第3日目。月齢8。満月まで後6日ーー
○アウラの寝室。朝。
ソリテールは眠っている。アウラが起き上がる際、袖を掴んでいた彼女の手が離れた。
アウラ「……死んでないわよね?」
顔を近づけて寝息を確認する。
どこか穏やかな寝顔。閉じた目のまつ毛は長く、高く小さな鼻と、薄く細い唇が愛らしかった。
思わずキスしそうになって我に返る。
アウラは寝室を出て食堂へ向かう。
アウラ(すっかり忘れてたけど、あの二人は始末しないと)
○廃城の回廊。
寝室を出るとすぐ、アウラはリーニエと出会した。
リーニエ「アウラ様」
アウラ「リーニエ、ちょうどいいところに! ねぇ、聞いてーー」
リーニエ「お姉様を殺すべき」
アウラ「何よ急に? どうしてよ?」
リーニエ「お姉様を殺せるのは、今しかない」
アウラ「別に彼女には、これからも私に協力してもらうわ」
リーニエ「危険すぎる。<百合を咲かせる魔法>が存在しないことが分かれば、私たちが殺される。今なら殺せる」
アウラ「もうその心配はないのよ」
リーニエ「もしできないのなら、私にかけられている服従魔法を解除してくれればいい。私が殺す」
アウラ「リーニエ、どうしたの?」
リーニエ「アウラ様こそどうしたの? 今を逃したら次はない。せめてアウラ様自身の服従状態を解除して、今すぐにでも逃げるべき」
アウラ(魔力量が逆転したことを話せば、今すぐにでも殺しに行きそうね……それは困るわ……)
リーニエ「それに今、アウラ様の差し迫ったリスクは、人類側がアウラ様を殺害しようとする可能性があること」
アウラ「どうしてよ?」
リーニエ「この好機に、ラヴィーネやカンネは、お姉様を脅迫して結界を解除させようとするはず。その際にアウラ様を殺害しようとする可能性がある」
アウラ「それならあなただって」
リーニエ「私の場合は、アウラ様が死ねば、私も結界の中に閉じ込められる。アウラ様が死んだら、私が人類側の妨害をする理由がなくなる」
アウラ「……裏切るの?」
リーニエ「アウラ様は死んでいるのに、裏切ることになるの? 結界解除後、排除すべきと判断すれば排除するけど」
アウラ「……だったら今すぐにでも、あの二人を、私の魔法で服従させればいいのね?」
リーニエ「当面のリスクは回避できるけど、お姉様が回復した後、もうこんな好機は来ない。だから私はあの二人を服従させるのに絶対協力しない」
アウラ「……一人でやれってこと?」
リーニエ「片方を服従させている間にゾルトラークを撃たれれば死ぬよ」
アウラ「……分かった。考えとくわ」
リーニエ「今すぐ決めて!」
アウラ「この私が決めるの! どうするかは私が決める!」
リーニエ「アウラ様はただ傲慢で高飛車なだけで頭が悪いんだから、私の言う通りにすればいい」
アウラ「な、なによ!」
アウラは顔を赤くし、涙をこぼした。
アウラ「リーニエのくせに!」
リーニエ「ごめん、言い過ぎた。でも頭が悪いのは本当」
アウラ「うるさい! これ以上この話をしたら、本気で怒るから!」
リーニエ「…………」
リーニエ(こうなったアウラ様には何を言っても無駄。隙を見て、私がお姉様を殺すしかない。<服従させる魔法>にどの程度逆らえるかが問題だな……)
○廃城の食堂。
ソリテール不在の食卓。それぞれいつもの席に着く。
ラヴィーネとカンネによって食事が用意されていた。
カンネ「アウラ、おはよう。ソリテールは大丈夫?」
アウラ「ええ。大丈夫よ」
カンネ「昨日は何があったの?」
アウラ「何にもないわよ」
ラヴィーネ「嘘つけ。人類側の魔法使いにやられたんだろ」
アウラ「…………」
ラヴィーネ「誰にやられたんだ?」
アウラ「それがあなたに何の関係があるの?」
ラヴィーネ「別に」
ユーベル「人類側にソリテールを倒せる魔法使いが存在する、ってことか」
アウラ「敗れた訳じゃないわ……」
ユーベル「逃げてきたんだ?」
アウラ「逃げたんじゃないわよ! 戦略的撤退よ!」
ユーベル「やっぱり逃げたんだ」
アウラ「何が言いたいの?」
ユーベル「ソリテールが絶対的に強いわけじゃないってこと。このままソリテールに従い続けて、アウラたちも大丈夫なのかな?」
カンネ「ユーベル、やめなよ」
ユーベル(アウラがソリテールを裏切れば、ラヴィーネたちはソリテールを守るために、泥沼の殺し合いになる。アウラが死ねば、ソリテールによって皆殺しにされる。これが一番理想的な流れ)
