幼い頃に婚約した少年が、結婚式を目前に控えた花嫁の前に吸血鬼になって戻ってきた話 作:精神陵辱
「フラン、約束だよ。ぼくたち、いつか結婚しようね?」
まだ幼い二人だけで一生懸命に登った丘で、少年は美しい花を差し出して、幼馴染の少女にそう求愛した。
「クーガー……」
フランシスにとって、同年代の少年であるクーガーは、親しい遊び相手だった。
けれど、華奢で小柄な彼は少女にとって頼りがいのある相手ではなく、これまでずっと、かわいい弟分のようなものだった。
そんな彼に、今日は少し離れたところにある丘に登ってみよう、と誘われたのだ
。
「大丈夫? クーガーがあんな高い丘に登れるの?」
私よりも小さいのに、と気遣うフランシスに、クーガーはにっこりと微笑んだ。
「登れるよ、ぼくは男だもの」
そしてクーガーは手を差し伸べて、フランシスを丘の上へと誘ったのである。
丘の上から見る風景はとても美しく、風も心地良かった。
彼は疲れたフランシスを気遣い、手を貸しながら、弱音のひとつも吐かずに丘を登ったのだ。
隣に座るクーガーがなんだか急に頼もしい相手のように思えてきたその時に、彼が突然プロポーズしてきたことに、少女は目を丸くした。
「ぼく、フランと結婚したいんだ。大きくなったら絶対にするから、忘れないで」
少年は満面の笑みを浮かべながら、無邪気にそう言った。
差し出された可憐な白い花は、少女にとって、まるで妖精がくれた魔法の贈り物のように見えた。
「うん。もちろんよ、クーガー」
フランシスは満面の笑みを浮かべて、彼の差し出した花を受け取った。
クーガーは、ほっとしたように微笑むと、花束ごと彼女を抱きしめる。
「約束だよ? ぼく、待ってるからね!」
フランシスがその時ほどどきどきしたことは、後にも先にもなかった。
クーガーが彼女の頬にキスをして、フランシスもまた、彼の頬にキスを返した。
二人は手を繋いで、日が暮れて心配した大人たちが探しに来るまでずっと、丘の上からの景色とお互いの顔とを、飽くこともなく見つめ続けていた……。
◆
「――……んっ……」
フランシス嬢は、月明かりの差し込む寝室で、寝床から身を起こした。
時刻はまだ、深夜のようだ。
「こんな時間に、目を覚ますだなんて……」
久し振りに、懐かしい夢を見たせいだろうか。
あの時約束した幼馴染の少年、クーガーとは、結局、結ばれることはなかった。
彼は、あの約束の日からほどなくして、謎の失踪を遂げたのだ。
「……私ったら、まだクーガーに未練があるのかしら?」
フランシスは自身に問いかけるようにそう呟くと、次いで自嘲気味に微笑みながら、首を横に振った。
「まさか」
あれはもう、十年以上も前のことではないか。
しっかりしなければ、
自分はもう、いくらも経たないうちに、別の男性の妻になろうかという身だというのに。
「寝直さないと……」
でないと、翌日に差し障ってしまう。
フランシスがそう考えて、もう一度、寝床に入ろうとした時。
不意に、寝室の窓がこんこん、と叩かれた。
「え……?」
そちらを向いたフランシスの目が、驚きに見開かれる。
それから、これはきっと、夢の続きを見ているのに違いない、と思った。
窓の外に立っているその人影は、にっこりと、記憶にあるそのままの姿で、そのままの表情で、彼女に微笑みかけたから。
「……ク、クーガー……」