今年もまた、この時期がやってきた。
「いらっしゃいませー」
「和牛一○○パーセントバーガーいかがっすかーっ」
「ホットドッグー! デスソース各種ありまーす!」
ちょうど一年ほど前のことである。
「先輩。どこからまわります?」
そう、二度と来るかと誓ったのに。
お約束のごとく、俺は一色いろはによって学祭へと連れ出されているのだった⋯⋯。
「どこでもいい⋯⋯」
「いや、なんですかその最初から投げやりな感じ⋯⋯」
一色は俺の反応に引いていたが、家と言わなかっただけ進歩したと思って欲しい。
ゆっくりと歩きながら見る大学構内は、去年と違わず実に賑やかだ。おそらくゼミや研究室の仲間なのだろう、身内で盛り上がっている様子もよく見かける。
「まあ、とりあえず何か食うか。腹減ったし」
「ですね」
そんな会話を交わしながら、屋外スペースにずらりと並んだ屋台のテントを見渡す。
飲食系は屋外で、展示系は屋内。ステージイベントは中庭で催行するのが我が大学の慣例らしく、今年もその並びは変わらない。
「あ。おーい! いろはちゃーん! はちまーん!」
随分遠くの方からそう呼ばれて、声のした方を振り向く。
大きく手を振りながら近づいてくる寧々さんと、黙々とこちらに歩いてくる徹也さん。二人が視界に入ると、それに気づいた一色も手を振り返した。
「なんか、久しぶりっすね」
かしましく喋り出した一色と寧々さんを横目に、俺はそう徹也さんに声をかける。最近は忙しいのか、あまり大学でも会わないし一緒にゲームをする機会も減ってきていた。
「だね。もう受ける講義もあんまりないから」
その回答を聞くと、やはり四年と二年の差は大きいなと思う。真面目に通っていれば三年の内に単位は取れるし、早ければ二年のうちにほぼ全ての単位を取る学生もいると聞く。そうすれば後はその年次にならなければ取れない講義に通うのみだ。
俺もそのコースを目指したいところだが、バイトだ何だで全く実現できる気がしない。それに単位を取り終えても、その先に待つのは就活という名の戦争だ。もうやだ働きたくない⋯⋯。
「二人はこれからどこ行くの?」
「腹減ってきたんで、何か買って食べようかなと」
「そっかそっか。私たちも色々買って食べてきたところなんだ」
それじゃこれで、なんてやり取りの後に、寧々さんは一色に向けて言った。
「頑張ってね、いろはちゃん」
「はい」
その会話は、実に謎めいていた。学祭で出典するわけでもない俺たちに、頑張る要素などないと思うのだが。
そう考えると、高校の時は文化祭実行委員なんぞやっていたせいで十二分に頑張っていたと思う。だから俺、大学では楽しむ側に回るんだって決めてるんだ⋯⋯(適当)。
「ほら、行きますよ」
そんな緩いこと考えていると、一色はそう言って俺の袖口を引っ張ってくる。素直についていかないと学内でも構わず手を繋いできそうな勢いだ。
促されるまま歩き出すと、すぐに食欲を誘う匂いに出会う。鉄板から出てくる煙の向こうから漂ってくるのは、甘くスパイシーな香り。みんな大好きお好みソースである。
「いらっしゃませー」
耳馴染みのある声と言葉にはっとして屋台の中を見ると、その人物もまた俺たちの方を見ていた。
「って、本当に二人で来たし」
「いえ、通りがかっただけなんですど⋯⋯」
屋台の中から声をかけてきたのは、天音さくらだった。どうやら以前話していた通り、ゼミで屋台を出しているらしい。
その手元にはたこ焼きが入った舟と、香ばしい匂いの出どころとなっているソース。頭に手ぬぐいを巻いている姿は、中々新鮮だった。
「でも、食べてくでしょ?」
さくらがそう言うと、どうします? とでも言いたげに一色が俺の方を見る。
「そんじゃ、せっかくだし」
「毎度ありです! じゃああたしが焼きますね」
さくらは鉄板の前で生地を流し込んでいた男子学生に声をかけると、腕まくりをしてポジションを代わった。くつくつと膨らんできた生地を見事な串さばきで切ると、くるりとたこ焼きを回していく。
「お待たせしましたー」
小銭と引き換えに手渡されたのは、出来立てあつあつのたこ焼きだ。踊る鰹節と青のりのコントラストが、やたらと食欲をそそる。
「じゃあ、頑張ってな」
「はーい」
俺がそう言うと、さくらは俺たちに向けて手を振る。対する一色も、さくらに小さく手を振り返していた。
ひとまず屋台の村になっているエリアから抜けて、ちょうど空いていたベンチに腰掛ける。たこ焼きの上の鰹節は、まだ踊り続けていた。
「さくらちゃんの、手作り⋯⋯」
一色は爪楊枝でたこ焼きを一つ持ち上げると、顔は笑っているのに口端が引きつっていた。
そしてもの凄く嫌そうに、俺の口元にたこ焼きを持ってくる。
「先輩。あ、あーん⋯⋯」
「ねえ何なのそのテンション? だいぶ無理してない?」
「別にしてません。先輩の手で食べられるよりもわたしが食べさせた方がマシだと思っただけなので」
「あっつ!」
俺の心配など無用とでも言うように、一色はたこ焼きを押し付けてくる。いやさすがに外で食べさせられるの恥ずかしいしまた火傷しかけたんですけど? こんなの続けられたら心にまで火傷を負ってしまう。
「じ、自分で食う⋯⋯」
「駄目ですぅ」
余っていた爪楊枝を束ねてたこ焼きに突き刺すと、ふぅふぅ冷ました後に一色は自分の口へと運ぶ。そのまま三つ目に爪楊枝を刺すと、ノータイムで差し出されるたこ焼き。
「はい、どうぞ」
⋯⋯今日のは俺、何も悪くないよな?
