最寄り駅で電車を降りたおれは、ふらつきながら帰路についていた。
やっと自宅に帰れるというのに足取りが重い。かといって別に帰りたくないわけではなかった。
瞳さんに搾られすぎて膝が笑っているのだ。駅で別れた時、疲労困憊のおれに対し瞳さんはまるでおれのエネルギーを吸い取ったかのように生気に満ち溢れていたのを思い出す。
十字路を右に曲がると見慣れた門構えが姿を表した。三日ぶりに見る我が家だ。
時刻はもう23時を回っている。美月はまだ起きているだろうか。インターホンを押した。
ドアが開いた途端におれを出迎えたのは、明るい声と乱舞する乳塊──
直後、おれの顔は豊満な胸の谷間に挟まれていた。
「……おかえりなさい」
優しい声が頭上から響く。美月はおれの後頭部に腕をまわして強く乳房に押し付けている。
柔らかく温かい乳房の感触がダイレクトに伝わってくる。美月はおれを喜ばせようと、大きく開いたカットソーの胸元から乳房をむき出しにしていたのだ。
谷間の中で久しぶりに感じる安寧と妻の匂いに、家に帰って来たことを実感する。瞳さんを凌駕するボリュームにあれだけ搾られた愚息が少し反応していた。
乳房の抱擁から解放されたおれが顔をあげると、愛おしげにおれを見つめる双眸と目が合った。新婚4か月のおれの妻。資産家の娘でもともと育ちがよく、いつもおれを支えてくれる姉さん女房なのだが、時折今みたいな突飛な行動に出る時があった。
以前、好雄を連れて帰ってきた時に今日のようにオッパイ丸出しでおれを出迎え、ヒヤリとしたことがあった。幸い好雄は泥酔していて、その時の記憶は曖昧なようだが......
「......ただいま。すごいお出迎えだね」
妻がおれの反応を見て笑っている。それにつられて豊かな乳房が揺れ動く。
「あんまり遅いから車で迎えに行こうと思って電話したんだけど、まだお仕事中だった?」
「......まぁ、そうだね。全然、気付かなかった。ごめん」
おそらく着信のあった時、おれは瞳さんと真っ最中だったのだろう。
全身でおれの帰宅を喜んでくれる妻に、今更ながら罪悪感が湧いてきた。
「おなか空いてるでしょ?それとも、先にお風呂入る?」
言いながら、おれの腕に抱き付き胸を押し付けてくる。一向に乳房をしまおうとしないところを見るに、本心では食事や入浴よりも自分への愛撫を求めているのだろう。
言葉でのコミュニケーションよりも肉体でのつながりを重視しているむきが美月にはあった。三日間の空白を肌を合わせることで埋めたいのだろう。だが、今のおれでは美月の高まりきった情欲に応えられそうにはなかった。
「.....今日は疲れてるから、風呂に入ってもう寝ようかな...」
「.....そう。それじゃ、着替え用意しておくわね」
「ありがとう...」
美月の寂しそうな目が胸に刺さる。おれは足早にバスルームへと向かった。
おれはシャワーを浴びた後、美月が沸かしてくれていたお湯につかっていた。
久々にゆったりと足を伸ばして一息つく。思い返すと濃密な三日間だった。バスタブのへりに頭を乗せ目を閉じると、この数日のことがまぶたの裏に映し出される。
思い出すのは出張の本来の目的である営業ではなく、当然瞳さんのことだ。ただ目を閉じているだけで瞳さんの上気した顔が浮かび、喘ぎ声が頭の中でリフレインしている。
記憶の中の瞳さんが絶頂へと向かっていく。その高くなっていく声に連動するように湯の中で肉棒が硬くなっていく──
不意にバスルームの扉が開き、おれは慌てて姿勢を正した。入り口から美月が顔を出す。
「背中、流してあげようと思ったんだけど......」
「いやぁ......自分で洗ったから今日は大丈夫だよ」
「そう......でも私もお風呂まだだから一緒に入るわね」
美月はおれの返事も待たず服を脱ぐと、バスルームに入ってきてシャワーを浴び始めた。
......やばい
おれは内心焦っていた。やはり美月はおれの帰宅早々抱かれるつもりだったのだろう。もしかしたら、乳房を丸出しにしながら手を出してこないおれを不審に思っているかもしれない。
あれこれ考えているうちに、軽くシャワーを済ませた美月がバスタブに入ってきた。おれの正面に腰を降ろす。
大きな乳房がお湯の中で浮力を受け、プカプカと浮いている。いつもだったら迷わず揉み掴んでいただろう。でも、今日は美月を刺激するのは避けたかった。
「......じゃ、じゃあ、おれはそろそろあがろうかな...」
おれが立ち上がりかけると、
「えぇ、もう出ちゃうの?」
美月が不満の声を漏らす。
「帰ってくるの、ずっと待ってたのよ......少しくらい、いいでしょ...」
すっかり美月が欲情している。こうなると美月は止まらないことをおれは身をもって知っていた。
「ちょっと疲れてるし......また明日にしようよ...」
「そう......でも、疲れてるのになんでここを大きくしてるの?」
美月が湯の中で腕を伸ばし、半ば硬くなっていた肉棒を掴んできた。当然、瞳さんとの情事を思い出していたとは言えない。
「ほんと、ごめん......明日は、ちゃんとするから......うっ...」
立ち上がろうとするおれの肉棒を美月は掴んで離さず、それどころかしごきあげてきた。おれは中腰のまま呻き声をあげる。
「どこが疲れてるのよ、こんなに元気じゃない」
