あ、どーもどーも。兄の妹の小町です。
今日はわけあって東京までやってきました。まあ受験勉強が嫌になってきたので受ける予定の大学を見に行ってテンション上げたいなーってだけなんですけど。
はいそこ「お前いっつも受験してんな」って言わない。したくてしてるわけじゃないんだから。
そういうわけで実際に大学を見てわーっと上がったテンションの今現在。
本当ならもうすぐ兄の大学で開催されるという学祭も見てみたかったんですが、日程が合わなかったので仕方ありません。さあ後は帰るだけ⋯⋯ともいかず、両親からは一応兄のところに顔を出してくるよう仰せつかったわけです、ええ。
「ふーん⋯⋯」
駅から徒歩十分以上。いわゆる住宅街の中に兄が部屋を借りているアパートがありました。築三十年は余裕で超えていそうです。小町、住むならマンションがいいなと思ってしまうのは贅沢でしょうか⋯⋯。
一階の一番奥が兄の部屋で、隣の部屋は表札もなく投函ボックスにテープが貼ってあるので空き部屋みたいです。もしかしたら、隣が空き部屋なのを確認した上で契約したんでしょうか。うちの兄ならやりかねません。
「おう、いらっしゃい」
呼び鈴を鳴らしてものの数秒。息せき切った感じの兄が出てきました。
「久しぶり。お兄ちゃん」
そう言ったのは、何を隠そう兄のところに来るのは初めてだったからです。だって千葉からだと微妙に遠くて面倒だし、小町受験生だし。
部屋に上がらせてもらうと、アパートの外観通り古めかしい室内が目に入ります。なんかピカーン! ってマークの入った磨りガラスとか、やたらとシェイプした蛇口のハンドルとか、おばあちゃんちでしか見たことのないものばかり。
「遠かったから疲れただろ。そっちで座っててくれ」
そう言って通されたのは居間兼寝室のようで、ベッドとテレビが同居する不思議な空間。テーブルの位置からすると、ベッドのフレームを背もたれ代わりにして一服、というのがこの部屋の過ごし方のようです。
居間の中は兄の部屋を彷彿とさせるような、質素なもの。ところどころにオシャな小物が置いてあるのは、誰かから貰ったのでしょうか。小町、後で問い詰めなきゃ。
「お茶でよかったか?」
「うん、ありがと」
受け取ったお茶を一口飲んで、ふぅと一息。なんだか、こんな時間も久しぶり。
「んで、どうだった。大学の様子は」
「うーん。けっこうみんな静か? 大学って自由なイメージだからもっとはっちゃけた人とかいるのかなと思ってたけど」
「お前は大学生にどんなイメージを持っているんだ⋯⋯」
今日見てきた第一志望の大学の周りを見てきたけど、大学に出入りしている人たちは皆んな大人びて落ち着いているように見えました。そう感じたのは、小町が子どもっぽいからでしょうか。ちがうと信じたい⋯⋯。
「あ、ついでにお兄ちゃんの大学も見てきたよ」
「え。なんで?」
「だって、第二志望だし」
「初耳なんだが⋯⋯」
お兄ちゃんは呆れたような困ったかのような表情をしますが、それも当然です。だって言ってないんだもん。
正直に言うと第二志望でも今の小町の学力では厳しいでしょう。第一志望なんかもっと厳しい。それでも大学はここがいいと確かなものを感じたので、後は頑張るしかないわけです。
「お茶、ありがと」
「ん」
小町はそう言って立ち上がると、空になったコップを手にキッチンに向かいます。ついでにアパートの部屋の様子を、もう少し細かく見てみましょう。
シンクにコップを置いてすぐに目についたのは、淡いピンク色のエプロン。明らかに兄の趣味ではありません。やっぱり後で問い詰めなきゃ。
そして次に目につくのは、見覚えのあるマグカップ。
って、え?
なんで、ここにこれが⋯⋯?
「じぃ⋯⋯」
近づいて見ても、離れて見ても、見間違えようがありません。
だってこのマグカップ、去年小町がいろは先輩の誕生日に贈ったものじゃないですか⋯⋯。
──ピーン、ポーン。
小町が混乱していると、間延びした呼び出し音が鳴りました。
兄が玄関先に出ると、その先にいた人物は──。
「お邪魔しまーす」
「あれ、今日来る予定だったっけか?」
「いえ、野菜が安かったので、常備菜を作っておこうと思って」
まるでここに来るのが当然みたいな顔をして、いろは先輩はそこにいました。
「あ」
小町と目が合うと、思わずといった調子でそんな声が漏れます。
けれど驚いていたのも一瞬だけ。ふと笑みを浮かべて小町に言いました。
「いらっしゃい。お米ちゃん」
が、ガーン⋯⋯。住んでる! この女もう完全にここに住んでますよ!
