まあ、観てれば面白さも分かるんじゃないか?
──そう言った先輩の言葉を少しでも信じてしまったことを、わたしは後悔していた。
「どこ降ります?」
先輩は画面に向けてそう尋ねる。
たぶんわたしの姿は、視界に入ってすらいないと思う。それは半ば強制的に買ってもらった伊達眼鏡をかけているから⋯⋯とかでもない。
『上が安全そうだね』
『ローバ多すぎww』
先輩の着けているヘッドセットから聞こえてくるのは、徹也さんと中二先輩の声。はぁ、とわたしは聞こえればいいのにと思って溜め息をついた。
先輩とはほとんど何も進展しないまま、六月になった。こんな風に家で先輩がゲームをしているのを見るのは、もう三回目になる。
初めて先輩たちがFPS? をしているのを見て、「へぇーすごいですねー」と色々聞いて興味のある振りをしてしまった。それが良くなかったと思う。
『ここでハベいく選択肢はないかな』
「安地わかんないっすもんね」
『同意』
色々聞いたけど、先輩たちの言っていることはいつまで経っても意味不明だった。先輩たちはディスコで喋っていると言ったけど、それも意味が分からない。だってどこにもミラーボールもないし。あと関係ないけど中二先輩喋るな先輩が喋るターンが減る。
「材木座はヘイト役な」
『承知。我の背中で震えているがいい』
『それじゃ勝てないけどねー』
それにしても、一体何が面白いんだろう。人が飛んだり銃を撃ったり、くるくる視点が変わるせいで見ているだけで酔ってくる。あと、時々絶叫するのがうるさい。
いくら隣が空き部屋だからって、気を抜きすぎだと思う。それにわたしと居る時に、こんなにテンションが上がっている先輩は見たことがない。それが一番、気に食わなかった。
『おお~っ、てっちゃん三タテ~』
そんなことを考えながら見ていたら、不意に聞き覚えのある声がした。中二先輩のお姉さんで徹也さんの彼女、寧々さんだ。
「寧々さんもいるんですか?」
『いるよー。てっちゃんの見てるだけだけどね』
わたしは先輩の着けているヘッドセットに顔を近づけて言うと、オープン型のイヤパッドから寧々さんの声が返ってくる。わたしが喋った瞬間に先輩はびくっと反応したみたいだけど、気にしない。っていうかもっと、気にして欲しい。
「寧々さん、ゲームの内容分かるんです?」
『ううん。教えてもらったの言ってみただけー』
なーるほど。向こうも同じ状況みたいだ。彼氏がゲームに夢中で暇。や、こっちはまだ付き合ってないけど。まだ。
そうやって観戦仲間を見つけたことで、わたしの中にむくむくとアイデアが膨らんでいく。先輩がゲームに夢中になっているのなら、こっちに注意が向くように仕掛けるしかない。
「なんか先輩たち頑張っているみたいですしー。敵を倒したらご褒美をあげません?」
『いいね~! じゃあ一キルごとにイタズラだね!』
寧々さんとわたしは、結構考えていることが似ているのかも知れない。わたしが企んでいたことをズバリ当ててくると、ちょっと嬉しくなる。また先輩の肩がぴくって動いた気がしたけど、そんなの知らない。
『お、比企谷くんナイス』
「徹也さんのサポあったからっすよ」
そうこうしているうちに、先輩が一人敵を倒したみたいだった。わたしは先輩の背後にまわると、一呼吸置いてからその肩に触れる。先輩の身体が、ひくりとこわばる。
「せんぱーい。肩お揉みしますねー」
「ちょ、おい⋯⋯」
身体を捩って逃げようとするけど、逃さない。逃すわけがない。
わたしは自分の身体を添わせるように、先輩の背中に近づける。わたしのかけた伊達眼鏡が先輩のこめかみにくっつくぐらいの距離で、その耳に向かって囁いた──。
* * *
「次は耳掃除してあげますね♪」
その声が俺の集音機関に吸い込まれた瞬間、身体は勝手に震えを返していた。
鼓膜を溶かすような、甘い声。耳にかかる、熱っぽい吐息。
急に何なんだこいつ⋯⋯。今まで邪魔してくることなんてなかったのに。
『お、兄者の弓は流石であるな』
『強ポジで固められたからね』
そうこうしているうちに徹也さんも一キルを決める。さっき寧々さんも一色と同じようなこと言ってたけど、一体何をするつもりなのだろうか。
『おっ、てっちゃん一キル達成ー。ってことで、特製ヘッドスパ一丁!』
『ぎゃあああああああ!!』
なんか想像の倍ぐらいは酷いことになっているっぽかった。エペやっててもそんな絶叫聞いたことないんだけど。っていうか徹也さん死んでるし。
正直これはマズイ。強プレイヤーの徹也さんを失くすと、一気に劣勢だ。だというのに。
「あれ、何か先輩焦ってません?」
一色は俺の耳元に口を寄せたまま、すっとぼけたことを抜かしやがる。
それ全部君たちのせいなんだよおおおお! 邪魔すんなよおおおお!
⋯⋯と叫びたい。何ならもう喉元まできて出かかっている。
「あ、ほら先輩。あそこの敵背中見せてますよ。チャンスじゃないですか?」
そう言って一色は俺の背後から画面を指差す。そして背中に押し付けられる感触。衣服越しでも分かる確かな柔らかさ──。
おおお落ち着け。こういう時は素数を数えるんだ。一そすう、二そすう、三そすう!(アホ)
「あっ」
そして、死んだ。もう呆気ないぐらいに死んだ。
俺を殺したのは敵ではない。一色の膨らみだ。勝てるわけねぇじゃん。
そしてこっちはもう、材木座一人。いくら何でも劣勢すぎる。
『ちっ、これだからリア充どもは。まあ見ているがいい』
しかし──俺たち最後の希望は、まだ諦めていなかった。
いけ、材木座⋯⋯! 奇跡は起きる。起こせる、俺たちなら⋯⋯!
『あっ』
そして、死んだ。何なら秒で死んだ。
っていうか一発食らったら死ぬところまで削られてんじゃねぇか。
『⋯⋯今日はもう解散にしようか』
「そっすね⋯⋯」
こんな状況では、もうまともにプレーなんてできまい。
そう言って俺はヘッドセットを外すと、ようやく背中から離れた一色を振り返る。
「君さぁ⋯⋯」
「何ですか?」
一色は笑いながら首を傾げたが、目の奥が笑っていなかった。
え、何その表情こっわ⋯⋯。っていうか、そうね、あー、うん⋯⋯。
「⋯⋯いえ、何かすみませんでした」
「分かればいいんです」
一色はそう言うと、目の奥に灯した炎を鎮火させた。
その様子にほっとしたのも束の間、一色は正座するとポンポンとその膝を叩く。
「はい。じゃあ耳掃除しますよ」
「いや、俺らもう負けたんだけど⋯⋯」
「耳掃除、しますよ?」
流石に膝枕に耳掃除は、と思ってしまう。ハードルが高すぎるし、太もも直に触れるとかヤバすぎる。しかし──。
「耳掃除、し・ま・す・よ?」
「あ、はい⋯⋯」
村人との会話モードになった一色に、勝てる手段はなく。
俺を待ち受ける白い太ももへと、頭を転がせたのだった⋯⋯。
いろはすがオコになる回でした。
八幡くん迂闊すぎだって? それある!
感想・お気に入り・評価など頂けると作者が喜びのあまりスイカ割りして他人の頭をかち割ります。
それでは、引き続きお楽しみ下さい!