○廃城の回廊。昼。
ラヴィーネは一階の間取りを確認し終え、カンネのもとへ向かう。
偶然、ユーベルと出会う。
ユーベル「ああ、ラヴィーネ」
ラヴィーネ「ユーベルか」
ユーベル「どうしたの?」
ラヴィーネ「別に」
ユーベル「涙の跡がある」
ラヴィーネは無言で顔を拭う。
ユーベル「何かあった?」
ラヴィーネ「何も」
ユーベル「ふーん。そう」
ラヴィーネはユーベルの横を通り過ぎ、去ろうとする。その後をユーベルが追いかける。
ユーベル「何してるの?」
ラヴィーネ「別に何も」
ユーベル「リーニエに逃げられちゃって暇なんだよね」
ラヴィーネ「よかったな。それと、私についてくるな」
ユーベルは無視して続ける。
ユーベル「君の恋人、カンネはどうしているの? 一人にして大丈夫かな?」
ラヴィーネ「ソリテールたちはいない。リーニエも、あの二人に逆らって私たちに危害を加えたりしないだろう」
ユーベル「そうだね。君たちにはね」
ラヴィーネは立ち止まり、ユーベルを向く。
ラヴィーネ「何か企んでいるみたいだが、それにカンネを巻き込むなよ。もし何かあったら、お前を殺す」
ユーベルは笑う。
ユーベル「いいね。君が私を殺してくれるんだ」
ラヴィーネは言葉に詰まる。
ラヴィーネ(こいつは狂人だ。関わり合いにならない方がいい)
ユーベル「ねぇ、カンネから聞いた?」
ラヴィーネ「何を?」
ユーベル「アウラたちが逃亡を企てている話」
ラヴィーネ「どういうことだ?」
ユーベル「今から七日後の満月の夜に、アウラはリュグナーの手引きで逃亡する」
ラヴィーネ「それは本当の話なのか?」
ユーベル「私がリーニエに誘拐された時、たまたま聞いたんだ。だけど今となっては、私たちに関係ないことだね。彼女たちが逃亡する時が脱出のチャンスだと思っていたけど」
ラヴィーネ「結界がある以上、どさくさに紛れて、という訳にはいかないな」
ユーベル「そう。アウラたちが逃亡に成功したら、不要になった私たちは皆殺し。ソリテールに告げ口してアウラたちが殺されても結果は同じ」
ユーベル(ソリテールに告げ口するカードは直前までとっておきたい。できるだけみんなには、惨たらしく死んでほしいから)
ラヴィーネ「いや、脱出できるぞ」
ユーベル「え?」
ラヴィーネ「だからカンネはあんな話をしたのか」
ユーベル「どういうことかな?」
ラヴィーネ「アウラは自身の魔法で、ソリテールに服従している。逃亡するためには服従の天秤を解除しなければならない。そのアウラが結界の外に出れば、ソリテールは結界を破壊して追いかける必要がある」
ユーベル「そっか……」
ユーベルも盲点だったようで動揺している。
ラヴィーネ「アウラたちの逃亡を成功させれば、私たちの助かる可能性が高くなる。ただこの話をアウラやリーニエにすれば、協力どころか、口封じをされるかもしれない」
ユーベル「そうだね。彼女たちにしてみれば、致命的な秘密を知られているわけだから」
ラヴィーネ「しばらく様子見だな。お前はリーニエの動向を監視していてくれ」
ユーベルが立ち止まる。
ラヴィーネ「どうした?」
ユーベル「うーん、私ちょっと用事思い出した」
ラヴィーネ「そうか」
二人は分かれる。
ユーベル「脱出できる可能性? 何それ、つまんない」
○廃城の厨房。夕刻。
ラヴィーネとカンネが夕食の準備をしている。
カンネ「結局、何も見つからなかったね」
ラヴィーネ「明日は地下にスペースのない部屋を確かめてみよう」
カンネ「そうだね」
ラヴィーネ「それよりカンネ、お前ーー」
ユーベルの話を黙っていたことを問い糺すつもりだったが、ラヴィーネはやめる。
カンネ「何?」
ラヴィーネ「いや、なんでもない」