あと何そのお行儀のいい笑顔。絶対なにか企んでるやつですよ、これ。
「久しぶり。えっと⋯⋯何か飲む?」
「いえ、もういただいたので⋯⋯」
それになんだろう、この醸し出されるお姉さん感⋯⋯。いや小町からみたら全然お姉さんなんだけど、ちょっと記憶の中のいろは先輩と違い過ぎて理解が追いつきません。
「じゃあ、お台所借りますね」
「おう」
いろは先輩が声をかけると、お兄ちゃんはさも当然のようにそう答えます。
呆気にとられながら兄と居間に戻ると、小町は小声で問いかけます。
「お兄ちゃん、ひょっとして⋯⋯」
「あん?」
「いろは先輩と、付き合ってるの?」
「いや、付き合ってないけど⋯⋯」
いや。いやいやいやいやいや。無理があるでしょ、それ。
だってマイカップ置いてあるんだよ? 常備菜まで作りに来てるってもう完全に彼女じゃん。
⋯⋯ふう。すみません、動揺しすぎてちょっと言葉が乱れました。
「先輩、晩ご飯は⋯⋯」
「ああ、小町の分も頼む」
あと、普通に料理作ってもらおうとしてますよこの人。まあ常備菜を作り置きしていくぐらいなんだから、ひょっとしたらいつものことなのかも知れません。
そうして待つこと三十分ほど。目の前のテーブルに並ぶのは煮魚やほうれん草のお浸しといった、ずいぶん家庭的なもの。完全に胃袋つかみにきてますね。ええ。
「「「いただきます」」」
声を合わせてそう言うと、なんだか家族みたいです。まあ兄とは本当に家族なんですけど。
まずはほうれん草のお浸し──の前に、料理センスが滲み出る卵焼きを一口。出汁がきいているのに甘めの味付け。うーん、完全に兄の好みを把握している⋯⋯。
「あ、先輩。ご飯粒」
そう言っていろは先輩はお兄ちゃんの口元についたご飯粒を指で取ると自分の口に入れました。
⋯⋯え、何やってんのこの人。
「ご飯美味しくできた時って、いっつもそうなりますよね」
「あー⋯⋯、そうかもな」
っていうか、おい兄。
なんで普通に受け入れてるの? リア充なの? いつの間にリア充になっちゃったの?
「今日の卵焼きは自信あるんですよ。はい」
「ん」
そう言ったいろは先輩が伸ばした箸を、普通に口に入れるお兄ちゃん。
アウトー! はいアウトー! これ完全に付き合ってるやつ! これで付き合ってないとか無理がありすぎる!
⋯⋯あ、はい。また興奮してしまいました。落ち着きます。
「あの⋯⋯」
耐えかねてそう声をかけると、お兄ちゃんはもぐもぐと口を動かしながら、いろは先輩はお兄ちゃんに箸を向けたまま小町を見ました。
「二人は恋人同士、ということでいいんでしょうか?」
「いや、付き合ってないけど」
え、何それじゃあ小町の知らないところで結婚してたの? もうそうとしか思えない。
「でもお兄ちゃんといろは先輩⋯⋯距離感近くない?」
「⋯⋯そうか?」
「普通ですよね」
いやいろは先輩、めちゃくちゃパーソナルスペースに入ってますけど。もう寄り添ってるレベルなんですけど。
「えっと⋯⋯。ひょっとして秘密の交際とか?」
「いやだから付き合っては」
「ないですけど⋯⋯」
ないですけど。⋯⋯けど。
ちょっと不満そうな表情をしたいろは先輩に、気付かない小町ではありません。
「あ、そうだ。今日お風呂借りていっていいですか? まだ料理していくのがあるので」
「まあ、そういう理由ならいいけど」
「ついでに泊まっていっていいです?」
「ダメに決まってんだろ調子のんな」
二人のやり取りで、小町は確信を得ました。
いろは先輩、頑張ってる。超頑張ってますよ、兄のために。何より自分のために。
「小町は飯くったら、そろそろ帰らないとだな」
「あ、うん⋯⋯」
兄のアパートから千葉まで帰っても、今ならそこまで遅い時間にはなりません。とりあえず安泰そうな二人をおかずに、ご飯をいただくとしましょう。
晩ご飯を終えて身支度を整えると、小町はお兄ちゃんといろは先輩と一緒に外に出ました。どうやら二人で駅まで送ってくれるそうです。
何だかんだと喋りながら歩く東京は、思っていたよりも牧歌的で温かです。こういうところでなら、小町やっていけるかも。
「じゃあ、気をつけて帰れよ」
「うん。あの、いろは先輩。ちょっと⋯⋯」
駅での別れ際に、小町はちょいちょいといろは先輩を手招きします。
兄から十分に距離を取ると、覚悟を決めて口を耳に寄せました。
「あのぅ⋯⋯。お
それを聞き届けた、いろは先輩は。
そっと小町から顔を離すと、これ以上ないいい笑顔で言うのです。
「もちろん♪」
──と。
小町ちゃん視点の閑話でした。
傍から見てたら完全に付き合ってんだろおいってなるでしょうね⋯⋯。
感想・お気に入り・評価など頂けると作者が喜びのあまり美味しいパスタ作ったお前に一目惚れします。
それでは、引き続きお楽しみ下さい!