昼食はカンネが用意してくれた。
ラヴィーネの姿はなかった。
私とカンネの二人で昼食にする。
カンネ「お昼は私が作ったよ!」
食卓には長ネギやタマネギの入ったクリームシチューに、鶏肉のパイがあった。
また透明な水差しにはイチジクやザクロ、ブドウなどを入れたフレーバーウォーターが入っている。
ソリテール「ありがとう。とても美味しそう。カンネは料理が上手なのね」
カンネ「そんなことないよ。ママのお手伝いしてただけ」
カンネは辺りを見回す。
カンネ「ところで、ラヴィーネ知らない? ソリテールに声をかけに行くって言って、それから戻ってないの」
ソリテール「昼食はカンネが作ってくれると教えに来てくれたけど、その後は分からないわ」
カンネ「そっか」
ソリテール「魔力探知で探してみようか?」
カンネ「ううん、大丈夫」
カンネ(ソリテールと何かあったんじゃないか、て心配したけど大丈夫そうだね)
私たちは二人きりで食事を始めた。
カンネ「ユーベルは、一緒に食べないの?」
ソリテール「リーニエが拗ねたら困るから、地下牢から出すことはできないの」
カンネ「あとで私が食事を届けてもいい?」
ソリテール「ありがとう、とても助かるわ」
カンネが率先して動いてくれるのは助かった。
私やアウラ、リーニエが食事を定期的に行なっているのは、人の真似事に過ぎない。
私は人類が空腹で死んでしまうことを知っているけれども、ついつい餌をあげることを忘れてしまい、餓死させてしまったことが幾度も、幾百度もある。
だから人類の管理を人類にさせるのはとても効率的ね。
カンネ「ねぇ、どうしてソリテールは人類を滅ぼしたいの?」
カンネは少し緊張した面持ちだった。
この質問はカンネにとって何か恐ろしいことなのだろう。
私は安心させるため、笑顔を向ける。
ソリテール「それはね、魔族が魔族として存続するためだよ」
カンネ「……どういうこと?」
ソリテール「人類の、魔法技術を共有して進化する群れとしての強さの前に、いずれ魔族は駆除され絶滅するわ」
ソリテール「だからね、人類の文明や社会を破壊して、二度と構築できなくさせるところが、私の中の着地点」
ソリテール「私は人類のことが好き。魔族だって人類のことが好きよ。人が愛玩動物に向けるものと同じ程度のものだけれど」
ソリテール「だから絶滅させてしまうと、きっと私たちも悲しいはず。ただそれは捕食者の悲哀ね」
カンネ「だったら、滅ぼすのではなく、共存することはできないの?」
ソリテール「君は魔族と人類が共存する世界を想像できる?」
カンネ「……できるよ。だって私はソリテールと、こうして会話ができている。一緒に食事だってしている」
ソリテール「そうだね。だけれどそれは君がまだ、魔族のことをよく知らないから」
カンネ「そんなことないもん……」
ソリテール「だから私を通して、もっと私たち魔族のことを知ってね」
ソリテール「その上で共存なんて不可能だって君が答えを出したら、また一つ真実が証明されたことになるから」
カンネ「……そんなの、寂しいよ」
ソリテール「大丈夫。群れを維持できる程度に個体数は残してあげるから。人類は絶滅しないよ」
カンネ「そうじゃなくて、そうじゃなくて……」
口ごもる、この健気な小動物を、やはり私は愛おしいと思った。
君の大切な恋人に私が何をしたか知ったら、いったいどんな顔をするのかな。
その顔を見るのは、もう少し楽しんでからにしよう。
* * *
自室に戻るとラヴィーネの姿があった。
カンネ「ラヴィーネ、どこ行ってたの? もうお昼終わっちゃったよ。一緒に食事をするのが嫌なら言ってよ。うまく言い訳とかしておくから。あと、ラヴィーネの分、取っといたからね。ここ置いとくよ」
ラヴィーネ「あぁ、悪い……」
カンネ「ラヴィーネ? どこか調子悪いの?」
ラヴィーネ「別に。少し気が滅入っているだけだ」
カンネ「そう。そうだよね。あ、私、ユーベルって子にご飯届けてくるから」
ラヴィーネ「分かった」
カンネ「……すぐに戻るね」
ラヴィーネ「ああ」
乱暴でぶっきらぼうな性格のラヴィーネ。それとは様子が違う気がした。
後ろ髪を引かれる思いだったが、カンネは哀れに思っているユーベルのもとへ向かう。
* * *
地下牢の壁の上部には、採光と換気のための窓があった。窓及び牢には鉄格子が嵌められており、当然ながら人力で脱出することは困難であった。
ユーベルは牢の奥で膝を抱えていた。
カンネ「ユーベル、大丈夫? お昼ご飯作ったけど食べられる?」
ユーベルは項垂れたまま、返事をしない。微かに呼吸で上下する肩から、生きていることが見てとれた。
カンネ「ここ、置いとくね。ちゃんと食べてね」
