私たちはいったん解散し、夕食まで休憩にする。アウラとリーニエはそのまま寝かせて、ラヴィーネとカンネにはリーニエの部屋を貸した。
私は一人、調理場へ向かう。妹二人と、新たに加わった人類の客人二人のために夕食を準備しなければならない。
カンネ「あれ、ソリテール」
ソリテール「カンネ、どうしたの?」
カンネ「なんか食べ物ないかなって」
ソリテール「夕食は私が準備するよ。それとも小腹が空いたのかな? 何か用意するね」
カンネ「あ、夕飯まで待てるよ。ラヴィーネも寝ちゃったし」
ソリテール「そう」
カンネ「何か作るなら私も手伝うよ」
ソリテール「そんなに気をつかわなくても大丈夫だよ。先に交わした約束の通り、君たちを百合の魔法以外で殺したりしないから」
カンネ「そうじゃなくて、私が手伝いたいの」
ソリテール「そう。それならお願いしようかな」
あの怯えて泣いていた少女と、同じとは思えない快活さだった。
私もつい気を許してしまう。
カンネ「何作るの?」
ソリテール「アウラには羊肉のスープ、リーニエにはステーキを。あと付け合わせのサラダもね。アウラはね、味にうるさくて好き嫌いが多いの。リーニエは育ち盛りだからたくさん食べるわ。でも肉ばっかりでよくないから、ちゃんと野菜も食べさせないとね。君たちには、口に合うか分からないけど、羊の香草焼きとパンと豆スープを作る予定よ」
カンネ「すごい美味しそう。ソリテールはみんなのことちゃんと考えているんだね」
ソリテール「健康で元気なら、手間がかからないでしょ? 先に面倒を減らしているだけ」
カンネ「でも美味しいって食べてくれたら嬉しいんじゃない?」
カンネ「あ、私たまねぎ剥くね」
ソリテール「そうだね。私の研究成果が肯定されたという意味では嬉しいわ」
カンネ「私は、ラヴィーネが喜んでくれたら、それだけで嬉しいよ」
ソリテール「……私たち魔族にはない感情ね」
カンネ「そうなの?」
ソリテール「私たち魔族も、人と同じように好意という感情をもっているわ。肉が好き、魔法が好き、人を殺すのが好き。ただ誰かを好きだから喜ばせたいという感情はないの」
ソリテール「褒められて嬉しい、肯定されて嬉しいという感情はあるわ。でも喜んでくれたから嬉しいという感情はないの。私たちは、たった一人で完結している」
カンネ「でもアウラとリーニエのこと大好きだよね」
ソリテール「……君たち人類の好きとは違う。利用価値があるから。私が生存するために有用だから。君もよく切れる包丁は好きでしょ? 綺麗なガラスのコップは好きでしょ? それに近いわ」
カンネ「そうなんだ。私はね。ラヴィーネのことが好き。嫌なことばっか言うし、口は乱暴だし、意地悪なことしてくるけど、いつも傍にいて、私を守ってくれる」
ソリテール「お互いに有益な共生関係ということね」
カンネ「そうだね。でももしラヴィーネが、私のこと嫌いになって、一緒にいられなくなっても、私はラヴィーネが好きだよ」
ソリテール「……そう。私たちには分からない感情だ」
カンネ「そんなことないと思うけどな」
カンネ「相手のことを知りたい、知っている、てことは好きの始まりだよ」
かすかに彼女の手が震えている。それでも気丈にこの場に立ち、何食わぬ顔で私に話しかける。彼女は本当に勇敢だ。
私が会話を通して人類を研究するように、彼女もまた会話から何かを探っているのだろう。
私は彼女の気安い感じを不快に思ったわけではない。彼女に対しての興味が増した。
ソリテール「君は私が怖くないの?」
カンネ「怖いよ。だけど私たちと同じように、誰かを好きになれるんだって知ることができたから、怖がったりしない」
ソリテール「君は面白いね」
カンネ「ねぇ、私が死ぬまでの間でいいから、私たち友達になれないかな?」
ソリテール「……友達?」
カンネ「恋人同士でも言えないことってあるじゃん。相手への不満とか、本当はしてほしいこととか、愚痴だったり。相手のどこが好きかって話でもいいと思う。そんな話ができる相手」
カンネ「人を知れば、百合の魔法の完成にもっと早く近付けるんじゃない?」
ソリテール「そうだね。それは私にとって、とても有益な関係だね。だけれど君にとっては何も益することのない、死期を早めるだけの自滅行為だよ? そして人類への背信行為でもある」
カンネ「そうだね。でもあなたが人の心を理解すれば、私たちの百合の魔法で倒せるかもしれない。私にとっても有益だよね?」
ソリテール「ふふ。君はとても賢くて、勇敢だね。いいよ。友達になろう」
カンネ「ありがとう。よろしくね、ソリテール」
ソリテール「よろしくね、カンネ」
私はこの健気でいじらしい人類という生物が好きだ。
私たち魔族には、決定的に欠落したものがあるというのに、歩み寄ろうとする態度を示す。それは私たちの形が人に似て、欺くための姿なのだから仕方のないことなのだけれど。
魔族には善悪の概念がない。他者を愛することも、罪悪感を抱くこともない。
魔族には共感する心が決定的に欠落しているのだ。
なぜそうなるかという原因や理由を理解できずとも、行為の結果を想像して、合理的選択を繰り返すただの獣だ。
魔族と人類は永遠に分かり合えない。
それは歴然たる事実だが、私がカンネと友達にならない理由にはならない。