ラヴィーネ(こいつなりに私のことを考えて黙ってたんだろう。この件は私が、アウラたちの動向を監視して、様子を見てから改めて話をしよう)
そこへリーニエが一人、厨房に現れる。
リーニエ「お腹空いた」
ラヴィーネ「リンゴでも食ってろ」
カンネ「ラヴィーネ! リーニエ、ごめんね。もう少し待ってて。簡単なものならすぐに用意するけど?」
リーニエ「我慢する」
カンネ「ソリテールやアウラも、もうすぐ帰ってくると思うから、一緒に食べよう」
リーニエ「うん」
カンネは立ち去ろうとするリーニエを呼び止める。
カンネ「ねぇ、リーニエは何が好きなの?」
リーニエ「リンゴ」
カンネ「人の肉とリンゴはどっちが好きなの?」
リーニエ「うーん……」
リーニエ、腕組みして思案する。
リーニエ「うん。一緒に食べると美味しい!」
カンネ「そ、そっか」
カンネ「ねぇ、もし人間より美味しい料理があったらどうする? もう人を食べない?」
リーニエ「人肉は美味しいから食べる」
カンネ「じゃあ、人を食べると食べられないとしたら?」
リーニエ「うーん」
カンネ「たとえば、人を食べるとリンゴが食べられなくなるとしたら?」
リーニエ「それは困る。どっちも食べたい」
カンネ「そっか」
カンネ(もし人間より美味しいと思わせることができれば、リーニエは説得できる?)
ラヴィーネ「人肉の何が美味いんだ。魔族の味覚は理解できねェ」
カンネ「魔族の味覚か……」
○廃城の外。夜。
ソリテールとアウラが帰還する。
ソリテールはアウラに支えられて、やっと立っている状態だった。
アウラ「リーニエ! ちょっと手伝って!」
リーニエは二階のバルコニーから飛び降り、二人の前に立つ。
リーニエ「どうしたの?」
そこでソリテールの負傷に気付く。
リーニエ「え、何があったの?」
アウラ「ソリテールを部屋に運んで。私、もう体力の限界……」
ソリテール「ごめんね……」
リーニエは魔力探知する。目立つ外傷は左肩だが、打撲や骨折、内臓が破裂し、体内に深刻なダメージを受けていた。
リーニエはソリテールを抱きかかえる。
バルコニーにラヴィーネとカンネが現れる。
カンネ「どうしたの?」
アウラ「あなたたち、回復魔法使える?」
カンネ「応急処置程度なら」
アウラ「なら手伝いなさい!」
○アウラの寝室。
寝台にソリテールを寝かせる。
五人がソリテールを見守る。
ソリテール「ありがとう、みんな……」
ソリテールは弱々しく微笑む。
カンネ「止血と、簡単な治療は済んだけど……」
ラヴィーネ「内臓のダメージが深刻だな」
リーニエ「痛覚は遮断したけど、炎症は抑えられない」
ユーベル「ねぇ、これ死ぬの?」
ソリテールの死によってもたらされるもの。人類は永遠に結界から出られなくなる。魔族は人類と殺し合うことになる。
そのことを想像して、リーニエやカンネは沈黙した。
アウラ「別にこのぐらい、寝れば治るわよ」
カンネ「本当? よかった」
ソリテール「心配かけてごめんね。私は大丈夫よ……」
顔色は白く、呼吸も弱々しい。
カンネ「誰か一人、そばにいた方が?」
ラヴィーネ「私が見ておく。お前らは夕食済ませとけ」
アウラ「私が見てるからいいわよ。もう用が済んだのだから、さっさと出て行って」
ラヴィーネ「お前にまともな看護ができるのか?」
アウラ「ここは私の寝室よ! さっさと出て行きなさい!」
カンネ「ラヴィーネ、行こう。ユーベルも」
アウラ「リーニエも。いいから」
リーニエ「分かった」
四人は寝室を出る。
○寝室の外。
ラヴィーネはカンネの腕を掴んで立ち止まらせ、リーニエとユーベルが先に食堂へ向かうのを見送る。
カンネ「ソリテールが心配だね」
