美月さんを見送ったあと、俺は家へと戻った。
電気をつけて部屋に入ると甘い残り香が鼻孔をくすぐる。
今でも信じられない。
俺はこの部屋で美月さんのオッパイを揉んだんだ。手のひらにはやわらかな乳房の感触がまだ残っている。
時間は深夜。だけど、精神が昂ぶりすぎてとてもじゃないが眠れそうになかった。自分を慰めるため、クローゼットからAVを引っ張り出してきて再生する。ジャンルはもちろん巨乳ものだ。
次第に画面の中で喘いでいる女優の顔が、美月さんへと切り換わっていく……
俺の律動を受けながら美月さんが喘ぎ散らす。胸の上で揺れる乳房に手を伸ばし揉み掴んだ。
その感触はいつも完全なる想像でしかなかった。でも、今はありありと脳内で再現することができる。
…………はっ、はかどる…!
俺は滾りをぶちまけたあと、高まりきった熱が緩やかに冷めていくのを心地よく感じながら、深い眠りへと落ちていった───
会社が夏季休暇に入り、俺は実家に帰省した。久々に会う地元の友人達と近況を語りあう。
そうしながらも、俺の頭の片隅には美月さんの姿があった。それだけあの日の出来事は俺にとって強烈だったんだ。休みが明け、仕事が始まってからもそれは変わらなかった。
残業を終えた俺はエレベーターを降りて、駅へと向かっていた。
最後に会ってから約二週間……
あの日以来、美月さんから電話は来ていない。
もしかしたら、優介のやつが改心して俺とのつながりはもう必要なくなったんだろうか……
ただ、それを美月さんに電話して確認するのはさすがに気が引けた。モヤモヤとした思いを抱えながら通りに出たところで、見覚えのある車が路駐しているのが目に入った。
赤い車体に左ハンドルの外車。遠目でもすぐわかった。
……美月さんだ…
気持ちが弾んだ。だけど、同時に複雑な思いも込み上げる。
優介を迎えに来たんだろうけど、やつは三十分前に会社を出ていた。その少しあとに、瞳さんも…
車に近づくと、向こうも俺に気づいたようだ。フロントガラス越しに会釈する。
運転席の隣に立つとウインドウが開いた。俺は言いづらかったけど、優介のことを伝えた。
「……そう」
長いまつ毛が細かく震えている。
美月さんの憂いを帯びた表情を見て、俺は不謹慎ながら綺麗だと思ってしまった。
ほんの短い間、その横顔に見惚れていると、不意に美月さんが俺の方を見た。
「......山岡くん、これからおうちに帰るの?」
「はい、そうです...」
「そう......よかったら、送ってあげようか?」
「えっ......いいんですか?」
突然の美月さんからの申し出にあたふたする。このまえ、俺が冗談交じりにお願いした時は、颯爽と帰って行ったのに......
「方向は同じだから気にしなくていいのよ」
「......それじゃあ、お言葉に甘えて...」
不意に訪れた美月さんと二人きりになるチャンス。俺は高揚しながら、道路側へと回り込み助手席に乗り込んだ。
お願いしますと言いながらシートベルトを締める。美月さんはナビを操作してうちの最寄り駅あたりを行き先に指定している。
「住所入れましょうか?」
「ううん、だいたいの場所は覚えてるから」
ほどなくして、美月さんもシートベルトを締めて車を発進させた。
「かっこいいですね、この車。俺、ツーシートってはじめて乗りました」
「そう?ありがとう」
車の知識に明るくない俺でも、なんとなく高級車なんだろうなというのはわかった。
それから俺たちはお盆に何をしてたかをお互いに報告しあった。
俺は会話しながらも、あの日のうちでの出来事を強く意識していた。美月さんからはその話題に触れてくる気配はない。ごく自然に俺と接している。
俺の方からこの前はありがとうございました、とか言うべきなのか。
いや......なんか違う気がする。
「今日は口数が少ないわね。お仕事が大変で疲れてるの?」
「......いえ、そういうわけじゃ...」
ずっと前を向いて話していた俺はその時はじめて、運転する美月さんを見た。
直後、衝撃が走っていた。
美月さんの胸元に掛かるシートベルトが、白いTシャツに包まれたふくらみにめりこんで、胸の谷間の境目を否応なしに強調させていた。
それにより服を着ているにも関わらず、美月さんのオッパイの形が丸わかりになっている。いわゆる、パイスラの状態だ。
命を守るための安全装置が、期せずして卑猥な拘束具と化していた。
..................................すげぇ...
