師走、とは師匠──時の僧侶も走り回る忙しさを形容した、十二月の別称である。
「ごちそうさん」
「お粗末さまででした」
粗雑とも言える俺の言葉に、一色の丁寧な言い回しが返される。
ところは一色のマンション、そのダイニングスペース。本日は十二月二十四日、つまりクリスマスイブだ。
恋人と一緒に過ごしたい日ナンバーワンの日(俺調べ)なわけだが、その御多分にもれず俺は一色と同じ時を過ごしていた。
「⋯⋯」
洗い物をする一色の姿を見ながら、何とも不思議なものだと思う。
俺が恋人とクリスマスを過ごすことなど、もう一生ないのではないかと本気で信じていた時期がある。それが今やこんな可愛い彼女がいるだけでなく、手料理まで振る舞ってくれているのだ。
昔の俺が今の俺を見たら、リア充爆発しろ! と叫ぶに違いない状況だが、いざ当事者になってみれば爆発して堪るかという心情である。むしろ言ってるやつが爆発しろ。
「先輩」
そんなアホなこと考えながら胃の中のご馳走を消化していると、片付けが終わったらしい一色は手を背中に回したまま近づいてきた。後ろ手に何かを隠したまま、ソファにちょこんと座って隣り合わせになる。
「プレゼントがあります」
「おう。実は俺もある」
今日がクリスマス当日、というわけではないが、イヴに会うわけだから当然俺も用意していた。特に示し合わせていたわけではないが、考えていたことは同じのようだ。
「じゃあ、せーので交換します?」
「いいぞ」
せーの、と言う一色の声を合図にして、俺たちは隠し持っていたプレゼントを差し出し合った。俺からはキューブ状の小さな箱を渡し、一色からは細長い箱を受け取る。
「あ、どうぞ。先輩から開けてください」
一色に促されると、俺は白い包装紙を剥がしていく。現れた箱の蓋を開けると、そこに鎮座していたのは意外な物だった。
「ネックレスか」
「はい」
アクセサリーを贈ってくるとは、想像していなかった。そういった類の物は基本身に着けないから、用意してくれていても雑貨とかだと思っていたからだ。
「着けてみてください」
一色に促されると、俺は小さなペンダントトップがついたシルバーのネックレスを首に回す。慣れないせいで苦労して留め具をとめると、一色は満足そうな表情で俺を見ていた。
「なんか、意外だな。こういうプレゼントは」
「んー、わたしも普段着けてないからどうかなと思ったんですけど」
一色はそう言いながら、ネックレスを俺のシャツの中にしまった。
「こう、自分が贈ったものが時々チラっと見えるのが、グッとくるだろうなって思いまして」
「あ、そう⋯⋯」
「あと、この首はわたしのものなんだという実感がやばいですね」
「理由が怖いんだよなぁ⋯⋯」
何この子ちょっとヤバい子だったのかしら⋯⋯と肝を冷やしていると、ふふっと小さな笑みが漏れ聞こえてくる。本当君、そういうとこあるよね⋯⋯。
「わたしも開けていいですか?」
「ああ」
俺が見守る中で、一色はペリペリと丁寧に包装を剥がしだす。やがて見えた箱の蓋を、一色はじっと見ていた。
「⋯⋯」
意を決したように蓋を開けると、一色は意外そうに目を開いた。
「イヤリング、ですか」
ああ、と頷くと、一色はイヤリングを手に取る。まるで生まれたての赤子に触れるように、慎重な手つきだった。
「あの、デザインも好きですしめちゃくちゃ嬉しいですけど、すっごい無粋なこと言っていいですか?」
「駄目だ、って言っても、たぶん言うだろお前⋯⋯」
「ええ、言っちゃうかもですね」
急にカラカラと笑い出した顔が、堪らなく可愛らしい。そっと箱のほうに視線を戻すと、小さな声で言う。
「一瞬、指輪かもって期待しちゃいました」
「⋯⋯まあ、そういうのはあれだ。いつか、ちゃんとだな⋯⋯」
少しだけ予想していた一色の言葉に、俺も同じぐらい小さな声で返す。
プレゼントを選ぶ時、一瞬ペアリングとかも考えた。ただ色々と事故りそうな予感しかしない上に重たすぎる気がして、結局やめたのだ。それに中途半端な意味を込めて贈るより、確かな意味と意志をもって渡すものだと思う。
「ちゃんと⋯⋯。はい」
妙に含みをもった声で言うと、一色はまたイヤリングに視線を戻す。
「着けてみてくれるか?」
こく、と一色は頷いて、ティアドロップ型のイヤリングを身に着けた。
髪を掻き分けて耳を見せるその所作に、不覚にもどきりと心臓が跳ねる。
「どうですか?」
