影響は現実世界にも
『1万人VR世界に監禁』
この見出しが新聞の一面に載ってしまえば世間はいやでも反応し、面白半分で取材しようとするマスコミの格好の獲物となる。
予想通りと言うべきか被害者が運び込まれた病院には記者やジャーナリストがごった返し、担当の医師を取り囲んで有る事無い事を聞いてくる。さらに悪質なものだと被害者の情報を手に入れ、その家族の家にまで押しかけてくる者まで。
「世界初のVRMMORPG『ソードアート・オンライン 』とはどういったゲームなのか───」
「安全性テストの不透明さに政府を批判する声も相次ぎ───」
「死者数は今日だけで100名を超え───」
「亡くなった方には小学生も───」
「警察はナーヴギア開発者である茅場晶彦を指名手配し───」
テレビはどのチャンネルに変えても毎日特番が組まれ、嘘まみれの週刊誌は飛ぶように売れる。世界中でも無実の人間1万人を手にかけた狂気の天才、茅場晶彦による史上最悪のテロ事件として広く報道された。
しかし世間というのはどんな事件でも1ヶ月も経てば興味や関心は薄れるもの。あれだけ病院に来ていた記者たちは1人もいなくなり、テレビでは総務省から速報で発表されたその日の死者数を30秒ほどで伝えると、今若者に人気のアーティストの話題に移る始末。
ログアウト不能、ゲームオーバーになれば死、後に『SAO事件』と称されるこのデスゲームという非日常的な存在は、人々が慣れるとともに日常へと変わっていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
──現実世界
埼玉県にある所沢総合病院。ここにもSAO事件に巻き込まれた多くの人が運び込まれていた。時刻は日付を超え、ほとんどの患者が寝静まっている夜中、夜間当直の医師がいる部屋に一本の内線電話がかかってきた。
「先生っ! 結城さんの容態が!」
それは病院内を巡回していた看護師からだった。声の様子から緊急の用件なのはすぐに分かり、患者の名前を聞いた瞬間、医師の頭に2つのことがよぎった。また罪のない子供が犠牲となってしまった。しかもあの総合電子機器メーカー「レクト」の令嬢が亡くなったとなれば、嗅ぎつけたマスコミが状況を説明しろ、記者会見を開けなど言って騒ぎ立てると。しかしよく話を聞くと事態はそう単純ではないらしく医師は急いで部屋を出た。
エレベーターを降りると足元だけライトに照らされた薄暗い廊下を走っていると、中に1つだけドアが開きっぱなしで光の漏れた病室が。本来プライバシー保護のため事件に巻き込まれた人は全て1人部屋になっていて、しかも専用のカードキーがないとドアは開かないようになっている。中に入ると看護師たちがベッドを取り囲むようにして集まっていた。
そのベッドには頭にナーヴギアを装着した昏睡状態の結城明日奈の身体があった。
「結城さん! 聞こえますか結城さん!!」
1人の看護師が明日奈の手を握って寄り添い声をかけ続けていた。
ビクッ、ビクン!!
「────、────ッ!!」
しかし当然ながら反応はなく、明日奈は苦悶の表情を浮かべるだけで目覚める様子もない。医師は息を整えるためかひとつ深呼吸すると、電話をかけてきた看護師から詳しく話を聞く。
「斉藤さん、詳しく教えてください」
「は、はい───」
話によるといつものように巡回で廊下を歩いていた際、この病室からギシギシと何かが軋むような音が聞こえてきた。不審に思い病室に入ると、そこには意識がないにも関わらず身体を痙攣させる明日菜の姿が。看護師はすぐに危険な状態であると判断し、備え付けの電話で知らせてきたのだ。
「彼女はずっとこの状態ですか?」
「少なくとも私が来てからはずっと、熱も測ったんですが41℃を超えていてかなり危険です!」
確かに床を見ると明日奈の腕に刺していたはずの点滴の針が落ちていた。血管に刺した針が抜けているとなると、かなりの時間この状態が続いていたと推察される。ベッド横のモニターも確認すると表示されている心電図の波形の乱れ、呼吸数などその他の数値も正常とはいえない。そしてもしこのまま熱が引かなければ後遺症が残るどころか生命維持すら難しくなってくる。
「今は佐藤さんに解熱剤と氷を用意して持ってきてもらってます!」
「……一刻を争うかもしれません! ベルトと人工呼吸器、念のため除細動器の準備もお願いします!」
それを踏まえて医師が身体の固定と呼吸の確保を行うため看護師に指示を出す。指示を受けた看護師たちは道具の準備と今の状況を明日奈の家族に伝え、身体拘束の許可を得るため病室を飛び出す。除細動器は準備、不整脈によって痙攣する心臓に電気ショックを与え正常な心拍に戻すための装置、これを使うのはあくまで最悪な状況に陥った時だけだ。
「除細動器は使って問題ないのか? もし使ってナーヴギアに影響がでたら………」
看護師視点からでは医師は冷静なように見えたが心の中では動揺し、自問を繰り返していた。
生きていることからナーヴギアのマイクロ波によって脳を破壊されている訳ではない。しかし何故このような状況になっているのか。もしかしたらナーヴギアとは関係がないのか。この子に持病はないはず。駄目だ、あまりに情報が足りない。そもそも人為的に脳の神経を遮断された人のサンプル少な過ぎて手探りで処置を進めるしかない。
「はあっ……はあっ……!!」
額に汗をかく彼女の呼吸は苦しげで、息を吸うたびに胸が激しく上下している。あの時のことを思い出して足が震える、目の前でナーヴギアによって人が殺されるところをただ見てることしかできない自分の無力さ、そしてその人たちの顔を。
「………やるしかない」
医者は神様ではない、聞き飽きて決まりきった言葉だ。それでも何もしないわけにはいかない。直接助けられないならせめて身体の負担を減らしてあげなければ。両手で頬をバチンと叩いて自分に鞭を打つと、点滴の針を新しい物に交換し、寝たきりで筋力が落ちた明日奈の細い腕に再び刺す。
「はっ、はあっ!!」
こうしている間にも明日奈の容態は徐々に悪化していく。心電図の波形はさらに乱れ、患者が危険な状態であることを知らせるアラームも鳴ってしまう。何度聞いても不安になりそうな音が鳴り響くも医師は手を止めずに処置と診察を同時に進めていった。