ソリテール「カンネ、よく変わり者って言われるでしょ?」
カンネ「え、そんなことないよ!」
ソリテール「私は変わり者の魔族だから。そんな私と友達のカンネは、変わり者の人類だね」
* * *
夕食の席に着く。席順はお茶会の時と同じ。リーニエの姿がまだ見えなかった。
カンネが率先して料理を切り分けてくれる。
カンネ「これ私とソリテールが作ったんだよ。ラヴィーネも食べて!」
ラヴィーネ「お前、いったい何やってるんだよ……」
カンネ「私たち友達だもんね」
ソリテール「そうだね」
アウラ「服従の魔法はかけ直さなくていいの?」
ソリテール「ラヴィーネとの約束だからね。カンネを解放するのは」
アウラ「もし攻撃する素振りを見せたら、すぐに服従させるから。その場合、命の保証はないわよ」
カンネ「いいよ、それで」
アウラ「そう……」
アウラもカンネの様子に拍子抜けだった。ラヴィーネに至っては気が気でない様子。
ソリテール「ラヴィーネの服従も解除してあげて」
アウラ「え?」
ソリテール「アウラが危惧していることも分かるよ。二人が生きてここを出るためには、まずアウラを殺してラヴィーネを解放しないといけない。真っ先に狙われるのはアウラだから」
アウラ「…………」
ソリテール「二人が解放された状態なら、アウラを殺す必要はない。もしアウラを殺したりしたら、私が二人を殺すから」
ラヴィーネ「まあメリットはないな。もし二人で生き延びるのなら、アウラに危害を加えて、ソリテール、テメェの怒りを買うのは避けたい」
ラヴィーネ「私たちは、人類の軍勢がテメェらを皆殺しにして、救出してくれるのを願うしかない。籠の中の鳥だ」
アウラ(命を狙われる状況は避けたい。リーニエの魔力探知もあるし、もし何か変な行動したら、その時殺してしまえばいいわ)
アウラ「……何かあったらお姉様が責任とってよね」
ソリテール「ええ、もちろん。アウラ、ありがとう」
カンネ「ソリテール、ありがとう。アウラもありがとう」
アウラ「……別に」
アウラ「服従の天秤、解除」パァッ
ラヴィーネ「<服従させる魔法>が解除された……」
ソリテール「それじゃあ、これからの生活の約束を決めましょう」
ソリテール「まず家の中では百合の魔法以外の使用は禁止。武器の使用も禁止よ。どうしても必要な時は私に相談してね」
カンネ「料理と裁縫の時ぐらいしか刃物は使わないかな。もし必要になったら相談するね」
ソリテール「ありがとう、カンネ」
ラヴィーネ「ソリテール、テメェが私たちに危害を加えないことは、テメェの目的からして分かるけど、他の二人はどうなんだ?」
ソリテール「アウラもリーニエも、ラヴィーネとカンネに危害を加えては駄目よ。約束できるよね?」
アウラ「いちいち命令を上書きされるのも嫌だから、約束するわ」
ソリテール「なので家の中では、魔族も人類も戦闘行為を禁止とするね。もし破ったら、お姉様がお仕置きするからね」
カンネ「うん、分かった!」
アウラ「はい、お姉様」
ラヴィーネ「仮の話だが――まず不可能だと思うが――私たちが逃げようとしたらどうする?」
ソリテール「手足を切断して逃げられないようにする」
ラヴィーネ「本当に悪趣味で最低な答えをありがとうよ」
ラヴィーネ「逃げようとしたり、逆らわなければ当面の命は保証される。自由行動と、ある程度の生活レベルが約束されるなら、私も波風立てるつもりはない」
ソリテール「ふふ。それじゃあ短い間だけど仲良くしましょう。よろしくね」
アウラ「それよりリーニエがいないけど」
ソリテール「魔力探知でも、近くにいないみたいね」
アウラ「あの子、結局人間が食べられなくて拗ねてたからね」
ソリテール「悪いことしたな」
アウラ「まだ服従下にあるから、逃げたわけじゃないと思うわ。<服従させる魔法>でつながっているから、おおよその方向は分かるけど。たぶん、獲物を狩りに行ったのかも」
ソリテール「帰ってきたらいっぱい抱きしめて、愛してあげないとね」
アウラ(それは逆効果じゃないかしら……)
カンネ「心配だね」
アウラ「大丈夫よ。あの子は強いから。お腹いっぱいになったら帰ってくるわ」
アウラ「それよりリーニエのステーキ、どうするの? あなたたち食べなさいよ」
ラヴィーネ「めちゃくちゃ量あるな……」
ソリテール「四人で食べましょう」
カンネ「私切り分けるね!」
アウラ「……私も食べるの?」
* * *
三日月が西の空に沈みかけていた。
グラナト伯爵領へ通じる街道。
道端の切り株に腰かけている黒髪の少女がいた。
ユーベル「そろそろ伯爵領の街が見えてくるかな。ちょっと休むとしますか」
彼女の近くには、切断された人間の死体が数体転がっていた。
ユーベル「断頭台のアウラと謎の大魔族の討伐。魔王が倒されて以来の大戦争になるかもしれないのに。盗賊なんて馬鹿なことしているから」
彼女は手に杖を持っていた。盗賊を切り刻んだ刀剣の類は見当たらない。彼女が魔法使いであることを示唆していた。
???「血の匂いがする」
闇の中から少女の声がした。
ユーベル「あれー、もしかして魔族?」
???「私今お腹空いてるの」
ユーベル「家に帰ってママにパンケーキでも焼いてもらえば?」
???「よくわかんない」
???「あなた、美味しそうだね」
ユーベル「いいよ。殺し合おう」