○廃城の裏の湖に向かう林道。昼。
四人は林道を歩き、廃城の裏にある湖に向かう。林の切れ間から水を湛えた湖面が見える。
ソリテール「荷物は私が持つよ。転ばないように気をつけて」
ソリテールとアウラが先導。二人は手を繋いでいる。ソリテールは片手に飲食物の入った藁で編んだバスケットを持っている。
カンネ「ソリテール、ありがとう」
それにラヴィーネとカンネが続く。二人は足場が悪く、歩くのに苦戦しているため、手を繋ぐ余裕がない。時折、転びそうになったカンネを、ラヴィーネが支える。
カンネ、切れ間から見える湖面を見て言う。
カンネ「こんなところあったんだね!」
ソリテール「貯水槽の名残りかな? 標高が高いから、本当は水位を利用して、中庭の壊れた噴水に利用していたのかも」
アウラ「私がここを居城にした頃には、とっくに壊れていたわよ」
ソリテール「そう。残念。今度、構造を調べてみよう」
ラヴィーネは空を見る。木々の梢が空を切り取る。よく晴れたその空は、微かに黄色みがかっている。黄昏を前にしているようだ。
それがソリテールの結界だということは分かっていた。
ラヴィーネ(まるで琥珀の中に閉じ込められているようだ……)
何の駆け引きもなく、純粋に満喫しているのはソリテールだけだった。
ソリテール「ダブルデート、楽しみだね」
アウラ「何がどう楽しみなのか分からない……」
ソリテール「アウラ、あんなに行きたがっていたのに?」
アウラ(しまった……適当に話を合わせないと……)
アウラ「あの、その、何が楽しいのか分からなくて、気になったから……何か楽しいことがあるんじゃないかって、知りたくて……」
ソリテール「ふふ。そうだね。恋人と出かけることの何が楽しいのか、恋人自体が理解できない感覚だから、私にも分からないわ。ただ分からないものを分からないままにしないで、実感はできなくても理解することができれば、<百合を咲かせる魔法>は完成する」
カンネ「完成するといいね!」
アウラ(随分と呑気に言うけど、たぶんこいつも<百合を咲かせる魔法>が存在しないことに気付いている?)
カンネはソリテールたちと少し距離をとって、小声でラヴィーネに言う。
カンネ「ラヴィーネ、ごめんね……巻き込んじゃって……」
ラヴィーネ「別にいい。ちゃんと分かっている」
カンネ「ありがとう……」
ラヴィーネ「それに私は、お前のそういうところ好きだから。お前のしたいようにしろよ」
カンネ「ラヴィーネ……」
ラヴィーネ「もっと私を頼れよ。私が絶対に、お前のこと守るから」
カンネ「うん。ラヴィーネ大好き!」
カンネ、ラヴィーネに抱きつく。
ソリテール「ふふ。いいね」
* * *
四人は湖畔に着く。
湖は鏡のように空を映し、遠くに低い山並みが見えた。また湖畔近くに、崩れた桟橋の支柱がいくつか湖の中にあった。
カンネ「綺麗なところだね」
アウラ「そうね。一人で静かに考えごとしたい時とかに来るわ」
ソリテール「うん。デートするのにとてもいい。素敵な場所を教えてくれてありがとう、アウラ」
アウラ(私の心が休まる場所が、また一つなくなってしまったわ……)
ソリテール、シートを具現化して地面に敷く。
ソリテール「まずはお茶にしましょう。椅子とテーブルの方がいい?」
カンネ「ううん。こっちの方がピクニックしているみたいでいいと思う!」
四人はそこに座る。
バスケットから紅茶の入った水筒と、ベーグルサンドを取り出す。
カンネが紅茶をそれぞれのカップに注ぐ。
ソリテールは両手でカップを持ち、紅茶をすする。
ソリテール「ところで、なぜ人類は二組の恋人同士でダブルデートなんてするの? それぞれのパートナーを交換、スワッピングでもするの?」
カンネ「そんなことしないよ! 女友達同士で遊ぶのと同じ感覚だと思うよ」
ソリテール「恋人同士である必然性は?」
カンネ「そんな難しく考えないよ。恋人と友達と一緒に遊ぶような感覚。遊びに行くのに必然性とか考えないでしょ? 恋人と一緒に過ごしたい、友達とも一緒に遊びたい、じゃあ一緒に出かけよう! て感じだと思う」
ソリテール「そうなんだね。教えてくれてありがとう」
アウラ「……変なことはしないの?」
カンネ「え? どんなこと言ってるのか分からないけど、一緒に遊ぶだけだよ」
アウラ「遊ぶってどんなことをするの? 捕まえた人類を森に放って、それを誰が狩るか競ったりしたことはあるけど」
