リーニエ(お姉様の嘘つき。食べてもいいって言ったのに。もう自分で獲ってこよう)
リーニエは廃城を出て、街道に向かった。
辺りはすっかり暗くなっていた。
リーニエ(血の匂いがする。行ってみよう)
そこには輪切りにされた人類の死体がいくつも転がっていた。
リーニエ(食べるなら新鮮なのがいいな)
その死体の向こうに、切り株に座る一人の少女を見つける。
リーニエ(あ、生きてる。アレにしよう)
リーニエ「あなた、美味しそうだね」
リーニエ(アウラ様より胸が大きい。全体的にモチモチしてて美味しそう)
ユーベル「いいよ。殺し合おう」
黒髪の少女ユーベルは立ち上がり、杖を構える。死臭の中、不適な笑みを浮かべていた。
リーニエは棍を具現化する。
リーニエ(無力化して生きたまま食べる。絶対美味しい)
ユーベルの杖の先に光輪が出現する。収束した魔力が一直線に射出された。
リーニエ「ゾルトラークか」
難なく横に回避する。次弾が装填される前に、一気に間合いを詰めた。
それに対しユーベルは、その不適な笑みを消すことはなかった。
ユーベルの左肩をリーニエの棍が打つ。
リーニエ「!?」
連撃に移る前に、リーニエは咄嗟に飛び退いた。
ユーベル「良い勘してるね」
リーニエ(魔力探知に何か引っかかった)
ユーベル「もう少し反応が遅れてたら、その可愛い顔が輪切りになってたよ」
リーニエ(頬と髪が切られている。攻撃を受けたみたいだが、予備動作はなかった)
ユーベル「ふーん。ふふ。何をされたのかな。左腕の感覚がない」
ユーベルの左腕はだらりと垂れ下がっていた。左肩の秘孔を打たれ、経絡が遮断されている。自力での回復には半日以上かかる。
リーニエ「ゾルトラークは誘いか」
本命は、予備動作無しに放たれる不可視の刃。
リーニエは街道沿いの木立に駆け、身を隠し、闇に紛れた。
ユーベル「隠れても無駄」ザンッ
一瞬で木の幹は両断され、次々と切り倒されていった。しかしそこにリーニエの死体も姿もなかった。
ユーベルの背後にリーニエは回り込む。
リーニエ「面白い魔法だね」
振り返るユーベルの左膝の下を棍の先端が打つ。
ユーベルは転倒しかけるのを、咄嗟に屈んで防ぎ、その目にリーニエを捉えた。
リーニエは棍を縦に構え飛び退くが、肩に裂傷を受ける。
リーニエ「目か」
視界に捉えた対象を切り裂く魔法。
ユーベルは杖の石突を地面に突き立て立ち上がる。
ユーベル「今度は左足。長引くとやばいかもね」
リーニエ(切断された木の最遠距離から、おそらく射程距離は5メートル。私の魔力探知でも、直前まで感知できない)
ユーベル「もう分かっているみたいだから言うね。私の得意な魔法は<大体なんでも切る魔法>。攻撃範囲は――」
リーニエは動体視力を振り切る速度で、ユーベルの側面に回り込む。狙いは右足。
リーニエ「あ」
しかしリーニエの右腕に深々と裂傷が走った。再び距離を取るも、棍を取りこぼす。
ユーベル「大体気配で分かる範囲だね」
リーニエ(うん。これは天敵だ)
リーニエ(接近戦に持ち込めば不可視の攻撃。距離を取れば――)
ユーベルは杖の先を向ける。光輪が出現し、収束した魔力が射出される。
リーニエ(ゾルトラーク!)
