先輩のバイト先が判明した。
と言うのは、先輩は
「いらっしゃいませー」
店に入るなり声をかけてきたのは、手前側のレジにいた女の子。
先輩は奥側のレジに立っていたけれど、接客中でわたしに気付くどころか見てすらいない。潜入のために髪を後ろに結んで、深々とマスクまでしているから見ても分かんないと思うけど。
「休憩入りまーす」
しばらく待っていると店内のお客さんがはけて、レジ打ちの女の子はそう言って奥に引っ込んでいく。よしきた、チャンス。
「せーんぱいっ」
レジ台の上にキャラメルラテを置いてそう言うと、ギョッとした顔の先輩と目が合う。あまり見ない表情に、ついつい笑いが溢れそうになる。
「え、何してのお前」
「買い物ですけど?」
「いや、どう考えてもお前の行動範囲じゃないだろ⋯⋯」
先輩はそう言って、はぁと大きな溜め息をついた。
寧々さんにお願いして徹也さんから聞き出してもらい、ようやく判明したこのお店。確かにわたしの行動範囲じゃないし、何か用事でもない限り訪れない場所だった。それにしてもアパートの最寄りのコンビニじゃないあたりが、本当に先輩らしい。
「たまたまですよ、たまたま。あとお前じゃなくてお客さまです」
「出たよ、モンスタークレーマー予備軍⋯⋯」
先輩は呆れながら言うけれど、とりあえず当初の目的は達成だ。
今日のわたしの目的は先輩の勤め先を突きとめるのと、働いている姿を見ること。だってほら、わたし先輩が働いてるところ見るの好きだし。もう一生働いて欲しい。先輩、絶対嫌がるけど。
「会計したら帰れよ。あ、いらっしゃいませー」
そうこうしているうちに、別のお客さんが入ってきてしまった。
残念だけど仕方ない。目的も果たせたし、今日は退散。また晩ご飯作りに行った時にでも色々聞いてみよう。
「それじゃ、頑張ってくださいね」
「ああ」
そう言って会計を済ましたけれど、結局先輩は最後までわたしをお客さん扱いすることはなかった。まあ、それも特別感があっていいんだけど。わたしってばポジティブ!
「あの」
すっかり気分がよくなってお店を出ると、不意に声をかけられる。振り向いた先にいたのは、コンビニの制服を着た女性。さっきまでレジに入っていた女の子だ。
「一色さん、だよね?」
「え⋯⋯。はい、そうですけど」
急に名前を呼ばれて、驚いた。
えっと、誰だっけ⋯⋯? 会ったことないと思うんだけど。
「あたし、同じ大学なんだけど⋯⋯。一年の、
「あ、はい、どうも⋯⋯。一色いろはです」
ぺこりと小さく頭を下げあう。とりあえずなんでわたしの名前を知っているかは分かったけど、面識はないはずだ。
肩甲骨にかかるぐらい長い髪はかなり明るい色まで脱色しているのに、妙にツヤツヤ。切長の眼に、ギャルっぽいメイク。あと結衣先輩ばりに胸が大きいし、読モでもやってるのってぐらいに顔が整っている。たぶん、こんな特徴的な子は会ったら忘れないはず。
「ちょっと、聞きたいことがあって」
「はぁ⋯⋯」
怪訝そうな声になってしまうわたしを見ると、天音さくらは一呼吸置いてから言った。
「一色さんって、先輩の彼女なの?」
初対面の人にぶつけるにはあまりにも唐突な質問に、わたしは言葉に詰まる。
けれど、それも一瞬のこと。真っ直ぐこちらを見つめてくる目に、同じぐらい真っ直ぐな視線を返した。
「彼女候補、ですけど」
「ふーん、じゃああたしと同じだ」
「は⋯⋯?」
思わずこめかみがヒクッと動く。それってつまり──。
「あたしも先輩狙ってるんだ。ライバルだね、
さっきから何を言ってるんだろう、この子。しかもわたしと同じ、先輩呼びだし。あと急に馴れ馴れしいな。
「天音さんは」
「あ、さくらでいいよ」
「⋯⋯さくら
名前呼びのお返しと言わんばかりにちゃん付けで呼んだけれど、さくらちゃんは特に気にした様子もない。それどころかまるで夢見る少女のように、キラキラした目で言った。
「だって先輩、変なお客さんに絡まれたらすぐ助けてくれるし。働きたくねーって言いながら超真面目だし」
バイト先でもそんなこと言ってるのかあの人⋯⋯。まあ、そう言いながらもきっちり働くところが好きなのはわたしも同じだけど。
「あとちょっと病んでる感じの眼、よくない? あたし、闇感じる人好きなんだよねー」
「はぁ⋯⋯」
分からないでもない⋯⋯かな?
