キャンプ場に隣接した、屋根付きの炊事場。そこではモクモクと派手に煙が立っていた。
蒸しむしとした暑さに加えて、着火した炭から発せられる圧倒的な熱。肉の焼ける匂いに、そこに集った男女のかしましい話し声。
「先輩、目が死んでますよ」
「そりゃなぁ⋯⋯」
比企谷、BBQするぞ! と、ミスター暑苦しい男、二階堂から連絡が来たのは一週間前のことだ。
当然断ったが、以前の合コンメンバーから一色に連絡を取られてしまいジ・エンド。
やたらとたくさん人を集めたらしく、総勢二十名を超える男女でBBQ⋯⋯なんて、非常に大学生っぽいイベントに参加するハメになってしまった。
「今、帰りたいって思ってるでしょう?」
「分かってるなら帰らせてくんない?」
「ダメでーす。って言うか参加費払ってるのに食べずに帰るつもりですか?」
「うぐぅ⋯⋯」
実際、その通りな話だった。
コンロを囲む人がある程度はけたら食べようかと思っていたが、一向に空く気配がない。
気にせず突っ込んでいけたら世話はないのだが⋯⋯急に割り込んで行ったらがめついと思われちゃう! 八幡恥ずかしい!
「あ、せんぱーいっ。いろはちゃんも」
「げ」
そう言って背中に声をかけてきたのは、天音さくらだった。一色と喋ってばかりで気づかなかったが、さくらもBBQに参加していたらしい。年下女子まで手を広げて人集めができるとは、さすがは合コン王の二階堂である。いや本当に合コン王なのかは知らんけど。
「いや、げ、はないでしょ」
「⋯⋯何か用ですか」
親しげに話しかけたさくらに対して、一色の方はいつものような塩対応。って言うかその態度、女子にも向けてたのかよ。
「もちろん用ならあるよぉ。先輩とお話ししたいですし♪」
「⋯⋯ちっ」
あ、今舌打ちしましたね? そういうとこだぞ、いろはす。
それにしてもこの二人、キャラ的にも性格的にも微妙に被っているというのに、妙に仲が悪そうだ。
ひょっとしたら同族嫌悪ってやつだろうか。まあ俺も似たような性格のやつに会ったら「なんだこいつ」ってなるかも知れん。なっちゃ駄目なんだよなぁ⋯⋯。
「でもその前に」
さくらはそう言うと、どういうわけか一色の腕を取った。
「ちょっといろはちゃん借りますねー」
「なっ、ちょっ⋯⋯」
そのままズルズルと引きずられていく一色。仲がいいのか悪いのか、よく分からない二人である。
「こんの色男ぉ!」
さて飲み物でも取りに行こうかなと思っていたら、そんな声と同時に背中を叩かれる。振り返るまでもなくその声は、二階堂のものだ。
「いってぇな。何すんだこの酔っぱらい」
手にしているいったい缶ビールは何本目なのか、二階堂の顔はもう真っ赤だった。隣の津西は苦笑を浮かべているあたり、こっちはまだそんなに飲んでないようだ。
「比企谷、さくらちゃんとも知り合いなのかよ」
「え? ああ、バイト先一緒だしな」
「それで両手に花かこんにゃろう!」
津西と喋っている最中に、荒れているらしい二階堂の罵声が横入りしてくる。酔っ払い大学生、本当
「津西、さくらのこと知ってるのか?」
「そりゃ知ってるっての。今年入って来たこの子の中で清楚派ナンバーワンは一色ちゃんで、ギャル系ならさくらちゃんだろ」
「その二人が何でお前のところに集まるのか! 納得いかねぇぇ!」
また吠え出した二階堂に、ちょっとげんなりしてしまう。それにしても一色はともかく、さくらの方も大学内ではけっこう有名らしい。
確かに二人ともメイクの系統は全然違うが、元々の顔が良いのは間違いないだろう。何なら一色の方はスッピンも知っているので、俺が保証できる。ただ一色を清楚派と呼ぶのは、ちょっと違和感あるけどね⋯⋯。
「とりあえず、飲めよ。飲まなきゃこいつのテンションについていけんわ」
そう言って津西はビール缶を渡してくる。確かにシラフの状態では、いつも以上に暑苦しい二階堂の相手はきつい。
プシュッとプルタブを開けて、ビールをあおる。ふはぁと一息ついたところで、二階堂が言った。
「つーかお前、一色ちゃんと付き合ってるんじゃなかったの?」
「は⋯⋯? いや、付き合ってないけど」
