あ、どーもどーも。
兄の妹の小町です。なんだかお久しぶりですね。
さて、早速ですが今の状況を説明しましょう。
本日は新年も明けまして一月二日。時間はもうすぐ夜の六時というところです。
兄は昨晩のうちに帰ってくる予定だったはずが、なぜか急に予定を変更して今日帰って来ました。なんだからしくないなぁと思いましたが、まあいいでしょう。リビングでのんびりカマクラを撫でていられるのも今のうちの話ですから。
──ピンポーン、と。
小町が内心ほくそ笑んでいるその時に、どこか間延びしたインターホンの音が聞こえてきました。晩ご飯を作っていた母と目配せをし合うと、急いでインターホンの前に向かいます。
「はーい。お待ち下さーい」
一方的にそう言うと、こくりと頷いた相手を見てから通話を切りました。うっかり兄にその相手が誰なのか、バレてしまってはサプライズにならないからです。
「はい、行くよ。お兄ちゃん」
「へ⋯⋯? なんで?」
「いいから、早く」
無理やり兄をソファから引き起こすと、向かったのは一階の玄関。土間に下りて一瞬兄の方を振り返った後、ゆっくりと扉を開いていきます。
「どーぞー、いらっしゃいませ。
「お邪魔しまーす」
そうして我が家の玄関で対面する二人。呆気にとられた兄の表情──。
いやー堪りませんね! ドッキリ大成功! いろは先輩と付き合い出したのに自分から教えてくれなかったお兄ちゃんが悪い! わはは!
「お、おい⋯⋯。なんでここにお前が」
「えー、
「あ、そういえばまだ言ってなかったですね。明けましておめでとうございます。今年も兄をよろしくお願いします」
「明けましておめでとうございます。よろしくお願いされました」
「ではどうぞ。ご飯ももうできますので」
そう促して向かったのはいつものリビングダイニング。四人がけのテーブルには、さっきまではなかった小町用のお誕生日席が用意されています。小町、母との連携はばっちりです。
「あらー、いらっしゃい」
「お邪魔します。新年明けて早々にお時間を作っていただきありがとうございます」
「いえいえー、こっちから呼んだんだから気にしないで」
それにしてもこの手慣れた大人同士の会話。さすがは元生徒会長って感じです。まあ小町も生徒会長はやってましたけども。
小町は改めて感心しながらリビングを出ると、父にご飯の時間であることを伝えに行きます。ちなみに父には今日、兄が彼女を家族に紹介することは伝えてません。やたらそわそわとした態度を取られたら鬱陶しいからです。
父がいろは先輩の存在に面食らいつつも全員が食卓につくと、一同が介する形になりました。
「あー、えっと⋯⋯。こいつは、その⋯⋯」
「改めて、はじめまして。一色いろはです。八幡さんとお付き合いさせていただいてます」
しどろもどろになりかけている兄の言葉を引き継いでいろは先輩が頭を下げると、兄は「うっ」と変な声を上げました。
ははぁ、この反応⋯⋯さてはまだ名前呼びとかされてないな? そういう初々しい反応、女子ならともかく兄がすると気持ち悪いだけなので本当やめて頂きたい。
「いやー、まさか八幡がこんな可愛らしい彼女をつれてくる日が来るなんてねぇ!」
母がそう言いながら隣を見ますが、父は『マジかよこのリア充』とでも言いたげに兄を見ていました。とても彼女を連れてきた息子に向ける視線とは思えません。小町マジドン引き。
「さあ、冷めてもいけないから食べましょうか」
母の一声を合図に、いただきますをしてからみんな箸を取りました。いつもより豪華なお正月料理は、当然兄の帰省のためではなくお客さんであるいろは先輩のためです。
「いろはちゃんは、高校も大学も八幡と同じなのよね?」
料理に手をつけながら、母がいろは先輩に向けて問いかけます。小町からも色々問いただしたいことはありますが(主に兄に対して)、ここは母に流れを任せましょう。
「やっぱりそういうのもあって、お付き合いする流れになったのかしら」
なんだかいつもより上品な口調で母が問うと、いろは先輩は同じく上品な笑みを浮かべて返します。
「いえ、大学が同じなのは高校の時から八幡さんが大好きだったので、追いかけて入学したからでして」
「んぼふっ! げふっ、げふっ⋯⋯!」
「お兄ちゃんうるさいなぁ⋯⋯」
つい悪態をついてしまいましたが、いいリアクションだったので見逃しましょう。ん? 文句言ってる時点で見逃してないって? 気のせいですね。
「まぁ! そうなの~。この子もやるわねぇ!」
母はそう言うと、また嬉しそうに父を見ました。
それにしても父、さっきから全然喋らないどころか、今となっては『リア充は逝ね』とばかりに兄を睨んでいます。本当いい加減にしろよ父うちの印象悪くなるでしょ。
「あ、何か急に腹がいっぱいになってきた⋯⋯」
そう言って立ち上がろうとした兄の手を、いろは先輩ががしりと捕まえます。
「いつもはもっと食べるじゃないですか。せっかくお母様が用意してくれたんですから、ちゃんと食べないとダメですよ?」
「まあお母様! いい響きね~!」
それにしてもこの母、ノリノリである。いろは先輩の対応もなかなかですが、母のテンションの高さもかなりのものです。そんな母のテンションに反比例して、兄のテンションはだだ下がり。小町超楽しい。
「八幡が大学でどう過ごしているかとかも、教えて欲しいわね」
「それが先輩のまわりって、美女だらけでして⋯⋯。ちょーっとわたしも心配になるぐらいなんですけど」
「へぇ~!」
ワックワクの母、無言のまま眼光を鋭くする父、白目を剥きそうになっている兄。
いやぁ、こんな光景が見られる日が比企谷家にやってくるなんて。
もう爆発しちゃっていいよ! お兄ちゃん!