ユーベル「ねぇ、ここから出して」
カンネは返答に窮した。
ユーベルの置かれている状況の打開策が思い浮かばず、どう声をかけるべきか分からなかった。
カンネ「……ソリテールに相談してみるね」
相談したとしても、ソリテールが応じるとは思えなかった。ただそう気休めの言葉をかけるしかカンネにはできなかった。
ユーベル「……裏切り者」
カンネ「……え?」
ユーベル「だってそうじゃない? 魔族と友達ごっこ。同じ人類を監禁して、自分は自由なご身分。餌を作ってくれてありがとう」
薄暗がりの中で、ユーベルの金色の瞳が、責めるようにカンネを見た。
カンネ「私は、ラヴィーネを守るために、ソリテールと友達になることにしたの。彼女に人類のことを理解してもらえれば、もう人を殺さなくなるかもしれないから。共存することができるかもしれないから」
ユーベル「偽善者」
カンネ「……そうだね。それに対して、返す言葉は何もないよ。私は私たちが助かりたいだけだから。その結果、どんなことになるか、何が起こるかなんてこれっぽっちも考えていない」
ユーベル「ごめん、意地悪言い過ぎた。こんなこと言われても君は怒らないんだね」
カンネ「あなたのことを考えると、私は何も怒れないよ」
ユーベル「本当はお願いがあるんだ」
カンネ「力になれるか分からないけど」
ユーベル「大丈夫。簡単なことだから」
ユーベルは微笑む。妙に艶やかで、なぜか作り物じみた笑み。それにソリテールの無機質な微笑を連想したのは、彼女の心が壊れてしまっているからかもしれない。
ユーベル「私を殺して」
カンネ「……何を言っているの?」
ユーベル「簡単でしょ? 今の私は魔法も使えない、力も人並み以下。君の魔法で簡単に殺せるよ」
カンネ「……そんなことできない」
ユーベル「そう。同じ人類が魔族に嬲りものにされて、殺されるのを放っておくんだ。助けてもくれない、殺してもくれない。君は本当に裏切り者なんだね」
カンネ「……ごめんなさい」
ユーベル「そうだよね。関係ない人、他人がどうなろうが知ったことじゃない。それが人だよ。君は間違っていない。せいぜい私が殺される日まで、美味しい餌を作ってね」
カンネ「私だってあなたを助けたい! だけど今は、どうすることもできないの……」
カンネは拳を握り締め、唇を噛み俯く。
ユーベル「……もしもここから逃げられるなら、私のことも助けてくれる?」
カンネ「当たり前だよ! 絶対に助かる方法を探すから、必ずあなたを助けるから、だから今は……」
ユーベル(話してみて分かった。コイツはお人好しなんだ。魔族に魂を売ったわけでもない。利用できる)
ユーベル(それに、私にせよ誰にせよ、死ぬなら死ぬでどうでもいい。魔族にせよ何にせよ、弄ばれることが我慢ならない)
ユーベル「リュグナーという魔族は知っている?」
カンネ「名前だけは。見たことはない」
ユーベル「満月の晩。おそらく今日から九日後。リュグナーの手引きでアウラとリーニエが逃亡する」
カンネ「どういうこと?」
ユーベル「私が連れ去られる時、リーニエがリュグナーとそう話していた。具体的な方法は分からないけど」
カンネ「それなら、その時が逃げるチャンス?」
ユーベル「ソリテールがアウラを服従させているんでしょ? そのアウラが逃亡すれば、少なくともソリテールの注意は私たち人類から外れるはず」
カンネ「……おそらくソリテールの最優先はアウラで間違いないよ。ソリテールは<百合を咲かせる魔法>を完成させるために、私たちを誘拐して実験しているけど、その魔法のパートナーはアウラだから」
ユーベル「ソリテールが何を考えているのかは訳が分からないけど。それにアウラが欠かせないのは確かだし、アウラ自身がそれから逃げようとしていることも確か。九日後の満月の晩が、私にとっても君たちにとっても最後のチャンスだね」
カンネ「……そうだね」
ユーベル「ちゃんと理解している? アウラが逃亡に成功したり、万が一殺されたりしたら、私も君たちも用済みになって殺されるんじゃないの?」
カンネ「アウラがいなくなれば、百合の魔法が完成させられないから?」
ユーベル「そもそもそんな魔法が存在するわけないけど。アウラがいなくなっても、別のパートナーを探せばいいのか、私たちで代用が効くのか分からないけど、少なくとも今より酷い状況にはなるだろうね」
カンネ「そうだね。ソリテールの感じだと、一度全部リセットする気がする」
ユーベル「だから、ね。必ず私を助けてね。見殺しにしないでね」
カンネ「分かった。必ずあなたのことも助けるから」
ユーベル「ありがとう。カンネだっけ? カンネ、よろしくね。一緒に助かろうね」
ユーベルは金色の瞳を細め、カンネに微笑んだ。