※この作品はR-18です。

塩対応の後輩が俺にだけ甘い。   作:滝 

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比企谷八幡(社畜)は信じたい。

 

 

 土日が明けて数日。とある日の昼休み。

 

「はぁ⋯⋯」

 

 わたしは人気の少なくなったオフィスの一角で、ひっそりと溜め息をついていた。

 同僚の佐野さんが発案した、今までしたことのないことをして彼をドキドキさせちゃおう☆作戦。

 先輩をドキドキさせることはできている気がするけど、これでいいんだろうかと考えてしまう。結局今までしてきた行動を過激にさせただけというか、何か色仕掛けみたいになっているだけというか。

 この結果が先輩の中で「結婚したい」に変わるかどうかで言ったら、微妙な気がしている。もっと家庭的な面を見せたらと思うけど、充分見せているつもりはあるしお母さんみたいな存在になるのも違う気がした。

 

「⋯⋯ご飯いこ」

 

 けどまぁ、こうして考えていたってすぐに答えは見つからない。今朝はお弁当を作っている時間がなかったから昼食は外食だ。気分転換にはちょうどいい。

 オフィスの入っているビルを出て、摩天楼のようにそびえ立つ建物たちを仰ぎ見た。モヤモヤしたわたしの心とは打って変わって、そこには雲一つない青空が角張ったビルたちに縁取られている。

 

「いろは?」

 

 さてどこでご飯を食べよう、と歩き出したその瞬間。

 わたしの背中に向かって聞き覚えのある声がかかった。振り返るとスーツ姿の男性が、驚いた表情でわたしを見ていた。

 

「⋯⋯葉山先輩?」

 

 思わず疑問符を付けてしまったけど、スーツ姿でも、ここが東京であっても見間違えようがない。

 数年ぶりに会った葉山先輩は記憶のままの爽やかな笑顔を浮かべると、わたしの傍で立ち止まった。

 

「久しぶりだな」

「本当ですね。葉山先輩も仕事でこっちに?」

「ああ。実家を継ぐ前の武者修行ってやつさ」

 

 そう言えば葉山先輩の家って、弁護士の家系なんだっけ。うろ覚えだけど、確かそうだったはず。

 

「それにしても偶然ってあるものなんだな」

 

 本当そうですねーと相槌を打ちながら、わたしはちょっと対応に困っていた。

 葉山先輩は、昔わたしが想っていた人だ。告白までしたことがあるぐらい、わたしを語る中で無視はできない人。

 だけどそれは昔の話だし、別に付き合っていたわけでもない。先輩に強い想い向けてからは、その気持ちを隠すのに利用⋯⋯と言ったら本気で性格悪いけど、使わせてもらってのが本当のところだ。

 だからそんな色々もあって、ぶっちゃけ超気まずい。

 

「先週、比企谷にも会ったよ。今も一緒に仕事してるんだけど」

「えっ?」

 

 葉山先輩のその言葉に、思わず反応してしまう。

 先輩と葉山先輩が、一緒に仕事? 何それ、ちょっと面白い展開すぎる。

 

「なんですかそれ。どういう状況なんです?」

 

 知らないうちに前のめりになってしまうと、葉山先輩は苦笑を浮かべた。なんだかわたしの気持ちがダダ漏れになってしまったみたいで、少し恥ずかしい。

 

「よかったら、どこかで食べながら話さないか? 昼、まだなんだ」

「あー⋯⋯。はい。そうしましょうか」

 

 先輩以外の男の人とご飯行くのはどうなんだろう⋯⋯と迷ったけど、結局興味の方が勝ってしまった。

 だってこれは、仕事中の先輩の様子を聞ける、またとないチャンス。

 まだ知らない貴重の情報に口端が上がってしまうのを必死に抑えながら、わたしたちは歩道を歩き始めた。

 

 

   *   *   *

 

 

 打ち合わせが終わってビルを出ると、天を摩する建物の向こうに青空が広がっている。

 今日も今日とて、クライアント企業の不祥事の後始末。色々と頭を使いすぎて、かなり腹が減っていた。

 

