○廃城の通路
ラヴィーネとカンネはいったんアウラたちから離れる。その途中、立ち尽くすリーニエを見つける。
ラヴィーネ「リーニエ、どういうことだ!?」
カンネ「やめてラヴィーネ!」
ラヴィーネはリーニエの胸倉を掴む。
カンネはラヴィーネの腕に縋りつく。
リーニエはラヴィーネに掴まれたことにさえ気付かない様子で、人形のように放心していた。
ラヴィーネ「アウラが裏切ったぞ!」
語弊のある言い方だが、ラヴィーネは言葉を選んでいる余裕がない。
ラヴィーネ「ソリテールを殺して解放されたいんじゃなかったのか!?」
リーニエ「アウラ様……どうして……」
ラヴィーネ「いい加減にしろ!」
ラヴィーネはリーニエの顔面を殴りつける。それにリーニエは力なく倒れる。
カンネ「やめて! もうやめて!」
カンネが甲高い声で叫ぶ。
ラヴィーネは膝をつくリーニエと、自身の拳を見て、微かに戸惑った様子を見せつつ、冷静になる。
ラヴィーネ「アウラがソリテール側についた。何を考えているのか、企んでいるのかは分からない。そもそも何も考えていない、理解していない可能性もあるが。ただお前がここにこうしていることで、少なくともお前がソリテール側ではないことは確信した」
リーニエ「…………」
ラヴィーネ「それでお前はどうするつもりだ? このままアウラと心中するつもりなら、今この場でお前を殺す」
ユーベル「何の騒ぎ?」
そこへ騒ぎを聞きつけたユーベルが通りかかる。
ラヴィーネ「ソリテールに結界を解除させようとしたが、アウラに妨害された」
ユーベル「へぇ」
ユーベル(アウラがソリテールについたのは予想外だけど、これはこれでいいね)
ユーベルはうずくまったリーニエの隣に身を屈め、耳元で囁くように言う。
ユーベル「かわいそう。捨てられちゃったね」
弾かれたようにリーニエが起き上がり、ユーベルを押し倒す。
ラヴィーネ「おい!」
ユーベル「大丈夫」
ユーベルは不敵に微笑む。
その顔を、歯を食いしばり、顔を真っ赤にしたリーニエが睨む。
ユーベル「アウラはリーニエじゃなくてソリテールを選んだんだね」
リーニエ「違う!」
ユーベル「何が違うのかな? ソリテールを殺して解放される絶好のチャンスだよ。それなのにアウラはソリテールに味方する。どうしてだろうね?」
リーニエ「あなたに何が分かるの?」
ユーベル「分かるよ。簡単なこと。簡単だけど魔族は理解できない、理解を拒絶している感情。アウラはソリテールのことが大好きになったんだよ。リーニエよりもね」
リーニエ「私たち魔族にそんな感情はない!!」
ユーベル「そうかな? 魔族は他者に共感する感情が欠落しているというけど、人も同じ。感情が欠落した人もいる。それでも擬似的に人のふりをして振る舞っていると、いつの間にか自分にも愛情があるように錯覚するんだ。そもそも愛なんて、恋なんてね、錯覚なんだよ。アウラはソリテールを愛していると錯覚しているんだ」
リーニエ「……どうすればいい?」
ユーベル「アウラの目を覚ましてあげよう。ソリテールを殺して、本当に大切にすべきなのはリーニエだと錯覚させてあげよう」
リーニエ「…………」
ユーベル「ラヴィーネ、カンネにも協力してもらおう。二人もいいよね?」
ラヴィーネ「ああ……」
ラヴィーネ(ユーベルのやつ、リーニエを飼い慣らしているのか……)
○アウラの寝室前・昼過ぎ
四人は間を置かずアウラの寝室に向かった。
リーニエ「気配がない」
ラヴィーネ「逃げたか?」
ラヴィーネは歯噛みする。
ユーベル「魔法を使えないソリテールに、戦闘向きじゃないアウラ。どこかに潜伏して奇襲を狙ってくる可能性もあるね」
