「それでは大トリ! エントリーナンバー一○番、一色いろはさんでーす!」
「よろしくお願いしまーす」
そのやり取りの後に続くのは、万雷の拍手。
誰が出てきてもそれなりの拍手が起こっていたかと思うが、一色のそれはより熱が篭もっている気がした。
あんな塩対応ばかりしていても、やはり一色いろはの魅力は人を惹きつけてやまないというのだろうか。その反応にほっと安心してしまったが、なぜそう感じているのかは分からない。
「えー、一色さんは一年生ということですが──」
インタビュー形式の会話は、しかし全く頭に入ってこない。
一色のことだから上手くやれるとは思うのだが⋯⋯特技披露という審査対象に妙な不安を覚えて、気が気ではなかった。いや何で俺がそんなに気を揉んでいるんだよって話なのだが。
「はい、では次の質問です。一色さんの出身はどこですか?」
「落花生の名産地、お隣の千葉県です」
そう言いながら一色は、ちらとこちらの方を見た。その冗談めかした仕草に、余裕すら見て取れる。
なるほど。やはりこいつは大丈夫なのかも知れない。そう思わせるほど、猫をかぶってはいるがいつも通りのように思える。
矢継ぎ早に繰り出される質問に、一色はウィットに飛んだ返しでオーディエンスからのリアクションを引き出す。
くすりとした笑い。明確なボケや司会者に対する突っ込みでの
「それでは最後に特技披露をお願いしたいと思うんですが、今日はどんな特技を見せてくれるんでしょうか?」
その質問に、俺の背中がピンと伸びた。俺が一番気がかりにしていた質問が、きてしまった。
ふと隣をのぞき見ると、寧々さんはニッコニコの笑顔でことの成り行きを見守っている。その隣では徹也さんが、真顔でゆらゆらと応援団扇を振っていた。
二人とも一色のことを信頼しきっている様子で、その瞬間俺はようやく思い至る。
俺が一色のことを信じてやれなくて、どうするって言うんだ。
一色いろはは一年の頃から生徒会長の役目を全うし、二期もその重責を背負った。
生徒会長の後を継いだ小町に「あの人の後とか荷が重すぎる」と言わしめた一色のことなのだから。
きっと、大丈夫だ。
「はい。わたしの特技は演技です」
──ん?
その言葉を聞いた瞬間、俺の思考は停止していた。
一色の特技が演技? 演劇部に入ってましたなんて話は聞いたことがないし、何かしらの経験があるそぶりもなかった。いや、あのキャラが演技だったって言うんなら納得できるんだけど⋯⋯。
「ほほぅ! それは楽しみですねぇ。はい、それではいって見ましょうか」
「でも、実はわたし一人ではできなくて、お客さんにも手伝って欲しいんですけど」
にこやかにそう言った一色は、不意に俺の方を見た。いや、何その視線⋯⋯と思った次の瞬間、一色はとんでもないことを言い出した。
「そこの男性の方、手伝ってもらっていいですか?」
って、いやおい。は?
一体こいつ、何を言い出してるんだ?
「はい! ということでご指名がありましたので、どうぞステージまでお越しください!」
パチパチパチ、というまばらな拍手が逃げることなど許さないとでも言うように鼓膜を震わせた。
こうなってしまっては仕方ない。一色だって覚悟を決めてステージに上がっているのだ。俺がその求めに応じない理由はない。
「えっと、それじゃそこに立ってもらっているだけでいいので」
大衆監視の元、俺と一色はステージの上で向き合う。トクトクと心臓が鼓動を刻むたびに、時は進んでいく。
「えっと、先輩」
まるでいつもの調子の呼び方に、ぶるると心が震えた。
ただ、いつものように。俺の生活に染み込んだ、その呼び方で呼ばれただけなのに。
「わたし、先輩のことを追ってこの大学に入りました」
まるで怯える小動物のように、声を震わせながら。
瞳を潤ませながら、一色いろはは俺を上目遣いで見ていた。
亜麻色の髪が、儚げにさらりと揺れる。
「先輩はわたしのことを何とも思ってないのかも知れません。でも、わたしは違うんです」
ドクンドクンと、心臓が五月蝿かった。
これは、演技だ。一色が宣告したのだから、それは間違いない。だというのに、俺は──。
「ずっと。ずっと先輩のことを見てました。最初は全然興味なんてなかったんです。でも、気付いたら先輩のことばかり目で追っていて」
どうして、俺は。
「気付いたら、好きになってました」
こんなにも、心を揺さぶられているのだろう。
「わたしと、お付き合いして下さい」
その言葉を聞いた瞬間、俺の思考は一切の仕事を放棄した。
乾いた息が喉に絡みついて、上手く言葉が出せない。
俺はこの場において、何を言うべきなんだ?
