「(さて、どうしましょうか)」
計算通り何の違和感も疑問もなくクラスへと馴染んだ命だが、1つだけ予想外なことがあった。
それはこの世界の時間軸である。驚くことに、まだ原作に突入すらしていなかった。
最低でも原作序盤くらいだろうと思っていた前提が大いに崩された。
時間軸を調べる起点として、命は九十九遊馬とシャークのデュエルを最初に設定した。
あのデュエルの結果は学園中が知ってる出来事だと思った命はクラスメイトの一人にそれなりを装って聞くと「アイツは危険だから近寄っちゃいけない!」という回答が返ってきた。
他のクラスメイト達にもそれとなく聞くと、言葉は違えど同じような回答ばかり。
つまり、九十九遊馬と神代凌牙はまだデュエルをしていない。
その結論に行き着いた命は思わず笑い出しそうになる自分を抑えるのに必死だった。
「(これは好都合ね)」
接触時期は早ければ早い方がいい。その方が信頼度も高くなる。
下手に接触を逃すとアストラルの警戒心を解く方が面倒になってくる。
私は彼等を敵に回したい訳じゃないのだ。
「まぁでも、接触は明日からかしらね?」
真っ赤に染まっていく教室を見ながら、そう呟く。
この時間帯なら他の生徒もすでに帰っている時間だろう。
命がまだ残っているのは校舎の作りを見たいがためであって、そこまで大層な理由はない。
なにせいきなり現実から二次元へと引っ越ししてきたのだ、アニメでは詳しく明かされていない部分を調べたいと思うのは当然のことだろう。
「それにしても、遅い」
帰る準備をしながら、命はD・パッドのメール欄を開く。
そこにはただの一通も受信されてはいなかった。
いつもなら事あるごとに荒夜からのメールが届くのだが、この時間まで無いというは珍しい。
特に今日は大会のエントリーをするために大勢の目に晒されている。
メンタルが豆腐以下の荒夜なら意味不明な文章で泣き事をメールしてくると思っていたのだが……。
メールが出来ないほどの何かがあったのか、それとも精神的ショックが大きすぎてメールすら打てないのか、はてはメールの存在を忘れているだけなのか。
「帰ってから聞くのが一番早いわね」
一度思考を打ち切り、教室を出る。
教室から生徒玄関まで行くのに外を介した渡り廊下を通らないといけないのは少々不便ね。
冬になったらどうなるのかしら?ドームでも張られるとか?
「おい」
「はい?」
不意に背後から声が聞こえ、即席で作った笑みを浮かべて振り返った。
そこには毛先が外側に跳ねた特徴的な髪型をしている神代凌牙ことシャークが私を睨みつけるように立っていた。
「デッキを賭けて俺とデュエルだ」
こんな時間に、ましてやこんな場所でデュエルだなんて面倒臭い。
もう下校チャイムは鳴ってるし、先生に見つかったりでもしたらどうするつもり?
まぁ初対面の人間にアンティルールを持ち掛けてくるあたり、そういった危機感は無いのだろうけど。
「えっと……その、場所を変えても?」
「どこでもいい」
微笑みかけながら言うも、返ってきたのは無愛想な言葉。
私の顔を見ても表情を変えないなんて久し振りの体験だわ。
ナルシスト?ふふ、真実を言っているだけよ。
その後場所を近くの公園へと移し、私と神代凌牙は向き合うように対峙した。
そして鞄に入れてあったD・ゲイザーとD・パッドを取り出し、装着する。
―――ARビジョン、リンク完了
D・ゲイザーから機械の声が聞こえ、周囲の背景が僅かに変わったのが分かった。
視覚情報を遮断するのは良いけど、これって外部からの物理的な攻撃を受けた場合ってちゃんと気付けるのかしら?