ラヴィーネ「四人で固まって行動するぞ」
リーニエ「魔力探知する」
ユーベル「あ、気をつけた方がいいよ。ソリテールは魔力制限できるみたいだし、二人とも魔力を消してたら、一方的に私たちの居場所が知られるだけだから」
ラヴィーネ「じゃあどうしろってんだよ?」
ユーベル「魔力探知をするのは一人だけ。私たちが一緒に行動していることを知られないようにする。予測はできるかもしれないけど、他の三人の位置を特定できなければ、有利に運べるかも」
ラヴィーネ「なら私が魔力探知をする。いいな?」
ユーベル「私は魔法が使えないから。お願いするね。リーニエもいいよね? 特にリーニエは、私たちと一緒に行動していると確信させたくない」
リーニエ「どうして?」
ユーベル「リーニエがどちらについたか確信させないことで、油断を誘うことができるかもしれない。いくら戦闘向きじゃないアウラでも、<服従させる魔法>は致命的。用心に用心を重ねても、まだ不用心だ」
ラヴィーネ「御託はいい。魔力探知をするぞ」
ユーベル「その瞬間から、一瞬たりとも気を緩めちゃ駄目だよ。殺し合いの合図だ」
ラヴィーネは水面に水滴が落ちるように、魔力の波紋を広げる。その波紋は魔力を持つものに触れると反射して、位置を知ることができる。
ラヴィーネ「か細い魔力と強大な魔力──ソリテールとアウラは廃城の外だ」
ユーベル「逃げるつもりだね。急いで追いかけよう。結界の外までは、直線で一時間ぐらいかな? 手負いのソリテールが一緒とはいえ魔族の身体能力。猶予はない」
カンネは何一つ言うべき言葉が見つからず、ただラヴィーネを怯えた瞳で見つめていた。
四人は寝室を後にし、二人の魔力を感知した方向へ駆ける。
○廃城の外・周辺の森の中
ソリテールはアウラに背負われながら、二人は森の中を行く。道というべき道はなく、木々の合間を縫って歩く。
アウラは微かに息が上がっていた。
ソリテール「ごめんね。重たいよね」
アウラ「別にいいわよ。またラヴィーネたちが来る前に、早く結界の外に出ないと……」
ソリテール「アウラの髪、ふかふか。柔らかくていい匂い」
アウラ「こんな時に随分と余裕じゃない……」
ソリテールが後ろから回した手に、微かに力が入る。
ソリテール「──今、魔力探知がされた」
アウラ「そうね……ラヴィーネかしら……」
ソリテール「追ってくる」
アウラ「ラヴィーネとカンネの二人? 念のため、私たちも魔力探知で確かめる?」
ソリテール「そうすると、正確に居場所がバレるかも。それよりもアウラ、魔力を消して」
アウラ「気配を消してやり過ごすのね?」
ソリテール「うん。飛行魔法の使える二人が上空から追いかけて来たら逃げられない。森の中を探索させることで時間を稼ごう」
アウラ「そうね」
ソリテール「それか私を置いてアウラだけ逃げて。結界がある限り、彼女たちは私を殺せないから。アウラは、あの二人に殺される可能性がある」
アウラ「何度も説明させないで。この私が人類如きに屈するなんて許されない。あなたを連れて脱出し、必ず奴らに報復する。私に逆らうことが許されないことを、身をもって教えてあげるわ」
ソリテール「ありがとう、アウラ。回復したら、必ず君を守るから」
アウラ「そうよ! 感謝しなさい! そしてこの私が世界を支配した暁には、この私の右腕として働いてもらうわよ!」
ソリテール「楽しみだ。その未来、一緒に見たいな」
アウラ「私たち魔族は悠久の時を生きるわ。他の魔族はその時間を無駄なものみたいに言うけど、私の栄光が燦然と輝く素晴らしい世界よ!」
ソリテール「うん。素敵。なぜ私が生まれたのか、今日まで生きてきたのか、理由が分かったよ」
