「初めまして、藤宮命といいます。どうぞ宜しくお願い致します」
ハートランド学園中等部3年。
その教室に、柔らかい光を纏った天使が降臨した。
何もかもを包み込んでくれそうな優しげな顔と慈愛に満ちたオーラは見る者の警戒心を簡単に解き、永遠とも思えるほどの癒やしを与えていた。
「えっと、あの…?」
何の反応も返ってこないクラスメイト達を怪訝に思った命が僅かに首を傾げる。
呆然と見惚れていたクラスメイト達は命の声にハッと我に戻り慌てふためいた。
「あ、こ…こちらこそよろしく!」
「この時期に転校なんて珍しいな!」
「命ちゃんマジ天使!」
返ってきた反応は呆けていた割に友好的なモノだった。
最後の発言には妙な苛立ちを感じるが、命は華麗にそれを無視した。
勿論、無視しても特に問題ないだろうと判断してのことだが。
「……ふふっ」
そんなクラスメイト達を見て一瞬キョトンとするも、すぐに口に手を当てて上品に笑った。
命の美しさと雰囲気が無ければ決して真似出来ない芸当だ。
最も、命自身もそれが分かっていてやっているのだから余計に質が悪い。
先程の状況が逆転し、次はクラスメイト達が命の様子を不思議がるように見つめる。
その目を1つ1つ見返し、緩やかなせせらぎのように笑った。
「皆さん、面白い方々ばかりですね。正直不安で一杯でしたが……どうやら杞憂だったみたいです」
両手を胸の位置まで上げ、重ねるように手の甲を見せる。
その状態のまま、命はふわりと安心したように笑った。
人間というものは完璧を求めるくせに、自身では完璧になろうとしない。
その証拠に、人間は弱い部分に共感と同情を覚える。
今暴露した“不安”という感情は誰でも一度は体験する気持ちであるが故に、私に対して親しみの共感と不慣れな環境に対する同情心が芽生えた。
命はそこを利用し、クラスメイト達の心に溶けこむように入り込んだ。
まさか本物の天使のような外見をした命が、その1つ1つの動作と台詞を計算した上で行っているとは露ほども思わないクラスメイト達はまんまと術中に嵌ったのである。
「(本当、杞憂ね)」
全員の心に警戒と疑念が無くなったのを感じ取り、心の中でほくそ笑んだ。
駒として使えるのは、この中で何人位いるかしら?
すでに次の計算を始めた命の本質を知る者は、この場には存在しない。
一方、命が腹黒い計算をしている頃に荒夜もまた出掛けていた。
基本的に荒夜は外出を拒む。その理由は簡単。自身の気持ち悪い顔を他人に見せて気分を害してしまわないように、である。
だが荒夜の顔は本人が言うほど顔面凶器ではなく、むしろその逆である。
顔を赤くさせて怒っている訳でも、見るに耐えなくて顔を背けている訳でもない。
あまりにも端麗過ぎて直視できずに見惚れてしまうのだ。
その点で言えば成る程、確かに顔面凶器ではあるかもしれない。
本来の使い方とは少々違っているが。
「(すみませんごめんなさい歩く公害なのは自負していますがこれも天使のためなのでどうか許して下さいお願いします!!!)」
傍から見れば荘厳なる漆黒を纏った闇が恐怖を撒き散らして歩いているのだが、内心では冷や汗ダラダラの心臓バクバクである。
正直言って、いつか高血圧で死ぬのではなかろうか。
「(うぅ、もうお家帰りたい…!)」
引きこもりのニートのような発言を心の中で叫びながらも、その足は意思と反して止まることは無い。
そもそも外に出たがらない荒夜が出掛けているのには理由がある。
根本的な回答としては天使と称した愛しの妹、命のためだ。
突如この世界に来た日、命は荒夜に「プロデュエリストになって」と泣き脅し……お願いした。
主に自身のシナリオのために言ったことではあったが、実はもう1つ絶対に避けられない問題があったからこその発言でもあった。
単純に金銭面でのことだ。
この世界に連れて来られたのは荒夜と命の二人だけ。
両親はすでに故人扱いになっており、親戚も遠縁もいない状況で生活支援など在るはずもなく。
だからこそ手っ取り早く金を稼ぐ方法として、プロデュエリストを職業として選んだのだ。
現代のLP8000を物ともしない過剰な環境と知識があれば、下手なことをしない限り早々負けるはずもないと命は踏んだ。
そして運命力を操っているのでは無いだろうかと疑うほどの勘違い体質の持った荒夜をそこに乱入させれば、ものの見事に予想通りの答えを叩き出してきた。
「(自分の名前を書いてエントリー、自分の名前を書いてエントリー。ただそれだけすれば大丈夫。いくら僕でも自分の名前を書くことぐらいは……あれ、僕の名前ってどう書くんだっけ………あぁ、そっか。
周りから受ける視線の痛みに精神が音を上げている。
というよりもすでに崩壊寸前であった。
命のためという前提が無ければその辺の壁に頭を打ち付ける奇行をしていたかもしれない。
「(着いた、着いてしまった…!)」
公式大会へのエントリーのために会場へとやってきた荒夜だが、早くも後悔の念が襲ってきた。
その場に居る全員が荒夜から目を逸らしているのである。
とある大会で一気に有名人となってしまった荒夜の存在はデュエルの世界に身を置く者ならば知っていて当然。
その肩書と誰も近寄らせない拒絶の雰囲気、そして人を人として見ていない冷徹な瞳。
荒夜を知っている者はその事実に恐怖を抱き、知らぬ者は雰囲気に飲み込まれた。
「(顔も見たくないほど気持ち悪いんですねごめんなさい。でも何回洗ってもこの顔にしかならないんだもの…!)」
自身が畏怖の対象として見られているとは毛先ほども知らず、視線にビクビクと怯えながら受付でエントリーを済ませた。
その際に荒夜の雰囲気に完全に飲まれた受付員が卒倒するというハプニングが遭ったのだが、ここでは割愛させてもらうことにしよう。
「(気絶するほどキモかったんですねすみません。次会った時に土下座して謝るので許して下さい)」
お互いにある種のトラウマを抱えているとは誰も知らず、周りは「やはり荒夜は危険だ」という真実を再認識する形で終わった。
この勘違いに勘違いを重ねたカオスな状況を曲解せずに正しく理解出来る者は、この場にはいなかった。
作者は個人的に真実=第三者視点(客観)
事実=自分視点だと思っています