何か、早く、答えを返さなければ。
一色の言葉が、演技という名目の元に消えてしまう前に。
早く答えを、返さないと──。
「はい! ありがとうございましたー! 迫真の演技、なんだか私までドキドキしてしまいました!」
そんなMCの声が、俺の意識を現実世界に引き戻した。
緊張から開放されていく感覚を覚えながらも、確かな空虚さが俺の胸を満たす。
今のは、本当に。
本当に、演技だったのか──?
* * *
──映えある今年の優勝者は。
「一年! 一色いろはさんです!」
わぁぁ、と沸く会場を呆然と見ていたのは、つい一〇分前の話だ。
一色はすぐに戻ってくるかと思いきや、写真撮影やらインタビューやらで、中々解放してもらえそうにない。
待ちぼうけ──になっていてもよかったのだが、俺は気付いたらふらふらと学舎の中を歩いていた。
一色のあの言葉は、本当に演技だったのだろうか?
その疑問は、いつまで経っても解を得ることがない。
一色の言ったことだから、どこまでが真実でどこまでがまやかしなのかが分からない。あるいはあの言葉を発したのが、別の誰かであれば分かりやすかったのだが。
いや、今更何を考えているのか。
かぶりを振って廊下を歩き出すと、不意に背中に声がかけられる。
「先輩」
呼び方は同じ。しかし、その声音は全くちがう。
振り返ると天音さくらが、深刻そうな顔をして立ちすくんでいた。
「ちょっと、一緒に歩きませんか?」
「⋯⋯いや、今はちょっと」
「さっきまでいろはちゃんと一緒に居たんですし、少しぐらいあたしに時間くれてもいいですよね?」
やけに強い口調に、はっとしてさくらの顔を見る。その瞳には、強い意志が宿っていた。
そんな様子を見せられては、流石にむげに断ることができなくなってしまう。
「⋯⋯分かった。付き合う」
さくらと並んで歩き出す。しかし、そこにはいつものような会話はない。
いつだってさくらは、朗らかな笑顔で俺に何くれとなく話しかけてきていた。それがないというのは、彼女の中で何か変化が起きたということだ。
「いろはちゃん、凄かったですね」
「⋯⋯だな」
どうやらさくらも、あのステージイベントを見ていたらしい。一色の演技に気圧されたのは、俺だけではなかったようだ。
「ちょっと、上に行きませんか?」
さくらはそう言うと、人差し指を立てて真上を示した。何か目当ての展示物でもあるのだろうか。
階段を登って四階まで上がると、本棟と第二棟を繋ぐ連絡通路に出る。次のステージはプロの芸人によるお笑いライブらしく、多くの人がステージ前にひしめいていた。
みんなステージイベントに出向いているのだろうか。展示物自体も少ない四階は閑散としていて、いつしか連絡通路に二人ぼっちになっていた。
「あたし」
ぼんやりとステージを見下ろしていると、さくらは少し上ずった声で言った。
「先輩のこと、好きです」
ドン、といきなり心臓をノックされたのかと思った。
それぐらい、さくらの言葉は突拍子がなかったのだ。
「──は」
冗談だろ? と返したかったが、さくらの目は真剣そのもので。
ようやく出てきたのは、肺から空気が抜けたような声だけだった。
「あたしの方は、演技じゃないですよ」
俺の逃げ道を塞ぐかのように、そんな言葉が覆いかぶさる。
窓越しの観客たちの笑い声が、どこか遠い世界の出来事のように感じられた。
「もしよかったら、お付き合いしたいなーって思ってます」
気づけばとくとくと、心臓が逸っていた。
さくらは、申し訳なさそうに笑っている。彼女にそんな表情をさせているのが自分だということが、にわかに信じられなかった。
