「で、もうすぐゴールデンウィークじゃないですか。どこか行きたいなって思ってるんですけど」
拝啓、おふくろ様。
元気ですか?
僕は東京でも元気に暮らしています。
最初は辟易していた人混みにも随分と慣れました。
ああ、そう言えばとても不思議なことが起きたんです。
「先輩、聞いてます?」
僕の目の前に、ごくごく自然に女の子がいます。
それ自体、高校時代を思い出せば不思議なことではないかも知れません。
ええ、それは贅沢な感覚であることは分かっています。
それでもやはり、不思議なのです。一体、どうして──。
「せんぱーい?」
どうして俺の部屋に、平然として一色いろははいるのだろうか?
脳内での適当なモノローグじみた語りを捨てると、俺は思わず溜め息をついた。
あれからニ週間が過ぎ、世間一般でいう大型連休は目前。リビング兼寝室のベッドに持たれかけながら、一色は当然のごとく俺に問いかけている。
「いいか、一色」
俺は背もたれにしていたベッドフレームから背中を離すと、一色に向き直った。しかつめらしい表情を作ると、淡々とした声で言う。
「休日は、身体を休めるためにある」
「はぁ⋯⋯」
「だからどこにも行かない」
「へぇ⋯⋯」
「あと何で、普通に俺の家にいるの?」
「は?」
素になった一色の声が、どういうわけだか責められているように感じられる。
いや、俺の言っていることはおかしくないはずだ。うら若き乙女が恋人のいない男の部屋に来るなど、あっていいはずがない。
「先輩、わたしがここに来たの何度目だと思います?」
「⋯⋯十回目ぐらいか?」
「残念、まだ九回目です」
ふふん、と一色は得意そうに胸を張った。
数えてたのかよ、こいつ。意外に律儀なヤツだ。
「なので今さらですよ。それにこういうの、なんて言うか知ってます?」
「いや、知らんけど⋯⋯」
呆れながら答えると、一色はまるで魔法のステッキを振りまわすみたいに人指し指を宙に踊らせる。そんな芝居じみた仕草の後に、素敵な魔法を唱えるように言った。
「通い妻、です♪」
「⋯⋯⋯⋯」
ポクポクポク、チーン。
「帰れ妻」
「えぇっ!? 反応ひどっ!」
当然の反応だった。
なんだよ、通い妻って⋯⋯。冗談にしたって、もうちょっといい選択肢があると思う。
「もういいですよーだ」
一色はそう言うと立ち上がり、玄関に向かう⋯⋯と思いきや、向かった先はキッチンだった。
つまり
こんなのでいいのだろうかと思うが、俺の食生活たるやセンスの欠片もない自炊で酷い有様だった。大してうまくもないし、栄養が偏っているのは分かっている。
正直、一色が作ってくれる食事は美味しかったし、栄養バランスにも優れている。だから身体が欲してしまうように、口ではどうこう言いつつも本気で追い出したりなんてできなかった。三大欲求とは、
「お待たせしましたー」
さっきまでの拗ねた仕草などなかったかのように、一色は出来上がった料理を朗らかな笑顔をともに運んできてくれる。エプロンをつけたままの姿は確かに妻っぽい⋯⋯って、何考えてんだ、俺。
「⋯⋯いただきます」
「はい。どうぞ召し上がれ」
手を合わせると、俺は箸をとって小さな食卓を眺めた。
サバの塩焼きに肉じゃが、味噌汁にほうれん草のお浸し。冷奴にいつの間にか冷蔵庫に入っていたキュウリの漬物と、今日はバリバリの和食だった。
一色の印象からは洋食が似合いそうなものだったが、意外にこういう料理も得意だったりする。肉じゃがとか男ウケのいい料理を作るあたり、意外というほどでもないのかも知れないが。
「どうですか?」
「⋯⋯うまい」
一色の感想の催促に、俺は何の捻りもなく、素直にそう答えた。斜に構えた皮肉も出番を得ないぐらい、一色の手料理は美味しいのだ。
「よかったです」
そう言って微笑んで見せる一色の顔には、あざとさというよりもあどけなさが香っていた。時々こんな表情をするのは、本当に反則だと思う。
「それで、ゴールデンウィークはどこ行きましょう?」
「だから行かないっての⋯⋯」
そして、何故か会話は振り出しに戻る。これ、どこか出かける約束するまで続く村人との会話ループなんじゃねぇの。
「休みいっぱいあるんだから、身体は休められるじゃないですか」
「そうかも知れんが、余程の用事がない限りは出かけないぞ。東京は何かと入用だしな」
実際、外に出たら出たで一銭も使わずに帰ってくるなんて散歩でもない限りあり得ないのが東京だ。
車なんぞ持っていないからどこか行こうにも電車移動になるし、街には物欲を刺激するもので溢れかえっている。だからのっぴきならない理由でもない限り、出かけるべきではないのだ。
「はいそうですか。で、実は?」
「いや行かないっての⋯⋯」
いや、本当しつこいですね君⋯⋯。
途中から北風と太陽のようになってしまって、どうにも意固地になってしまう。
「へぇー、そうですか。なら分かりました」
押し問答の末に答えのない会話と食事が終わると、一色は常より音を大きく立てて箸を置いた。その音は、どこか俺を責めるような響きを孕んでいる。
「そういうことならわたし、合コンに行きますので」
「⋯⋯は?」
思わず、そんな声が口から
「けっこうしつこく誘われてて、断ってるんですけどね。さっきもどうしても人足りないから来てって、連絡がきたんです」
まあ、大学生ともなればそんな誘いも機会もあるだろう。一色がそういう集まりに参加する姿は、想像に難くない。
「先輩が付き合ってくれないなら、行ってもいいですよね?」
試すような口振りと目は、答え
一色は何だかんだで、俺にとって一番後輩らしい後輩だ。当然そんな場に行くことに心配しないこともないのだが──。
「⋯⋯いいんじゃねぇの、別に」
俺に、それを止める権利はない。行くななんて言う資格を、欠片だって持ってやしないのだ。
一色と俺は互いに束縛し合う仲でもなければ、交換条件に応じて引き止める理由もない。だから、俺の出せる答えはそれしかなかった。
「──っ!」
俺の返答を聞き届けるやいなや、一色は跳ねるように立ち上がった。
ぐっと拳を握り込み、潤いの増した瞳は俺を捉えたまま細められる。
「ほ、本当に行っちゃうんですからね!」
「あ、ああ⋯⋯」
「もういいです! 先輩のバカ!」
一色は鞄をひっつかむと、そのままダンダンダンと床を踏み鳴らしながら玄関へと向かう。想像の三倍ぐらいは、怒っていた。
「あ、おい」
「洗い物は自分でしてくださいね!」
立ち上がって伸ばした手は宙を掴み、パタンッ! と派手な音を立てて玄関の扉が締まる。
今のはさすがに、止めるべきだった。しかし止めたとて、あるいは今から追いかけて引き止めたとして、俺は何を彼女に伝えるというのか。
「はぁ⋯⋯」
だって、言えるわけがない。
特に今の一色には。
俺も合コン行くことになったなんて、とても──。
あ、完全にフラグが立った⋯⋯。
次回、合コン編です。
感想・お気に入り・評価など頂けると作者が喜びのあまりコサックダンスを習得します。
それでは、引き続きお楽しみ下さい!