俺は瞠目した。
シートベルトによって暴かれたふくらみの輪郭。その丸みを帯びた二つの峰を見た途端、あの日の興奮が一気に甦っていた。
狭い車内で美月さんは身動きがとれない状態だ。手を伸ばせば届く距離に俺を魅了した豊満な乳房が囚われている……
.
....................さわりたい...
もう一度、あのやわらかな感触を両手いっぱいに感じたい……
今、俺が胸をさわったら、美月さんはどんな顔をするだろう。あの時のように優しく俺を受け入れてくれるだろうか。それとも、いくら温厚な美月さんとはいえ無遠慮にさわったりしたら不興を買うだろうか……
思い迷った末、俺は自重することにした。
美月さんに嫌われるという事態だけは絶対に避けたかった。それに今は運転中だ。余計なことはしないほうがいいだろう。
俺はさわりたい欲望を必死に抑え、チラチラと乳房を盗み見るにとどめたのだった……
テールランプが遠く過ぎ去っていく。
俺が淡く期待していた甘い展開は結局訪れなかった。まぁ、そんなものだろう。
この前が都合よくいきすぎたんだ。もしかしたら、あの日に俺に残されていた巨乳運をすべて使ってしまったのかもしれない。
そんなことを考えながら、自宅のドアの前にたどり着いた。俺は子供の頃からのクセで、いつも財布の小銭を入れる部分に家の鍵を入れていた。取りだそうとして、後ろのポケットに手を回す。
だけど、いつもの定位置に財布がなかった。そのままスラックスのすべてのポケットを探ったけど、どこにもない。少々焦りを感じつつカバンの中を探した。しかし、どんなに引っ掻き回しても財布は見当たらなかった。
俺は本格的に焦り出した。どうやら、どこかで落としたらしい。
ここまでの経路を思い返してみる。会社を出る時にポケットに入れたのはなんとなく憶えていた。
となると、もしかしたら美月さんの車の中かもしれない。
今なら、まだここからそう離れていないはずだ。急いで携帯をポケットから取り出そうとした時、俺はハッと気付いた。バッテリーが残り少なかったので会社のデスクで充電し、そのまま置いてきてしまったことを......
俺は一旦落ち着いて考えた。
こういう場合、アパートの管理会社に電話すればいいのか......でも、その番号を調べる術がないし......わかったとしても、公衆電話からかけるための小銭がない......そもそも営業時間外じゃないか......
通勤に使う定期も財布の中。実家は遠く、歩いていける距離に知り合いの家もない......
........................詰んだ......
立ち尽くす俺の背後に、追い打ちをかけるようにして雨が降り出していた。
翌日───
夫を送り出したあと食器を片付けていると、インターホンが鳴った。
誰だろう、こんな早くに......
