待ちに待った、大学に入ってから初めての冬休み。
実家なんかは近いからまあお正月に帰ればいいし、だからめっちゃバイト入れてめっちゃ遊ぶ。
高校時代とそれほど変わらない、だけどもっと自由になった、そんな楽しい冬休み。
⋯⋯だったはずなんだけど。
「⋯⋯」
あたし──天音さくらの目の前の友人は、どうもそんな気分ではないらしい。
クリスマスもきっと先輩と過ごしたんだろうし、
特に今みたいに、会話が途切れた時はどこを見ているのか分からない目をしている。もぐもぐ口を動かしながらドリアを見ているはずなのに、どこか遠くを見ているような、そんな表情だ。
「いろはちゃんさ」
あたしが呼びかけると、いろはちゃんは表情を変えないままこちらを見る。
「ひょっとして、先輩と別れた?」
「んなっ⋯⋯! なんてこと言うんですか」
ようやく期待した通りのリアクションが見られて安心すると同時に、ちょっと残念な気持ちもある。そんな自分の心の変化に気付くと、あたしって性格悪いなーと思った。
「いや、だっていろはちゃんから先輩の話しないし、なんか表情暗いから」
「別にそんな話じゃないので」
ちょっとツンとした言い方で、いろはちゃんは唇を尖らせた。別れてないなら、何があったって言うんだか。
「そんじゃ何。どうせ先輩と何かあったんでしょ?」
あたしがそう聞くと、いろはちゃんは一瞬動きを止めた。どうやら図星みたいだ。
「まあ、何もなかったわけではないというか⋯⋯」
「よし、さくらちゃんが聞いてあげよう。ほれ、話してみなさい」
どうせ喧嘩したんだろうな、とか思いながら、あたしは話の続きを促す。付き合いたてのカップルの痴話喧嘩ほど面白い話題はない。
「⋯⋯凄く生々しいですよ?」
「ばっちこい」
内容によってはあたしもダメージを受けるかも知れないけど、ここまできたら後に引けない。
あたしが即答すると、いろはちゃんはおずおずと話し始めた。
「その⋯⋯クリスマスに先輩と初めてエッチしたんですけど」
「Oh...」
まさかの本気で生々しい話に、思わず欧米化してしまった。
まあでも⋯⋯ヤるよね。この前あたしも「まだなんかい」的なこと言っちゃったし。
「痛すぎて、最後までできなかったんです」
ははぁぁ⋯⋯ほぉぉ⋯⋯ふーん⋯⋯。それって、つまり。
「えっと⋯⋯。それぐらい大きかったってこと?」
「確かに大きかったですけど⋯⋯。初めてなんで、比較できません」
え、マジかこいつ、と思わず顔に出してしまった。この子、この顔で今まで処女だったの?
よくよく考えてみれば先輩おっかけて大学入ってくるわ処女温存しておくわ、激重女じゃん。いろはちゃん、絶対地雷ガールだわ。
「なので、ちょっと凹んでます」
「ふーん⋯⋯。へー⋯⋯」
結局これは、惚気話みたいなものだ。結ばれた結果、最初は上手くいかなかったってだけの話。
それにしても先輩とのエッチって、どんな感じなんだろう。あ、やばいこれ⋯⋯結構心にくる⋯⋯。
本気でなんて返していいか分からずにいると、いろはちゃんは怪訝な顔をする。
「何ですか、その反応」
「いや、今結構ダメージ受けてるから⋯⋯」
「さくらちゃんが聞いたんじゃないですか」
そう言うといろはちゃんは、明らかにムッとした表情になる。
まあ、あたしが聞いたんだけどさ。友達付き合いを続けてたら、ダメージ受けるかもねって分かってたし。
でもなーんか腹立つから、ちょっと反撃しちゃう。
「ま、でもそれが別れる原因にならなきゃいいけどね」
あたしがそう言い放つと、いろはちゃんは不意に真顔になった。
「⋯⋯どうしてそうなるんですか」
「だって、付き合う上でカラダの相性って大事じゃん? 昔なんかあったなー。夫のアレが入らないとかなんとか言うやつ」
あたしの言葉を受け取ったいろはちゃんは一瞬不安そうな顔になったかと思うと、今度は気の強そうな、半分睨んでいるような表情になる。まるで百面相だ。