アウラ「この私のためよ! 光栄に思いなさい!」
ソリテール「うん。大好きだよ、アウラ」
○廃城の外・周辺の森の手前
三人の人類と一人の魔族が森の前に立つ。
ラヴィーネ「あれから二人の魔力は探知できなくなった」
ユーベル「この森を抜けて結界の外に出るつもりなんだろうけど、引き返して別のルートにしていたらおしまいだね」
リーニエ「アウラ様の残留魔力は森の中に続いている。仮に引き返していても、それを追いかければ私の足なら追いつける」
ラヴィーネ「それなら、私とカンネは上空から。リーニエとユーベルは地上から追跡しよう。発見した場合の合図はどうする?」
ユーベル「なるべく奇襲する方がいいけど、個別に戦闘になる方が危険だね。ラヴィーネとカンネは追跡がバレてると思うから、二人は発見した方が魔力探知を使って合図をするのは?」
ラヴィーネ「警戒はされるかもしれないが、仕方ないな」
ユーベル「私たちはリーニエがアウラを無力化したタイミングで魔力探知を発信するね」
ラヴィーネ「分かった──全員、作戦は理解しているな?」
一同はうなずく。
ラヴィーネ「二人が脱出する前に見つけないと終わりだ。アウラの無力化後、私かカンネがソリテールの足を撃ち抜く。最悪ソリテールは殺しても構わない。アウラだけは確保する」
リーニエ「アウラ様は私が無力化する。手出しは許さない」
ユーベル「それで私は囮?」
リーニエ「身体能力の一部を戻すのが条件」
ユーベル「まあいいけどさ」
ラヴィーネ「作戦を確認するぞ。ユーベルが囮になってアウラの注意を引きつける。その隙にリーニエがアウラを無力化。そして私たちがソリテールを捕獲あるいは抹殺する」
ユーベル「了解〜」
カンネ「ねぇ、やめようよ……」
ラヴィーネ「もう後に引けない。このまま結界に取り残されて餓死するか、回復したソリテールが殺しに戻ってくるのを待つか。私たちが生き延びるには、ここで決着をつけるしかない」
カンネ「でも、ソリテールあんなに弱ってるし、本当に結界を解除することができないのかも……」
ラヴィーネ「本当にそう思っているのか?」
カンネ「え?」
ラヴィーネ「いや……それにソリテールが結界を解除できなくても、アウラの<服従させる魔法>に一時的に掛かることで結界の外に出ることができる。アウラを脅迫して一人ずつ服従状態になり、結界の外に出てから解除させる。リーニエ、いいな?」
リーニエ「その代わりお姉様を確実に殺して」
ラヴィーネ「当然だ。あいつが生きている限り、私は──」
○森の中
ユーベル「ねぇ、何も私が囮にならなくても、リーニエが声をかけて油断させればいいんじゃないの? リーニエならアウラも油断して、味方だと思うかも」
リーニエ「アウラ様は私がお姉様を殺したいことを知っている以上、私を警戒している」
ユーベル「そっか」
リーニエ「それに、アウラ様が私に命令した」
ユーベル「ん? 主従関係なら普通じゃない?」
リーニエ「<服従させる魔法>を使って私に命令した……」
リーニエの顔は青ざめ、歯軋りし、奥歯が砕けるような音がした。
ユーベル(よく分からないけど、そのことがリーニエにとって受け入れがたいことなんだ。どうせもうすぐみんな死ぬから、別にどうでもいいけど)
* * *
アウラの背中で、ソリテールは周囲に注意を払う。
ソリテール「アウラ、風を切る音が聞こえる」
アウラ「木陰に隠れてやり過ごすわ」
ソリテール「それと足音。一人? ユーベルかな」
アウラ「上空にラヴィーネとカンネ。地上からユーベル。挟み撃ちにするつもりね」
ソリテール「ユーベルはリーニエに魔法が封じられているはず。たぶん囮。ユーベルをやり過ごすか、あるいは利用して、二人を誘き寄せて迎撃する?」
