年の瀬になればなるほど感じる終わりの侘しさと、新たな年への希望を
大晦日になり日もとうに暮れ、今年も残すところ三十分を切った。俺たちは約束通り、一緒に年を越すために神社を訪れているのだが。
「けっこう人来るんですね⋯⋯」
「ああ⋯⋯」
俺のアパートの近くにある神社が比較的大きかったから、という理由だけで向かったのだが、予想以上の人出だった。出店が出ることぐらいは知っていたが、まさか二年参りする人がこんなに来るとは思わなかったのだ。参道に入るなり前が詰まりだし、今は人の流れに合わせてとろとろと歩いている。
ドン、とまた押される形で肩がぶつかった。それでも謝りさえしないのは、東京の平常運転だ。
「⋯⋯はぐれるなよ」
そう言って、いろはの手を握って引き寄せた。ぐっと近くなったいろはの顔が、俺を見上げる。
「過保護ですねぇ」
くすりといろはの頬が緩んで、俺は心底安心した。
最近いろはは元気がなかったが、こうして俺から誘ったお陰か今日は以前の調子を取り戻したように見える。あざとさを感じる笑みが、何よりの証拠だった。
「先輩、せんぱい」
いろははそう言うと、上目遣いでくいくいと手を引いてくる。いや本当、いちいち可愛くてずるいですねあなた⋯⋯。
「あれ、食べたいです」
そう言っていろはが指差したのは、りんご飴だった。うーん、食べたがる物もあざとい。まあ焼きそばやたこ焼きをチョイスしてもそれはそれであざといし、綿あめなんて選んだ日には俺も一緒に食べてしまうまである。
いろはにせがまれるままりんご飴を買うと、二人して懐かしいそれをかぷりと齧った。甘酸っぱさを感じながらいろはを見ると、目が合った瞬間にこりと笑いかけてくる。可愛い(思考放棄)。
そんなこんなで買い食いしながら歩いていたのだが、もうすぐ〇時というところで参拝の列が止まってしまう。日付が変わる瞬間に参拝できていたらベストだと思っていたのだが、やはりそう考える人間は多いらしい。
「もう日付、変わっちゃいますね」
さして残念でもないように、いろはは言う。今時珍しく除夜の鐘の音が、どこか遠くから聞こえてきていた。
「先輩」
いろははそう呼ぶと、繋いだままの手をきゅっと握りこんでくる。
俺と目を合わせているのに、すぐに言葉は出てこない。いろはにしては珍しく、躊躇うような、少しの間。そのたった数秒が、やたらに長く感じた。
「来年も、一緒に居てくれますよね?」
その質問はあざといようでいて、浮かべられた表情にあるのは笑みだけではなくて。
そこでようやく、俺は気付く。
いろはの中に確かな、きっと俺が思うより大きな不安があることに。
「いろは」
「えっ、ちょっ⋯⋯」
俺はそう言うと、人を掻き分けるようにして参道を出ていく。肩が当たった誰かから舌打ちをされたが、そんなことはどうでもいい。
社務所に隣接された、倉庫と
「ん⋯⋯っ」
その唇を、奪う。いろはの不安を丸ごとそっくり、奪い去るように。
ゴーン、とまた除夜の鐘が鳴る。どこからかパラパラと拍手が起こり、人々の間に新年の挨拶が伝播していくのが聞こえた。
「先輩⋯⋯」
ゆっくりと唇を離して、見つめ合う。片手でいろはの頬に触れると、その熱が伝わってくる。
「⋯⋯こんなことされたら、年が明けるたびに思い出しちゃうじゃないですか」
からかうような言葉は、しかしどこか弱々しい。俺が髪に触れると、いろははくすぐったそうに目を細めた。
「あのな、いろは」
こんな時、彼女に伝えるのは「そうかもな」でも「明けましておめでとう」でもない。
それよりももっと大切なことが、いろはに伝えなければいけないことがあった。
「思い出す必要なんかねぇよ。来年も一緒にいるから。再来年も、そのまた来年も⋯⋯一緒に居てくれ。できるだけ長く」
ぷらんと垂れたままの両手を、俺はそれぞれの手で握る。細い指を、解かれないように絡め取る。
「俺は愛情表現とかほんとふざけんなよってぐらい下手くそだから、いろはを不安にさせることもあると思う。でも俺は、いろはが思ってるよりいろはのことが好きだ。百倍⋯⋯いや、千倍ぐらいは好きだと思う。うまく言えないんだけど⋯⋯」