モニターを見ると昨晩会ったばかりの若い男の姿があり、私は驚いた。
玄関に向かいドアを開ける。
「山岡くん、どうしたの?」
薄く無精ひげを生やしている彼に問いかけた。
「......朝早くにすいません。もしかしたらなんですけど、昨日美月さんの車に財布落としたかもしれなくて......」
「えっ......」
私は急いで車のキーを持ってきてガレージに向かい、助手席のドアを開けた。すると、山岡くんの言った通りシートの下に財布があった。
「ごめんなさい。私、全然気づかなくて...」
「いえ、俺の不注意なんで...」
「電話してくれればいいのに...」
「いやぁ、ちょっと事情があって......はは」
苦笑いする山岡くんの顔色はこころなしか優れないように見える。
「それじゃ、俺会社行きますんで...お騒がせしました...」
「それはいいけど......ちょっと顔色悪いわよ。車で送りましょうか?」
「いえっ、ほんと大丈夫です。それでは...」
駅の方へと颯爽と走り出す彼を、私はあっけに取られたようにただ見送るのだった。
夜、二十三時過ぎ───
インタホーンが夫の帰宅を知らせていた。
「おかえり。今日も遅かったのね」
「うん、だだいま...」
帰宅早々、夫が私の胸に顔をうずめようと近づいてきた。それは、少し前まで日常的に行われていたスキンシップだった。
だけど、その時の私は無意識のうちに半歩下がり接近を拒んでいた。夫は私を怪訝そうに見ている。
「ごめんなさい。ちょっと風邪気味だから...」
私は咄嗟に嘘を吐いた。
自分のもとに帰ってきてほしいと思いながらも、やはり心の奥底には不倫する夫を許せない気持ちがある。それが、時々こうして表層に噴出してきて、夫を拒絶してしまうのだった。
「そうなの?熱があるとか?」
「ううん、ちょっと体がだるいだけだから、大丈夫よ...」
「そっかぁ......最近流行ってんのかな、夏風邪。今日、会社で好雄がさぁ───」
夫から出た山岡くんの名前に思わずビクッとなる。
「───具合悪そうにしてたからどうしたって聞いたら、あいつ財布と家の鍵をなくして自分の家の前で一晩過ごしたらしいんだよ。まぁ、結局朝見つかったらしいんだけど。それで風邪引いたみたいだよ」
「......へぇ、そうなの。うちに電話してくれれば泊めてあげたのにね...」
「携帯を会社に忘れてて誰にも連絡できなかったらしいよ。昔からちょっと抜けたとこあるんだよな、好雄は」
「......なんだか、あの人らしいわね...」
笑みを浮かべながらも、その時の私の胸中は穏やかではなかった。
やっぱり今朝会った時、具合が悪かったんだ。財布が落ちていることに私が気付けていれば...
おそらく、夫が会社に行くまで私の家の前で待っていたんだろう。財布が車の中にあることを夫が知ったら不審に思うだろうから...
山岡くんは今、どんな様子だろう?電話してみようかと思ったけど、時間はもう深夜だった。もしかしたら、起こしてしまうかもしれない。
......明日、様子を見に行ってみよう。
私は秘かに心に決めた。
翌日、十一時頃───
脇に差していた体温計のアラームが鳴った。
数値はほぼ平熱で、起きてすぐに計った時よりも下がっている。体は少しだるいけど、昨日よりずっとマシだった。
この分なら少し頑張れば出社できたかもしれない。平日のこの時間に家にいるのは随分と久しぶりで、妙な違和感を覚えた。
空腹を感じ冷蔵庫を開けるがビールしか入っていない。食料を買いに行こうと思ったところでインターホンが鳴っていた。
何もネットで注文してないよな、と思いつつ着替えていると二度三度と少し間を空けてまた鳴っていた。
居留守を決め込むつもりだったけどさすがに気になり、ドアスコープから外を窺った途端、驚いた。
........................美月さんがいる...!
俺は慌ててドアを開けた。
「どうしたんですか?美月さん...」
「こんにちは。昨日、うちの夫が具合悪そうだったって言ってたから、様子を見に来たんだけど......もしかして、起こしちゃったかしら?」
「いえ、そんなことは.....」
美月さんが俺を心配して訪ねてくれたんだ。一応、ドアスコープを確認しといてよかったと本当に思った。
「おなか空いてるかなと思って、おかゆ作る準備してきたんだけど......食べれそう?」
「えぇっ、いいんですか?わざわざすいません......」
熱が出てやや憔悴気味だった俺は人の優しさに飢えていた。ありがたく招き入れる。
「キッチン借りるわね。山岡くんは横になってて」
「すいません。お願いします....」
美月さんがまたうちに来てくれた。しかも、今度は俺をお見舞いするために......