そもそも個人的にはソリットビジョンの方が良かったわね。
デュエルを視認するのに一々D・ゲイザーが必要だなんて面倒だわ。
『デュエル!』
神代凌牙がデュエル宣言するタイミングに合わせて、私も言葉を発する。
デッキからカードを5枚引き、手札を確認する。
あら、これは……。
「先攻はもらった!ドロー!俺はモンスターを裏守備表示で召喚。さらにカードを2枚セットしてターンエンドだ」
「私のターンですね。ドロー」
さて、どうしましょうか。
荒夜に聖刻を使うと言っておきながら、一応サブで代行天使のデッキも組んだ。
今回はその代行天使のデッキを使っているわけなんだけど…。
あまり本気でやり過ぎると流石に不味いわよね。
強敵臭は荒夜で足りているし、ここは辛勝くらいがベストかしら?
「手札から強欲で謙虚な壺を発動します。私は神罰を手札に加えます」
残りのカードは再びデッキへと戻り、シャッフルされる。
破壊されても問題ないのは……この子ね。
「私はライオウを通常召喚します」
「罠発動、奈落の落とし穴!」
「っ…!」
召喚されたライオウは姿を見せると同時に真下に出来た穴に落とされ除外された。
私は驚いた表情を作り、カードを1枚伏せてターンエンドを告げた。
「俺のターン、ドロー。ダブルフィン・シャークを反転召喚。現われろ、ツーヘッド・シャーク!
ツーヘッド・シャークは召喚に成功した時、自分フィールド上の全ての魚族・レベル4モンスターのレベルを1つ下げることが出来る」
ダブルフィン・シャーク ☆4→3
ツーヘッド・シャーク ☆4→3
神代凌牙のフィールドに赤と青のサメが姿を現す。
奈落を伏せていたなら裏守備表示で召喚する必要は無かったんじゃないの?
まぁ裏守備モンスターは攻撃するまで姿が分からないし、アリといえばアリ…なのかしら。
「ダブルフィン・シャークでダイレクトアタック!」
エクシーズ召喚はせず、そのままモンスターで殴ってくる。
私の伏せカードなんて少しも気にしていない様子ね。
まぁ、別に良いけど。
「きゃあ!」
命 LP4000→3000
痛……くは無いわね。
ARだの何だの言ってるけど、根本はソリットビジョンと対して変わらないみたいね。
周りの建物とか地面は破壊されたようにエフェクトが変わっているけど。
「ツーヘッド・シャークでダイレクトアタック!」
「う…っ」
命 LP3000→1800
「さらにツーヘッド・シャークは1度のバトルフェイズ中で2回攻撃が出来る」
「そんな…!」
「食いちぎれ、ツーヘッド・シャーク!」
「きゃあぁぁあ!!」
命 LP1800→600
モンスターの攻撃を受け、よろめくように片膝をつく。
いくら痛みが無いとはいえ、こうした方が少しは面白味があるでしょう?
「くっ…私は罠カード、白衣の天使を発動してライフポイントを1000回復します」
命 LP600→1600
天使繋がりのネタで入れておいて正解ね。
付属効果で墓地にこのカード以外の白衣の天使がある場合、追加でライフを500ポイント回復出来るのだけど、生憎とこれ1枚しか入っていない。
「無駄な足掻きだな。俺はレベル3のダブルフィン・シャークとツーヘッド・シャークでオーバーレイネットワークを構築!深き水底から浮上せよ!潜航母艦エアロ・シャーク!」
OCGでは使えない烙印を押され、もはやネタでしか見かけなくなった残念カード。
けれどアニメの中では非常に強力な効果を持つバーンカード。
神代凌牙の手札は3枚。ギリギリセーフね。白衣の天使を発動しておいてよかったわ。
「エアロ・シャークの効果発動!1ターン1度、エクシーズ素材を1つ取り除くことで自分の手札の枚数×400ポイントのダメージを与える!喰らえ、エアー・トルピード!」
「な…!?」
命 LP1600→400
いくつもの魚雷が私のライフを確実に減らしていく。
全く、アニメ効果は本当にズルいわね。
でも相手フィールドがら空き状態でライフを完全に削り切れないなんて、
折角先攻を譲ってあげたっていうのに。
「カードを1枚伏せ、ターンエンドだ」
「っ、私のターン……ドロー!」
まぁでも、これで辛勝の条件は揃ったわよね?