アウラ「いい考えね」
ソリテール「私を囮にしようか。ユーベルに私を発見させて、アウラが陰からラヴィーネとカンネを服従させる」
アウラ「なかなかいいと思うわ! 採用よ!」
ソリテール「ふふ。嬉しい。ありがとう、アウラ」
* * *
リーニエ「この周辺にいる」
ユーベル「よく分かるね」
リーニエ「私にはアウラ様の<服従させる魔法>が掛けられている。たとえ魔力を消しても、魔法が発動している限り、私の魂と結びついた魔力までは消すことができない」
ユーベル「そう。ロマンチックだね」
リーニエ「……ユーベル。一人で索敵して。発見したらアウラ様に<服従させる魔法>を発動させて。その隙に私がアウラ様を無力化する」
ユーベル「は〜い」
* * *
木の幹に寄りかかったソリテールをユーベルが見つける。
ユーベル「あ、ソリテール発見〜。あれー、アウラは〜?」
ユーベルはわざとらしく辺りを見回す。
そして大声で言う。
ユーベル「アウラ! リーニエが来てるよ!」
リーニエ「ユーベル!?」
ユーベル「リーニエはアウラを無力化するつもりだよ!」
ユーベルはリーニエのいる方向を指差す。
それにアウラは大きな声で叫ぶ。声が届けば命令の入力は成立する。
アウラ「“命令、リーニエ!”」
リーニエ「クソっ!!」
もはや声の届かない範囲まで逃げるのは間に合わないと判断した。
リーニエ(命令が完了する前にアウラ様を無力化する──)
リーニエは俊敏な肉食獣のように身を低く、アウラの声がする方へ一路に駆ける。そこへユーベルは体ごと飛び出し、二人まとめて転倒した。
アウラ「“平伏しなさい!”」
命令は完了した。リーニエの体は意に逆らって、地面に這いつくばる。
リーニエ「ああああああああっ!!!」
リーニエは絶叫した。
これから降りかかる死に対してか、アウラの未来に対してか。彼女にも分からなかった。
自棄になったのか、魔族特有の冷静な計算によるものか、同時に魔力探知を飛ばしていた。
アウラ「ラヴィーネとカンネが来る──」
木々の合間を駆け抜けて、ラヴィーネとカンネが飛来する。
ラヴィーネは地面に転がったリーニエとユーベルに気付く。
ラヴィーネ「リーニエの野郎、しくじりやがった!!」
カンネ「ラヴィーネ、引き返そうよ!!」
ラヴィーネ「駄目だ! ここで決める!!」
既にアウラが服従の天秤を構えていた。
ラヴィーネは決断する。アウラを殺しソリテールに結界を解除させ殺す。
ラヴィーネ「<氷の矢を放つ魔法>!」
アウラ「<服従させる魔法>」
ラヴィーネの魂が天秤に引き寄せられる。それが天秤に乗せられるより早く、ラヴィーネの氷の矢が放たれた。
それはアウラを貫く寸前、服従状態を一時的に破ったリーニエに打ち砕かれた。戦斧に砕かれた氷の破片がアウラの頬を切った。
ラヴィーネ「馬鹿野郎おおおおお!!」
ラヴィーネの判断はリーニエに到底許容できるものではなかった。
彼女たちの相剋を、ユーベルは地面に転がりながら眺めていた。
ユーベル「ふふ、いいね。殺し合え」
ラヴィーネの魂が天秤に乗り、アウラの魂の乗った受け皿が下に傾く。
服従魔法が完了した。
ラヴィーネ「カンネ、アウラを撃て!!」
アウラ「ラヴィーネ、私を守りなさい!」
ラヴィーネ「クソッタレ……!!」
ラヴィーネはアウラとカンネの射線上に立ち塞がる。
それに対してカンネは攻撃の構えさえとっていなかった。
カンネ「やだ……やだよぉ……」
ラヴィーネ「いいから私ごと撃て!! 私ごとアウラを撃て!!!」
カンネ「できない……できないよぉ……」
カンネはぐずりだす。