こんな時、言葉はどこまでも不自由で不完全だ。言っても言い尽くせない。言い尽くせたとしても、伝わりきらない。
それでもきっと、いろはにはその言葉が必要なのだと思う。言えば言うほど重くなるなら、ひょっとしたら伝わる気持ちであるならば、言葉にする他ないのだ。
「俺のせいで、不安にならなくていい。俺からいろはの手を離すことは、絶対にない」
絡めあった指に、力を込める。薄暗い中で、いろはの目が潤んでいくのが分かった。
「う⋯⋯、うぅ~~⋯⋯」
「え。お、おい⋯⋯」
そして、ポロポロと泣き始めた。
大粒の涙を零して、それこそ子どもみたいにしゃくりあげながら、俺の胸に飛び込んでくる。
そんな泣くようなこと言ったか? と思ってしまったが、それぐらいいろはの中の不安は大きかったのだろう。
「新年早々泣くなよ⋯⋯」
「うぅ~⋯⋯。誰のせいですかぁ⋯⋯」
しかしその涙はやはり俺に原因があったことを示唆していて、だとすればこれは俺が受けとめるべきなんだろう。
そんなことを考えながら、俺は抱きとめたいろはの背中を撫で続けた──。
* * *
俺が目を覚ましたのは、とっくに陽が上った後のことだった。
もぞりと腕のあたりで動いた存在を認知すると、差し向けた視線の先にはいろはがいる。俺が用意しておいた寝間着に身を包んで、すうすうと寝息を立てていた。
その寝顔を見ていたら、色々思い出してくる。あれからお参りもそこそこに家に帰ると、身支度だけして一緒に寝たのだ。時計を見ればもう昼を過ぎており、案外ガッツリと寝ていたらしい。
「⋯⋯」
カーテン越しの光を浴びるいろはの寝顔を、俺はじっと眺めていた。
こうして見ていると、可愛いというよりも神々しさというか、その美しさに言葉を失ってしまう。まるで女神だなんてくさい言葉が思い浮かんでくるぐらい、いろはの寝顔は綺麗だった。
その眠りを、妨げたくはない。そう思っていたはずなのに──。
「──」
俺は思わず、その唇を
そうせざると得なかったし、それはとても自然な行為に思えた。
「ん⋯⋯っ」
いろはのまつ毛が微かに震えると、ゆっくりと目蓋が開いていく。その瞳が俺を捉えると、いろはは薄っすらとした笑みを口端にのせた。
「あけましておめでとうございます。先輩」
「おお⋯⋯おめでと⋯⋯。そういや言ってなかったな」
「ええ」
いろははくすりと笑ったかと思うと、ちゅっと俺の唇を奪っていった。ひょっとしてこっそりキスしたの、気付いてたんだろうか。
「今年もよろしくお願いしますね」
「おう。こちらこそよろしく⋯⋯」
そう言っている最中に、いろはは俺の方に身を寄せて抱きついてきた。全身にいろはの身体の柔らかさが伝わってきて、一瞬で心臓が膨張する。
それはつまり全身への血流が良くなるということに他ならず、いうなればそれは身体の正常な反応であり。
もにゃもにゃ頭の中で言い訳している俺にキスをした後、いろはは気まずそうな笑みを浮かべた。あ⋯⋯これなんかデジャ・ヴュが⋯⋯。
「その⋯⋯こっちもよろしくって言ってます?」
いろはの視線の指すものは、アホみたいに硬くなった例のモノであった。
「いや、これは生理現象というか何というか⋯⋯」
こんな時、使い古された言葉しか持ち合わせていない自分が情けない。その言い訳でそっとしておいてくれたらよかったのだが、いろはは上目遣いでじっと俺を見たままだった。
「あの、先輩にそのつもりがないならいいんですけど⋯⋯」
歯切れの悪い言い方が、なんともいろはらしくない。
しかしその態度が、俺にその先の言葉を予想させてしまった。
「したく、ないですか?」
言われた瞬間、ズッキューンと効果音付きで胸を撃たれた気がした。
わざとやってるんだろうかと思ってしまうが、その頬はわずかに赤くなっている。可愛い。もうどうしようもなく可愛い。八幡語彙失っちゃうどうしよう⋯⋯。
「⋯⋯ぶっちゃけ、したい」
「⋯⋯はい」
正直に言うと、いろはは更に顔を赤くさせた。こういう
「優しくしてくださいね?」
不意に出てきたあざとさは、照れ隠しであることは俺が一番よく分かっている。
俺はこくりと頷くと、再びいろはの唇を塞ぐのだった──。
次回、正月の真っ昼間からえっち編(説明が直球過ぎる)。