おれの気持ちいいところを熟知している手が、半勃起していた肉棒をしごきあげさらに硬くしていく。
バスタブから出ていきたいのだが、膝が震えてそれどころではなかった。
「うぐぅっ、ほんとっ、ダメだって......くうぅ...!」
「いいのよ、我慢しないで。いつもみたいにいっぱい出して......」
おれが悶える様を見て、美月の顔が興奮に染まっていく。その顔に既視感を覚えた。
やはり、美月と瞳さんの根底には同じ荒淫の血が流れていのだ。
「くううぅぅっ......あぁ、イク........もうっ......イクッ......!」
おれはとうとう絶頂を迎えていた。美月が絶頂の証を見逃さないように、ふくらんだ亀頭を注視している。
腰がブルッと痙攣した。
普段であれば怒涛の勢いで濁液が噴き出すところだが、亀頭の尖端から出てきたのはわずかなぬめり汁だった。
「......ぇ......これだけ......?」
美月が肩透かしをくらったように拍子抜けしている。瞳さんに搾られすぎて、おれの貯蔵庫はとうに空になっていたのだ。
「......ごめん、今日ほんとっ、疲れてて......じゃあ、おれ先に上がるから...」
呆気にとられている美月を残し、おれは逃げるようにバスルームをあとにした。
翌週の週末──
私は道路沿いに車を停めて、夫が会社から出てくるのを待っていた。
夫から帰りが遅くなると連絡が来たとき、時々このように内緒で迎えに来ていた。娘が上京して時間を持て余しているということもあるけれど、私がいることに気付いた時の夫の嬉しそうな顔を見たくて。そして、運転で身動きの取れない私の胸を夫が弄ぶ甘い時間が好きだった。
いつもであれば浮ついた心持ちで夫が姿を見せるのを待ちわびているのだけれど、今日は私の心の中にほんのりと薄く形容しがたい負の感情が渦巻いているのを感じている。それは不安や焦燥といった類のもの......
きっかけは夫が出張から帰ってきた日のことだった。
私からのアプローチをことごとく退ける夫。そして、いつもよりずっと少ない精液。
私は夫の言動にかすかに違和感を覚えていた。
夫の言うとおり、本当に疲れているのかもしれない。そう思った直後、私から逃れるようにバスルームから出ていく姿が離婚した前の夫と重なって見えた。
前の夫も疲れているからと言って断ることが次第に増えていった。やがて帰りが遅くなる日が増え、外泊が続き、海外赴任で完全にはなれ離れとなった。のちにわかったことだが、前の夫は海外で他の女と暮らしていたのだった。
当時の陰鬱とした感情をバスタブの中で久しぶりに思い出していた。
その時、私は直感的に夫の不貞を疑ったのだ。
私が前夫に女の影を感じながら悶々と生活を送っていたことを今の夫は知っている。そんな夫が私に隠れて不貞行為をするなんて考えたくはない。
きっと気のせいだ。私は自分に言い聞かせる。実際、翌日になると夫は私が満足するまで抱いてくれた。
それでも私の中にできたしこりは消えることはなかった。
疑惑とも呼べない小さな疑念。しかし、それは私の心にか細い棘となって突き刺さり、わずかなさざ波をたてるのだった。
不意に車の横にスーツ姿が止まった。夫が来たと思い顔をあげる。
「美月さんじゃないですか、どうしたんですか?」
......なんだ、山岡くんか...
ドアの外にいたのは夫の中学からの友人で、今では会社の同僚でもある山岡好雄くんだった。中腰で車内を覗き込んでいる。
悪い人ではないのだけれど、夫と同様に大きい胸が好きらしく、たまに会った時にジロジロと私の胸に視線を向けてくる。はっきり言って、少し苦手だった。
私は仕方なくウインドウを開けた。
「......お疲れさま。うちの夫ってまだ残業中かしら?」
「へっ?あいつならとっくに帰りましたよ?」
その言葉に軽く動揺する。携帯を確認したけれど、やはり連絡は来ていなかった。
私と入れ違いになってすでに帰っているのだろうか......
妙な胸騒ぎがおきる。
「美月さん、代わりに俺を家まで乗っけてくれませんか?ははっ、なんて......」
「......ごめんなさい。私、ちょっと急ぐから......それじゃ」
「あっ、あのっ....美月さんっ...」
私はあいさつもそこそこに車を発進させ、家路を急いだ。
到着すると家の中は真っ暗だった。明かりをつけて誰もいないリビングに座る。
夫に電話してみるがすぐに留守電につながった。
一体、どこにいるのだろう。漠然とした不安が胸の内に広がっていく。
娘が家を出て行ってから、夫が帰ってくるまでのこの時間帯は以前よりもずっと静まり返っている。その静けさが私の不安をより大きくしていった。
一時間ほどしてインターホンの呼び出し音が鳴った。
「......おかえり、随分遅かったのね」
「ごめんごめん...仕事が終わらなくて...」
夫は普段と変わらないように見える。やっぱり、私の思い過ごしだったのだろうか。
「私、車で迎えに行ったのよ。すれ違いになったと思って帰ってきちゃったけど」
「えっ、そうなの?......ごめん、仕事終わったあと、ちょっとだけ飲みに行ってたんだ」
「そうだったの......誰と行ってたの?」
夫の目がわずかに泳ぐ。
「誰って、会社の人だよ......上司とか、好雄とか......」
「......そう」
その時、私の中の疑念は疑惑を通り越して、確信へと大きく近づいたのだった。