アウラ「どうするかは私が決めること。人類如きが私に意見するな」
リーニエは無言で肉にかぶりついている。
ラヴィーネとユーベルはアウラを睨む。
アウラは顔を背け不機嫌そうだった。
カンネはこの空気に耐えきれない。
カンネ「ねぇ、アウラ。ソリテールのお見舞いに行ってもいい?」
アウラ「嫌よ。私の部屋なんだから」
ユーベル「本当はもう死んでたりして」
ユーベルは不敵に笑った。ラヴィーネが殺気立つ。身構えたラヴィーネの腕をカンネが掴む。それにリーニエが立ち上がりかける。
アウラ「死んでないわよ。まだ眠っているだけ」
ラヴィーネ「アウラ。ソリテールを殺したらどうなるか分かっているな?」
アウラ「殺すって何よ? それと、あまり人類如きが調子に乗らないで。この私と対等な口を利くだけでもおこがましい」
カンネ「ラヴィーネ、やめて! アウラも、ごめんなさい。ソリテールが起きたら、お見舞いに行っても大丈夫か聞いてもらってもいい?」
アウラ「別にいいわよ」
アウラは席を立つ。
アウラ「どうしてわざわざあなたたちと一緒に食事をするのか、意味不明で不快だわ。私は自分の部屋で食べるから、あなたたちも好きにしなさい」
アウラは自分の分と、ソリテールの分を持って食堂を出る。
○アウラの寝室。
ソリテールが目覚めて上体を起こしていた。
ソリテール「おはよう、アウラ」
アウラ「起きたのね。生きててよかったわ」
ソリテール「おかげでだいぶ治ったよ。今ならアウラの肩や足を揉んだりできるよ」
アウラ「そう? まずは食事にしたら?」
ソリテール「持ってきてくれたんだ。ありがとう」
カンネが気を利かせたのだろう。ソリテールの分はスープだった。鳥肉と野菜が入っている。
ソリテール「いただきます」
スプーンが指から滑り落ちる。
ソリテール「あれ?」
アウラ「全然治っていないじゃない」
アウラはスプーンを拾い、スープを掬ってソリテールの口に運ぶ。
ソリテールが不思議そうにアウラを見ていた。
アウラ「何しているの? 早く食べなさいよ」
ソリテール「うん」
ソリテールは嬉しそうに微笑み、口を開き、スプーンを咥える。口に含み中身を受け取ると、するりと唇からスプーンが滑り出す。
アウラ「食べられそう?」
ソリテール「うん。とても体力を使ったから、お腹が空いたわ」
アウラ「よかったわね」
アウラ(リーニエの見立てだと内臓が破裂していたはずだけど、どうにかなるものなのね)
アウラは再度、ソリテールの口に運ぶ。
ソリテールはそれを口で受け取る。
アウラ(あれ、私がソリテールを服従させているはずなのに、どうして私が世話しているのかしら……)
ソリテール「美味しい。カンネが作ったのかな」
アウラ「そうね。あの二人は、もう少し生かしておいてもいいかもしれないわね」
ソリテールが再び不思議そうな顔をした。意外なことに対して彼女は、いつも眠そうな目を大きく見開く癖がある。
アウラ「もうあの二人を生かしておく必要はないでしょ。あなたが回復するのに多少は役立ちそうだから、それまでは生かしておくけど」
ソリテール「そっか。そうだね。寂しくなるな」
アウラ「あなたがちゃんと管理しておくなら、服従状態で首を切らずにおくけど?」
ソリテール「いいの?」
アウラ「あなたが回復した後でね。私一人だと手に余るわ。その代わり絶対に私を守るのよ」
ソリテール「うん。約束する」
アウラは再びソリテールの口に食事を運ぶ。
それをソリテールは嬉しそうに口にした。
アウラ「口周り、汚れているわよ」
食事を終えたソリテールの口元を、アウラは布巾で拭う。
ソリテールはされるがままだった。
アウラは食器を片付け立ち上がる。
アウラ「片付けてくるわ。あなたはそこでじっとしているのよ」
アウラは去ろうとする。その背をソリテールは呼び止める。
ソリテール「ねぇ、アウラ」
アウラ「なに?」
ソリテール「名前で呼んで」
アウラ「どういうこと?」
ソリテール「“あなた”じゃなくて、名前で呼んでほしい」
アウラ「別に、そのぐらい構わないけど……」
ソリテール「呼んで」
アウラ「……ソリテール」
ソリテール「嬉しい。初めて名前で呼んでくれたね」
アウラ「あなたが変な名前で呼ばせたからじゃない……」
ソリテール「“あなた”じゃないよ。ソリテールよ」
アウラ「……ソリテール。すぐに戻るけど、私以外、誰も中に入れては駄目よ」
ソリテール「はい、アウラ」
ソリテールは嬉しそうに、素直に答えた。