトレイを健也の座っていた席に置いて座る。健也の真正面だ。健也も席に戻り、残っていたライスとハンバーグを食べていくが、グリーンピースを横にずらしていく。鳴海はパスタをフォークに巻き付けて口に運ぶ
健也「……」
鳴海「……」
何を話せばいいのか分からず、気まずい。おいしいハンバーグも味が分からず、本当にハンバーグを食べているのか分からなくなってきた。こんなトラブルの後は何を話せばいいのやら……。鳴海を見ると、フォークで巻き付ける速度が遅くなり、何かを考えこんでいるように見える
健也「さっきのギャルが言っていたことを気にしているのか」
鳴海「え」
健也「自分から動けばよかったどうこうっての」
鳴海「……」
何も言わなかったが、肯定しているのと変わらない
健也「あれは結果論だから気にするな。そもそもあんな屈強そうな男達に囲まれていたんだ、それに抑えつけられていたから下手に抵抗すれば、殴られていた可能性も高い。大勢の前でもあんなことをする連中だ、拉致をしてもおかしくない」
鳴海「で、でも……」
健也「いいから、あれはそっちの所為じゃない。鳴海さんは何も悪くない」
鳴海「……ごめん」
健也「こういう時はありがとうだよ」
鳴海「え」
健也「ごめんよりも、ありがとうの方が良いから」
鳴海「あ、ありがとう?」
健也「うん、ほら、ゆっくりでいいから食べなよ」
鳴海「……うん」
鳴海はゆっくりとフォークにパスタを巻き付けて口に運ぶ。先程よりも表情は僅かに明るくなったが、それでもまだ暗い。何か話をしても、落ち込ませるだけかと思った健也はグリーンピースを器用に端に寄せて、ライスとハンバーグを食べ終えた。箸を置いて、スマホを触って時間を潰そうかと思ったが、食べている人の目の前でそんなことをするのもな……と思ってしまう。全く知らない赤の他人なら気にしないが、目の前にいるのはクラスメイトで、部活仲間で……幼馴染……
幼馴染なのか?
幼馴染とは、幼い頃から仲の良い付き合い又は物心がついた時からの顔なじみという意味らしい
愛奈と吉良の話から、自分は鳴海とよく一緒にいるという事を聞いて、写真も小さいころから一緒に映っているのを見て、小さいころからの付き合いがあるというのは分かる
しかし、そのころの記憶がない
周囲は自分達が小さいころから一緒にいると聞いてはいるし、その証拠であろう写真も複数あること、それも仲良かったとのこと。
なのにそのころの記憶がほとんど思い出せない。これは幼馴染と呼べるのだろうか……。自分だけが覚えていないだけでなく、その相手も覚えていない……同姓同名、同じ顔と背丈をした誰かと勘違いしているのではないだろうか? そう思ってしまう
食べている鳴海をぼーつと見つめていると
鳴海「グリーンピース食べないの?」
健也「苦手なんだ」
鳴海「じゃあそれ食べるから、これ食べてくれない?」
健也「食べないのか?」
鳴海「お腹いっぱいでね。どう、良かったら」
健也「はぁ……いただきます」
渡されたお皿とフォークを何の疑いも無く貰い、フォークに麵を巻き付けて食べる。鳴海も健也から渡されたグリーンピースを特に何も言わないで食べる
健也「何自然に食べてんだ」
鳴海「それ私も今思った」
健也「いや、自分で言うのもなんだけど、本当になんで躊躇なく食べているんだ俺は……」
鳴海「なんかこのやり取りが当たり前って思ったよ」
健也「……」
確かに鳴海の意見も分かる。本当に何の躊躇もなく、相手の途中まで食べた料理を食べた。それが同性なら抵抗なく、食べることが出来るが、女子相手なら話は別だ。健也は女子が怖く、触れられることも怖い。鳴海に触れられるのは、どういうわけか耐性があるが、それでもどこまでも問題ないというわけではなく、限度もある。
相手が途中まで口にしていたパスタを食べるなんて……他の女なら間違いなく拒否をしていたはずなのに、なんでこんなにすんなりと……
複雑な気持ちでパスタを食べきると、鳴海も丁度食べ終えたようだ。食器を戻される。鳴海は直ぐに席から立って、どこかに行くと思っていたが、立ち上がる様子はなく、健也を見ている。健也も鳴海を見つめると、鳴海も健也の目を見ている
健也「……」
鳴海「……」
どういうわけか、懐かしさを感じた。恥ずかしいとか、照れるとか、そういうものではなくて、懐かしいと思った。周囲の会話や物音が徐々に聞こえなくなり、目の間にいる鳴海にしか目が行かなくなる
健也「……」
鳴海「……」
子供「ママー、あのひとたちみつめあっているよー」
母親「デートなんでしょ、ほら、指を指さない」
健也「!?」
鳴海「!?」
その声が聞こえると、2人同時に目を逸らす。なんで目を合わせ続けるのか分からず、自問自答を繰り返すが、その答えは見つからない。
鳴海「しょ、食器を戻してくるね」
鳴海は自分の食べていた食器を持ってお店の返却口に置きに行った。健也も追いかけるように席を立って自分が注文したお店の返却口に戻す。考える前に鳴海の姿を探していると、鳴海も健也を探しているのか、視線を彷徨わすが、また視線が交じり合う。
健也「っ」
また見つめ合わないように直ぐに視線を逸らす
どうしよう……鳴海とはこの後予定もないが、ここで無視して帰るようなことをしたら感じがとても悪いのではないか? それは避けたい……なんで避けたいんだ? 俺とあいつはそこまで仲が良いわけじゃないし…
もう一度視線を上げると、鳴海は健也を見ていた。鳴海は健也を見ているので気付いていないようだが、近くにいる男達が鳴海に声をかけようかという雰囲気になっている。少しずつだが、確実に男達は鳴海と距離を詰めていた
健也「っ」
考える前に足が動いた
鳴海の方へ歩き出すと、鳴海は嬉しそうな、恥ずかしそうな、反応に困るような、色々な感情が混ざったような顔をしていた
鳴海の元に着くと、近くにいた男達は興ざめをしたように去って行く
鳴海「……」
健也「えっと…どこか行く?」
鳴海「どこかって?」
健也「どこかはどこかだよ。その……」
鳴海「……良いよ。どこかに行こうか」
健也「うん」
鳴海「……」
健也「なんでそんなに凝視するの」
鳴海「あ、ごめん。なんか懐かしい気がして」
健也「懐かしい?」
鳴海「さっき目が合った時もそうだけど、なんか懐かしい感じがして」
健也「そうなんだ…」
鳴海「健也君も目を逸らさなかったよね?」
健也「そりゃ見られたら見るでしょ」
鳴海「そうね…。とりあえず行きましょう」
健也「そうだな」
鳴海の横に立って並んで歩くと
鳴海「横に付くんだ」
健也「嫌だったか」
鳴海「嫌じゃないよ」
健也「そうか、ならいいか」
鳴海「そうね」
横を見ると、相手も自分を見ている
一緒に目を逸らす
もう一度相手を見る
また目が合う
何回もそれが起きて笑うと相手も同時に笑う
なんだかそれがとても楽しく懐かしく暖かかった