「やっほー、こんばんは。ツキノだよー」
私はお兄ちゃんの構えたカメラに向かって手を振った。普段と違ってお兄ちゃんは少し落ち着かない様子だ。まあ隣で誰かに監修されながらの撮影なんて初めてだから仕方ないだろう。
「ここの所配信出来なくてごめんなさい。また頑張って撮影するから、皆楽しんでくれると嬉しいな」
カメラに向かって笑いかけながら、私は予定通り今日の趣旨を説明する。
「さてと、もう気が付いてると思うけど、今日はいつもと違った配信だよ」
そう言って私はその場でくるりと一回転してみせた。
「今日はぁ、ちょっと有名な公園に来ています。もしかしたら知ってる人も居るかな?」
説明しながら私は公園の入口へと移動する。一見すると何の変哲もない場所。実際ほとんどの人にとってここはただの公園だろう。けれど一部の人にはとても有名な場所なのだ。
「この入口でピンと来た貴方はとっても変態さんですね!」
そう言って私は笑いつつ解らない人向けに紹介をする。
「ここ△×公園は、某県某市にある公園でぇ♡」
そこで私は今まで上に羽織っていた大人用の大きなレインコートを脱ぎ捨てる。
「露出趣味の人達にとってのメッカになってまぁす♡こんな風にね♡」
中に着ていたのは半透明のレインコート。半透明といってもかなり薄い上に表面のざらつきも少ないから、下がどんな風なのかはすぐにわかる。一回着て鏡の前に立ってみたけれど、輪郭がぼやける程度で色なんかはまる解りだ。
「今日は、この公園で夜の散歩を楽しんでいこうと思います♡」
さて、なんでこんなことになったかと言えば、話は少しだけ遡る。
「次なんだけどさ。月奈ちゃん」
樫田先生を攻略した翌日、お兄ちゃんが真剣な表情でそう聞いてきた。因みにこの表情の時の提案は大抵碌でもない事だ。
「外に出てみない?」
「外?」
「うん、所謂野外露出ってやつ」
やっぱり頭の悪い事を言い出すお兄ちゃん。
「どう考えてもばれると思うんだけど」
私が断らないからって、お兄ちゃんはそろそろブレーキが壊れてきている気がする。見つかったら自分が捕まるって事をすっかり忘れているんじゃないだろうか。
「いや、深夜にサクっと撮ればいける。この辺りは平日の夜なんて人全然出歩かないし、警察なんかの見回りもまずないし」
「なんで断言できるの?」
あまりに自信満々に言うものだから、私はそう問いかける。するとお兄ちゃんはふんぞり返りながらどや顔で答える。
「実体験。平日深夜のコンビニ通いはもう年単位でしてるからね、この辺りの夜の事はよっく知ってるよ」
昼間に出歩くと世間の目が厳しいからね。とか、とってもダメな発言を付け足すお兄ちゃん。ちなみに最近は私との共同チャンネルのおかげで税務署が怖いくらいには儲けているらしい。私の分も一緒にしてくれるそうなので取り合えず私が捕まる事は無いらしいけれど、本当に大丈夫なんだろうか。
「お金さえ払っていれば内容にまで口出しして来ないよ。それで僕が動画止めたら納めてくれる税金が減るからね」
思ったより汚い内容だった。
「えーと、それで外っていうのは解ったけど、何処で撮るの?」
「え?近所の公園で良くない?深夜になんて絶対人居ないし。それなりに街灯もあるから光源にも困らないしさ」
「うーん、深夜かぁ。次の日眠くなりそう…」
露出自体は興味もあるし別に良いのだけれど、眠くなるのは問題だ。うっかり居眠りなんてしたら、電球先生にどんなお仕置きをされるか解らない。
「夜までうちで寝てればいいよ。時間になったら起こすからさ、ね?やってみよ?まだ虫とかも居なくて、あったかい今がチャンスだって!」
熱心に説得してくるお兄ちゃんに押し切られる形で私は頷いたのだが、問題はそこからだった。翌日私が電球先生に撮影の事を伝えると先生が色々と聞いてきた。前の時はそんな事がなかったので不思議に思いつつも答えているとだんだん先生の表情から笑顔が消えて、最後には大きな溜息を吐いた。
「月奈さん。すみませんが、そのお兄さんと連絡はとれますか?少し話がしたいのです」
そう言われて私は素直にお兄ちゃんへ電話を掛けると、理由を説明して先生に替わる。
「ああどうも、電球です。お兄さんで宜しいですか?ええ、次の撮影についてお話したいことが。はい、ええ、では今日にでも」
そう言って電球先生は話を終えると、もう一度小さく溜息をついて私に話しかけてきた。
