※この作品はR-18です。

塩対応の後輩が俺にだけ甘い。   作:滝 

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塩対応の後輩とりょこうのじかん。

 

 

「うみーーっ!!」

 

 そんな元気のいい声が、海原の上を通り抜けて行った。

 海、と言っても太平洋ではない。俺たちが目にしているのは、真反対となる日本海だ。船着き場から見るそれは洋々と広がり、海面はキラキラと太陽を反射させている。

 

「やっと着いたわね⋯⋯」

 

 元気溌剌な由比ヶ浜とは対象的に、長旅で疲れたのか雪ノ下は低いトーンで言った。しかしその表情は、どこか穏やかだ。

 

「いやー、来ちゃいましたねー」

 

 いろはは俺の隣で髪を押さえると、清々しいほどの笑顔を向けてくる。

 五月になり、約束していた通り俺たちは旅行に来ていた。どうせなら遠くに行こう! という由比ヶ浜の発言のもと、選んだ旅先は日本海もほど近い景勝地である。

 ゴールデンウィークぐらいに行こう、と話していたが、結局混み合いそうな連休は避けた週末。繁盛期直後ということもあってか、観光地の土日の割りには空いている印象を受ける。

 

「船、来たみたいだな」

 

 そう言った俺の視線の先では、船着き場に近づいてくる遊覧船の姿がある。せっかくだから海を見るだけでなく、海の上に出てみようという話になったのだ。

 やがて船が岸に着くと、先客たちと入れ替わりで遊覧船に乗り込む。しばしのアイドルタイムを経て出港すると、三人とも手すりの間際で煌めく海を眺めていた。

 

「先輩って」

 

 俺もいろはの隣でぼんやり海を見ていると、内緒話のように小さな声が耳朶を打つ。

 

「船酔いとか、大丈夫なんですか?」

「どうなんだろうな⋯⋯。めっちゃ久しぶりに船乗ったし、自分が酔う方なのか覚えてないわ」

 

 ゆらゆらと船に揺られながら、ずっと昔のことを思い出す。小学校低学年ぐらいの時に両親に乗せてもらった記憶はあるのだが、何せ昔のこと過ぎて細かいことは覚えていない。

 

「いろはは?」

「わたしも同じですね。小さい時に乗せてもらった覚えはあるんですけど」

 

 ほーんと相槌を打ちながら、子ども時代のいろはを思い浮かべた。

 なんとなくだが、小さい頃から要領よく(したた)かに生きていそうなイメージがある。女児はすなら「パパ、これ買ってくれたらいろはもっと可愛くなれると思うな!」とかおねだりするのめっちゃ上手そう。何それ可愛い八幡パパなんでも買っちゃう⋯⋯。

 

「⋯⋯先輩、今何か変なこと考えてません?」

「考えてましょん」

 

 また噛んでいた。何だ「ましょん」って。

 俺の噛み方が面白かったのかぷっと吹き出したいろはを見ながら、ふと思う。色々といろはのことを知ったつもりでいたけど、きっと知らないことの方が多いのだ。

 思えばこうして旅行に行くのだって初めてだし、たぶんこういった初めてのことはこれからも増えていくのだろう。もう付き合い始めて半年か、なんて思っていたが、まだ半年なのだ。

 

「おおー、あれがとーじんぼー⋯⋯」

 

 由比ヶ浜の声に導かれるようにして、俺は海から視線を上げる。その先に広がるのは刑事ドラマのド定番であり自死の多発地帯でもある絶壁が見えた。

 

「あそこから飛び降りるのか⋯⋯」

 

 下から見上げているだけでも相当な高さがあることが分かるのだ、上から見ればきっと相当な恐怖を感じるのだろう。

 そんなことを考えながら呟くと、由比ヶ浜の隣から雪ノ下がひょっこり顔を出す。

 

「勝手に死に場所を決めているみたいだけれど、失敗すると激痛らしいわよ?」

「そんなつもりで言ったんじゃねぇ⋯⋯」

 

