「ふぅ……」
シャワーを終えたおれはベッドに腰を下ろした。
初めての出張ということもあり出発前は緊張でなかなか寝付けなかったが、気がつけばそれも明日で終わりだ。
今回の出張は新人であるおれの挨拶回りを兼ねての新型MRIの紹介だった。
商談相手は病院の技師長。名刺を交換したあと、あたふたと機器の説明をする。それを数か所で繰り返していく。
説明に至らないところがあるからだろう、どの訪問先でも話を進めていくと、顧客の質問の矛先が次第に隣にいるおれの上司へと移っていった。
蚊帳の外へと放り出されたおれは、自分の無力さをひしひしと感じていた。
......寝る前にもう一度、資料に目を通しておこう
おれは足元のバッグに手を伸ばした。
不意にテーブルに置いていた携帯電話のバイブが振動する。
......美月かな…
電話の主が遠く離れた自宅にいる新妻であることを期待してディスプレイを覗き込む。
表示された名前を見て、おれは思わずぎょっとした。そこにはおれが出張に同行している上司の名前があった。
豊原瞳さん。妻の従妹なのでおれの親戚でもあるのだが、公私混同はしないタイプらしく、会社ではちょっと......いや、まあまあ厳しい。
……何かやったかな。って、絶対今日の営業のことだよな…
ほんのわずかな時間、考えを巡らせたあと俺は電話を取った――
「......急にごめんねぇ。もしかしてもう寝るとこだった?」
「いえ、そんなことは......」
説教を覚悟していたおれは、ビールを持って現れた瞳さんに拍子抜けしていた。どうやら明日帰る前に、ちょっとした打ち上げの席を開いてくれたらしい。
乾杯した後、瞳さんはイスに座り、おれはベッドに腰掛けた。
「どう、はじめての出張は?」
「いやぁ……全然、自分のイメージしていた通りにいかなかったですね.....」
「最初は誰だってそんなものよ。でも、わたしから見る限り、先方の反応はそんなに悪くなかったと思うけど」
「そうだといいんですけど......」
それから瞳さんは自らの体験も交えてアドバイスをおれにくれた。酒が入っているからか、その表情は終始柔和だ。
「......優介くんはまじめだから。真剣に取り組んでいることは伝わってると思うわよ。ただ、商品のアピールポイントはもう少しすらすら言えるようになった方がいいわね」
瞳さんがおれのことを下の名前で呼んだ。会社では一貫して豊原くんと呼ばれている。
仕事の話はしているが、どちらかというと今は「親戚」モードなのだろう。
今日は叱られることはないとわかると肩の力が抜けてきた。すると、今度は別の意味で緊張してきた。
......今、瞳さんとホテルで二人きりなんだよな...
瞳さんははっきり言ってかなりの美人の部類に入る。
いかにも利発そうな顔立ちに黒髪のショートヘアがよく似合い、知的な雰囲気を際立たせている。
部屋着なのだろうか、チャックを首元まで閉めたグレーのパーカーに薄い水色のショートパンツというラフな格好をしている。先程までのスーツ姿とのギャップが激しい。
ショートパンツからは白くて細い足がすらりと伸びている。
そして、その胸元にはおれを誘惑し同時に困惑させる、パーカーを内側から大きく突き上げている豊満な乳房――
失礼であることは重々理解している。それでも、巨乳好きであるおれの本能が反応し、まるで重力に引かれるようにそのふくらみに視線を送ってしまうのだ。
仕事中はある程度、自制できる。しかし、酒の入ったいま、そのタガが少しずつ緩み始めていた。
瞳さんが次のビールに手を伸ばした。いけないとは思いつつ、隙をつくようにちらりと目線を送ってしまう。
きっと豊原家の血筋なのだろう。美月も義理の娘の玲奈もみな胸が大きい。
家に帰れば巨乳の妻が待っているというのに、条件反射的にチラチラと見てしまう。
もし、おれが独身ならこの状況をおおいに喜んだに違いない。しかし、俺には妻がいて、瞳さんには彼氏がいるのだ。もし、おれがよこしまな目で瞳さんを見ていることに気づかれたら──
「………ねぇ」
「!...はぃ」
「あんまりお酒がすすんでないみたいだけど、ビール好きじゃなかった?」
「そっ、そんなことないですよ」
おれは缶をあおった。てっきりバレたと思い冷や汗をかく。
「それならいいけど」
瞳さんもビールを飲んだ。首筋が伸びて、のどが鳴る。そして、少し間を開けて口を開いた。
「それでね、私の……彼氏のことなんだけど……美月姉さんから、話聞いてるんでしょ?」
「あの……はい、一応……」
両手で缶を握るように持ちながら、少しうつむき加減にとつとつと話を続ける。
瞳さんが彼氏とうまくいっていないという話は以前から聞いていた。しばらくレスが続いていて、他の女の影も感じるらしい。
こんな美人で巨乳の彼女をなんで放っておけるのか……おれには理解ができない。
「……最近は忙しいって言われて会ってもくれなくて……美月姉さんは早く別れたほうがいいっていうだけど……」
おそらく、仕事の話は二の次でこの話題を切り出すタイミングを伺っていたのだろう。おれに相談したいことがあるんだろうか......