 爽快な青空を見ていると、自分の仕事が終わるやいなや早々に退席して行った葉山の顔が思い浮かんだ。あんにゃろう、一人でさっさと飯行きやがって⋯⋯。いや、待っていられても一緒に飯は食わないけど。

 さて今日はどこで昼食をとろうかと、整然としたオフィス街をそぞろ歩く。いくつかの店を眺めた後、ふとカフェの一席が目に入った。否、正確にはそのカフェの窓際に座った、一組の男女に意識を持っていかれたのだ。

 

「葉山と、いろは⋯⋯?」

 

 思わず口に出してしまった俺の視線の先で、いろはは楽しそうな笑顔を葉山に向けている。

 そう言えばこのあたりはいろはの勤め先の入っているビルもあるから、偶然会うこともあるのだろう。ただその笑顔が眩しすぎて⋯⋯俺の心に曇天が広がっていくのが分かった。

 葉山隼人は、昔いろはが好きだった男。ただそれだけだ。それに男の知り合いと二人で食事をするのを制限するほど、束縛するつもりもない。

 それだというのにこの心の反応が起こるものだから、始末が悪い。これではまるで、嫉妬しているみたいではないか。というか普通に中に入って声をかければ──と考えたところで、ポケットの中の携帯電話が震えた。

 

「あ、やべ」

 

 画面の中でリマインダーが、社内定例ミーティングの時間を知らせている。今から向かって間に合わないし、リモートで参加できるように場所を確保しないといけない。いろはたちの様子は気になるが、タイミングが悪すぎる。

 まあ、何もないことは分かっているんだけど。

 どうにも後ろ髪を引かれる思いを抱えながら、俺は早足で歩き出すのだった。

 

 

   *   *   *

 

 

 玄関先にたどり着く直前に見た時計は、夜十時を示していた。

 今日も今日とて遅い時間になってしまったが、先週のように毎日日付を越えなかっただけマシだ。最近感覚が麻痺してんじゃないのさすが社畜なんて考えながら玄関に入ると、疲れた身体を引きずってリビングへと続く扉を開ける。

 

「ただいま」

「おかえりなさい」

 

 リビングでは寝間着に着替えたいろはが、ソファに座ってポチポチと携帯を触っているところだった。

 いろははすっと立ち上がってキッチンに入ると、用意してくれていたらしい食事をレンジで温め始める。珍しく鼻歌なんか歌って、機嫌がいい。

 

「お待たせです」

「おお、サンキュ」

 

 いただきます、と手を合わせると、いろはは対面に座って笑みを浮かべる。

 さっきからやたらに上機嫌というか、楽しそうというか。それに思い当たるフシは一つしかなくて、俺は何とも言えない気分になる。それもこれも、昼間に葉山に会っていたからなんだろうが──。

 

「今日のお昼、偶然葉山先輩と会ったんですよ」

 

 ⋯⋯と思っていたら、あっけらかんとした様子でいろはの方から件の話題が上った。

 

「最近先輩と一緒に仕事してるって言うので、いろいろ聞いちゃいました」

 

 にこーっと一層楽しそうな表情を浮かべると、意気揚々といろはは続ける。なるほど、いろはの機嫌がいい理由は、そういう⋯⋯。

 

「え⋯⋯? どうしたんですか。急に下向いて」

「⋯⋯いや、何でもない」

 

 本当に、自分が恥ずかしいし情けない。いろはのことを分かったつもりでいて、ちっとも分かってなどいなかった。

 たぶん、俺はいろはが思っている以上にいろはのことが好きだし、その逆も然りなのだろう。ちょっとでも疑いの念を抱いてしまったことに、土下座でもしたい気分だった。

 

「なんか大変みたいですね、色々」

「ああ、そこそこな」

 

 そう言ってはみせるものの、記者会見するレベルの不祥事をやらかした組織の問題というのは根深いものだ。調査すればするほどルールの穴は見つかるし、人の問題は浮き彫りになってくるしで溜め息しか出てこない。