喜びを噛み締めつつベッドに横たわった。
俺のいる位置からはキッチンを見通すことができる。料理に集中する美月さんの姿態を俺は寝ながら盗み見た──
今日の美月さんはローズピンク色のノースリーブのサマーニットにベージュのロングスカートという組み合わせだ。
白く引き締まった腕が美しく伸びている。だけど、それ以上に俺の目を引きつけるのは、やはりあの豊満なふくらみだった。
ニットを着ることにより、そのふくらみの輪郭が強調されているんだ。豊かな乳房をより魅力的に演出し、妄想力を掻き立てさせる。
巨乳とニット、これ以上の組み合わせはきっと存在しないだろう。
料理姿の美月さんを横から見ると乳房の突出具合がよくわかった。顔とまな板の上の手元を隔てるように乳房が突き出ていて、料理するのが大変そうだ。
いつもだったら美月さんの胸を見るとムラムラするだけだった。でも、今はそれだけじゃなく、そのふくらみに癒されている自分に気付いた。
まだ病み上がりということもあるんだろう。すべてを受け止めてくれそうな丸みを帯びたふくらみは、ただ見ているだけで俺を安心させ、和ませる。
視線に気付いたのか、美月さんがちらりと俺を見た。ヤバい、と思ったが俺をたしなめるようなことはしないで薄く笑みを浮かべただけだった。
美月さんが何も言わないのをいいことに、俺はニットに包まれたふくらみを眺めつづけた……
「ごちそうさまでした!」
俺は土鍋のおかゆをたいらげていた。
久しぶりに食べる手料理。薄い塩味に鰹節の風味……シンプルながら優しい味わいが病み上がりの体に沁み渡った。
「ふふっ、お粗末様でした」
美月さんが食器を片付け始める。
「あっ、いいですよ。自分でやりますから…」
「いいのよ。ゆっくりしてて」
そのまま立ち上がってキッチンへと向っていった。
本当に世話を焼くのが好きなんだろう。きびきびと動く様子を見て思った。
きっと玲奈ちゃんと優介が風邪を引いた時もこんな感じなんだろう。美月さんの包容力につい甘えてしまいそうになる。
ほどなくして、タオルを持った美月さんがベッドに座っている俺の近くに来ていた。
「汗、かいたでしょ?背中拭いてあげる」
「いや……さすがにそれは申し訳ないです…」
「いいから、ほら、遠慮しないで。シャツは着換えてるの?」
「はい、さっき……」
言うが早いか、美月さんは俺の背後にまわりTシャツを捲り上げた。直後、よく絞った冷たいタオルが背中にあたった。ひんやりとした感触が肩甲骨の上を通り抜ける。
「どう、さっぱりするでしょ?」
「はい...ありがとうございます」
まさかこんなことまでしてくれるとは……
美月さんが使っているタオルはうちで見た覚えがない。土鍋と一緒にわざわざ自宅から持ってきてくれたんだろう。
少々気恥ずかしいけど、美月さんの母性的な優しさに癒やされる。
「昨日の朝、うちに来た時も調子悪かったの?」
「はい、少し......」
「...…やっぱり……ごめんなさい、私がもっと早く気づければよかったんだけど......」
「いえ、ほんと俺が落としたのが悪いんで...」
美月さんは責任を感じているらしい。こんなに甲斐甲斐しく世話してくれるのも、その気持ちの表れなんだろう。
しばらく丹念に俺の背中を拭ったあと、美月さんがまくり上げたシャツを降ろしてベッドから立ち上がった。
「昨日よりだいぶ顔色良くなったみたいね」
「はい、お陰様で」
「そう、それならよかったわ。私、持ってきたもの片付けるから、山岡くんは気にしないで寝てていいからね」
「......はい。なにからなにまですいません」
美月さんは洗った土鍋をタオルで拭っている。俺はその様子をベットに横になりながら眺めていた。
もう帰ってしまうのか。急に寂しさが込み上げてきた。
美月さんのおかげで空腹も満たされ、心身ともに癒された。ほぼ全快と言っていいだろう。
これ以上何かをしてもらうのは贅沢というものだ。
でも、もし叶うのなら......
あのふくらみをもう一度さわらせてほしい。
そのやわらかさで俺を癒して欲しい......
美月さんの知らないところで、俺の欲望は高まり続けたのだった.....