「もしかしたら、わたしが何か気に障ることをしたのかなって……そう考えてたら、だんだん自分に自信が持てなくなってきて……」
瞳さんは小さくため息をついた。
「……優介くんはどう思う?」
「お、おれですか…?」
瞳さんは至って真剣なまなざしでおれを見つめている。
「……おれも、別れたほうがいいと思います。だって、瞳さんみたいに魅力的な人を放っておける男の方がおかしいんですよ。だから、瞳さんが自信をなくす必要はないと思います」
おれは思っていたことを率直に伝えた。
「そう...かな......」
瞳さんの表情がほんの少し明るくなった。おれは励ますつもりで、ここぞとばかりに畳み掛けた。
「そうですよ。仕事ができて、面倒見がよくて、美人でスタイルもいいし……おれが彼氏だったら毎日会いたいと思うし、大事にするのに.....」
「.....馬鹿ね..…言う相手が違うでしょ」
「そっ、そうですよね……ははっ……」
最後の方は余計だったなと思い、ビールを飲んで誤魔化した。
瞳さんは急にしおらしくなって、うつむきかげんになんだかもじもじしている。酒がまわったのだろう、ショートヘアから覗いている耳まであかい。
仕事中の手厳しい感じはすっかりなりを潜め、今はなんだかかわいく見える。
しばし、続く沈黙。
しかし、それは決して気まずい類のものではなかった。
「......この部屋、ちょっと暑いわね...」
瞳さんが沈黙を破った。
「そうですか、空調下げます?」
「ううん、大丈夫」
すると、瞳さんはおもむろにパーカーのジッパーに手を伸ばし、引き下ろし始めたのだ。
......えっ...!?
軽く動揺しながらも、おれの視線は現れた肢体に否応なしに引きつけられる──
おれは息を飲んだ。
目に飛び込んできたのは、白いブラトップに包まれた乳房だった。豊かな胸をより際立たせるように包み込み、寄せ合わされた健康的な乳肌が深い谷間を形成している。
ジッパーはさらに引き下ろされた。白い布地がアンダーバストから腰にかけて、体のラインに合わせてぴったりとフィットしている。ウエストが驚くほど細い。それでいて、成熟した女性的な丸みはしっかりと帯びている。
「ビール、もう1本あるけど飲む?」
「はっ、はいっ!」
おれは慌てて視線を戻し、缶を受け取った。
........やっぱり瞳さん、大きい...
おれは会話を続けながらも、時々、瞳さんの胸に視線を送る。だけど、それは今に限った話ではない。
仕事中も隙あらば盗み見ていたのだ。そして、ブラウスの中でたゆたうそのふくらみがどんな姿なのかを夢想していた。
その胸がいま、自分の目の前で素肌を晒して、息づいている――
瞳さんにはたいへん申し訳ないが、興奮していることを悟られないようにするのに精いっぱいで、途中から話なんてほとんど頭に入ってこなかった。
そんなおれの反応を見て、訝しんだ瞳さんが、
「......ねぇ、話聞いてる?」
そう言いながら両腕を膝の上に乗せるようにして、前かがみの姿勢なり俺を覗き込むように見てくる。すると、乳房が重力に引かれて豊かな谷間がより露わになった。
......すげぇ......オッパイが...