私のライフポイントは残り僅か。そして相手のフィールドにはエースモンスター。
ドローカードを見て「来た!」という表情を作り、違うカードに手を掛ける。
「私は手札から大嵐を発動!フィールド上の全ての罠・魔法カードを破壊します!」
「何!?」
破壊されたのはミラフォとアイスバーン。
相変わらず添えるだけのかませカードね、ミラフォは。
アニメの世界ではもはやガチカード(笑)みたいな扱いじゃないかしら。
「さらに手札から天空の使者ゼラディアスの効果を発動!このカードを墓地に送り、デッキから天空の聖域を手札に加えます。そのまま天空の聖域を発動!」
周りのビジョンが変化し、古代神殿のような建物が出現する。
意外と荘厳ね、なんてセリフを心の中で呟き、次のカードに手を掛ける。
「手札の奇跡の代行者ジュピターを除外し、マスター・ヒュペリオンを攻撃表示で特殊召喚!」
私のフィールドに現れたヒュペリオンは太陽の輝きを持つ炎の翼を大きく広げた。
太陽に近付き過ぎた者は羽を溶かされ地に堕ちる……なんて一節があるけれど、アナタにはそんな心配は無さそうね。
だってアナタの翼そのものが太陽の神なのだから。
「マスター・ヒュペリオンでエアロ・シャークに攻撃!」
「ぐ…っ」
神代 LP4000→3200
「カードを1枚伏せ、ターンエンドです」
「俺のターン、ドロー。ツーヘッド・シャークを守備表示で召喚。カードを2枚セットしてターンエンドだ」
エースモンスターが破壊されたというのに、随分と冷静だ。
まぁライフポイントにもかなりの差があるし、当然といえば当然の態度ね。
問題はどういう手を使ってくるのか、という一点に尽きるわね。
「私のターン、ドロー」
「罠発動、フィッシャーチャージ!ツーヘッド・シャークをリリースし、マスター・ヒュペリオンを破壊する!」
「えっ!?」
結構強引な手を使ってきたわね。
でも忘れてないかしら?私が最初のターンで持ってきたカードのこと。
「か、カウンター罠発動!神罰!このカードはフィールド上に天空の聖域が表側表示で存在する場合のみ発動できます。効果モンスターの効果・魔法・罠カードの発動を無効にして破壊します」
「何だと!?」
その様子だと忘れていたみたいね。
冷静かと思いきや、意外と猪突猛進なのかしら?
考えなしの性格にも見えないけれど……まぁ、どうせこのターンで終わるからいいわね。
「私はヒュペリオンの効果を発動。墓地のゼラディアスを除外し、フィールド上に存在するカード1枚を破壊します。私は貴方の伏せカードを破壊!」
「クソッ」
破壊したのは激流葬のカード。
また面倒臭いカードを伏せているわね。
私はホッと安堵したような演技をして、最後の手札に手を掛ける。
「創造の代行者ヴィーナスを攻撃表示で召喚!」
赤、青、紫の珠を自身の周りに浮かせた美しき女神が姿を現す。
500ポイントのライフを払って神聖なる球体を特殊召喚する効果があるけれど、必要ないわね。
「ヒュペリオンとヴィーナスでダイレクトアタック!」
「ぐあぁああぁっ!」
神代 LP3200→500→0
モンスターの攻撃でふっ飛ばされた神代凌牙のライフポイントがゼロになる。
それと同時に、ARビジョンが解除されて元の景色へと戻っていく。
ふぅ、手加減して闘うのも大変ね。全力を出す以上に疲れるわ。
「テメェ、」
「ひ…っ」
起き上がって睨みつけてくる神代凌牙に怯えたような悲鳴を上げ、私は2・3歩後退する。
そして目尻にじわりと涙を溜め、足元に置いてあった鞄を掴むと一気にその場から駆け出した。
別に神代凌牙のデッキなんて貰っても使い道ないし。
何か言って逆上されるくらいなら、初めから何も言わずに逃げたフリを装うのが一番よね。
「それにしても本当、疲れたわ」
弱いフリするのも楽じゃないわ。
帰ったら荒夜でストレス発散しましょう。
初デュエル描写。
何か間違いがあったら感想にてお願いします。