人類が生きる大陸群の沿岸部より南方へ遥か数百万里もの先の海には、“暗黒大陸”と通称される何もかもが謎に包まれた陸地が広がっている。
暗黒大陸は常に極めて分厚い黒雲に覆われて昼でも薄暗く、あまりにも日光が少ないため生物もまともに育っておらず、およそ文明・文化を持つ知的生命体は存在せず、自然の掟そのままな弱肉強食の食物連鎖が構築されており、大小や雌雄を問わず何千億種と知れぬ動植物まさしく凄絶かつ凄惨な喰らい合いが繰り広げられている。
……………………というのはあくまで人間世界の住人たちの先祖が語った様々な誇張と虚飾が盛り込まれた伝承に基づいて後生の人々が想像し脚色を加えたが故に生まれた作り話でしかなく、有史から今日に至るまで語り伝えられる昔話は暗黒大陸の実態とはかけ離れたでたらめであった。
まず、暗黒大陸には人のように知性と理性を兼ね備えた生物が一個体だけいる。
そして…………その生物は“ヒト”の姿をしている。
「……すぅ……すぅっ…………」
真っ暗闇に包まれた洞窟の奥底に漂っている泥沼よりも真っ黒に濁っている粘液の中で、一糸纏わずきめ細かな肌を晒しながら眠る黒い長髪を持つ色白の少年の姿をした生き物。この少年が暗黒大陸唯一の知性ある生き物だ。
この少年が人類世界の住人たちの目に止まり、かつその存在が公に知られていれば、「暗黒大陸最大の謎」とでも吹聴されていたであろうことは想像に難くない。
「……んぅ……」
少年の身体を支える布団代わりの粘液は、彼が寝返りを打つ度に突き立ての餅のように歪む。どこか儚さを纏う穏やかで幼気な表情を浮かべ、静かに微睡んでいる様子からも見て取れる通り、見た目とは裏腹に寝心地は極めて良いらしい。
「……んん……ふわあ……」
しばらく寝返りを繰り返しながら眠っていた少年は、不意に瞼を擦り口を開きながら体を起こす。洞窟の天井に向かって腕を大きく伸ばし、欠伸をする様もまた幼さを残しているのが分かる。
「……もうちょっと寝てたかったあ……」
欠伸に付随して涙が浮かぶ目元をもう一度擦りながら、少年は粘液の布団から身を降ろし洞窟の出口を目指して歩き始めた。自分の足元さえも見えない真っ暗な洞窟の中で、ひたひたと足の裏が岩盤を踏んでは離れ、先ほどまで伏していた真っ黒の粘液がずるずると後を付いてくる、合わせて二つの音が洞窟内に響いている。
「あふまあ、起きたよう」
しばらく進んだ先で煌々と焚き火が燃えている横穴に少年が声をかけると、大小五十程度の目玉のような模様を爛々と輝かせる巨大な芋虫が横穴の奥から現れた。
「ギュイイッ!」
満面の笑みを浮かべて手を広げる少年に向かい、相対するアフマと呼ばれた芋虫は頭部の先端から赤黒い触角を飛び出させながら身を持ち上げて応えた。彼らにとっては子が親に抱きつくのと同じ至極自然な仕草だが、両者の姿形だけ見るならば第三者には蝶の幼虫の姿をした怪物が子供に襲いかかっているようにしか見えない。
「あふまは今朝も甘えん坊さんだねえ」
と、間延びした口調で話しかけながらも、自身も全身を埋めるような形でアフマに抱き付き、人間でいえば喉の根元にあたる部分に顔を押し付けている。
「ギギッ!」
アフマも少年の腕よりも僅かに短い六本足を前へと伸ばそうとしている。これではどちらが甘えているのか分からない。
「ああ……良い匂い……」
アフマの触角からは胸焼けを起こしそうな程に濃厚で、かつ鼻、喉、肺に纏わりつくような粘りけの感覚をも誤認させる程に重く甘ったるい香りが放たれている。
(幸せぇ……)
「ギュッ!ギュッ!」
その尋常な人間にはとても堪えられない凄まじい甘ったるさの刺激臭を「良い香り」と表現するあたり、彼の嗅覚も人並みではないことが容易に窺える。
「ギィギュウッ!ギュウギャッ!」
アフマは何かを訴えるような鳴き声をあげながら暴れ、引き離そうとする。対する少年は確と抱きついたまま離れようとする素振りすら見せない。
「もお、暴れないでよお。ねえ、あふまったらあ」
このまま二度寝を始める腹積もりのようで、暴れるアフマから手を離さずに脚を回そうとしている。
抱き付く腕の力も強くなりつつあり、顔と胸、腕と腹は完全にアフマの体に密着している状態だ。そこに性器と脚が加わるのだから堪ったものではない。
「ギャギャ!」
焦った動きで押し退けるように脚を動かすが、如何せん体格以上に力が強い少年だ。力の弱い芋虫一匹では密着した体を引き離すのは至難である故、ほとんど効果はない。
「んぅ……気持ちいい……」
あろうことか自身の性器を芋虫の腹に押し付けて自慰まで始める強かさまで持ち合わせており、とても手に負えない様子だ。
芋虫の触角から放たれる香りに含まれる成分と力加減を誤ればあっさりと潰れそうなほどに柔らかい腹で刺激された性器は、臍のあたりまで膨張していた。
「ギュイユ!?」
アフマは自身の腹に擦りつけられる決して小さくない性器の感覚に驚き、思わず抵抗を緩めてしまう。
その隙を突いて少年は絡ませていた脚を下に降ろし、満身の力と勢いを込め、ちょうど跳躍と同じ要領で地面を蹴った。六本しかない芋虫の脚は全て腹の部分にあり、腹から下の部分は自重を支えられる程度の筋肉しかない。
いかに彼の体格が劣ると言えど尋常ではない力を込め勢いで地面を蹴った生物が全体重をかけてのしかかってくれば、そのまま後ろに倒れるのは必定と言えよう。
「えへへ……捕まえたよ」
アフマを仰向けに押し倒し、蕩けた表情で語りかける少年。頬は集まった血で淡く朱色に染まり、誰の目から見ても上気していることが分かる。
「あふまあ……」
肉棒の先端を柔らかな肉に挟まるように押し付けると、透明な先走りが光沢を放ちながら互いの腹を濡らし始める。
「ギイ!」
アフマは刺激から逃れようと身を捩らせて暴れ、逆に少年は逃がすまいと抱擁を強くする。余りのしつこさに耐え切れず、遂には体を波打たせるようにくねらせる激しい動きで少年を振り落とそうとし始めた。
「あ、こら。この、暴れないでよっ……わあ」
振り落とされまいとより強く抱きしめて抵抗を押さえ込もうとするが、暴れ始めてから数秒程度で投げ出され、その勢いのまま吹っ飛ばされた少年を黒い粘液が受け止める。彼の行為からやっと解放され起き上がったアフマは完全に機嫌を損ねてしまっているようで、衝撃を受け流し切れず粘液の中で大の字になって身悶える少年を尻目に、さっさと地上へと登って行ってしまう。
「もう……アフマは恥ずかしがり屋さんなんだから……うわっ」
痺れる身体を起こし、再び地面に足を着けて歩きだそうとするがまたもや後方に倒れ 込んでしまう。今度は衝撃に耐えられなかったのか、それとも弾力が弱い部分だったのかべちゃっと情けない音を立てて粘液が潰れ、強かに後背部を地面に打ち付けたことで、少年はしばらく悶絶する嵌めになった。