おれの視線はその蠱惑的な谷間の奥へと吸い込まれた......
......はっ...!...
我に返った俺が顔をあげると、そこにはしっとりとした目線をおれに送る瞳さんがいた。1秒、長くても2秒にも満たないわずかな時間ではあるが、女性を苛立たせるには十分な時間だったらしい。
「す、すいません......」
自らの本能に敗れたおれは、情けないほど小さな声で謝った。
「.........はぁ、美月姉さんから聞いてたけど、あなたって本当に好きなのね...」
その言葉の意味を酔った頭で考え始めた途端、瞳さんは立ち上がり、おれにむかってきた。ビンタでもされるのかと思い、思わず身構える。
しかし、予想外に瞳さんはベッドのおれの横に座ったのだった。そして、そのまま何も言わず、うつむいている。
「あ、あの.......瞳さん?」
おれは至近距離にいる上司の様子をうかがった。
頬から耳までが先程までよりさらに赤らみ、いつもはきりっとしている瞳が潤んで、今はとろんと垂れている。漂ってくるシャンプーの香り。この部屋に来る前にシャワーを浴びてきたのだろう。わずかに毛先が濡れていた。
着物が映えるであろう白くて細長い首筋。瞳さんを美人と印象付けているのはきっとこの部位だと思う。
視線をさげるとそこには俺を悩ませる大きな乳房。横から見るとその突出ぶりがよくわかる。
瞳さんを眺めていたおれの内にけっして妻以外に向けてはいけない情動がふつふつと沸き起こってきた。
本当に美人だ。いや、美人であるのは確かに間違いないのだが、おれの胸中に渦巻く昂ぶりをより正確に表すなら......
........いい女だ........
愚息が急速に熱を帯び始めるのを感じた。
「.........そんなにわたしの胸が気になる?」
瞳さんがゆっくりとこちらに振り向いて、口を開いていた。
「さっきからジロジロ見てるでしょ」
バレてた!
このことが知れ渡ったら会社にも家にも居場所がなくなる――
そう思ったおれは露骨なまでにあわたふためきながら、何とか弁明しようと頭をフル回転させたが、いい文言が思いつかず結局、謝った。
「美月姉さんも大きいんだから、慣れてるんじゃないの?」
「いや......慣れるとか、そういうのはなくて......つい見ちゃうんです」
妻が巨乳だからと言って、ほかの巨乳に興味が無くなるなんてことはない。それは男のサガとしか言いようがないだろう。
「......そう。なら仕方がないわね。美月姉さんには黙っててあげる」
言い終わると、瞳さんはふふっと笑みを浮かべた。
......許してくれた?
家庭崩壊の危機を乗り越えて安堵するおれに瞳さんが続ける。
「明日も3件まわるから今のうちに、営業のシュミレーションをしておきましょうか」
唐突な瞳さんの提案に少々狼狽しつつも頷いた。
「じゃあ、商品は”わたし”ということにして、先方に売り込んでみて......」
「えっ...それって、どういう...」
足を組んだ瞳さんの太ももを目が追いそうになるのを必死に抑えながら、その言葉の意味を考える。
「さっきも教えたでしょ。商品のアピールポイントはすらすらと言えるようにしておきなさいって」
言いながら、瞳さんが腕を組んだ。腕に押し上げられて、豊乳が隆起する。
「......それで、優介くんの思うわたしのアピールポイントって、なに?」
......これは、一体どういう状況なんだ......
目の前の光景に混乱する。もしかして、もしかしてだけど......
乾き始めたのどで、思わず唾を飲み込む。
......おれを誘ってるのか......?
「ねぇ、早く教えてよ......」
おれが惹かれていることを知っているクセに、これ見よがしに胸を強調してくる。
瞳さんのいいところなんていくらでも列挙できる。その中でもおれが一番好きなのはもちろん......
しかし、それを口に出した途端、本気でビンタされそうな予感もある。彼氏とうまくいっていない傷心の瞳さんが、誰かに褒められたくて酔って甘えてるだけ。
それもありうるんじゃないか......
あれこれと思考しながらもアルコールで鈍ったおれの意識は、深い胸の谷間へと吸い込まれいく......