ユーベル「なんだ、もう終わり? つまんない」
ユーベル(ラヴィーネがアウラを殺して、リーニエがラヴィーネを殺してリーニエをカンネが殺す。そして私がソリテールを殺して自害して、カンネが孤独に餓死するのが理想的だったのにな)
戦意がないのを確信し、アウラはようやく緊張感から解放される。
アウラ「……ちょっと漏らしたわ」
* * *
アウラは<服従させる魔法>で動けなくなったリーニエに近づく。
アウラ「リーニエ、私を裏切ったのね」
リーニエ「違う! 私はアウラ様を守りたかっただけ!」
アウラ「何から守るっていうのよ」
リーニエ「いずれアウラ様はお姉様に殺される! だから私は──」
アウラ「ちゃんと話すべきだったけど──まさか私を裏切って人類側につくとは思っていなかったわ──ソリテールは私の<服従させる魔法>で服従状態になっているわ。もうその心配はないの」
リーニエ「アウラ様、何を言っているの?」
アウラ「魔力量が逆転したのよ」
リーニエ「そんなわけない!!」
アウラ「ソリテールは私に服従しているの! いい加減理解しなさい!!」
ソリテール「アウラ」
ソリテールが後ろからアウラを抱きしめる。
アウラ「結果的に裏切り者と人類どもを服従させたわ。これで逃げる必要もないわね」
ソリテール「そうだね。さすがはアウラだ」
アウラ「もっと誉めなさいよ!」
リーニエ「アウラ様、早く殺して! 早くお姉様を殺して!!」
アウラ「ちょっと、リーニエ? いい加減に──」
ソリテール「ありがとう、アウラ。私のことを殺さないでいてくれて」
アウラは奇妙な感覚に襲われた。この五百年で一度だけ味わった感覚だった。
アウラ「……どういうことよ?」
脳を鷲掴みにされる感覚。頭の中を掻き回されるような感覚。自意識が黒く塗りつぶされていき、別の何かに塗り替えられていくような感覚──<服従させる魔法>に掛けられた感覚だった。
アウラとソリテールの魔力量が再び逆転した。
アウラ「なんで……どうして……」
ソリテール「魔力のリソースを全て、失った臓器の代用となる術式の構築に回していたの。それが完了した。だからその分の魔力が戻ってきた」
アウラ「ひどい……私のこと、騙していたのね……」
ソリテール「ごめんなさい。私が本当に恐れたことは、私が殺されることではないの。君を失うことが怖かった」
アウラ「うう……」
アウラは泣き始める。
ソリテールはアウラに頬ずりする。
ソリテール「泣かないで、アウラ。大丈夫だよ。これからは私が必ず君を守るから。大好きだよ」
アウラ「もうやだぁ……」
ソリテール「さぁ、みんな。一緒に帰ろう。そしてこれからの世界の話をしよう」
号泣するアウラと、彼女を抱きしめ恍惚とするソリテール。その光景は、この怪物による地獄の支配がさらに苛烈に復活することを十分に明示していた。
リーニエとラヴィーネは知らず叫んでいた。カンネは放心していた。ユーベルは不敵に微笑んだ。
○廃城の食堂・昼下がり
テーブルを囲んだ五人は一言も発さなかった。
いつもの席順に座る五人の前に、ソリテールが紅茶の入ったカップを並べる。
ソリテール「紅茶でも飲みながら、ゆっくりお話ししましょう」
スカートをひらめかせ、上機嫌な様子。つい先程までの殺し合いなど無かったかのような振る舞いだった。
ユーベルだけカップを手に紅茶を啜る。
それ以外の四人は沈鬱な表情で俯いていた。
ソリテールは席につき、自身もカップを手にする。
ソリテール「大切な話が三つあるよ。まずは一つ目。これからの君たちのことを話そうか」
ユーベル「具体的にどんなこと?」
ソリテール「まず功績と罪禍に応じて、君たちに賞罰を与えるわ」