難なく回避したが、背後の樹幹が爆散し、音を立てて倒れる。直撃を受ければ致命的だった。
ユーベル「どうしたの? 諦めちゃったのかな?」
リーニエ(右腕の裂傷が深い。長柄はもう使えないか)
ユーベル「そう。もういいや」
ゾルトラークの連射。リーニエの回避方向を予測して、追い込んでいく。
不意にリーニエが放った石ころが、魔力探知を掻い潜り、ユーベルの右肩を打った。
ユーベル「クソ魔族らしい悪あがきだ――」
途端、右肩から先の感覚が消失し、杖を取りこぼす。
ユーベル「え?」
リーニエ「一瞬で戦いがつまらなくなるから、この技は使いたくなかったんだよね」
リーニエは左手の中に、直径10ミリ程度の小さな玉を具現化する。
リーニエ「指弾による射程範囲外からの一方的な攻撃」
ユーベル「最低で卑劣な戦い方だね」
右手の人差し指を曲げて親指の腹に引っかけ、力を溜める。その力を解き放つと、左手に乗せた玉を勢いよく弾き飛ばす。
それはユーベルの右膝下を打ち、右足の感覚を奪う。彼女はその場に膝をついた。
リーニエ「魔法使いは戦士に比べて、軽装で、肉質も柔らかい。こんなのが通用するのは魔法使いぐらいだ」
ユーベル「あまりにも小さく、魔力探知を掻い潜るから、防御魔法も反応しないのか」
リーニエ「私が接近戦を主体にすると油断したのも致命的だったね」
ユーベル「もういいよ。殺せば?」
リーニエの姿が消える。ユーベルの背後に回り込んだ。同時に彼女の両方のこめかみを、両の親指で突く。
ユーベル「あっ……」
ユーベルの視界が暗転する。
ユーベル(私は死んだ? いや、風も温度も感じる。視覚だけ奪われた?)
ユーベル「ふふっ、なぶり殺しにするつもり? いい趣味だね。言っておくけど私、不感症だから。悲鳴一つ上げてあげないから」
リーニエ「人類の美味しい食べ方について考えた。まず新鮮なうちに食べた方が美味しい。料理するともっと美味しい」
ユーベル(声は背後からする。まだ感覚がこの状態に適応していない。時間を稼ぐか、私に触れた瞬間、切り裂く)
不意にリーニエの指先が、ユーベルの眉間を突いた。
ユーベル「かはっ!?」
ユーベルは呼吸ができなくなり、全身の力も抜け、その場に崩れる。
リーニエ「あなたの魔法は、周囲の気配を探知して切り裂く魔法。だから身体感覚を奪った。これで魔力探知はできない」
さしものユーベルも、呼吸ができなければ余裕もなくなった。
ユーベル「……さっさと殺したら?」
リーニエ「お姉様が言っていた。料理の前には下拵えをすることが大事」
ユーベル「……何するつもり?」
リーニエ「経絡の流れを組み換える。まずは魔法を使えない体にする」
リーニエは身動きができないユーベルの体を仰向けにし、全身の秘孔を指で突く。
リーニエ「あたたたたっ!」ドドドッ
ユーベル「ぐぁあっ!?」ビクビクビク
ユーベル(痛い!? なんで!?)
ユーベルの全身を激痛が駆け巡った。それは指で突かれた痛みではなかった。
人為的に組み換えられた魔力の流れが、体内の各所で衝突や逆流を起こし、全身に剣山で突き刺されたかのような激痛をもたらした。
またこの経絡を組み換える過程で、不幸にもユーベルの痛覚は復活してしまった。
ユーベル「痛い、痛い…」ぐすぐす
リーニエ「うん。疲れたな。でも出来た」
ユーベルの両手足の感覚と視覚はまだ回復していない。ただ魔力探知は戻った。
ユーベル(このクソ魔族、切り刻んでやる!)
<大体なんでも切る魔法>を発動――
ユーベル「ああああああっ!?」ビクビクビク
全身に再びあの激痛が走る。
ユーベル「……なんで、なんで!?」ハアハア
リーニエ「言ったはず。魔法を使えない体にするって。魔法を使えば、その魔力が体内を逆流するから、もう魔法は使えない」
ユーベル「そんなことが……」ハアハア
リーニエ「これで下拵えはできた。今から料理する」
リーニエの指がユーベルに触れた。
ユーベル「きゃっ!?」ビクン
全身の触覚が敏感になっていた。触れられただけで、そこに電気が流れたようだった。
リーニエ「ここだと邪魔が入るかもしれないから、森の中で料理する」
リーニエはユーベルを担ぎ上げる。
ユーベル「痛い痛い痛い! 息ができない! 早く殺してよ!」プシューーードボドボ
悲鳴を上げ、失禁するユーベルを意に介さず、リーニエは彼女と森の中へ消えて行った。