幼い頃に婚約した少年が、結婚式を目前に控えた花嫁の前に吸血鬼になって戻ってきた話 作:精神陵辱
「フランシス、一体どうしたんだ?」
「ああ、とにかくお医者様を呼びましょう!」
結婚を目前に控えた、大切な愛娘の額に手のひらを当てて熱を計りながら、両親がそう呼びかける。
彼らがフランシスの身を案じるのも、無理はなかった。
朝が来ても起きてこようとはせず、部屋に様子を見に行ってみれば、肌は白くなって血の気が失せ、そのくせ頬は赤らんで、潤んだ熱っぽい目で虚空を見つめながら、寝床に横たわったままなのだから。
「大丈夫よ。心配しないで……」
吸血鬼の虜となったフランシスはしかし、そんな両親の方を見ようともせず、茫洋とした笑みを浮かべた。
「気分は、とてもいいの。ただ、食欲がないだけ。寝ていたら、よくなるわ……」
「フランシス……。本当に大丈夫なのか。病気じゃないのか?」
父親がそう問いかけると、フランシスはくすっと笑って、首を振る。
「違うわ。でも、もう少し眠らせてほしいの。お願い……」
そして、再び目を閉じた。
両親は顔を見合わせると、やがて諦めて部屋を出ていく。
一人きりになったフランシスは、目を開けるとぼうっと虚空を見つめたまま、ただ熱い吐息を漏らした。
「……クーガー……」
彼女の心を占めるのはもはや、クーガーのことだけだった。
今すぐ会って、抱かれたい。
血を吸われて、彼のものにされたい。
彼にすべてを捧げ、永遠に夜の奴隷として仕え、愛と忠誠を誓いたかった。
「クーガー……。早く、早く……」
フランシスは切なげに身を捩らせると、両手の指先で自らの胸の膨らみを揉みしだいた。
だが、服越しに感じる刺激はひどく鈍くて、何の慰めにもならない。
まるで自分が自分でなくなったような感覚に陥る。
「ああ……」
そうだ、この体はすべて、彼に捧げられるべきもの。
もはや、自分の手では自分を満たすことはできないし、そうするべきでもないのだ。
そう悟って、フランシスは虚しい自涜に耽ることを止めた。
「……」
ゆっくりと首を巡らせると、ベッド脇の机に置かれたお盆が目に入った。
食事も摂ろうとせず寝床に臥せったきりの娘の身を案じて、両親が置いていったものだ。
温かい粥や柔らかなパン、瑞々しい果物、フランシスの好物であるいくつかの料理などが並べられており、彼らの娘に対する愛情と気遣いとが感じられる。
だが、食欲はやはり、まったくわいてこない。
「……ごめんなさい」
フランシスは、両親に対して小さくそう呟いてみた。
しかし、本当に申し訳ないという気持ちは、昨日まではまだ感じていた胸の痛みは、もはやない。
心から想うのは、ただ一人の男のことばかり。
「食べなきゃ……」
フランシスはそれでも、自分にそう言い聞かせてのろのろと身を起こすと、食事を食べようとしてみた。
まず、さじで粥をそっと掬って、一口喉に入れる。
粥は何の味もせず、そのくせ粘っこく喉に絡みつくような感じがした。
顔をしかめてさじを置くと、今度は自分の好きな……いや、好きだった、林檎をフォークで刺してかじってみた。
甘みも酸味もなく、まるで砂でも噛んでいるようだった。
味がわからない。
「……」
これ以上は食べられないと、フランシスは食事を諦めて、最後に蜂蜜を混ぜたお湯のカップを手にした。
それは確かに温かいはずなのに、何のぬくもりも伝わってこないような気がした。
昨夜、氷のように冷たいクーガーの腕に抱かれたことは、あんなにも自分の体を熱くしてくれたというのに。
「……クーガー……」
愛する男の名を囁きながら、フランシスはこくりと一口、蜂蜜入りのお湯を飲んだ。
やはり、何の味もしない。
お湯に含まれた糖分が、じゃりじゃりと不快に喉にまとわりつくような感じがするだけだ。
「う……」
不快さに顔をしかめて、フランシスはカップを置くと、お盆を脇へ押しやった。
「私……、もう何も、食べられない……」
そう悟って、フランシスは自分の体を抱いた。
今の自分にとって必要なのは、口にしたいと望むのは、クーガーの、愛おしい主の血潮だけだ。
それは喉を通るたびに、食欲と情欲が綯い交ぜになったようなフランシスの渇きの、そのすべてを癒すと共に、自分をより一層の中毒に、主の虜にしてくれる。
フランシスはそのことを思いながら、呻くように呟いた。
「……私は、もうこんなにも、あなたの虜になってしまっているのに……」
体を犯し尽くされ、魂を穢され、もはや彼が居なくては悦びを得ることも、食事を摂ることさえも満足にできないようにされて。
それでもなおクーガーは、自分の永遠の夜の奴隷になるにはまだ早いと、昨夜言っていた。
一体、これ以上何があるというのだろう。
自分はこれからまだ、何を奪われてしまうというのだろう……。
「ああっ……」
フランシスはその先のことを想像して、ぞくっと身を震わせた。
「クーガー……。早く……お願い……」
彼のことを思い浮かべながら、フランシスは切なげに身を震わせた。
「早く、来て……」
そう渇望しながら、フランシスはまた寝床に潜り込んで、ただただ夜になれば彼の訪れてくれる窓の方を見つめ続けた。
「クーガー、……クーガー……、ああ……」
そして彼女は、切なさに苛まれながら、ひたすらに愛する人の名を呼んだ。
それしかできることはなかった。
身を蝕む熱に憔悴しきってうとうとと微睡むたびに、浅い夢の中で彼に出会った。
幼い頃に求愛され、婚約した時の夢を見た。
ここ数晩の、還ってきた彼に抱かれ、すべてを奪われる夢を見た。
そして、恍惚と喘ぎながら目を覚ましては、それが現実でなかった失望と喪失感とに苛まれた――。