※この作品はR-18です。

塩対応の後輩が俺にだけ甘い。   作:滝 

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塩対応の後輩と義妹(予定)の計略。

 

 あ、どーもどーも。

 兄の妹の小町です。お元気でしたか?

 

 さて、私事ではりますが先日無事高校を卒業しまして、東京の大学に入学することに相成りました。

 第一志望の大学は学力不足で撃沈してしまい、第二志望の兄と同じ大学です。今思うとそこそこ頭のいい兄よりも上の大学を目指すとか、ちょっと意識と目標が高すぎたのかも知れません。だって生徒会長までやったんだから、いけそうな気がしちゃうじゃないですか。え? しない? そうですか⋯⋯。

 

 まあそういうわけで、今日は準備のために東京までやってきました。

 向かう先は兄の住むアパート。なぜなのかはもう、語らずとも分かるかと思います。

 

「おう。よく来たな」

 

 ピンポーンと呼び鈴を鳴らすと、ほとんど間もおかずに兄が出てきました。小町は「お邪魔しまーす」と玄関から部屋に上がりこむと、ぐるりと部屋の中を見回します。

 

「今日、いろは先輩は?」

「いや、いないけど」

 

 兄は「なんでナチュラルにいることになってんだよ」って顔をしてますが、過去に鑑みると十分あり得る話です。あの人、通い妻からガチ妻になっちゃいそうだし。

 以前のように居間兼寝室に通されると、テーブルの上に置いてあるものに気を引かれました。なんというか、オシャな感じにラッピングされた箱で、三月のこの時期となるとあれしかないわけで。

 

「お兄ちゃん、これは?」

「ああ、それいろはへのお返しだ」

 

 なるほど、やはりホワイトデーのお返し。当然のようにバレンタインのチョコを貰っていたのでしょう。順風満帆そうで何よりですが、リア充なお兄ちゃんってちょっと腹立つな⋯⋯(本音)。

 

「あ、すまん。小町の分は用意できてないんだが⋯⋯」

「いや、バレンタインデー何もあげてないんだから用意してたら怖いんだけど」

 

 そりゃそうかと言って兄はキッチンの方に歩いて行きました。きっとお茶でも淹れてくれるのでしょう。

 しかし、そうですかそうですか。小町、ちょーっといいアイデアが思いついてしまいましたよ。

 背負ってきたリュックから紙とペンを取り出すと、サラサラとそれに魔法の言葉(・・・・・)を書き込んでいきます。ついでラッピングをちょちょいと剥がして中に忍ばせ、元通りにしたらお終いです。あー、いい仕事したなー!

 

「それで、いつこっちに引っ越してくるんだ?」

 

 兄はお茶を出してくれると、おもむろにそう言いました。

 そう、本日の用件は内見を含め、その相談です。我が家は共働きで比較的裕福と言えど、同じ大学に通う兄妹を別々に住まわすほど無駄なことはしたがりません。父のことだから兄と住まわせれば虫除けにもなると思っているのでしょう。

 だけど、小町は。

 

「そのことなんだけどね、お兄ちゃん」

 

 小町はその提案に、全力で抗います。

 

「逆にいつ、ここを出ていける?」

 

 

   *   *   *

 

 

 頭の中を、大量のクエステョンマークが飛んでいた。

 眼前に鎮座まします妹様はさも当然といったご様子だが、今日の用件は一緒に住む前の内見と引っ越しについての相談だったはず。

 

「ちょっと小町ちゃん? 何で俺が出てく感じになってるの?」

「よく考えてみて、お兄ちゃん」

 

 小町は目を伏せると、お茶を飲んでふぅと一息ついた。

 

「小町、荷物が多いのでこの部屋に二人じゃ住めません」

「なら普段使わない物は実家に送るなり何なりして、場所を空けるけど」

「それに小町とお兄ちゃんが一緒に住んでいたら、いろは先輩が来にくいよね?」

「あー⋯⋯それなら気にしなくていいぞ。最近は俺がいろはの家に行くことの方が多いし」

「だったら」

 

 小町はそこで言葉を区切ると、カッと目を見開いて俺を見る。

 

「いろは先輩と一緒に住んだらいいんじゃない?」

「は⋯⋯?」

 

 いや待て、何でそうなる。

 まったく誰の影響なんだか、小町の提案はあまりにも突拍子がない。最近はいろはの家に泊まることも多いから、現実的にまったく無理という話ではないのだが⋯⋯。つまりその状況は、同棲というものではないのか?