 俺が呆れ顔で答えると、いろはと由比ヶ浜は何故かほっこり生あたたかな笑顔を浮かべていた。いや、今の会話で笑うのはおかしいでしょ⋯⋯。

 あの高さから飛び降りる覚悟があれば生き抜く覚悟も決められように、なんて身勝手なことを考えていると、ちょいちょいといろはが手を引いてくる。

 

「わたしより先に逝くのはなしですよ?」

「お、おお⋯⋯」

 

 それはむしろ俺がお願いしたい方ではあるのだが⋯⋯って、さっきからどうにもおかしなことばかり考えている。妄想の中で悲しむのは、悲観がすぎるというものだろう。

 やがて回遊を終えた遊覧船が接岸すると、他の観光客と一緒に船を降りた。人の流れに合わせてぞろぞろと歩いていくと、やがて先ほど海から見た東尋坊近隣へと到着する。

 

「へー、こんなにお店あるんですね」

 

 いろはの感想に、俺もうむと頷いた。有名な場所ではあるものの、ドラマで切り取られた絵からはここまで観光地らしいなんてイメージがつかなかったのだ。土産店もあれば出店もあり、中々の賑わいを見せている。

 

「あ、ねぇねぇ。アイスあるよアイス!」

「結衣⋯⋯。あなたちょっと前に、これ以上食べられないって言っていなかったかしら」

 

 くいくいと手を引いた由比ヶ浜を見て、雪ノ下はやれやれと首を振る。

 遊覧船に乗る少し前に、昼食を食べたばかりだ。海鮮丼でしっかり腹を満たしたはずだが、甘い物は別腹というやつだろう。俺もマックスコーヒーならいつでも飲めるし。

 

「うー⋯⋯。じゃあ一つ買って半分こしよ?」

「はぁ⋯⋯。仕方ないわね」

 

 由比ヶ浜がねだるように言うと、雪ノ下は言葉よりも柔らかく笑みを返した。

 こうして買い食いだなんだの話をしていると、修学旅行のことを思い出す。あの時は、晩飯前なのにそんなに食べて大丈夫なのかと諌められたんだったか。

 

「わたしたちも半分こしましょうか」

 

 ああ、と返事をすると、それぞれフレーバーを決めてソフトクリームを購入する。何だかんだディスカッションした末に選んだのは、俺たちも雪ノ下たちもオーソドックスなバニラだった。

 

「先食っていいぞ」

 

 往来の邪魔にならないように路地に入ると、いろはに向けて言った。スプーンも何もないから、先に食べたいだけ食べてもらう方が都合がいい。

 

「んー、美味し」

 

 雪ノ下たちの方は、先に由比ヶ浜が食べることにしたらしい。よほど食べたかったのか、由比ヶ浜は口端にアイスをつけて満面の笑みを浮かべる。

 

「結衣、口に⋯⋯」

 

 雪ノ下はそう言うと、甲斐甲斐しくも由比ヶ浜の口元をハンカチで拭う⋯⋯と思いきや、指で拭ってそのまま由比ヶ浜に指を咥えさせた。

 うーむ⋯⋯昔から二人には一生ゆるゆりして欲しいと思っていたが、こうもガチ百合しているところを見せられるとは。これはこれでいいものだ。うん、いい⋯⋯。

 

「先輩」

 

 うむうむと頷きながら二人の様子を見ていたら、そう呼ばれた瞬間に頬に温かい感触が伝わる。何事だと目を合わせると、いろははニコッと笑って見せた。

 

「いや、何してんの⋯⋯」

「頬にアイスがついていたので」

 

 俺、まだアイス食ってないんだけど⋯⋯。

 しかしまあ、何故そんなことをしたのかは、なんとなくは分かる。

 

「はい、残り食べてください」

 

 そう言っていろははソフトクリームを俺に向けた。俺が受け取ろうとしても、その手はコーンを離さない。

 つまりは、そういうことなのだろう。見られてないよな? と後ろを振り返ると、由比ヶ浜が雪ノ下にソフトクリームを食べさせているところだった。

 

「⋯⋯ほとんどコーンだけじゃねぇか」

 