カンネ「そんなことしないよ……遊ぶっていうのは、今ちょうどしていること! 一緒に出かけて、散歩したり、お茶したり、お話ししたり、景色を眺めたり!」
アウラ「それが遊び? 何の意味があるの?」
ソリテール「人類とのお話で知っていたけど、非生産的、非合理的だね」
カンネ「だからそんなこと考えないんだってば……」
ソリテール「でもその感覚の差異が、魔族と人類の違い。そして<百合を咲かせる魔法>を完成させる要因……」
ソリテールはカップの水面に視線を移す。
アウラ(よかった、変なことをされるわけじゃないのね……てっきり裸にされて、追い回されるんじゃないかと思っていたわ……)
* * *
食事を済ませた四人は、湖の外周を散策する。
カンネ「湖の中に、小さな島が見えるね」
ソリテール「桟橋の跡があったから、以前は舟で行ったのかもしれないね」
カンネ「何か財宝とか隠されてたりして!?」
ソリテール「そうなの?」
アウラ「知らないわよ」
ソリテール「行ってみようか」
ソリテールはアウラの腰に手を回す。
アウラ「やだ、飛ぶの怖い!」
カンネ「待って、ソリテール!」
カンネはソリテールを制止すると、湖に手を伸ばす。
カンネ「<水を操る魔法>」
湖面から球状に水の塊が浮かび上がる。
カンネ「ラヴィーネ、下の方からゆっくり凍らせていって」
ラヴィーネ「ああ。分かった」
カンネは水の形を調整していく。それに合わせて底部より徐々に凍っていく。
それは鳥の姿を模した、氷の小舟だった。完成すると湖に浮かぶ。鳥のような長い首の船首を有し、球状の船体は空洞になっていて二人ほど入れる。
カンネ「前から乗ってみたかったんだ、アヒルボート」
ラヴィーネ「お前こういうの好きだよな」
ソリテールは両手を合わせて、嬉しそうに言う。
ソリテール「素敵。この乗り物も素敵だけど、君たちの魔法と連携、とても素敵だわ」
カンネ「ありがとう」
アウラ「え、なに? これに乗るの?」
カンネ「本当は足で漕ぐんだけどね。そこまでは再現できなかったから、飛行魔法の要領で、これに乗って押していこう。これならアウラも怖くないよね?」
アウラ「怖いわよ! だって私、泳げないもの。もし転覆したら……」
カンネ「そっか……」
ソリテール「大丈夫だよ。私が一緒に乗るから。もし転覆しても絶対に助けるから」
アウラ「うう……」
ソリテール「さぁ、アウラ。乗って」
アウラ「はい……」
カンネ「そんな無理しなくても」
ソリテール「私が乗りたいの。君たちはどうするの?」
カンネ「もう一台作って、私たちも乗るよ」
不意にアウラが悲鳴を上げる。
アウラ「お尻が冷たい!」
カンネ「あ、氷だから、何か敷いた方がいいかも」
ソリテール「そうだね。何か作るね」
アウラ「先に言いなさいよ……」
ラヴィーネ「氷なんだから冷たいことぐらい分かるだろ」
アウラ「馬鹿にしているの?」
ラヴィーネ「馬鹿だって自覚しているのか?」
カンネ「アウラ、ごめん! ラヴィーネも、喧嘩しないで」
ソリテール「気付いてあげられなくてごめんね、アウラ。温めてあげるね」
アウラ「いや、いいわよ。何でもない。冷たくない。気のせいだった……」
ソリテール「そう?」
ソリテールはブランケットを二枚作り出す。
ソリテール「一つは君たちが使って」
カンネ「ありがとう!」
ソリテールは氷のアヒルボートの座席にそれを敷き、アウラと座る。
ソリテール「それじゃ、行こうか」
アウラ「こんなことして何が楽しいの……」
ソリテール「こうしてると、本当に恋人同士みたいだね」
アウラ「意味が分からない……」
緩やかに、ボートは湖面を滑り出す。
アウラ「やだ、動いてる動いてる……」
アウラはソリテールの腕に抱きつく。
ソリテール「大丈夫。私が魔力でコントロールしているだけだから」
アウラ「ああ、陸地が離れていく……」
ボートは水の尾を引き、湖を滑る。
カンネ「ソリテール、上手だね!」
後方からカンネが、風を切る音に負けないよう、大きな声で言う。
ソリテール「どっちが先に小島に着くかな?」
カンネ「競争だね! 負けないよ!」
ソリテール「ええ。いいわよ」
アウラ「やだ、ゆっくり行きましょう……危ないわよ……」
ソリテール「怖くないよ。私に任せて」
船尾より水飛沫を上げて、弾丸のようにボートは小島へ駆ける。
アウラ「きゃあああああ!!」
アウラはソリテールにしがみつく。
ソリテール「うん。すごくデートらしくなってきた」