 

「いや、ダメだろ。東京で一人暮らしとか危ないし」

「それならなおのこといろは先輩と住んだ方がいいと思うんだけど。いろは先輩、前にミスコンで優勝したんでしょ? そのぐらい可愛い彼女の方が、危険がいっぱいだと思うけどなー」

「待て、小町も充分に可愛い。ウルトラキュートだ」

「あ、今はそういうのいいから」

 

 だから普通に危ないだろ、と続けようとしたのだが、にべもなく遮られてしまった。

 それにしても小町ちゃん、中々に(かたく)なである。そんなにお兄ちゃんと住むのが嫌なのかしら⋯⋯。

 

「お兄ちゃんはそろそろ妹離れしないと。いろは先輩が危ない目に遭ったりしたら、耐えられる? 後悔しない?」

「⋯⋯それを言ったら、小町の方も心配なんだが」

 

 はっきり言って、究極の二択である。どちらが危険に遭ったとしてもダメだし、そうなって欲しくない。

 こういう時、本気で変な人間のいる東京という街が恨めしくなる。自分から来ておいて何だって話ではあるのだが。

 

「分かりました。なら週イチぐらいで様子を見に来るぐらいなら許可しましょう」

「ねえ待って? ここ小町ちゃんの部屋じゃないよ?」

 

 本当に今日の小町ちゃん、強引すぎる⋯⋯。

 譲歩案は提示しているものの、その芯にある意志の強さが見て取れた。いったい何が、そこまで小町を()き動かしているのだろうか。

 

「お兄ちゃんは東京で一人暮らししてみて、どうだった?」

 

 不意に遠い目をすると、小町は大人びた声音でそう言った。

 思い出すのは、入学してから約二年間の記憶たちだ。家事全般をやらなければいけない大変さと、慣れない環境への適応。金がなさ過ぎて微妙な味の自炊料理を作り出したり、いろはが入学してからは何だかんだで入用になってバイト始めたり。今でこそ料理はいろはに頼りっきりだが、自立するに向けての経験は豊富に積めたように思う。

 

「まあ大変だったが、いい社会勉強にはなったとは思う」

「はいそこ! そこだよお兄ちゃん!」

 

 小町は急に大きな声を出すと、ビシッ! と俺を指さした。何そのテンション。ちょっと怖い。

 

「小町にとって憧れの東京、初めての一人暮らし⋯⋯社会に出る前の、貴重な体験」

「お、おお⋯⋯」

「お兄ちゃんは二年も、それを経験しました。だから今度は小町に、人として成長するチャンスをください」

 

 そこまで言って小町は、どこまでも丁寧に頭を下げた。

 こうも正論でこられては、こちらとて真面目に取り合わねばなるまい。もちろん適当に対応していたわけではないが、一つこの議論には欠けている部分がある。

 

「小町の気持ちは分かった⋯⋯。だがこの話には、いろはの意見が反映されていない」

「うん、そうだね。だからさ」

 

 小町はそう言うと、チラとラッピングされたお菓子を見た。いろはに渡す予定の、ホワイトデーのギフトだ。

 

「いろは先輩に相談してみてよ。明日、渡しに行くんでしょ?」

「⋯⋯ああ」

 

 俺はそう返事をすると、はぁと溜め息めいた息をつく。

 明日はホワイトデー。晩飯はいろはの家で食べる予定で、その際にお返しを渡すつもりである。

 

 いろはにこの話をしたら、どんな反応が返ってくるのだろうか。そんなことを考えながら、俺はお茶の入った湯呑を傾けるのだった。

 

 

   *   *   *

 

 

「⋯⋯というわけなんだか」

 

 翌日の晩。

 いつもの如くいろはの家を訪れた俺は、昨日の出来事を伝えていた。もぐもぐとバゲットを咀嚼していたいろはは、こくんとそれを飲み込む。

 

「いいんじゃないですか、うちで一緒に住めば」

「めちゃくちゃ簡単に言うな、お前⋯⋯」

 

 何となく予想できていた反応に、ちょっと呆れた声を出してしまっていた。

 未婚の男女が一緒に住む。それすなわち同棲であり、その状況に対する世間の反応は様々だ。一緒に住むのは筋を通してからだ、という昔気質(かたぎ)の人もいれば、お互いの相性を見るために率先してすべしという人もいる。

 

「けど実際もううちに住んでるみたいなものですし、先輩が難しく考えすぎなんですよ」

 

 それは事実ではあるものの、やはりそこまで簡単ではない。純粋に好き合っているのならば気にする必要がないという人もいるだろうが、そうは問屋が卸さないのが世の常だからだ。

 

「仮に一緒に住むにしたって、俺たちだけじゃ決められんだろ。いろはの両親にも許可とらないと」

「あ、それならもう話してあるんで大丈夫です」

「え」

「えっ?」

 

 俺たちは目を見合わせると、ぱちくりと瞬きをする。何だこの話の流れ⋯⋯。

 ふと思い出すのは、正月のある日のこと。千葉の実家にいろはが来た時のことだ。あの時のいろはと小町の結託具合を考えると、ひょっとしてという想像がムクムクと湧いてくる。