「⋯⋯よく似合ってる。イメージ通りだ」
素直に言うと、一色はさっきより少しだけ艶かしく笑った。それがイヤリングを着けたせいでそう感じたのかどうかは、自分でも分からない。
「知ってますか? 恋人にアクセサリーを贈るのは、独占欲の現れだそうですよ?」
「⋯⋯知ってる。っていうか、そういう意味で選んだからな」
「え⋯⋯」
俺の気持ちの吐露を、一色はぽかんと口を開けて受け止めていた。
時間はかかったが⋯⋯俺はひとつの事実を認めることができた。自分でも思っていた以上に、目の前のあざと可愛い後輩に心を奪われている。それこそ今とは何も関係ないはずの彼女の過去を妄想して、苦しくなるぐらいに。
情けなくて、くだらない嫉妬だ。噛みしめれば噛みしめるほどに苦汁が滲み出すというのに、その思考を止められない自分が嫌になる。
「俺、自分で思ってた以上に、欲深いというか⋯⋯。たぶん、一色が考えてるよりずっと独占欲あると思う」
だが、認めてしまえばずっと楽になった気がした。
気のせいかも知れないし、ただ気持ちが溢れ過ぎただけなのかも知れない。それでも⋯⋯少なくとも、前に進める覚悟は決められたのだから、きっと悪いことではないはずだ。
「きゅ、急に少女漫画の登場人物みたいなこと言わないでくださいよ。めちゃくちゃドキッとしたじゃないですか」
一色は次第に頬を染めていくと、俺から目を逸らして分かりやすくもじもじし始めた。
新鮮だし、アホほど可愛い。こんな風に無性に抱きしめたくなるのなんて、人生初めての感覚だった。
「⋯⋯プレゼント、ありがとうございます。でももう一つ、欲しいプレゼントがあるんです」
頬を火照らせたまま、一色は祈るような目で俺を見つめてくる。そんな顔でお願いされたら、断れる自信がない。
「なんだ?」
「下の名前で呼んで欲しいです。いろは、って、呼んでください」
その声音はじんわり甘く、
そんな簡単なことでいいのか、と一瞬思ったが、よくよく考えてみればハードルは高い。何せ女子を名前で呼び捨てなど、小町以外だと中々しないことだったからだ。
しかし、いつまでも名字で呼ぶというのもいささか他人行儀すぎるし、一色もまた名前呼びを願っている。
俺はすぅ、と小さく息を吸うと、ゆっくりと吐いた後に言った。
「⋯⋯いろは」
「⋯⋯はい」
そう返事をして、一色は──いろはは笑う。その顔が、近づいてくる。
「──っ」
あ、と思った時には、唇が塞がれていた。
いつもより熱い唇が、その内包した熱をじっくりと伝えてくる。触れ合った鼻先までもが、温かい。
唇を離すと、いろはは幸せそうに笑んでいる。その笑顔に後押しされるように、俺は言葉を紡ぐ。
「その、な⋯⋯。俺も、欲しいプレゼントがあるんだが⋯⋯」
こんなことを言ってどんな反応が返ってくるか、分からない。だけど、このタイミングを逃したらいつ言えるというのか。
たぶん、先延ばしにしたって何もいいことはないだろう。それにこういうことは俺から言うと、前に約束した。覚悟も既に決めてある。
だから、自分への言い訳は完了だ。
「欲しいのは、その⋯⋯。お前、なんだけど」
いろはの顔が、微かな驚きの表情に変わる。
そして何を感じたのか、その目がすっと細められる。え、何その顔⋯⋯。
「先輩。お誘いは嬉しいんですけど、さすがにその言い方はキモいです」
「あ、はい⋯⋯」
さっきまでの甘い雰囲気はどこへ行ったのか、その声音は氷のように冷たかった。
っべー⋯⋯。今なら言えると思って言ったけど、盛大にやらかしたやつだわこれ⋯⋯。
「ま、先輩だから仕方ないですけど」
俺が白目を剥きそうになっていると、いろははこほんと咳払いをした。上目遣いになると、
「それと⋯⋯。
じっと見つめてくる目が、だんだん真剣味を帯びてくる。
ああ、つまりこれは⋯⋯言い直せということだ。
「⋯⋯俺は」
乾いた声が、喉を震わせていた。
もう一度同じ意味合いの言葉を発した後だというのに、それでも緊張してしまう。
唾を飲み込む。枯れそうになっている声帯を、無理矢理に、鳴らす。
「いろはが、欲しい」
「──はい」
いつになく優しい声音で、肯定が返ってくる。
いろはの手が俺の首に回され、微かな震えが伝わってきた。
「わたしの全部、先輩にあげます」
そう言って、目を瞑ったいろはの唇に。
俺は初めて、自分からキスをした──。
次回、ようやくR18パートです。