ユーベル「それは楽しみだね」
ソリテール「ユーベル。君は私たちにリーニエの裏切りを教えてくれたね」
ユーベル「そうだね」
ソリテール「城内での自由行動の許可と、部屋を与えるわ」
ユーベル「どうも」
ソリテール「入れ替わりでラヴィーネには今後、不死の軍勢の世話と、家畜小屋で生活をしてもらう」
それに青ざめた顔でカンネがソリテールを見る。
ソリテール「カンネ、どうしたの?」
カンネ「……ラヴィーネのこと、殺したり、ひどいことしない?」
ソリテール「ええ。約束するわ」
そこでカンネは安堵の息を漏らした。
ソリテール「カンネは何度も私のことを庇ってくれたから、君の大切な恋人にひどいことはしないって約束するよ」
カンネ「ありがとう、ソリテール」
ソリテール「だけど罰は与えないとね。大丈夫。傷つけたりしないから」
ソリテールは不意にリーニエを見る。
リーニエは人形のように微動だにせず、瞬きすらも忘れているようだった。
ソリテール「リーニエには地下牢に入ってもらうのと、私が再教育を施すわ。望み通り私を殺せるように教育してあげる。でもそうすると首切り役人の人手が足りなくなる。だからね、ラヴィーネ。君が首切り役人を代行してね」
カンネ「そんな……」
ソリテール「もともと君たちは人類を裏切って、私の<百合を咲かせる魔法>の完成に協力しているでしょう? だから気にすることないよ」
カンネ「お願いソリテール、ラヴィーネにそんなことさせないで……」
ソリテール「それじゃ、カンネ。君が代わりに首切り役人をやってくれる?」
カンネは一瞬ためらった後、意を決する。それよりも早くラヴィーネが遮る。
ラヴィーネ「いい……私がやる……」
カンネ「でも……」
ラヴィーネ「お前のせいだぞ。カンネ」
カンネ「え」
ラヴィーネ「お前が私の言う通りにしていれば、今頃脱出できていたんだ。お前が魔族の肩を持って足を引っ張らなければ、こんなことにはならなかった」
カンネ「そんな……私……」
ラヴィーネは微かに唇を震わせながら、冷たい瞳でカンネを見る。
ラヴィーネ「自分一人だけ罪悪感から逃げようと、楽になろうとするなよ。お前のせいで私は人を殺すんだ」
カンネ「ごめん……ごめんなさい……」
カンネは涙を流す。
ソリテールは二人のやり取りを微笑んで見守っていた。
カンネは嗚咽を漏らして泣きじゃくり、ラヴィーネは憤然とした様子で、青ざめた顔が赤くなり、次第に白くなっていった。
ソリテールは最後にアウラを見る。
アウラの顔は涙で汚れ、今は心をどこかに落としてきたように憮然としていた。
ソリテール「アウラ。ふふ。大好きなアウラ。私が君を守るからね。いつも一緒だよ」
* * *
ユーベル「それで大切なことって言うのはこれで終わり?」
ソリテール「今ので一つ。あと二つあるよ。もう一つは、もうすぐ起こるであろう人類との最終戦争について」
ユーベル「勝てるの?」
ソリテール「勝てるわ。けれども現状、戦力が乏しい。だから私とアウラ、それとラヴィーネで、毎日人類狩りをします」
ユーベル「私は?」
ソリテール「手伝いたいの?」
ユーベル「できれば遠慮したいけど、リーニエに私の体を、魔法が使えるように戻させてくれるならいいよ」
ソリテール「そうね。ごめんなさい。まだ私、君のことをそんなに信用していないの。今後行動で示してくれれば考慮するわ」
ユーベル「はーい」
ソリテール「グラナト領には大陸中の魔法使いや兵力が集結しつつある。カンネたちが集められたのも一連の軍事行動によるものでしょ?」
カンネ「そうだね。大陸中の魔法使い、一級魔法使いも召集されてるよ」