 

「嫌なんですか?」

「いや、そうじゃなくてだな⋯⋯。何でもうそんな話になってるんだ?」

「小町ちゃんから『四月になったら兄を放り出すんでよろしくお願いします』って、前に連絡があったので」

 

 ちょっと小町ちゃん⋯⋯何してくれてるの⋯⋯。

 小町といろはの連携プレイには末恐ろしいものがあるが、しかしそれだけで済ませられる事柄ではない。

 

「それでも、ちゃんと俺から言わなきゃ駄目だろ」

「まあ、先輩が筋を通したいって言うならそれでいいですけど」

 

 そこまで話すと、俺たちは会話から食事へと戻っていく。

 いろはの両親の元を再訪するのは気が重たいが⋯⋯これで事実上、同棲の条件は揃ったことになる。逐次小町の様子を見に行くにしても、生活の基軸をこちらに移さねばなるまい。

 引っ越しは面倒だが、いろはと過ごす時間が増えることは悪いことではない。むしろ歓迎するまであるのだが、今以上にのめり込んでしまいそうなのが怖いところだ。

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

 

 そんなことをつらつら考えているうちに、食事の時間が終わる。二人して皿をシンクに片付けると、腕まくりを始めたいろはに向けて言う。

 

「今日は俺が洗うわ」

「え⋯⋯あ、はい。ならお願いします」

 

 俺はそう言って皿洗いを買って出ると、洗い物を始める。

 一緒に住み始めたら、俺はゲストでもなんでもない同居人だ。こういう家事も分担してやっていくべきだと思うし、慣れておくべきだろう。というか今までいろはに甘えすぎなのである。それある。

 ふと視線を感じてリビングの方を見ると、いろははばっちり目が合うなり笑いかけてきた。バチクソに可愛い。やっぱ一緒に住むの、色々危険かも知れない⋯⋯。

 

「洗い物、ありがとうございました」

「おお⋯⋯。っていうか、いっつもやって貰ってるの俺の方だし。⋯⋯ありがとな」

 

 洗い物を終えてリビングに向かうと、いろはの隣に座る。ソファが沈み込んで肩が近くなると、ポンポンとその頭を撫でた。いろはは気持ちよさそうに目を閉じると、俺の肩にグリグリと額を擦り付けてくる。やだ何この子可愛すぎる⋯⋯。

 また頭が沸きそうになっているし延々と撫でていたいところだが、今日のミッションはまだコンプリートされていない。ソファの横に置いていた鞄からラッピングされたそれを取り出すと、俺は「んんっ」と咳払いする。

 

「いつも頑張ってくれてるいろはにご褒美というわけじゃないが、渡すものがある」

「はい。何でしょう?」

 

 分かっているクセに芝居じみた対応をするいろはは、やはりあざといしそれがいい。

 俺がホワイトデーのギフトを差し出すと、いろはそれを両手で受け取る。

 

「チョコ、ありがとな。これ、気に入るといいんだけど」

「ありがとうございます。開けていいですか?」

 

 ああ、と首肯を返すと、いろはは俺の目の前で包装を開けていく。

 何を贈ろうかは、色々と迷った。アクセサリー類もありだとは思ったが、クリスマスに渡したばかりというのもあって、結局無難なお菓子にしたのだ。

 

「わぁ⋯⋯。これ、本当にいいんですか?」

「もちろん」

 

 誰もが知っていて興味はあるが、自分で買うに贅沢な気がしてなかなか手が出せない。そんなスイーツブランドのクッキー缶を見て、いろはは嬉しそうにはしゃいでいた。

 ⋯⋯と思いきや、その手の中にあるのは(くだん)のクッキー缶ではない。いろはの手の中にあるのは、一枚の紙だ。おい何だそれ。俺、入れた覚えないんだけど⋯⋯。

 

「わたし、えぐいのいっちゃうかも知れませんよ?」

「お、おう⋯⋯?」

 

 いろはが手にしている紙には、手書きで『なんでも言うことをきく券』と書いてある。

 見慣れたその筆致は、小町のもので間違いないだろう。あいつ⋯⋯マジか⋯⋯。

 

「やった。どういう時に使おうかなー」

 

 しかし珍しく敬語さえ抜けて喜んでいるいろはを見ていると、事実を告げる気が起きなかった。

 どの道いろはのお願いはできる限り叶えていくことになるだろうし、実質それほど問題にもなるまい。

 

「まあ、お手柔らかに頼むわ⋯⋯」

 

 俺はそう呟くと、したり顔をした小町の顔を思い浮かべるのだった⋯⋯。

 

 






小町、兄を追い出すの回でした。
後に小町は「勝ったな! ワハハ!」と笑っていたとかいないとか。
引き続きお楽しみください!
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