 それにしてもけっこう食べたね君⋯⋯。

 誤魔化すようにそんなことを考えながら、かぷりとそれに噛りつくのだった。

 

 

   *   *   *

 

 

 あれからいくつかの観光地を巡ったあと。

 

「それじゃ、お先に」

「なるべく早く上がるからね」

「いえいえ、ごゆっくりー」

 

 旅館の部屋から出ていく雪ノ下と由比ヶ浜を、いろはは手を振って見送っていた。

 歩き疲れたのか隠せないぐらいの疲労感を滲ませていた雪ノ下を気遣って、俺たちは早目に宿へと向かうことにしたのだ。折りよく貸し切り露天風呂の予約も取れたから、先に入ってもらうことにした。

 

「はぁ⋯⋯」

 

 ぴしゃりと襖が閉じられた後に出入り口が閉まる音が聞こえると、いろはは気が抜けたかのようにそう息を吐いた。畳に後ろ手をついて天井を眺める様子は、どこか疲れているようにも見えるし、感慨に耽っているようにも見える。

 

「さすがに疲れたか?」

「んー、そうですねー」

 

 俺がそう声をかけると、いろははすすっと近くまでやってくる。そのままごろんと寝転がると、俺の太ももを枕にして見上げてきた。

 

「疲れました」

「そう言う割りには素早い動きだったんだが⋯⋯」

 

 ここまでくると俺も次に何をすべきかは、自ずと分かってくる。いろはの髪を指で()くと、俺を見つめていた瞳は気持ちよさそうに閉じられた。

 

「やっと二人きりになれましたね」

 

 そう言った口の端は、いたずらっぽく上がっている。いろはは薄っすらと目を開いていくと、蕩けてしまいそうな甘い表情が浮かべた。

 

「ひょっとして、旅行に行くなら二人きりの方がよかったか?」

「いえ、そういうわけじゃないですけど。こういう風に旅行行くの憧れてたんで、むしろこういうのがいいぐらいです」

 

 そう言ったいろはの目が、少しだけ真剣になる。

 きっとそれが本心なのだろう。思えば雪ノ下や由比ヶ浜とは泊りがけでどこかに行くというイベントはあったが、学年の違ういろはとはそういう機会もなかったわけだし。

 

「けど、二人っきりの旅行もしてみたいです」

「⋯⋯だな」

 

 そう言って下げられた目尻を見て、俺も思わず口元を緩ませた。以前の俺なら面倒くさがってしまったかも知れないが、こんな表情をされたらそうも言っていられない。

 しばらくそうしてゆっくり過ごしていると、不意に部屋の扉が開く音がした。いろははしゅばっと俺の膝元から起き上がると、そそくさと居住いを正す。

 

「は~、いいお湯だったー」

 

 いつの間にやら結構時間が経っていたらしく、浴衣に着替えた由比ヶ浜と雪ノ下が部屋に戻ってきた。その出立ちもしっとり濡れた髪も新鮮で、ちょっと動揺してしまう。

 

「お待たせしたわね」

 

 雪ノ下はそう言うと、「はい」と何気なく鍵を渡してくる。部屋の鍵ではなく、さっきフロントで受け取った貸切露天風呂の鍵を。

 

「じゃあ、わたしたちも行きましょうか」

「へ⋯⋯?」

 

 思わず間の抜けた声が出ていた。

 別に俺は貸切の露天風呂にこだわりはなかったし、一人で大浴場に行けばいいと思っていたのだ。それに何かこれ、恥ずかしいじゃない⋯⋯(乙女)。

 

「いや、俺は⋯⋯」

「ほら、時間決まってるんですから、早く」

 

 いろはは荷物の中から俺の分の着替えまで取り出すと、ぐいぐい手を引いてくる。

 

「ごゆっくり~」

 

 由比ヶ浜と雪ノ下に見送られて、ついに部屋を出てしまう。

 え、マジで一緒に入るの?

 

 ⋯⋯マジで?

 

 






やっとここまで書けました。
お正月の話に出てきた旅行の話、まだ続きます。

引き続きお楽しみください!
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