闇属性とかさくらちゃんの好みはどうでもいいんだけど。
「それに聞いてよ。この前なんて車に轢かれて怪我した野良猫、自分のお金で病院に連れて行ってたんだ。こんなん見たら惚れちゃわない?」
「分かる」
いや、本当そういうところずるいな先輩。そのエピソードだけで惚れ直せる。
⋯⋯って分かっちゃってる場合じゃないよ、わたし。
「で、いろはちゃんは、なんで?」
なんで、と言うのは何故惹かれたのかという意味で間違いないだろう。
けど、いくら相手が情報を開示したからといっても、あけすけに話す必要はない。
「高校の時からの、積もり積もった想い? とかですかね」
「ふーん、高校一緒だったんだ。ってか敬語やめない? あたしたち同い年じゃん」
「いえ、わたしはこれが普通なので」
そう言われたからとしても、その提案に乗るつもりはなかった。
身体に染みついた癖と言うか、自らのキャラを固めるために得たスキルと言うか。たぶん、脱ぎ方を忘れてしまった鎧みたいなものだと思う。
「ま、いいけど。⋯⋯それじゃ、あたしそろそろ休憩終わりだから」
「ああ、はい」
さくらちゃんはそう言うと、わたしに背を向けて店内に戻る。
⋯⋯と思っていたら、振り返ってにっこり笑った。
「仲良くしようね、いろはちゃん」
それを聞き届けた瞬間、ぶるっと震えが体中を駆け抜けた。
さくらちゃんは一方的にそう言うと、ヒラヒラと手を振って消えていく。
「⋯⋯できるわけないでしょ」
呟いた声を受け止める人は、どこにもいない。
未知の感覚を胸に、わたしは言いようもない危機感に襲われるのだった──。
* * *
その日の晩、先輩の家を訪れたわたしは凄くイライラしていた。
いつものように料理をしていても、その感情は薄くならない。だってあんな風にわたしをライバル認定して、真正面からぶつかってくる相手なんていなかったから。
たぶんわたしは、本気で本当に好きになった人を取り合う相手が現れたことに、動揺している。そんな事実を一つひとつ自覚するたびに、苛立ちが大きくなる。
「はい、できました」
「おう、サンキュ」
そしてその苛立ちの原因は、間違いなく先輩にもある。
いただきますをして食事を始めると、先輩はパンを一口食べてから言った。
「なあ。今日店に来た時に外でさくらと話してたみたいだけど、何話してたんだ?」
⋯⋯は? 下の名前呼び捨て?
わたしでも名前で呼んでもらったことないのに。
「下の名前で呼び捨てなんて、ずいぶん仲がいいんですね?」
「質問に質問で返すなよ。名前で呼んでんのはさくらが下の名前で呼ばないと返事しないっつって、仕事にならないからだ」
そう言って先輩は弁明してくるけど。
何ならさくらちゃんのその手アリだなって思っちゃったけど。
ああ、もう。
──本当に、もう!
「そういうところですよ、先輩」
「はぁ⋯⋯?」
意味が分からない、って顔をされてしまったけど、本当にそういうところがよくないと思う。無自覚タラシの典型例だ。
「隙が多いんですよ、先輩は」
「いや、そんなつもりはな、むぐっ」
わたしは文句を言いながら、アヒージョのオイルにつけたパンを先輩の口にねじ込んだ。
まあ、その隙があったからこそわたしもここまで入り込めたんだけど。
「そんなことで呼び捨てにしてくれるんなら、わたしのことも呼び捨てにしてくださいよ」
「ちょっと待っ、んぐっ、あっつ! ねえこれアヒージョって分かってる?」
「分かってますぅ。先輩が名前を呼び捨てにしてくれるまで続けますからね」
「あっふ! 熱いっての!」
結局そんなやり取りをしながら、先輩はわたしを呼び捨てにする前にご飯を食べきってしまった。
まあ、いいか。付き合ったら絶対、下の名前で呼び捨てにしてもらうから。
「浮気はダメですよ、先輩」
「何の話だよ、マジで⋯⋯」
いつだったかも言った、牽制の言葉。
呆れた表情を浮かべる先輩に、わたしは唇を尖らせるのだった。
またもオリキャラ、ライバル登場のお話でした。
ギャルにモテる八幡、あると思います。
感想・お気に入り・評価など頂けると作者が喜びのあまりリンボーダンスに失敗して十分ぐらい気絶します。
それでは、引き続きお楽しみ下さい!