ソリテール「私に深傷を負わせたフリーレン、彼女も一級魔法使い?」
カンネ「フリーレン? 誰?」
ソリテール「そっか、知らないか」
カンネ「聞いたことある気がする」
ソリテール「ふふ。彼女は有名人だからね。もっとも八十年前のかな」
ラヴィーネ「裏切り者の人類の口はよく滑るな。すっかり魔族の一員だな」
カンネ「ごめんなさい……」
ラヴィーネとカンネの間に溝があるようだったがソリテールは気にも留めなかった。
* * *
ソリテール「そして最後に。これが一番大切なこと。<百合を咲かせる魔法>の完成」
一同は嫌気が差していたが、ソリテールがその幻想を信じ続ける限り、まずは延命することができる。このままやり過ごすことにした。──アウラ以外は。
アウラ「<百合を咲かせる魔法>なんて存在しないのに?」
その言葉で一同に緊張が走る。
ユーベルでさえ不敵な笑みを消した。
それぞれが交互にソリテールとアウラを見る。
ソリテールは不思議そうな顔をしていた。
ソリテール「考えてもみなかった。<百合を咲かせる魔法>が存在しない可能性」
アウラ「可能性じゃなくて存在しないのよ」
ラヴィーネ「やめろアウラ!!」
アウラ「存在しない魔法は完成しない。いつまでこんなことを続けるの?」
リーニエ「アウラ様、もう黙って!!」
ソリテールは視線を外し、両手でカップを持ち、紅茶を啜る。その時間が永遠のように思われた。
ソリテールがカップを受け皿に戻すと、触れ合った陶器が小さく硬質な音を立てた。
ソリテール「何故、<百合を咲かせる魔法>が完成しないか分かった」
アウラ「そうよ。無駄だったのよ」
ソリテール「魔法はイメージの世界。アウラ。君が<百合を咲かせる魔法>を存在しないと思っていることが原因だったんだね」
アウラ「違う! そうじゃない!!」
ソリテール「君がイメージできるように、最初からじっくり教える必要があるね」
アウラ「うう……もういやぁ……」
アウラは泣き崩れる。
それに一同は安心した。アウラを生贄に、生きながらえることができた。
○廃城・アウラの寝室・夕刻
壊れた扉はソリテールが修復した。
アウラが寝台の上でうつ伏せになる。そのアウラの足をソリテールがマッサージしていた。
ソリテール「おつかれさま、アウラ。今日は私のためにありがとう」
ソリテールはアウラの足の擦り傷に気付く。足の裏も、ソリテールを背負って歩いたせいか血豆ができていた。
ソリテールはアウラの足裏に舌を這わせる。
アウラ「ん……くすぐったい……」
ソリテール「傷を舐めると早く治るんだったよね。ふふ。大好きだよ、アウラ」
アウラ「私は……あなたのことなんて、大嫌い……」
ソリテール「そう。それは悲しいな。どうしたら私のことを好きになってくれるかな?」
アウラ「一生ないわよ……私のことを騙してたくせに……」
ソリテール「ごめんなさい。どうしてもあなたを失いたくなかったの。たとえ私が死んでも」
アウラ「意味が分からないわ……」
ソリテールはアウラのふくらはぎから太腿へと指を這わせ、指先をその柔肉に沈める。
アウラ「ん……くぅ……」
ソリテール「ねぇ、アウラ。魔族の生態、繁殖方法について君は考えたことがある?」
アウラ「また怖い話?」
ソリテール「怖くないよ。魔族のオスはある時期になると発情期を迎えるわ。そうすると手頃な魔族のメスを犯し、メスは妊娠して出産するの。出産後は育児は一切せず、子供は独力で成長する」
アウラ「そうね」
ソリテール「そういえばアウラの配下にも、オスの魔族がいたね。彼の性処理はどうしていたの? リーニエが処理していたの?」