 

「けど、先輩」

 

 いろははそう呟いて立ち上がると、俺の背後にまわった。羽衣(はごろも)のように優しく腕を回してくると、耳元で囁く。

 

「大変な時は、もっとわたしに甘えていいんですよ」

 

 その一言に、不覚にもジーンとしてしまった。なんだこいつ最高か? 小悪魔系なのに癒やし属性は反則だろ⋯⋯。

 

「まあ⋯⋯。できそうならそうする」

 

 けど、ただその言葉に溺れていいわけでもない。俺が一方的に支えられるなんて関係は、フェアじゃないのだ。

 

「できそうなら、じゃなくて、するんです」

「うぉ⋯⋯」

 

 後ろからぎゅっと抱きしめられて、後頭部に柔らかな感覚が広がった。いろはは首でも締めてきそうな勢いで腕に力を込めると、目を伏せて続ける。

 

「倒れたりしたら、許しませんから」

 

 この言葉を聞いて、また俺の中に小さな後悔が広がった。こんな心配をかけている場合じゃないというのに。

 

「けど、俺ばっかり支えてもらうってのもな⋯⋯」

「別に先輩ばっかりってことないと思うんですけど」

 

 いろははそう言ってパッと離れると、自分の椅子に戻って肘を突いた。はぁ、と脱力するように息を吐く。

 

「課長の愚痴、聞いてくれます?」

「もう百回ぐらい聞いたんだよなぁ⋯⋯」

 

 俺もふっと身体から力を抜くと、いろははころころと楽しそうな笑みを浮かべた。

 そんな笑顔を見るたびに。

 俺はやっぱりこの子と結婚したいなと思うのだ。

 

 

   *   *   *

 

 

 週末、という言葉は、社会人になってから殊更強い意味を持つようになった気がする。

 なんやかやと大変だった記者会見からちょうど一週間。古い表現を使うなら花金である。

 まだまだ問題は山積みだが、今日のところはオフィスに戻って問題課題の整理がメインだ。客先にいると神経が張り詰め通しになってしまうし、慣れ親しんだ場所というのは気が休まる。

 いや、うん⋯⋯オフィスが落ち着くとか感じてる時点で、かなり社畜だな。そのうち月曜日が待ち遠しくなるようになるやも知れん。

 それだけは絶対に嫌だと考えながら時計を見ると、いつの間にやら十二時を過ぎていた。通りでオフィスに人が少ないわけだ。

 

 オフィスを出ると、エレベーターで一階へと降りる。エレベーターホールのすぐ横にあるレストランが、行きつけと言っていいか分からないが一番良よく飯を食う場所だ。

 

「ご注文はお決まりでしょうか」

「Aランチで」

 

 席につくと、水を持ってきてくれた店員さんに注文を告げる。ここは東京の都心ながらランチセットでお値段そこそことお財布に優しく、味も悪くないのが八幡的にポイント高い。

 ただコスパの話をするならやはり千葉の方が強いだろう。東京も探せばあるのだが、如何せん立地に不便な場所が多い。やはり千葉は最強。なら千葉に帰れって? そろそろ帰りたいなぁ⋯⋯。

 

「お待たせしました」

 

 そんなことをつらつら考えていると、五分と待たずにランチセットがやってくる。毎度のことながら提供スピードが早いのもポイント高い。やっぱ東京最高。

 

「あれ?」

 

 心の中で頂きますを呟いてフォークを取ると、頭上から声が降ってくる。

 どこか聞き覚えがあって、しかし声だけで誰かと分かるほどでもなく。何用でっしゃろと仰ぎ見ると、そこには。

 

「比企谷?」

 

 そこには想像もしていなかった、意外な人物が立っていた──。

 

 






 ということで、登場人物がまた増える予感。
 まあ呼び方で大体分かってしまいそうなものなんですが⋯⋯。

 引き続き、お楽しみください!

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