「わたしの好きなところ、どこ」
.....................................................................
おれはそこまで不器用じゃない。
なので、あたり障りのない返事をしてこの場をやり過ごすこともできただろう。でも、それは瞳さんは望んでいない気がした。
少し葛藤しながらも、結局、おれは素直な気持ちで答えていた。それにはこのあとに何かが起きる、そんな漠然とした期待も込められていた。
「.....あっ、あの................オッパイ...です...」
...........
...........
心配したビンタは飛んでこなかった。かわりに、艶が増した瞳さんの声がおれの耳から奥へと侵入してきた。
「......そう。でも売り込むためには、もっと詳しく知っておく必要があるんじゃない?」
おれが顔をあげると潤んだ二つの瞳が妖しく光っていた。淫蕩の色が表情を覆いつつある。
......この人、こんな顔もできるんだ...
その時のおれの率直な感想だ。
普段の瞳さんは時に部下を叱りつけることもあり、その肉体に反しセクシャルな感じが薄くクレバーなイメージだった。いま、目の前にいるのは上司の仮面を捨て、肉体からあふれ出るフェロモンを持て余したようにおれを見つめるひとりの、おんな――
それに呼応するように、おれの中の雄が強く反応し、黒い衝動が湧き上がってくる。
瞳さんが腕を組むのをやめて、少しおれに近づいた。
「......さわって、確かめてみて......」
軽く乳房を突き出して見せる。
..................................................ッッ..................
あの瞳さんがおれを誘っている.....!
その事実に今更ながら驚く。もちろん、瞳さんはこのままごとのようなシュミレーションにリアリティーを生むためにさわらせようとしているのではない。
おれと肉体関係を結ぶため.........
それは、つまり不倫......
おれの脳裏にまだ結婚して4か月の新妻の姿が浮かぶ。美月は前夫の不倫に長年悩んでいた。そんななかで出会ったおれは美月を慰め、支え、そして、前夫との離縁が成立したのち結婚したのだ。
もし、おれが不倫してそれが美月に知れたら……
しかもその相手が、自らを姉のように慕う従妹だったら.......
おれの理性が暗いヴィジョンを提示してみせる中、おれの本能は差し出された乳房から目を離せずにいた。
「.....やっぱり、わたしの胸は興味ない......?」
なかなか手を出そうとしないおれに焦れたように、肢体を軽く揺らす。すると、つられて乳房も胸の上で揺れ惑う。
......そんなことはない......けして、そんなことは......
おれを魅了してやまない豊かなふくらみ。それは、触れればすべてが崩壊しかねない禁断の果実だった。
頭の中で理性と本能がせめぎあう。それは、そのまま天使の戒めと悪魔の甘言に言い換えられる。
苦悩する間もおれのわずか50センチほど手前で、ふたつのふくらみが戯れるように寄りそっている。その視覚的情報はやがて思考を鈍化させるかわりに、股間を滾らせていく――
........おれは............最低だ......
乳房から目線をはずす。
持っていた缶を床の上に置いた。
そして――
おれは両腕を乳房にむけて伸ばし始めた。
酒で正しい判断力を失ったからだ、とおれの理性は早くも言い訳を考えている。
たしかに酔って勢いをつけたことも事実だが、その影響は微々たるものだ。
美月という伴侶を得ながらも、時折、考えていたことがある。このまま、他の女を知らずに年を取って朽ち果てていくのかと――
美月で童貞を卒業し、そのまま結婚したおれは他の女を知らない。贅沢な悩みだと好雄に言われそうだが、それがずっと心のどこかに引っかかっていた。
その悩みともいえない、ただ少々鬱屈とした感情を開放する機会が突然、訪れたのだ。
家に帰れば巨乳の妻が待っている。美月の身体は最高だ。好雄がよく羨ましがっている。
しかし、他の女を抱いたことがないのにどうして最高だとわかるのだろう。たしかに経験のなかったおれにはその衝撃はすさまじかった。おれはいま、その衝撃がいかほどのものだっか、他の女と比べてみたい欲求に駆られている。
あぁ、もう思考するのは終わりにしよう。答えはすぐ、目の前にある――
次の瞬間、おれの両手が禁断のふくらみを下からそっと包み込んでいた。