ラヴィーネ「それよりも、私たちは私たちで警戒した方がいい」
カンネ「どういうこと?」
ラヴィーネ「もしもアウラがソリテールを殺せば、私たちは外に出ることができないどころか、アウラの服従下に置かれる可能性がある」
カンネ「それでラヴィーネ、さっきあんなこと言ったんだ」
ラヴィーネ「できれば私かお前がそばについてる方がいいんだが。ただ熱にうなされて、暴れられたら危険だな」
カンネ「アウラ一人にして大丈夫かな?」
ラヴィーネ「まあ、アウラ自身は戦闘向きじゃない。私たちを服従させて、ソリテールを殺すように仕向けるか、リーニエが手を下す可能性がある」
ラヴィーネ「私たちは必ず二人で行動して、アウラの魔法を警戒しつつ、リーニエの動向に注意するぞ」
カンネ「うん、分かった!」
ラヴィーネ「……あるいはソリテールを脅迫して、結界を解除してもらうか」
○アウラの寝室。
アウラはソリテールを裸にして、その上に覆い被さる。
ソリテール「ふふ。今日はそんなことしなくても大丈夫だよ」
アウラ「こうした方が怪我が早く治るのよ」
アウラはソリテールの左肩の傷を舐める。すでに魔法で傷口は閉じていた。
ソリテール「そうなの?」
アウラ「昔、私が怪我してた時、リーニエがしてくれたのよ」
アウラはソリテールの腕の打撲痕や、細かな擦り傷を舐める。
ソリテール「くすぐったい……」
アウラ「我慢しなさい」
ソリテール「はい」
ソリテールは嬉しそうに笑った。
アウラは舌を這わせ、胸元を舐め、そのまま下へと進み、腹部や臍を舐める。
ソリテール「ん、ふぅ……」
アウラ「変な声出さないで」
アウラはソリテールの全身を舐めた。
ソリテールは自身が濡れていることに気付いたが、体力的に不可能なので断念した。
ソリテール「ありがとう、アウラ」
アウラ「大魔族である私がしたんだから、もう大丈夫よ」
アウラは体を離し、寝台に腰かける。
ソリテール「どうしてここまでしてくれるの?」
アウラ「あなたには早く治ってもらわないと。あんな奴が出てきた以上、リーニエでは荷が重いわ。治ったら、不死の軍勢を増やすのを手伝ってもらうわよ」
ソリテール「そうだね。今日の分は、ほとんど失ってしまったからね」
アウラ「とりあえずさっさと寝なさい。また後で来るから」
立ち上がろうとするアウラの腕をソリテールは掴む。
ソリテール「行かないで……」
アウラ「別に私がいても、他に何もできないわよ」
ソリテール「いてくれるだけでいいの」
アウラ「意味が分からない」
ソリテールは手から力を抜く。アウラはそのまま座っていた。
ソリテール「行かないの?」
アウラ「あなたがいてほしいって言ったんじゃない。別にいてあげるわよ」
ソリテール「ふふ。アウラ、好き」
アウラ(これ私も好きって返した方がいいのかしら?)
アウラ「私も好きよ」
不意にソリテールの瞳に、<服従させる魔法>発動時の渦巻きが現れた。
ソリテール「え、これって」
アウラ「どうして? どういうこと?」
ソリテール「ああ、そうか。魔力量が逆転したんだ……」
アウラ「え、それじゃあ、私は!?」
ソリテール「うん。アウラはもう、自由だよ」
アウラ「やったーーー!!」
アウラは立ち上がり喜ぶ。
アウラ「やっと解放された! 長かった! もうあんなことしなくていいのね! さすがは私! 五百年以上生きた大魔族!!」
ソリテール「ふふ。私のこと殺すの?」
アウラは寝台の上で弱々しく微笑むソリテールを見る。
アウラ「そんな勿体無いことする訳ないじゃない。今までされてきたことの分、仕返しさせてもらうわ」
ソリテール「それは楽しみだ」
アウラ「さぁ、何をさせようかしら」
アウラはうっとりと笑った。