「残念ですが用事が出来てしまいました。今日の授業は延期にしましょう。ああ、お兄さんの電話番号を見せてください」
先生の言葉に色々と察した私は素直に頷くと、そそくさと帰り支度を始める。私のスマホからお兄ちゃんの番号を確認した先生は、自分のスマホですぐに連絡を取り始める。
「じゃあ、先生、さようなら」
「はい、気をつけて帰ってくださいね」
声は朗らかだったけれど、先生の目は全く笑っていなかった。そしてその日のうちにお兄ちゃん経由で撮影日と場所の変更と、次の撮影に先生が同行する事が教えられた。
「というか、移動手段が先生頼りだったんだね」
「面目次第もありません」
近所の公園だったはずの撮影場所は県外の公園に変わって、その為に日程も週末に移された。お兄ちゃんは車を持っていなかったから、先生が車を運転している。
「動画を拝見していて常々考えていましたが、リスク管理が杜撰に過ぎます。貴方が捕まろうとも一向に構いませんが、そこに月奈さんを巻き込むのは関心しませんね」
「…はい」
車で4時間とちょっと。結構長いドライブ中の車内は先生によるお兄ちゃんへの説教大会が開かれていた。
「部屋ですら間取りや普段の発言から特定されるリスクがゼロではないと言うのに、近所の公園?そんなもの自分の住所をばら撒いているに等しい行為ですよ」
ネット地図の発展で動画から場所を特定するのなんて、素人でもちょっと熱意があれば簡単に出来るのだそうだ。生徒には聞かせる事がない辛辣な声音で懇々とお説教を続ける先生。
「そもそも貴方は別に捕まっても良いと思っているようですが、良く考えてください。このような半端な状態で月奈さんを放り出して捕まって満足出来るのですか?彼女の様な逸材に出会えるなど一生にあるかないかの幸運なのですよ?彼女の人生に一生刻み付けられる自分がそのような半端で君は良いのですか?」
先生の言葉にハッとした表情になるお兄ちゃん。なんだか良い事を言っている風だけど、実際は私にどれだけ強烈な性体験を植え付けるかだから大変駄目な大人の会話だ。
「良くありません。良い筈がない。自分は間違っていました。先生、ご指導ありがとうございます!」
そう言って頭を下げるお兄ちゃんと満足そうに笑顔で頷く先生。その後は朗らかに私の調教計画を二人は語り合いながら、現地に着く頃にはお兄ちゃんは先生の事を師匠と呼ぶようになっていた。
「いやあ、おあつらえ向きの小雨。ツキノちゃんの日頃の行いが良いからかな?」
お兄ちゃんが呑気にそんな事を言いながら私を後ろからカメラで撮る。私はマイクロビキニの上に半透明のレインコートというお馬鹿な恰好で公園の中を散策の真っ最中だ。遊歩道は結構街灯が多くて歩くのには困らないけれど、同時にそれは明かりの下ではっきりと私の姿を晒す事にほかならない。
「あはは、確かに丁度良かったかも?」
少し振り返ってカメラに向かってそう笑った。心臓は正に早鐘というくらいにドキドキしていて全身が熱く火照っている。そんな体に雨の冷たさが心地良い。
「じゃあもう少し歩いてみようか?」
お兄ちゃんの提案に頷いて私は再び歩き出す。時間に加えて雨のせいか公園の中に私達以外の人気は感じられない。そう思っているとお兄ちゃんが意地悪そうに告げて来る。
「ここはそういう人達に有名だって言ったよね?だからそういう人を見たい人も良く来るんだよ」
その言葉に私は心臓が跳ねるのを感じた。
「でも、人が居る感じはしないよ?」
心音を耳元で聞こえるくらい五月蠅くなる中で私がそう聞き返すと、お兄ちゃんは楽しそうに答える。
「上手く隠れてて解らないだけかもよ?ほら、あそこの藪とか怪しくない?」
お兄ちゃんが指さした先に視線を送る。暗いせいもあって違和感があるかどうかなんて解らない。けれど誰かにそんなことを言われれば、普通の藪でも怪しく見えてきて、そうなればもう周囲の全てに誰かが潜んでいるような錯覚を覚える。
「ははっ、凄いねツキノちゃん♡」
私の反応を見てお兄ちゃんが嬉しそうに笑う。それはそうだろう、見られているかもと想像して私は明らかにさっきまでよりも興奮しているのだ。潤んだ目でカメラを見れば、お兄ちゃんは私の望んだ通りの言葉をくれる。
「でもちょっと燥ぎ過ぎちゃったかな?疲れたでしょ、少し休憩しようか。あっちに丁度自動販売機があるみたいだし♡」
お兄ちゃんの言葉に私は黙って頷いた。