* * *
本当に、酷い目にあった。
いやいつかは迎えることとは言え、段取りというものがあると思う。
「だいぶ疲れてますねぇ」
「当り前だろ⋯⋯」
酷い目、というのは昨日の比企谷家の顛末のことだけではない。
明けて一月三日。今日は一色家の親戚の集まりに同席することになったのだ。無論、半強制的に。
当然いろはの両親に挨拶することになったし、集まっていた親戚御一行にも紹介されることになった。それを直前に言ってくるあたり、本当にいろはは俺のことをよく分かっている。お陰で逃げも隠れもできず、いろはをよろしくお願いされてしまった。
「さて、東京に戻る前によっていくところがあります」
「⋯⋯何ですと?」
これ以上俺を連れ回すつもりなのか⋯⋯と辟易してしまう。明日からバイトだから、今日はこのまま帰るつもりだったのに。
「そういうの、先に言っといてくんない?」
「えー、言ったら適当な理由考えて逃げようとするじゃないですかー」
ご明察である。しかし、その口ぶりだと俺が回避したがるようなイベントがあるということだろうか。
「けどそんなに構えなくていいですよ。雪乃先輩のところに誕生日プレゼント渡しにいくだけなので」
「ほーん⋯⋯」
なるほど、それならば先程までのハードモードに比べたら何でもないことだ。むしろこうして気軽に会える仲になれたのは、喜ぶべきことのように思う。
「今日なのは知ってたけど、何も用意してないぞ」
「大丈夫ですよ、わたしが用意してるんで。わたし達からってことにするんで、後で折半お願いしますね」
「まあ、それなら⋯⋯」
さすが、俺を騙し討ちするだけあってしっかりしていらっしゃる。それならば特に拒む必要もなく、俺はふむと頷いた。
雪ノ下が住んでいるのは、高校時代に一人暮らししていたあのマンションから変わりはないらしい。たしか由比ヶ浜も一緒に住んでいると言っていたが、一体どういう口実で一緒に住むようになったのかは興味深いところである。
そんなことをつらつら考えつつマンションの最寄り駅を降りると、見知った公園が目の前に広がる。近隣住民の生活道路にもなっているそこを横切れば、雪ノ下の家はすぐ近くだ。
「あ、ヒッキー。いろはちゃん!」
マンションのエントランスに入った瞬間、聞き慣れた呼び名が耳に飛び込んでくる。おーいと手を振りながら近づいてくるのは、由比ヶ浜だ。
「結衣先輩、明けましておめでとうございます」
「うん、おめでとー。ヒッキーも」
「おう。おめでとさん」
どうやらわざわざ出迎えに来てくれたらしい。じゃあ行こっかと言って由比ヶ浜がカードキーをかざすのを見ていると、本当に二人で住んでいるんだなと改めて思った。
マンションの中の光景を懐かしみながらエレベーターにのると、やがて見えてくる雪ノ下の家の玄関。当然のように由比ヶ浜がそこを開くと、招かれるまま家に上がらせてもらう。
由比ヶ浜に先導されてリビングダイニングに入ると、キッチンに立つ雪ノ下が見えた。
「いらっしゃい、二人とも。それから明けましておめでとう」
「おめでとうございまーす。ほら、先輩も」
「おお⋯⋯。明けましておめでと⋯⋯」
そんな急かされなくてもちゃんと言えるよ? と思いつつも、雪ノ下に新年の挨拶を返す。手元に視線をやると、どうやら紅茶を淹れてくれているらしい。
まあ座ってよ、と由比ヶ浜に促されてダイニングテーブルを囲むと、まもなく雪ノ下も紅茶のカップを持ってそれに加わる。酷く懐かしい香りが、鼻腔を満たしていた。
「雪乃先輩。お誕生日おめでとうございます。これ、わたしたちからです」
「わざわざありがとう。嬉しいわ」
いろはが差し出したプレゼントの包みを受け取ると、雪ノ下は柔和に微笑んだ。
俺も何か言い添えようと思ったのだが、そもそもいろはが何を買ってきたのか知らない。あけていい? どうぞどうぞなんてお決まりの会話の後に、雪ノ下は包装を解いていく。
「これは⋯⋯。入浴剤かしら」
「ですです。バスボムってやつです」
雪ノ下が包みを開けると、そこから姿を現したのはディッシャーですくい出したアイスクリームのような入浴剤だった。マーブルカラーや赤と青の派手なツートーンカラーなど、球状のそれは見た目も華やかだ。