「先輩の今の気持ちを教えてください」
その言葉はどこまでも真摯で、そうであるならば俺もまた真っ直ぐに答えるべきだった。
付き合う──そのキーワードを聞いて、思い浮かぶのは。
今、俺の中を、一番占めているのは。
「⋯⋯すまん。俺の心の中には、他のやつがいるんだ」
──それは、さくらではなかった。
「⋯⋯そうですか」
俺の答えを受け取ったさくらは、緊張を切らすように「はぁ」っと息を吐いた。
さくらは俺を見ながら、優しく笑んでいる。あまりに優等生な、悲しい笑みだった。
「まあ、半分わかってたんですけどね。だから気にしないでください。バイトでも今まで通りにしてくれたら、嬉しいです」
「ああ、そりゃ、もちろん⋯⋯」
そう言った言葉の割りには、どこかぐらついた声が出てしまっていた。
さくらがそうできたとしても、俺の方が難しい提案だ。
「それじゃ、またバイトで」
さくらはそう言うと、ひらひらと手を振って足早に去っていく。
まるでこの場から早く逃げ出したいとでも言うように。
小さくなっていく背中を見ながら、俺はどうしてこうなったのだろうと考えるのだった──。
* * *
その言葉が聞こえた瞬間、わたしは心臓が止まるかと思った。
「先輩のこと、好きです」
四階にある連絡通路。
先輩を探して歩きまわり、ようやく見つけたと思ったら──そんな切羽つまったさくらちゃんの声が、わんわんと頭を中を反響する。
「あたしの方は、演技じゃないですよ」
その言葉は確かにわたしの耳には入っていたけれど、全然頭には入ってこない。それぐらい、目の前の光景には現実感がなかった。
まさかこのタイミングにかぶせて告白するなんて。正直に言えば、その驚きが大きい。
「もしよかったら、お付き合いしたいなーって思ってます」
たぶん、さくらちゃんを焚きつけたのはわたしのステージでの行動だ。
けど、あの告白を思いついたのはさくらちゃんの言葉があったのは確かで。だからこれで貸し借りなんてなしなんだと思う。
「先輩の今の気持ちを教えてください」
そして、先輩は。
先輩はなんて、さくらちゃんに答えるんだろう──?
「⋯⋯すまん。俺の心の中には、他のやつがいるんだ」
その言葉を聞き届けた瞬間、心がすっと冷え込んでいくのを感じた。
他のやつ、って。
もしも。
もしもそれがわたしなら、先輩はもっとわたしを受け入れてくれているはずで。
今頃付き合っていたっておかしくないはずで──けどそれは、現実に起こっていない。
先輩とわたしの関係は、ほとんど同じところを言ったり来たりで進んでいなかった。
できる限りのことをしてきたつもりだった。
尽くしていると言っていいぐらい、ずっと先輩の傍にいた。精一杯わかりやすく、好意を伝えてきた。
きっと、わたしの目論見は外れたのだと思う。
これだけ想っても、慕っても⋯⋯頑張っても、駄目だった。
──わたしじゃあの二人の代わりなんて、務まらなかった。
「──っ!」
気づいたら、踵を返していた。
ふらふらと歩き始めると、段々と早足に、やがて駆け足になってその場を離れる。
駄目だった。
全然、駄目だった。
全然、全然駄目だったんだ。
──わたしじゃ、ないんだ。
砕け散ってしまいそうな痛みを胸に、わたしはただ走り続けた──。
ということで、W告白(?)の回でした。
感想・お気に入り・評価など頂けると作者が喜びのあまりアクセルとブレーキを間違えたまま日本を横断します。
それでは、引き続きお楽しみ下さい!