第二部 アフター編。
スタートです。今後R18展開も入ってきますので、苦手な方はこの先を読むかは自己判断して下さい。
塩対応の後輩が可愛すぎる。
拝啓、おふくろ様。
元気ですか?
僕は東京でも元気に暮らしています。
最初は辟易していた人混みにも随分と慣れました。
ああ、そう言えばとても不思議なことが起きたんです。
「お待たせしましたー」
僕の目の前に、ごくごく自然に女の子がいます。
しかも、手料理を振る舞ってくれているんです。
以前その女の子も言っていたんですが、通い妻というものらしいです。まだ付き合って間もないですが、いずれは娶りたいと思っています。
それにしても、なんだかこれって。
「いつも通りだなぁ⋯⋯」
──と、俺は思わず呟いていた。
「なんですか、急に⋯⋯」
いつも通りの俺の部屋。いつも通りの一色いろはによる手料理。
そんないつもの食卓で、一色は俺に怪訝な目を向けていた。むぐむぐと口を動かしながら。
一応、俺たちは付き合っているはずである。つい先日ちゃんと好意も口にしたし、お付き合いしたいという言葉も受け入れられていた。
今日はその後初めての、我が家での食事だ。今日はご飯作りに行きますねと一色が言い、俺が受け入れる。
何が恋人同士の条件なのかとか、付き合ったらどうなるとかは今まで恋人のできたことのない俺には分からない。
しかしこれでは、あまりにもいつもどおり。まあ、今までがおかしな距離感だったというだけなのかも知れないが⋯⋯。
「いやなんか、いつも通りだなと」
「はぁ⋯⋯。まあ、そうですね」
本来であれば戻ってきた日常を喜ぶべきところなのだろうが、あまりにいつも通りで肩透かし気味というのが本音である。
まあ、いきなりべたべたしてくるようになってもそれはそれで困る⋯⋯というか戸惑うだろう。だからこのぐらいで、ちょうどいいのだ。おそらくは。
「あ、なるほど」
俺が勝手に納得しかけたところで、どうやら向こうも勝手に納得している様子だった。
一色は里芋の煮っころがしを箸で摘むと、俺の口元に差し出してくる。
「はい、あーん」
「ん」
そして放り込まれたそれを
「うまい」
「はい」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「なんか」
「いつも通りですね」
って一色さんも認めちゃったよ。
まあ、別にいいのだ、これはこれで。たぶん俺たちが恋人らしいやり取りを先取りし過ぎていただけで、恋人ができれば何かが変わると漠然と考え過ぎていた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
そう言って手を合わせると、やはりいつも通りにベッドフレームを背もたれにして一息つく。
一色も同じようにしてリラックスタイムに入る⋯⋯と思いきや、もそもそと動いて俺にくっついてきた。これもいつも通り⋯⋯ではない。
今まではパーソナルスペースに入ることはあったにせよ、近さが違う。なんというか、ぴっとりとくっついてきている。いうなれば距離感ゼロの、まさに恋人同士の距離感だった。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
その顔を窺おうと思ったが、くてんと俺の方に頭をのせてきたせいでそれも叶わない。ちょっと身体を離そうとしても、その動きに追従してくっついてくる。無理やり顔を覗き込もうとすると、ぷいと顔をそらされる。
いや、おい。何なんだよ、これ。こんなの──。
「可愛いすぎるんだよなぁ⋯⋯」
どうやら一色の突然の行動に俺の脳はノーガード(脳だけに)状態になっているのか、そんな呟きが
言った自分でもはっとしたが、それは言われた方も同じである。
一色はぱっと俺から距離を取ると、徐々に頬を染めていく。
「な、なんですか急に今さらわたしを手篭めにしようとしてどうするつもりですかもう手遅れなぐらい惚れちゃってますのでこれ以上は無理ですごめんなさい」
「お、おう⋯⋯。俺は今何をお断りされたんだ⋯⋯?」
それにしても久しぶりに聞いたな一色のふり芸⋯⋯。
とぃうかもう告白してオーケーはもらったはずだからふられようがない。いやでも、お付き合いしませんかと言った後に「はい、そうしましょう」とまではっきりした会話はしていないんだよな。⋯⋯まさか俺たち、実は付き合っていないのでは?