久々のしょっぱい反応に、あたしはちょっと嬉しくなっているのに気付く。だっていろはちゃんは、あたしなら大丈夫だって分かってるから。
だからそうやって、甘えて来られるんだと思う。
「⋯⋯絶対そうはなりません」
「どうかなー?」
そう言ってあたしは、ニッコニコの笑顔でカフェラテを飲む。
ああ、ほんと。
あたしって性格悪いなー。
* * *
十二月三〇日。
今年も残すところ、丸二日を切った。
「先輩って」
スーパーの陳列棚を見ていた先輩は、「んー」と間延びした声で返事をする。
「おせち作ったら食べます?」
「そりゃあったら食べるだろうけど⋯⋯。めちゃくちゃ食べたいってもんでもないし、わざわざ作らなくてもいいぞ。あれ、けっこう大変だろ」
「まあ、そうですね」
先輩が食べたいって言うなら頑張って作ろうと思っていたけど、むしろ気遣われてしまった。
何も知らない人が聞いたら、夫婦か同棲カップルにしか思えないだろう会話。そんな幸せの一コマと言える状況なのに、わたしの気持ちは晴れなかった。
原因はもう分かっている。クリスマス・イブの夜にわたしが先輩を受け入れられなかったこと。その不安を助長するようなさくらちゃんの冗談が、割りと本気で効いてきている。
「これで全部か?」
「はい」
一応お正月用にお餅とか菜葉とか、お雑煮の材料も揃えて。会計を済ませるとスーパーの外に出た。
「重たくないですか?」
「餅が結構ずっしりくるから、軽いとは言えないわな」
そんなことを言いながらも、先輩は買い物の時は絶対に荷物を持ってくれる。
先輩は、優しい。今みたいに荷物を持ってくれるのもそうだし、二人で歩く時は絶対に車道側を歩く。料理を作ったら、毎回ごちそうさまをちゃんと言ってくれる。
なんだかんだ基本レディーファーストだし、適当なフリして真面目だし。⋯⋯だから、モテる。絶対本人は否定するだろうけど、それは間違いない。
「⋯⋯」
無言のまま歩きながら、ちらりと先輩の方を見た。
先輩は選べる立場にあって、わたしは選ばれた立場だ。想って、願って、ようやく振り向いて貰えた。
だからわたしはわたしの全部をあげて、先輩の全部を受け入れるつもりだった。だけど現実は⋯⋯まったくうまくいかなくて、ただ泣いて困らせてしまっただけ。
あれからあの行為のことについて二人で話したことはないし、受け入れられなかったからといって先輩の態度が変わったわけでもない。だからその優しさの分だけ、わたしはわたしを責めている。
「そういや」
たっぷり五分ぐらい無言の時間が流れた後に、先輩が口を開いた。
「正月、実家帰るんだったよな?」
「はい。まだ時間とか決めてませんけど」
一応、一日の午後には千葉の方に帰る予定で、それは以前先輩にも伝えてある。
いったい何の確認だろう、と先輩の方を見ると、やけに真摯な目がわたしを見ていた。
「なら、初詣に行かないか。大晦日の夜から」
「大晦日から⋯⋯?」
それってつまり神社にお参りしながら年を越すってことだろうか。言葉の意味を咀嚼していると、不意に先輩の手がわたしの手を握った。
「その、あれだ⋯⋯。正確には二年参りって言うみたいなんだが、年を越す瞬間に一緒に居たいというか⋯⋯」
照れくさそうに言ったその頬が赤くなっているのは、たぶん夕日のせいだけじゃない。
たぶん、先輩は気を
「⋯⋯はい。わたしも先輩と一緒がいいです」
わたしは路地の上でプラプラ揺れていた先輩の手を捕まえる。指を絡めると、同じように先輩も握り返してくれる。
しっかりしなきゃと、本気で思った。こんなの全然、わたしらしくない。だけど──。
「先輩」
「ん?」
「⋯⋯なんでもないです」
「あ、そう⋯⋯」
今はこの優しさに、もう少しだけ甘えさせて欲しい。
わたしはそう思いながら、無骨で優しい手を握り返した。
次回は年越しのお話です。