「え、マジで言ってんの?」
驚愕の表情を浮かべられてしまったが、付き合ってないものは付き合ってない。一色の態度から勘違いされてしまうのは、仕方のないことだとは思うが。
「それは、何でだ?」
隣で会話を聞いていた津西が、神妙な声で聞いてくる。
理由なら、ある。けれど上手く言葉にして伝えられる自信がない。
「⋯⋯色々あるんだよ」
「ふーん⋯⋯」
訝しげな表情をされてしまったが、この場で伝えられることは何もなかった。
津西も二階堂も、別に仲良くないと思ってはいないし、昔ほど他人には壁を作らなくなった方だ。それでもやはり、理由を話そうとは思えなかった。
「けどそれって、けっこう残酷じゃね?」
ビール混じりの声が、ずぐんと重く胸に響く。正直、津西の言う通りだった。
「そうだぞ比企谷ぁ! 俺と代われ!」
「はいはい。今そういう話してないんだっつーの」
どうどう、と津西が二階堂を諫めると、さっきとは打って変わって表情を柔らかくする。
「とりあえず、肉食おうぜ。全然食ってないだろ」
「ああ⋯⋯。そうだな」
そう言われて一緒に歩き出すと、一色たちの方を振り返る。何やら喋っていることだけは分かるが、会話の内容までは読み取れない。
「おい、行くぞ」
「⋯⋯おう」
呼ばれて向いた先には、コンロを囲みかしましくお喋りに興じる男女の姿。
誰か肉だけ持ってきてくれないかなぁと思いながら、俺はその輪に入るのだった。
* * *
「で、何の用ですか」
「えー、そんなに警戒しなくてもいいじゃん」
ね、とさくらちゃんは笑いかけてきながら、クーラーボックスから取り出したばかりの缶チューハイを渡してくる。
炊事場の端っこのベンチに腰掛けると、二人してプルタブを開ける。よく分かんないけど、飲まなきゃやってらんない。
「んじゃ、かんぱー⋯⋯ってもう飲んでるし!」
「いや、別にそんなの要らないですし」
一人でぐびりと飲みだした私に、さくらちゃんは引いていた。そもそもわたしたちそんな仲良しじゃないでしょって感じなんだけど。
「いるよー。乾杯は友情の第一歩じゃん」
「⋯⋯別に友だちになるつもりないんですけど?」
「えぇ⋯⋯。何それ、対応しょっぱすぎ」
なんかまた引かれたけど、むしろこっちが引きたいぐらい。
さくらちゃんは前に会った時、先輩を取り合うライバルだねと宣戦布告してきた。いやそこまではしてなかったかも知れないけど、そうとしか思えない。
わたしはそう、思っていたのに──。
「あたしは仲良くしたいと思ってるんだけどなー」
さくらちゃんは一瞬本気で悲しそうな顔をして、にやりとちょっと意地の悪い笑みに戻る。
胸がつくんと突かれた気がしたのは、わたしの中に罪悪感があるからだろうか。
「何ですかそれ。敵情視察的な?」
「あはは、それもある。だけど、本当の理由は違うよ」
あるんかい⋯⋯と思わず心の中でつっこんだ。
やっぱりこの子、油断できない。
「いろはちゃん、けっこうモテるでしょ?」
くいっとレモンチューハイを飲んださくらちゃんは、確信に満ちた声で言った。
昔のことを思い出してみると、確かに告白した数よりされた数の方が多い。たぶんそれは、過去のわたしの態度がそうさせていたんだと思うけど。
「まあ、おそらく人並み以上には」
「だよね。そんでけっこう、女の敵が多い」
びしっと人差し指を立てられて、ちょっと怯みそうになる。なんでこんなにわたしのこと言い当てられるんだろう、この子。
「⋯⋯だいたい合ってる、かも」
「だからだよ」
ちょっと呆れたような、諦めたような声音になって、さくらちゃんの眼には哀愁が浮かんでいた。
「あたしも自分で言うのはあれだけど、そこそこモテるんだよ。ちょっといいなーって思ってたら、向こうから告ってくるぐらいには」
さくらちゃんはホットパンツからすらりと伸びた脚を、ぷらぷらと揺らしながら身体を反らした。
同じように背中をそらすと、炊事場の屋根を見上げる。きらりと光った蜘蛛の巣の向こうに、さくらちゃんは何かを見ていた。
「でもさ、そういう子ってすっごいやっかみ受けるわけよ。いろはちゃんなら分かると思うけど」