「お~。いいじゃんいいじゃん。いい香りしそう!」
由比ヶ浜の反応を見て、俺はなるほどなと思った。
こういうプレゼントなら雪ノ下だけではなく、一緒に住んでいる由比ヶ浜も楽しめる。ガハマさんもルンルンならゆきのんもホクホク笑顔というわけだ。いろはす、気の利く子⋯⋯。さすがは俺の彼女である。
「あ、そうだ。ケーキ!」
急に思い出したのか、パンと手を叩いて由比ヶ浜は立ち上がる。慌ただしく冷蔵庫に向かうと、白い箱を持ってキッチンに入った。
「二人の分もあるからね」
「わー、ありがとうございますっ」
どうやら俺たちが来るのに合わせて、人数分のケーキを用意してくれていたらしい。由比ヶ浜は小さなホールケーキに蝋燭を刺すと、テーブルの方に戻ってくる。
それから蝋燭に火を付けると、照明を落とした。ハッピーバースデーを歌い、雪ノ下が祝の火を吹き消す。由比ヶ浜がカットしたケーキを、皆で味わう。
それはどこまでも幸福で甘やかで、まるでこの世のものという実感すら湧かなかった。言うなればかじかんで痺れていた手先に感覚が戻ってくるような、そんな不思議な光景だった。
「ところで、比企谷くん」
「ん?」
じんわり心が温かくなるのを感じながらケーキに舌鼓を打っていると、不意に雪ノ下が俺の方を見る。
「私たちに、何か言うことがあるんじゃないかしら?」
そう言って浮かべられた笑みには、明らかな
「あー、そのだな⋯⋯」
この二人の前ではっきりと言い切るのは、俺の中で抵抗が大きすぎた。
しかし、それは俺の作り出した幻想だ。雪ノ下が言葉を欲するということは、つまりそういうことだから。
だからこれは、開放の儀式だ。
「何となく分かってると思うが、いろはと付き合うことになった」
俺がそう告げると、雪ノ下は過日を懐かしむように目を細めた。隣で由比ヶ浜は、どこか疼痛を覚えているような笑みで「うん」と頷く。
二人の表情の裏側にあるものは──きっと俺からは、見えることも理解することも、きっと知ることもできない。そして俺の中に残っていた僅かな灯火もまた、誰にも知られずにゆっくりと消えるのだと思う。
「ゆきのん、ちょっと意地悪だよ。いろはちゃんから聞いてるのに」
「そうね。私たちも言えなかったのだから、これでお互い様ね」
由比ヶ浜の言葉を皮切りに、和やかな雰囲気が戻ってくる。
俺としてもこれで、肩の荷が下りた気分だ。お互いに包み隠すものがないというのは、こんなにも楽なのかと実感する。
「まあ先輩って、振らないと言いませんからね」
いろはは笑顔を作りながらも、刺すような視線で俺を見ていた。えぇ⋯⋯こわ⋯⋯。
まあ、俺はそう言われても仕方ないことをしてきたと思う。しかしいろはと付き合いだしてからは、僅かながらも変わってきているつもりだ。否、変わっていかなければいけないのだ。いろはのためにも。
「あ、そうだゆきのん。前に相談してたこと、話していい?」
「ええ、もちろん」
由比ヶ浜と雪ノ下は二人しか分からない会話を交わすと、俺たちの方に向き直る。そう改められると、何事かと身構えてしまう。
「あのね、今年のゴールデンウィークぐらいに旅行に行こうと思うんだけど⋯⋯」
「一緒にどうかしら、というお誘いよ」
「お~! いいですね~!」
由比ヶ浜の言葉を雪ノ下が引き継ぐと、いろはは即座に同意を返した。
この四人──つまりはカップル同士で、旅行に行かないかということだ。
「旅行に行こっかって話だけで、まだ行き先とかは決めてないんだけどね」
「いいじゃないですか。相談して決めていきましょう!」
「⋯⋯俺、まだ返事してないんだけど」
「え? 先輩に選択権があると思ってたんですか?」
いろはがそう言うと由比ヶ浜はあははと笑い、雪ノ下はくすりと微笑む。
部屋に漂うのはあの時と同じ紅茶の香りで、浮かべられた笑みはあの頃よりも満たされていて。
「ま、いいんだけど⋯⋯」
俺はひっそりと心の中で、ただいまと呟いた。
というわけで、長かった年末年始のお話はここでおしまいです。
次回、冬休みも開けた二人に訪れる時間は⋯⋯。
引き続きお楽しみ下さい!