アウラ「適当な人類のメスを充てがっていたわ。何人も死ぬまで犯して、本当にオスって愚かだわ」
ソリテール「ふふ」
アウラ「何か面白かった?」
ソリテール「ある海棲動物を思い出していたの。その動物のオスはね、二割だけがハーレムを形成することができて、大多数の八割は子孫を残すことができないの。八割の彼らはね、同性同士で交尾したり、自分とは種の違う、それこそ鳥を犯したりするのよ。面白いでしょ?」
アウラ「面白くないわよ……私たちのこと馬鹿にしているの?」
ソリテール「そんなことないよ。私たちは選択することができる、彼らは選択することができない。同じ結果でも、この違いは遥かに大きいよ」
アウラ「そう……なら私はどうなのよ……」
ソリテール「話を戻すね。対して人類の生態は、番を作る場合が一般的。夫婦とも呼ぶね。往々にして雌雄一対。オスがハーレムを形成する例もあるけど、一部のオスに限られるわ。そして子供はメスが養育するのが普通ね」
アウラ「何の話をしているの?」
ソリテール「人類は群れを形成し、その中に家族という概念、単位を持つ。このシステムが人類の進歩を加速度的に発展させ、同時に軛にもなっている。ねぇ、この家族システムは実に合理的だと思わない? 親から子へ継承し発展させていく。複数世代によって研鑽されていくのよ」
アウラ「私たち魔族は悠久の時を生きるわ。いじましい人類とは違う」
ソリテール「そうだね。私たちには不要な概念だね。話を進めるね。人類が家族という構成単位を維持する為に不可欠な感情があるの。何だと思う?」
アウラ「利益があるから。楽だから?」
ソリテール「そういった側面もあるね。ただ多くの場合、先に愛があるの。愛し合う二人が交尾し、親は子を愛して養育する」
アウラ「理解できない感情ね」
ソリテール「そう。理解できない。私たちに無い、不要な感情だから。でもどうして不要なのかな?」
アウラ「あっても役に立たないからでしょ。いらないから無いのよ」
ソリテール「むしろ魔族を滅ぼす感情だとしたら?」
アウラ「どういうこと? 餌である人類が哀れに思えて食べられなくなるとか?」
ソリテール「ううん。魔族が魔族を愛することのリスク」
アウラ「よく分からないわ。あ、そこ気持ちいい……」
ソリテール「仮に二人の魔族がいたとする。力は対等でも不均等でも構わないわ。もし一方がもう一方を愛したらどうなると思う?」
アウラ「餌を獲ってきてくれたり、雑用をしてくれて便利そうね」
ソリテールはアウラの耳元で囁く。
ソリテール「殺し合いになるの」
アウラ「え」
ソリテール「一方が一方を独占、所有しようとして、もう一方が拒絶を示し、支配と抵抗の殺し合いになるわ」
アウラ「……どうしてよ?」
ソリテール「今の私たちがそうでしょ? 私の支配から解放される為、リーニエは私を殺そうとした。君も機会があれば私を殺そうとする。そもそも私が君を選んだのは、君の魔法ならその殺し合いを回避できるから」
ソリテールはアウラに覆い被さり、耳を甘く噛む。
ソリテール「だから、ね。アウラ。私は君を愛しているよ。君が私を愛してくれれば、魔族はその先の未来に進むことができる。私たち魔族の新しい未来に。そしてその時初めて<百合を咲かせる魔法>が完成するに違いないわ」
アウラ「それって、私があなたを愛するまで、私はこのままってこと? <百合を咲かせる魔法>なんて存在しないのに!?」
ソリテール「どうすれば君は私を愛してくれるかな? 私は君のことが大好きだよ。君を手放したくない、君を独り占めしたい。これは愛だ。私は君を愛している。私だけのアウラ。君に愛される日がとても待ち遠しい」
アウラ「やっぱり怖い話じゃないのよ……」