「まあ、そうですね」
「だから、初めてなんだ。こんな正々堂々と戦えるの」
そう言ってさくらちゃんはわたしに視線を戻すと、顔の前で握りこぶしを作った。
ふーん、やっぱり
「どっちが先輩と付き合うようになっても、恨みっこなし。それでどう?」
そう言ってさくらちゃんは、不敵な笑みを浮かべる。
モテエピソードを聞く限り、そうとう自信があるってことらしい。
けれどそれに対するわたしの答えは、もう決まっている。
「⋯⋯受けて立ちます」
「よし、決まりっ!」
拳を触れ合わせた後に、どちらともなくチューハイの缶をぶつけ合う。
試合開始のゴング代わりのそれは、べこんと間抜けな音を立てた。
* * *
「へー、私も千葉だったけど、総武ってめっちゃ頭いいじゃん!」
「いやまあ⋯⋯受験だけめっちゃ頑張ればなんとかなるもんじゃないの」
「なんとかできるのが凄いんじゃーん」
火力の弱まった炭が、端に寄せられた黒焦げ肉を温めている時分。
そう親しげに喋ってくる子の名前を、俺は知らない。津西たちに誘い込まれてパリピウェイ勢の中に入ったっきり、まともな自己紹介もなく会話が続いている。
「ねぇねぇ、和田塚秋穂ってわかる? 国際教養科行った子なんだけど」
「いや、クラス違うから分かんないなぁ⋯⋯」
それにしても、こういう初対面独特の会話は苦手だ。
相手のことを知ろうとする相手と、深く入り込ませないようとする俺とでは圧倒的な溝ができてしまう。本当、こういうところはいつまで経っても変わらないなと思うのだが──。
「せんぱぁーい⋯⋯」
そんな声に、思考が中断される。
振り返るとさくらが、一色に絡みつかれて困り果てた顔をしていた。
「いろはちゃんなんとかしてくださいよぉ。酒癖最悪ですよこの子」
「なんですかさくらちゃぁん。すぐ先輩たよってぇ」
あ、なるほどそういう⋯⋯と、俺は一瞬で酒が覚める思いだった。目を離したイコール、飲んじゃうんですよねぇ、この子⋯⋯。
そんな様子をニマニマ見ているのは、俺の隣に立つ二階堂だ。
「一色ちゃーん、だいぶ飲んでるねぇ」
「気安く呼ばないでください」
「あ、はい。さーせん」
酔っ払っても相変わらず塩対応だった。
一色は睨みを引っ込めると、気を取り直すようにこちらを向く。
「ところでせんぱいぃ⋯⋯ちゃんと食べてますかぁ?」
一色はそう言うと、その辺にあった箸でコンロの隅っこに寄せられた丸焦げ肉を掴んだ。
「はい、あーん」
「ちょちょちょちょい! いろはちゃんあたしの前でよくそれやったね!?」
妙なぐらい過剰に、さくらが反応する。
こっちはまだまともな状態かと思っていたら──。
「あたしはちゃーんと焼いてあげますよぉ」
あ、駄目だこれ。こっちも相当酔っているっぽい。
そう言いながらさくらは、生肉を両面三秒ずつ焼いたぐらいで俺の前に肉を差し出した。ゼロか百しかないのか、君たち。
「⋯⋯どっちも食べないからな」
「ええぇ、なんですかそれぇ」
「本当ですよ。あたしの肉が食べられないって言うんですかぁ」
二人の後輩は箸でそれぞれ、炭と生肉を掴んで俺に詰め寄ってくる。当然周りはドン引き。俺もドン引きしたいまであるが、とてもそんなことを言っていられる状況ではない。
もうこうなれば、逃げるが勝ち。くるりと身体の向きを変えると、目の前には津西と二階堂の姿があった。
「逃げることは」
「許すかボケェぇぇ!」
まさかの身内にまで退路を絶たれ、もはや絶体絶命。
俺に残された手は──。
「「せんぱーい、あーん」」
⋯⋯たぶん、無い。
夏を言えばBBQ! と言いたいところですが、作者はアウトドア好き人間なので年がら年中庭先で一人BBQしてます。
後輩たちが仲良くなっているのかどうなのかってお話でした。
ちなみにこの物語のキャラたちにはお酒を飲んでいるシーンだけ年齢が二十歳以上になるという不思議な魔法がかかっています。
感想・お気に入り・評価など頂けると作者が喜びのあまり陰キャなのにバンドに加入してエライ目に遭います。
それでは、引き続きお楽しみ下さい!