「本当、そういうとこですよ。先輩⋯⋯」
まるで会話になっていないやり取りの後に、一色はふうとまた俺にもたれかかってくる。
うーん、近い。やっぱり近い。いい匂いがする⋯⋯。
「⋯⋯もう付き合ってるんですから、このぐらいの距離感で動揺しないでくださいよ」
不意にそんなことを呟くと、うりうりと一色は頭を肩に擦りつけてくる。
あ、はい。やっぱり付き合ってるってことでいいんですね。っていうかそれやめろ可愛いな。心臓ばくばくいって止まらないだろ可愛いな。
「っていうか、いつも通りにしすぎなのは先輩の方なんですよ」
「あー、うん⋯⋯。まあね、中々慣れないというか⋯⋯」
「ほら、何かこう、恋人らしい感じのことしてください」
「すごいハードルの高いことをさらっと要求したな今⋯⋯」
これはこれで相当恥ずかしいというのに、まだ求めるのか一色は。まあいつも通りだなんて言い出したのは俺なわけだが。
しかし恋人らしいこと⋯⋯か。まあ、考えれば諸々あるだろう。
手を繋ぐ⋯⋯は、たまに一色の方がされることがあった。
キス⋯⋯は、告白した時に一色の方からしてきたので経験済みである。
その先は⋯⋯想像すると危険だ。っていうか俺、一色からされてばっかじゃねぇか。
「それじゃ⋯⋯」
たぶん、これも一色からされたことあったよな⋯⋯と思いながら、俺は一色の頭を撫でた。
艶々の髪が指を滑り、じんわりとした温かさが生身の女の子がそこにいることを知らせてくる。見上げてくる大きな瞳は小動物じみていて、妙に庇護欲をくすぐられた。
「お、思っていたよりいいですね、これ⋯⋯」
「そ、そうなのか⋯⋯」
そう言いながら、また頬を染め始める一色いろは。
いや、俺の彼女可愛すぎでは? やばい、また頭が湧いてきた。
「あの⋯⋯」
「うん?」
「これ、いつまで続けるんですかね。別にいつまででもいいですけど」
「いや、やめ時が分からなくなっただけだ⋯⋯」
俺がそう言って手を引っ込めると、一色は一瞬だけ残念そうな顔をする。今のはあざとさを感じなかった分、ずるいほど可愛かった。
「まあ、あれだな。付き合い始めたってこと、寧々さんたちにも報告しないとな」
「え、もうしましたけど」
俺が話題を変えると、一色は実にあっけらかんと言った。
「あと、今度お祝いにご飯行こうって言ってもらってます」
「初耳なんだが⋯⋯」
「はい、今初めて言いましたから」
一色さん、君さぁ⋯⋯と批難の目を向けるが、お皿洗ってきますねーと逃げられてしまった。
エプロンを付け直した一色の姿を、遠目で横から眺める。
水の流れる音と、皿のぶつかり合う音。それから、機嫌のよさそうな一色の横顔。
いつも通りで、何かが少し違う。
たぶん、そんな小さな変化が繰り返し訪れるのだろう。きっと恋人同士になるというのは、そういうことなのだ。
「先輩」
洗い物を終えた一色は居間に戻ってくるなり、そう呼んでくる。
「洗い物、終わりました」
「おお⋯⋯」
また俺の隣に座りながら、そんな報告をしてくる。
いや、うん。そうですね。終わりましたね。
「先輩の代わりに、お皿を洗いました」
「⋯⋯はい」
あー⋯⋯と俺は心の中で独り
「ちょっとぐらい、労ってくれてもいいと思うんですけど」
「そう、だな⋯⋯」
ちらと見上げてくるその目には、期待とからかうような笑みが見え隠れしている。
あざとい⋯⋯。なのに素直で、どこか
「⋯⋯いつも、ありがとな」
「はい」
俺がまた頭を撫で始めると、一色は満面の笑みを浮かべた。
平静を努めているが、恥ずかしいやら可愛いやらで頭の中は大忙しだ。
「今日はこのぐらいで満足してあげます」
そう言いながら俺の首筋に触れてくる一色は、やはりあざとくて。
何度だって、こう思うのだ。
いろはす、最高なんだよなぁ⋯⋯。