高潔なデカパイ黒竜騎士フレデリカと大魔竜オスガキ邪悪デカマラくん 作:ulth
大陸南部最大の国、ブリージア連邦。
その東、ヴォーデール大山脈を遠くに眺め、その裾野に広がるガランバラ大密林を要するガリス領。
その中心である、領都アデワラの門で、一騒動が起きていた。
「お、おい見ろ! ありゃあ……」
「ワイバーン? ワイバーンだろ?」
「ちがう……黒い……ド、ドラゴン……?!」
「おい、警鐘を! やばいやばい!」
「あ、まて! 魔力信号感知!」
「おいおい、竜騎士か!?」
「すげえ、始めてみた……」
大密林を望む東の空から、豆粒のような陰が飛来する。
すぐさま都市の外に広がる魔物避けの結界が、その特異な魔力を察知し、門を守る衛兵たちに警告を発信。
衛兵たちが泡を食って望遠すれば、小さいながらもドラゴンが、まっすぐ、悠然と、街に向かってきているのだ。
いくら領都の魔物避けの結界でも、ドラゴンなど想定していない。
大密林の近くであるから、ワイバーン程度ならば、年に一度ぐらいは飛来する。
だがドラゴンは、そんなものとは比べ物にならない。
彼らの脳裏によぎるのは、山脈の麓に現れ、魔力汚染を垂れ流して蟠る、黒き邪悪な大魔竜。
そして、大密林を人外魔境と化したその元凶を討つため旅立った、流浪の騎士。
A級探索者という、人外レベルの実力を持つ熟れた女騎士は、領都の探索者ギルド最強の戦力だ。
彼女が戻らなくなって、もう半年が過ぎていた。
その強さと高潔さ、そして凛々しい騎士としての姿に、探索者でなくとも知る人の多い美女。
彼女が竜と戦ったのは、確かだろう。
だが、破れたのか、勝ったのか、それは杳としてしれない。
ただ、観測によれば、大魔竜そのものは、消えた、という。
その魔力は残ったままだが、竜そのものは、居なくなった。
女騎士が、倒したのか。
それとも、別の要因か。
ドラゴンと聞いて、衛兵たちは、まっさきにそれらを思い浮かべた。
だが、その黒いドラゴンから、魔力信号を察知。
魔力信号は、人類が用いる遠距離通信術式だ。
少なくとも、これを使うものが、魔物であるはずがない。
どっと緊張の解けた衛兵たちは、ならばあれは竜騎士かと、興奮して見上げる。
竜騎士。
ドラゴンを友とし、大空を超え、宙も海も自由に舞う、最強の騎士だ。
数千年前に栄えた超帝国ドラグニア、その偉大なる竜騎士団から今日まで、竜に乗るものを、この世界はそう呼び習わしている。
竜は、大地にも空にも海にもその論拠を持たぬもの、まつろわぬ原始の種族。
アストラルとマテリアルの、双方に「かたち」を置く、元素と血の神獣だ。
それは、神々が「いのち」を形作るよりも前に現れた存在。
ゆえに神々さえ、竜族を従えることは難しい。
だから神々さえ、竜族を定めることは難しい。
世界という枠組みを自在に渡る、超常の王を、ひとまとめに「竜」と呼んでいる、としか言えないのだ。
彼らはそれぞれがそれぞれの主であり、王であるが、その最も偉大なる存在は、「すべて」と結びつくと言われている。
判決者、記録者、断罪者、だれも名を知らぬ原初の三者が担う、運命と偶然のタペストリを吟味するのは、竜の神であると言われている。
竜とは、そのような、まさに次元違いの存在。
故に、災厄をもたらす大魔竜は恐るべき存在であり、神々さえ手を出しかねる脅威。
ただびとに、手を出す余地はない。
だからそれを打ち倒しに旅立った女騎士は、それだけの実力と、宿命があったのだ。
「……おい、あれまさか……」
そして大いなる使命を自らに担った女騎士は、運命を討ち果たし、宿命を成し遂げ、生命を繋いだ。
大きく槍を掲げ、黒竜の背にある騎士が、悠然と街の上空を巡る。
竜は、黒黒とした立派な翼をひろげ、人々の注目をあつめるように、ゆっくりと旋回する。
その禍々しくも雄々しい姿が、美しく舞う。
人々は驚きに空を見上げ、その威容を目に焼き付ける。
衛兵たちも、彼女を見た。
かつて金色の髪は銀色に変わっているが、その美しさ、その高潔で気高いオーラは、いささかも変わらない。
「ああ、戻ってきた……」
「還ってきたんだ……!」
衛兵が探索者ギルドに、領主の屋敷に走る。
門番が、祭りのときにしか開かぬ、古ぼけた正門を、いそいで開いた。
領都が産声をあげたその時に開かれ、定められた、古く大きな正門。
それを開けるべきときであると、誰もが疑うことなく悟ったのだ。
呪いが細やかに刻まれた、大きな鉄扉が、重厚な音を立て、寿ぐように開く。
人々が、門の前に詰めかけ、彼女を迎えようと浮足立つ。
そして門の前に、竜はゆっくりと降り立った。
小屋ほどもある胴体に、大きな翼。
長い尾は厳しい棘があり、逞しい四肢の先で、鋭い爪が柔らかく土を踏む。
陽を浴びた黒い竜は、その周囲に虹のような輝きを浮かべ、細やかな色合いが、万華鏡のように移り変わっていく。
鋭い棘や、角が、僅かな身動ぎによって黒の色合いを移り替え、それは色気さえ漂うようだった。
そのような竜に相応しい美女が、その凛々しいかんばせを上げ、威風堂々たる姿を、衆目の前に表す。
禍々しくも、雄々しい騎竜に跨った、美しき銀髪の女騎士。
日差しさえ彼らを祝福しているようだ。
その神々しい美しさに、衛兵や、門の近くに居た人々は、思わず神々に祈りを捧げる。
そんな彼らを鞍上から見下ろし、女騎士は宣言した。
「A級探索者、竜騎士フレデリカ――大魔竜を討ち果たし、ここに帰還した!」
竜が、大きく吠える。
竜殺しの騎士が、黒き竜を従えて、生きて戻ってきたのだった。