そう思いながら俺は、いかにたこ焼きが口に運ばれるタイミングを遅らせるか考えるのだった。
* * *
あれから出店を回ったり、構内の展示物を見たりと歩き回っていると、あっという間に時間は過ぎていた。
そしてどういうわけだか俺がいるのは、中庭に
「お待たせしましたーっ! もっとも美しい女性は誰だ!? ミスコン、始まるぞーっ!」
その煽りに呼応して、わっと盛り上がる会場内。
そう、学祭と言えばミスコンである。いやミスコンやらない大学の方が多い気がするけれど、そういうことにしておこう。
もちろん俺が進んで見に来たわけではない。数十分ほど前に「今からちょっとミスコン出てくるんで、最前列で見ててくださいね」と一色に言い渡されたのだ。
「どういうことなんですかね、これ⋯⋯」
「ふっふっふ。見ていれば分かるよ」
そう不敵な笑みを浮かべたのは、俺の隣に座る寧々さんだ。
どうやら一色と結託していたようで、俺の分の席を確保してくれていた。巻き込まれたらしい徹也さんは『一色いろは』と書かれたうちわを両手に持たされている。いや、何か本当、すみませんね⋯⋯。
「いやまあ、そりゃ見ていれば結果は分かるんでしょうけどね⋯⋯」
問題なのは、何故あいつは俺にミスコンに出ることを隠していたのかということだ。
別に隠すことじゃないと思うのだが、土壇場になるまで俺に言わずにミスコンに出ることにした理由がよく分からなかった。最近の一色のことを考えると、何か企んでいるとしか思えない。
「そろそろ始まるよ」
黙ってステージの様子を眺めていた徹也さんは、お手製らしい一色いろは応援団扇を振りながらそう教えてくれる。何だかだんだん哀愁を感じるようになってきたなその格好⋯⋯。
俺も一枚貰って団扇を振っていた方がいいのだろうかと思っていると、MCの合図で一色たちミスコンの出場者が登壇する。
「今年はけっこう応募人数多かったらしいからね。あそこにいるだけでも凄いよ」
「⋯⋯そんな人気のイベントなんですね」
「ま、恒例行事だからね~」
ということは去年もやっていたみたいだが、昨年はパリピウェイ勢のテンションにやられてステージなんて寄り付こうともしなかった。
寧々さんの言葉を心の中で
「寧々さんは、出ようと思ったことは?」
「あるよ。っていうか実際出たし」
いや、出たことあるんかい⋯⋯と心中思わず突っ込んでしまう。
寧々さんは「ね」と意味ありげに徹也さんの方を見ると、こくりと一色いろは応援団団長は頷いた。
「寧々は一年の時、優勝してるよ。だからもうミスコンは出られないんだ」
「え、マジっすか」
俺が素直に驚きと感心を示すと、寧々さんはふふんと胸を張った。
初めて会った時から美人だとは思っていたが、まさか大学一に輝いていたとは。いよいよ本当に材木座と血を分けているのか疑わしくなってきた。
「意外ですね。こういうの興味なさそうなのに」
「最初はなかったよ。でもジンクスがあって」
そう言うと寧々さんは、ステージの上で手を振る一色の方を見た。
それはとても、眩しそうに。懐かしむように。
「ミスコンで優勝したら彼氏ができるって言われててね。現にミスコンで優勝した後、私はてっちゃんと付き合うようになったのです!」
どうだ! と寧々さんは言ってくるわけだが、そりゃミスコンで優勝するぐらい顔が良ければ彼氏できるだろと考えてしまった。そういうとこだぞ、八幡。
「それではエントリーナンバー一番──」
そこからの展開は、実にオーソドックスなものだった。
自己PRに特技披露。かたや妖艶にサックスを演奏したかと思えば、他の誰かはキレッキレのダンスを披露する。
「みんな凄いね~」
落ち着いた様子で寧々さんは言うが、俺は気が気ではなかった。
こういうのも何だが、一色いろはに突出した特技はあっただろうか?
趣味はどうだとか聞いた覚えもないし、隠し芸を披露された覚えもない。要領のよさは俺もよく知っているが、それはことこのステージおいて特筆できる特徴ではなかった。
「それでは大トリ! エントリーナンバー一○番、一色いろはさんでーす!」
俺の心配はよそに。
ただ人々の熱意に後押しされていくように。
何かを変える予感を孕んだステージは、着実に進んでいく──。
学祭の話でした。
次回で学祭のお話は終わり。
果たしてこの学祭、無事に終わるのか⋯⋯。
感想・お気に入り・評価など頂けると作者が喜びのあまり手巻き寿司を巻いてくれるロボットを開発します。
それでは、引き続きお楽しみ下さい!